11 そして王都へ
今回の祭事は、周辺国も国賓として招かれている。
まず、大前提としての話であるが、北の鉄壁、ロトアロフがある大陸には他に三つの国がある。
ロトアロフから真南の国。南の黄金、メシュラルド。この大陸の主要国である。
そして残り二か国。ロトアロフから見て南西の国。西の花、ラグニフォルス。同じくロトアロフから見て南東の国。東の牙、タリマ・ジャビ。
ラグニフォルスが西の花と呼ばれる所以は、この大陸の中でも文明開化が著しく、魔具や魔術が一番に発展しているのだと言う。そしてロトアロフとはそこそこの因縁がある他、ミラベルの故郷でもあった。
メシュラルドを挟み、反対にある国であるタリマ・ジャビという国は、領土としては一番小さいが多くの島があるおかげで領海は一番大きい。さらに牙と呼ばれる所以は、この国には多くのドラゴンが生息しており、人々はそのドラゴンと共に生きているのだと言う。
同じ大陸である以上、この二か国は必ず国賓として招かれるのは当然のことだった。
が、そこへもう二か国がやってくる。
東の海を越えた国。東の大国、焔瑞。さらに超えた東の島国。極東、葦原国。
この二か国は文化が大きく異なっている上に、ロトアロフとは一切関わってこなかった国でもあるらしい。確かに静が読んだ中でも、その二か国の名前は一切出てこなかった。
これらのことは道中、まだロトアロフの国内でも教えてもらい、さらに今は復習としてさらにロビンから教わっていた。
「正直、俺もこの二か国についちゃ何も分かっていないんで極力関わらないようにしてくださいね」
「はーい」
「はぁい」
いつものように甲板の上に集まり、伊織は元気よく手をあげ、静は手をあげずに返事をした。
そして静は思い出す。
葦原国。
確か、そう。元の世界の神話で、目にしたことがある国の名前そっくりであることに。
いやまさか、ただの偶然。にしては、何というべきか。そう、気のせいとか、そういう奴。もしくは翻訳的にそんな響きになっただけである。きっと。
「静。また変なの考えてる?」
「……どんな風に見えてるの?」
「なんかね。すっごく揺れてる」
「……そうですかぁ」
「うん」
たぶん、動揺しているとか、そういうことだろうと静は理解した。
大きく一呼吸をし、思考を瞬時に切り替える。それは良いのだ、ともかくも。今重要なのは、あちらについた時の過ごし方である。
「基本はアンジェリカ様のお側にいてください。この国はロトアロフより、女の地位が低くて……」
「そして私がお二人の翻訳をしているふりをすればよろしいのですよね?」
「はい。陛下は……見ての通り、こちらに来ないように盾になってくださっていますし」
「とても粘り強いお方ですのね」
防諜の魔術が展開されている外では、朗らかに微笑むランスロットと、日に日に表情を険しくするベルナルトの姿があった。片方を見れば日常会話をしているかのようにさえ見えるが、もう片方を見ると明らかにそれとは真逆でどこか近寄れない雰囲気が漂っていた。
「……あのさ、ロビン。別にあれでしょ? 感謝のあれとか、そういう奴んだよね? 話をしたいって」
「それだけで収まらないからこうしているんですよ」
一体どういう意味なのか分からず、静は小さく小首を傾げた。
「前にも少し話をしましたけど、この国の王族ってすげぇ数が多いんですよ」
「うん。すごいね」
「まぁ、何人かは事故か何かによっていないんですけど」
「……こわぁい」
「そういうもんです」
ロビンはさらりと血生臭い話を織り交ぜながら続けた。
「目的としたら、静様や伊織様に、その王族の誰かをあてがおうとしかねないってわけです」
「……つまり、婚姻させようとしている?」
「そうです。ちなみに婚約しているだけながら遠慮なく迫ってくる可能性があるんで、近づかないでくださいね」
「もし、婚姻してたら?」
「相手国によっては重婚も迫ります。メシュラルドは重婚認められていますし、王族だと三人とか四人とか、普通に奥方がいたりしますよ。とは言え、逆は滅多にいませんけど」
滅多にいない、ということはいるということだ。
静には全く分からない世界にただ、へぇとしか答えられなかった。
「ねぇ。今の王様も奥さんが他にいるの?」
「いや、いません。今の国王は婚約者一人だけ。だからだいぶ珍しいですね。しかも婚約者である方の出自が奴隷ということがあって反発はすごいですね」
伊織の問いに、ロビンは大きく肩をすくませながら答えた。さらにロビンは話を続けようと口を開きかけ、しかしすぐに閉じて後ろへと振り向いた。
「少し良いかな」
「面倒な話は持ってくるな」
「これでもだいぶ頑張ったんだよ?」
共に話を聞いていたヴィンセントが大きく息をつき、歩み寄ってきたランスロットは困ったような顔をしていた。
ランスロットは一度後ろへと視線を向けた後、静達の前へ跪いた。
「王兄殿下とお話をしていただいてもよろしいでしょうか。静様、伊織様」
話の流れか。どうしても断ることが出来なかったと察した静は、一度伊織へ目を向ける。伊織もそれをすぐに理解したようで、そろって小さく頷いた。
「分かった」
「うん」
ランスロットは安堵したように、そして申し訳なさそうに胸を撫でおろしつつ視線を落とした。
-*-*-*-*-*-*-*-*-*-
甲板の上に敷かれた絨毯の上に座る静と伊織、そしてアンジェリカの前に座っているベルナルトは大きく顔をさらにしかめた。
「過保護が過ぎると思わないか」
「だから言ってるでしょ? うちの大事な聖女様方なんですって」
「俺は聖女殿達に話しかけたのだが」
その間に立つロビンに、ベルナルトは睨むように見上げてすぐ静達へと視線を戻す。
確かに言いたいことは分かる、と静は理解した。何せ後ろには護衛の騎士達がいるし、ヨカゼ含む狼は間から顔を出したり、体を添わせたりして座っている。アラレやスズカなんて静の前に居座っているくらいだ。
当然ながらヴィンセントは近くに座っているし、静からは見えないがルイスも控えている状況。居心地はとても悪いだろうに、ベルナルトは構わずにそれ以上表情を変えることなく口を開いた。
「改めて、我が国へ来訪してくれたこと、感謝する」
しっかりと、伝えようとしてくれているのは伊織の目がない静でも分かった。
だが、これでもかとしかめている顔で言われていると、どうしても素直に受け取るということはなかなかに難しい事でもあった。
「……この顔は元からだ。別に睨んではいない」
ベルナルトは察したのだろう、まるで言い訳のように言葉を重ねてきた。
しかし元からなんて、とても損してしまいそうなものである。ほんの少しでも、どこか顔の筋肉が緩まればマシだろうに、と静は人知れずに同情してしまった。
「食事、美味しかったです」
「ワーム種の魔物って見れたりしますか?」
そして静は用意してくれたこの国の香辛料が良く効いた、まさしくカレーに似た料理の感想を伝える。同じようなこと伊織も言うだろうかと思ったら、まさかの要望に静は思わず伊織へと目を向けてしまった。
伊織はとっても良い笑顔であった。
ロビンはまるで補足、と言わんばかりにロトアロフの言葉でベルナルトへと伝えた。
「こちら銀の聖女様は、食べるのがお好きなんですよ。で、金の聖女様は、虫とか蜥蜴とかが好きで……。あの籠の中に蛇がいるんですよ」
「かわいいんですよ! ウーロって言うんです!」
さらに伊織は笑顔を輝かせ、抱え持っていた籠から布を少しだけどかし、とぐろを巻いて大人しくしていたウーロを見せた。ウーロはのそりと頭をあげ、ちろり、と細い舌を見せた。
「……蛇は分からんが、虫ならラグニフォルスから来ている王弟の婚約者殿と話が合うだろう」
「本当ですか?!」
伊織はきゃあ、と声をあげる横でロビンとランスロットが一瞬、視線を合わせた。
因縁の国であるラグニフォルスからは、王弟。つまりは国王は来ていない可能性が高い、ということだ。それがどういったことに関係してくるのか、静には何一つ分からないが外交においては重要な情報だったらしい。
さらに言うと、その婚約者殿が虫好きらしいとのことで、きっと伊織とうまく行けば良い関係が築ける可能性も高まったと言うことだ。
ベルナルトは本当に何げなく言ったのだろう。自身の発言には気にも留めず、目の前をぐるりと見やり眉間に深いしわを寄せた。
「……しかし、何故こうも狼の他に動物達が……」
「この子達は静の狼達で、猫は奈緒の子。後、鷹は真咲の子です」
静が答える代わりに、伊織が答え、続けてロビンがまた補足説明をした。
「こちらが静様。そして伊織様。奈緒様は紫の聖女と呼ばれるお方で、真咲様は空の聖女と呼ばれるお方です。まぁ、静様の見張りですね」
そういえばちゃんと自己紹介をしていなかったことに今更ながらに静は気づいたが、ロビンの最後の余計な一言にそれどころではなかった。
「不本意です。とっても」
仕方がないことだと、静はちゃんと理解している。
動物達はかわいいので赦す。そしてルイスが諸々の事情から、静の側にいられないのも分かっているし、代わりにエリカやライリーが側にいるのも理解している。そして言葉の事情や、ルイスとの連携からロバートにジルもいることだって静は承知している。
とはいえ、この数の多さ。大変不本意であることには変わりなかった。
「仕方がないよ。静、よく転ぶし」
「気をつけてるよ」
「私と手つないでいこうね?」
「はぁい」
そして今回は伊織も静の見張りだ。何でも見える目を持つからこそ、静がこっそり耐えている病の痛みだって全てバレているわけだ。
おかげで道中は無理やり座らされたり、馬車に戻されたり、部屋に戻されたりということは数度あった。
さらに、だ。
「あら、私とは手をつないでくださらないのですか?」
「え、両手……?」
メシュラルドからはアンジェリカも常にではないが側にいるわけである。
だからこそ静は決意した。
こうなったら見張りは全くいなくなる、というのは難しいにせよ、少なくしても大丈夫だと周囲に認識してもらうために頑張ろうと。
おそらく頑張る方向性が違うかもしれないと思考の隅っこで思いつつ、静はこの道中、どうにかして成し遂げようと心に決めていた。
これは中々に難しいな。
やっぱり、うちの聖女様方狙ってやがったな。
友好を示す手段としてはよくあることだろう?
静が再度、決意をしていると、ベルナルトとロビンのそんな会話が聞こえてきた。当然ながらメシュラルドの言葉での会話であるが、もうすでに理解しているランスロットの視線は吹雪のようなものへと変化し、さらにはアンジェリカが優雅に笑みを零した。
「こちらの子、とても元気で遊びたい盛りですの。ベルナルト殿下」
「……そうか」
アンジェリカは傍らに利口に座っている銀の狼へと触れながら、ベルナルトへと告げた。ベルナルトは小さく息をつくだけの反応であったが、そんな穏やかな反応をするようなものではない気がした。
つまりこれは、襲われても仕方がないという理由付けである。見張りでもあるが、立派な護衛でもある狼達は真っすぐベルナルトを見据え、視線をそらさない。
完全に敵として認定してしまった可能性があるが、これについては静の知ったことではないので無視することにした。
「お、見えてきた。聖女様方、王都が見えてきましたよ」
そんな張り詰めてきた空気の中、ロビンの明るい声がよく響いた。
伊織がすぐに立ち上がり、わぁ、と声を漏らす。静も遅れて、エリカの手を借りて立ち上がり、伊織が見ている先を見据えた。
船に乗っている間に見た、小さな砂色の家々は遠くからみると四角い形をしていた。あれは石やレンガを積み上げて作ったのだろうかなんて思いながら、どこか物寂しさを感じてしまうような光景だった。
しかしそれがいくつも大小混ざりながらも連なると、その物寂しさは無くなり、なかなかに美しいと感じる光景へと変わっていた。
そして中央。そこには白い石を積み上げた城、というよりも王宮と呼んだ方がしっくりとくる建物があった。何せ屋根は丸くなっており、とても特徴的な姿かたちをしていたのだから。
「あの中央にあるのが王宮。で、裏手に船が停められる場所があるんで、直接王宮へ到着しますよ」
やはり王宮で正しかったらしい。ロビンの説明に耳を傾けつつ、静は段々とはっきりと見えてくる王都を見やり、そしてその上を見た。
「……何か、飛んでない?」
「タリマ・ジャビのドラゴンだ。あそこはいつもドラゴンに騎乗してくる。船の方が便利だと言うのに」
ベルナルトが後ろから、その上空にいる飛行物体。ドラゴンについて説明してくれた。
そして伊織は同じく見ていたヴィンセントへと駆け寄り、袖を軽く何度も引いた。
「ヴィンセント! ドラゴン! ドラゴンだって!」
「聞こえている。しかしドラゴンか。どれほど近くで見られるのかが楽しみだな」
はしゃぐ伊織と、心なしか少年のような顔つきを見せるヴィンセントを見て静は思う。
見張りは伊織とヴィンセント、それぞれにもつけた方が良いのではないか、と。とは言え、ルイスのことだ。ヘクターあたりをつかせる可能性があるなと静は予想した。
あの第六感があればきっと、突発的に好奇心の赴くままに動こうとする二人の護衛をしっかりとおこなえるはずだ。
静はうん、と一人頷き、さりげなく近づいてきたベルナルトから数歩離れるように歩き、控えていたジルとライリーの間に挟まった。
離れたところにいたルイスを何げなく見れば、うっかりと視線が合う。ルイスはいつものように顔をしかめ、ゆっくりと視線を近づく王都へと向けたのだった。




