10 黒狼の休息
大きな岩の上に立ち、ルイスは戦況を見据える。
鉄の外皮を持つ巨体なワーム達は鋭く細かな歯が並ぶ大きな口を開き、騎士達へと襲い掛かる。
この乾いた比べて暑い気候に合わせて、メシュラルドの騎士達は白さが目立つ騎士服を身にまとっている。己と同じか、それよりも濃い褐色の肌がよく目立つほどに腕や首元は大きくあらわになり、代わりに金属でできた鎧を多く身にまとっていた。
対してロトアロフはあの寒さに耐えうるべく、騎士服は厚手の布地で作られている。深紅はその上から胸元や肩を守る為を鎧を身にまとっているが比べると少ない。漆黒やレイメイなんてそんな鎧なんてものは無い。
大きく異なる騎士服を身にまとう騎士達が今、目の前で入り混じっている。やはり連携なんてものはない。互いにやりやすいようにそれぞれが順番に討伐をし続けている。
「後少しという所かな」
「そうですね」
音も無く隣に立ったジグルドを見ず、ルイスは答えた。
「にしても、暑いとは聞いていたけどもここまでとは思わなかったよ。魔具のおかげでまだ耐えられるとは言えね」
「……深紅はもはや。それどころではないでしょうね」
「汗ですごいことになってそうだ。日が落ちれば過ごしやすくなるのは助かるけどもね」
「はい」
目の前の激しい戦闘を見つめつつ、ルイスはジグルドと会話を続ける。
全く異なる気候。そのせいか、やはり深紅の動きはどこか歪であり、動きも良いものではない。砂地が多いせいで足が取られやすいというのもある他、この暑さのせいもあった。
深紅の何人かが、漆黒とレイメイによって後ろに投げられている。だがそれでも立ち向かおうとするのだから、あの根性だけは称賛に値する。というのも、とくに深紅は今、とても苛立ちが溜まりきっていた。おかげであれは確かに連携はとっているが、討伐というよりも八つ当たりに近いものがあった。
「ああ、また邪魔してきたな」
ジグルドが冷静に呟く。ルイスは当然ながら、その瞬間を見逃さなかった。
先ほどから、深紅の動きが悪いのにはもう一つ理由があった。
こんな時だというのに、メシュラルドの騎士がわざとらしく魔術を向けてくるのだ。そうでなくても船の方では、メシュラルドの言葉でロトアロフについて貶すような暴言がいくつもあったとルイスはノーマンから報告を受けている。
また、いつものように祈ろうとする騎士達に対して嘲笑を行い、挙句に我らが神に対しての冒涜に近いような言葉もあったらしい。
あちらの船にリクハルドもいた為に大きな騒動は起きなかったが、いつも穏やかで冷静なリクハルド自らが前に出て、返り血をいとわずに剣と魔術を使って確実に魔物を屠っていくのだから、さすがは深紅の副隊長だと思えた。
「なるべく異国に対して偏見のない者達を選んだつもりだけど、帰る頃には皆、異国嫌いになってそうで嫌になるな」
「……ジグルド副隊長は」
「私かい? それなりに対処は考えるよ。とは言え、もうすでに漆黒にいる者達に対しては今までと何も変わらないけどもね」
つまり、新たにやってくるであろう異国の人間に対してはより厳しい目で見るということだ。
当然の結果だろうと、ルイスは納得をしかける。
本当に当然のものだと受け入れて良いのか、と何故かそんな疑問が同時に湧いて出てきた。
そうだろう。何せ、ルイスは今までロトアロフの人間だと言うのに、異国の人間と同じ見目ゆえに、それこそ、同じような目にあってきたのだから。
静は、何と言うだろうか。きっと仕方がないことだと困ったように笑うだろうか。
守る為に離れている静のそんな姿が脳裏に浮かぶ。
早くお側に戻りたい。髪を梳き、整え、レースリボンを首元に結びたい。
もはやルイスはどうやって静の世話をするかという思考にしか動かなかった。
「ルイス、あっち混ざってきても良い?」
「オレ腹減ったぁ……!」
そしてその思考を邪魔してきたノーマンとヘクターに振り返り見たルイスは、二人の主張を一切無視した。
「周りに何かあったか。ノーマン、ヘクター」
「それらしいものは何も。っていうか、思ったよりも木とかあるんだね。この国って。ついでにフーリュが狩りしてたよ」
「……そうか」
当たり前のようにノーマンは無視されたことには気にも止めず、即座に報告をする。その間にもノーマンの肩にいるフーリュは丁寧に羽づくろいをしていた。
そしてヘクターも慣れたように続けて報告をした。
「オレもー。けど、なんかあっちの方になんかいた、気がした」
「いた、か。いつから気づいてた」
「あの牧場にいた時」
「早く報告しろ」
「悪いって。いや、なんかよく分かんねぇっていうか、近づいたらヤバそうだったっていうかさ?」
欠片も悪びれない様子に、ルイスは目元を抑える。だがそれが正しいとヘクターが判断したのであれば責め立てるものではない。
深追いが出来ない相手がいる。それだけでも今は十分であった。
「ルイス。少しお願いがあるのだけど」
「ヘクターなら貸しませんよ」
「うーん。残念だ」
これで何度目か。ジグルドの言葉を即座に却下したルイスは手を下ろし、目の前のもう少しで片付けられそうな戦闘を見据えた。
「もうすぐ終わるが行くか?」
「遊んでくる!」
「あ、ずりぃ!」
ルイスから許可をもらったノーマンとヘクターはすぐに砂埃が舞う中へと駆け出した。
少しだけ二人が羨ましいと思ってしまったのは仕方がないと思いたい。
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魔物討伐の報告をランスロットへ報告をした後、船に残っていたヴィートの話を聞く。
出航してすぐ、ヴィートがこの船にいるメシュラルドの人間と仲を即座に深めたおかげで今後はどのような航路になるのかが問題なく確認することが出来たのだ。
そして話を聞くに、念の為にこの場所から離れるが今日中には王都へ到着しない為、今夜も野営だと言う。
この国では酒よりも茶を好む。が、とても甘い茶だ。それを何杯と飲むのだから健康に悪いだろうに、ヴィートはそんな茶を片手に話をしてくれた。
ルイスはあまり飲みすぎないようにと、つい一言余計なことを言い残し、その場を後にする。後ろからことさら元気の良いヴィートの声が聞こえてきたらルイスは無視をした。
降りている縄梯子をつたい、また船へと戻る。ノーマン達がいる船へは今、行く必要はない。とくにリクハルド含め深紅は疲労やらで動けないはずだから、夜になってから状況の確認をするのが良いだろう。
他に何かやるべきことはあるだろうかと、ルイスは甲板を見渡す。と、ちょうど目があったヴィンセントが軽く手招きをしてきた。
一体どんな面倒事を言われるのか。
不思議と重くなる足に無意識に舌打ちを零し、ルイスはすぐに向かった。
「機嫌が悪そうだな」
「そう思うなら控えてください」
開口一番、ヴィンセントが言ってきた言葉にルイスはつい舌打ちをこぼしかけた。いや、しても問題はないだろう。何せヴィンセントが即座に防諜の魔術を展開したのだから周囲には聞こえるはずがない。
それを察したのだろう、ヴィンセントは小さく肩を揺らした。
「我らが銀の聖女の機嫌が優れんぞ」
「……それは」
「さっさと行け」
わざわざ防諜の魔術を展開してまで伝えることなのかとルイスは疑問を抱く。しかし疲労のせいかうまく思考が回らず、ルイスは大きく息をつき、胸元に手を置いた。
「承知しました」
ヴィンセントは満足げに頷き、即座に防諜の魔術を消し去る。そして邪魔だと言わんばかりに手を振った。
ルイスは最後、ヴィンセントへ鋭い視線を残しながらそそくさと船内へ足を向けた。
心なしか、足取りは何故か軽かった。
残されたヴィンセントは眩しい空を見上げたまま、口を開いた。
「何か用でもあったか? 王兄殿下」
そうして視線を落とす。その先にはしかめっ面のベルナルトが立っていた。
「何、防諜の魔術が使われたからな。良からぬことを話しているのではと思っただけだ」
「ほぉ、なるほどな」
念の為の確認というところか。
ヴィンセントは琥珀の瞳をゆるりと細め、笑みを深めた。
「しかし俺には別の用件があったように思えるが。例えば……、そうだな。ルイスはメシュラルドの血が流れている故に、それに関係する事柄か」
さて、どう出るだろうかとヴィンセントはベルナルトを観察する。
ベルナルトは口を開き、しかしすぐに閉じて遠くへと目をやる。その視線の先にいるのはメシュラルドの船員だった。
「失礼する」
ベルナルトはすでに身体を船員に向けていた。
言葉を置いて颯爽と去っていく背中をしばらく見つめた後、ヴィンセントは喉の奥を鳴らすように小さく笑った。
「やはり外は面白いな」
しばらくヴィンセントは一人、肩を震わせていた。
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誰かに身体を揺すられる。続いて伊織の声が静の耳に入り込んだ。
「静、起きて」
「ん……おきた」
「お迎え来てるよ」
「……むかえ?」
静は瞼を薄く開けつつ、のっそりと身体を起こす。変に昼寝をしてしまったせいで、気を抜いたらまた眠ってしまいそうだった。
「静様」
その呼びかけた声に、静はぱっと瞼をしっかりと開き見上げた。
「ルイス、おつかれぇ」
「はい」
目の前にいるルイスに静はつい、へらりとずいぶんと気が緩んだ笑顔を浮かべた。何故か、ルイスは顔をしかめているが今の静には何も考えられなかった。
ルイスがいる。
静はすぐに靴を履き、ベッドから立ち上がった。
「ありがと、伊織」
「良いよー」
遅れてアラレがベッドから降り、スズカがいつものようにヨカゼの背中に移動する。
静はそんな彼らを一瞥しつつもすぐにルイスの袖を掴み、すぐに部屋を後にした。
部屋へ向かう途中、ライリーが何か言いたげな顔を見せていたがエリカが緩く首を横に振り、そしてジルはアラレを捕まえていた。アラレは大げさに泣きわめき、慌ててロバートが宥めようとしていた。
その一連の動きは何とも面白いものだったが、静はすぐに興味をなくして視線を前へと向けた。
部屋に入り、静はヨカゼもアラレも誰も入ってこないようにすぐに扉をしめてルイスを正面から抱きしめた。
「静様、さすがに汚れが」
「うん。知ってる」
困惑するルイスのことなんて構わず、静はより強く抱きしめた。
乾いた砂の匂い。それと汗の匂いがするが嫌なものではなかった。
「頭撫でて」
「……はい」
観念したように静の頭上から深い息を疲れた。
衣擦れの音が微かに聞こえる。少しして、頭の上にルイスの手が乗った。手はゆっくりと、優しく上から下へ大きく動く。少しだけ視線を上へと動かせば、どうやら先ほどは手套を外していたのだと知った。
中途半端に寝てしまったせいか、また睡魔が静を襲ってきた。
「立ってるの疲れた」
「はい」
「ルイスも座ろ」
「それは」
「静さんとってもさむいです。どうしてくれるんですか」
ようやっと、静はルイスをじっくりと見上げる。
疲労と、それと眠気だろうか。いつもよりも開かれている瞳は細い。無愛想なのは変わらないが、その口元は僅かに緩んでいた。
「……貴方はとても寒がりでしたね」
「そうだよ。さむがりだよ。ルイスのせいだよ」
全部ルイスのせいだと、理不尽の極みのように静が言うと、ルイスは背中を丸めようとする。静は抱きしめていた腕をゆるめてやると、ルイスは額にくちづけを落とした。
「……ふぅん」
「ご不満ですか?」
「いいえ?」
ルイスは静の背中に手を回し、部屋の奥にあるベッドへと座らせる。ルイスは暑かったのか上着を脱ぎ、椅子の背もたれに置いてから隣に座った。
「暑かったんだ」
「さすがに、先程まで外におりましたから」
ルイスはさらに上までとめていたシャツの釦を外し、前髪を後ろへと流した。初めて見るその仕草に静はついつい目が奪われた。
「まさか、ここまで暑いとは思いませんでした」
「けどまだ春先だから、夏になったらもっと暑くなるんじゃない?」
ルイスは無言で顔をしかめた。静はその反応がついつい面白く、肩を小さく揺らす。と、ルイスはその顔のまま、静の髪に触れてきた。
「なぁに?」
「いえ、御髪が乱れているので」
「そっかぁ」
そういえば先ほどまで伊織の部屋のベッドで昼寝をしていたのだ。髪が乱れているのも当然だろうと静は納得した。
ルイスは慣れた手つきで静の髪を解く。指先で緩く髪を何度も梳き始める。頭を撫でてくれるようなその動きに、静の瞼はまた段々と重たくなってきてしまい、たまらずにルイスへと寄りかかった。
すると静の瞼に柔らかなくちづけが落とされる。くすぐったくて静はくすくすと笑みをこぼすと、額、そして頬、鼻先と順番に触れてきた。そうして最後に唇に落とされる。
触れるだけのくちづけが、重なるごとに深くなる。
久しぶりのその深さに、静は慌ててルイスの胸を押すが何故か更に深まり、気付けばベッドに仰向けに倒されていた。
「……一回、確認ね?」
「はい」
「押し倒した理由は?」
「静様が弱いからでは?」
「よわっ?!」
息も絶え絶えになりながら静が声をあげるが、すぐにルイスが静の声を飲み込んだ。
気づいたころにはルイスはとても良い笑顔を浮かべ、まさに狼よろしく、静を見下ろしていた。しかも首のレースリボンも解かれていて、ルイスの手の中にあった。
これはまずいのではないか。
静は無意識に身体を強張らせてしまう。と、ルイスはすぐに困ったように眉尻を下げ、そして触れるだけのくちづけを瞼に落としてきた。
「……少し寝ます」
「はぁい」
ルイスはそう言って静の横へ体を寝かし、当然のように静を抱きしめる。ただ静の背中からだから、今どんな顔をしているのか、静には見えなかった。
静は申し訳なさと、そして耐えてくれているルイスへ感謝の気持ちを込め、抱きしめてくれるルイスの手を握りしめた。




