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09 南の魔物達

 一日目。その日の夜は船内にある部屋で休んだ。騎士達は部屋がないため野営である。

 一応は区画を分けてもらっているおかげで静達がいる部屋へと続く場所にはメシュラルドの人間は入らない。そのあたりの配慮はしっかりとなされていた。

 おかげでルイスは堂々と静がいる部屋まで出入りし、甲斐甲斐しく世話を行えたわけだ。静の世話を終えた頃になると、ルイスはずいぶんとすっきりとした顔をしていた。

 さて、ではいつものように甘えてくるだろうと思っていたが、残念ながらそんなことはなく、他にやることがあるらしくルイスは早々に部屋を後にした。

 残された静は共にいたヨカゼの腹に顔を埋め、アラレを抱きかかえ、スズカの柔らかな羽毛に手を突っ込んで甘えたのは言うまでもなかった。



 そして二日目。今日も甲板に出ていたふくれっ面の静を伊織が大きくゆすった。


「ねぇ、静! あれ!」


 伊織が笑顔で船の外を指す。一体何があるのかと静はのそりと伊織か指した方向を見て、銀の瞳を丸くした。


「……え、何あれ」


 そこは鉄と石で作られた重厚な壁で囲まれていた。そしてその中には黒く、しかし割れた亀裂から赤い光が漏れ出ていた。

 マグマ。

 元の世界では動画でしか見たことのなかったものが、壁の中で蠢いていた。


「牧場ですよ、スライムの」


 二人の後ろからロビンが言った。静と伊織は慌ててまたその中の蠢いているものを見る。だが見えるのは表面が黒い塊になった、マグマのようなものだけだ。 


「話には聞いていたけども……。これほどとは」

「あれ全てがスライムなのですか……?」


 伊織側にさらにランスロットとアンジェリカが並び、同じように見つめる。

 マグマ、ではなくスライムは変わらずにゆったりと蠢いているだけで、逃げ出すような動きは見られない。全くロトアロフにいる凶暴なスライムとは異なる生態系に、静はついついじっくりと見てしまった。


「気になるならば立ち寄ると良い」


 そんな彼らの後ろから、ベルナルトがそんなことを言ってきたのである。その顔はずいぶんと面倒と言わんばかりにしかめていたが、外交等を考えてのことだろう。その申し出に対し、ランスロットは笑顔で浮かべていた。



 -*-*-*-*-*-*-*-*-*-



 スライムが逃げ出さないように設置されている重厚な壁は、耐熱の魔術が組み込まれており、スライム自身の魔力によってその効果が発動されると言う。さらに地中に深く壁が埋められているため逃げ出すことは滅多にないらしい。

 この国のスライムは非常に穏やかであり、動きも鈍い。そして時間になれば餌を貰えるので早々襲ってこないのだとか。だから逃げ出してもそれほど危険な状態ではないとかどうとか。

 後はどうやって魔鉱石を作るのか、だが。どうやら彼らにとっての老廃物が集まったもの、らしい。

 たまに赤い魔鉱石がそのあたりに落ちているらしく、それを拾い集めているらしいのだがその時だけは命がけだとかどうとか。

 ベルナルト自ら、ロトアロフの言葉を用いて説明をしてくれる中、静と伊織は背の高い壁の上に設置されている足場からスライムを見下ろしていた。


「お二人とも、あまり身を乗り出してはいけませんよ」

「静様っ、お願いですからそう覗き込もうとしないで……!」


 伊織の肩に手を添えるクレアはそっと優しく声をかけ、しっかりと静の手を握るライリーは若干泣きそうな顔をしていた。ライリーはまだ魔物と遭遇したことはないらしいが、以前、大量のスライムの群れと遭遇して以来、苦手になったらしい。

 おかげで腰が引けているが、ちゃんと自分の役目を全うしようとしているライリーの姿勢はとても良いものだと静は受け取った。


「なるほど……。ロトアロフとはずいぶんと違うのだね」

「ロビンから聞いている。凶暴らしいな」

「そうなんだよ。だからこうして見られるとは思わなくてね」


 ベルナルトの話を真剣に聞いていたランスロットの横で、同じく聞いていたヴィンセントが問いかける。


「こいつらの主食は魔力らしいが、魔石を直接食わしているのか?」

「魔物の残骸等。基本な何でも食べる……というよりも、自身の熱で燃えるからあれは食べるという行為ではないのだが」

「……ああ、なるほど。だから残った魔力を食べている、ということか」

「そうだ」


 興味深げにヴィンセントが覗き込むすぐ近くに、ルイスが無言で顔をしかめる姿が見えた。

 この国のスライムは高熱を持っている。そのせいでこの場は立っているだけで汗が流れ落ちてしまうほどの熱気が溜まっていた。

 珍しく汗を流している姿に、静はついつい視線を向けているとルイスと視線が重なった。しかしすぐに視線は逸らされてしまった。

 なんだか面白くないなと思いながら、静もまた視線を逸らした。


「ねぇ、静様。なんだかこちらに集まってきておりません?」


 共に見ていたアンジェリカがふと、そんなことを言って来た。

 確かに、全体的に広がっていたマグマの塊が、だんだんと静達がいる方へと集まってきていた。なるほどだから先ほどから熱気が強くなってきていたのかと静は納得しつつ、そっと後ろに下がった。


「あ、やっべ。ヴィンセント様、下がって下がって。後、ルイスもな。こいつら魔力に反応してやがります」

「捕食対象として認識してきた、ということか。仕方がない。見学はここまでだな」


 魔力を食らう。とはつまり、魔力を多く持っている者に集まるということである。

 この中で一番魔力を保有しているヴィンセント。そして静の魔力を請け負っているルイスに集まるのは必然的なことであった。

 ヴィンセントはわざとらしく肩を落とした。


「お前達も戻るぞ」


 そして戻る手前、ヴィンセントはすかさずに静と伊織に声をかけた。伊織はまだ見ていたそうにしていたが、静が手を軽く引き、更には銀の狼が鼻先でちょいと押すと大人しく着いてきてくれた。

 仕方がない、と言うようにクレアは持っていた籠を伊織に手渡す。伊織はぱっと表情を明るくし、大事そうに抱えた。布で隠されているその下にいるであろうウーロがわずかに身じろぎ、布の隙間からちろり、と舌だけをのぞかせたのを静はしっかりと見た。


「ずいぶんと過保護なのだな」


 わざとらしく声を張った、ように聞こえたベルナルトの声はしっかりと耳に届いた。

 しかもロトアロフの言葉でいうものだから、誰もがベルナルトへと鋭い視線を向けるのも当然のことだった。


「大事な我らが聖女だからね」

「大事か。わざわざ遠くの地から連れてきたからか?」

「ああ、風貌が僕達とは異なるということかい? 確かにそうだけども、彼女達は我が国に降り立ったのだから連れてきたというのは語弊があるな」

「……降り立った、か」


 微笑みを崩さないランスロットと、険しい顔つきのベルナルトのやり取りが耳に入る。明らかに納得はしていない口ぶりだ。

 そうだろうなと静は内心頷くし、ベルナルトの言いたいことも良く分かる。

 本当に今回は特に過保護を極めている。だが、そうしなければならないほどに警戒をしている。何せ静達の力は国外に出てしまった以上、回復することはない。

 下手をすれば静はもちろん、伊織の命だって危うくなる。とくに伊織に関しては常に愛娘の力を使っているような状態だ。

 伊織の力はおそらく四人の中で一番強大であり、今回伊織もついて行くという話になった時、力を与えているリディアータからは何の助言等々は無かったし、眷属達が慌てふためくといった様子はなかった。だから通常、何もせずにいられる状態であれば伊織は問題がない、と思われた。

 そして静は言わずもなが、何をしでかすか分かったものではないので見張りは多い。

 もうちょっと信頼してくれとは言いたいが、静自身やらかす自信の方が大きいので黙って受け入れていた。


「ルイス」

「どうした、ノーマン」


 ルイスへとノーマンが駆け寄る。続いて漆黒がノーマンに並んだ。瞬時にルイスの周りから音が消え去る。防諜の魔術を使用したのだ。

 さらに続いてベルナルトに、メシュラルドの騎士が駆け寄る。あちらは防諜の魔術を使わずに堂々とメシュラルドの言葉で報告をしていた。



 魔物。近く。群れ。



 途切れ途切れではあるが、確かにそんな言葉が聞こえた。


「あまり、良い報告ではないみたいだね?」

「こちらの言葉を理解しているのだろうに、わざとらしいな」

「そう聞こえてしまったのなら申し訳ないね」


 ランスロットはそう言いつつ、ルイスへと視線を向けた。


「それで、状況は?」

「はい」


 ルイスはすぐにランスロットへと向き直る。そしてノーマンと先ほどの漆黒は同時にその場から離れていく。


「この国で多く生息しているワーム種の魔物の群れが航路近くにいたとのことです。これから討伐をし、航路を通します」

「分かった。けどもここは異国だから勝手は出来ないよ」

「承知しております。ですので深紅を中心に後方支援として向かいます」

「それなら僕達は片付くまで待つとするよ。さ、アンジェ。戻ろうか」


 ランスロットはルイスからの報告を聞くだけで、とくに焦る様子も見せずに優雅にアンジェリカを船までエスコートし始める。

 アンジェリカは不安そうな顔を見せるも、ランスロットの微笑みを見て安心したように笑みを零した。


「ほぉ、ワーム種か」

「早く船にお戻りください」

「遠くからでも見れないか?」

「運が良ければ見られるのでは?」

「適当だな」


 冗談とも本気とも取れないヴィンセントはさりげなく静へ目配せをする。静は小さく頷き、しっかりと伊織の手を握りしめた。伊織はすぐに眉を顰め、訴えてくるが静は見ずにヴィンセントの後を続いた。




 出向までは大人しく部屋で待つことになった。伊織が使っている部屋に入ってすぐ、伊織が頬を膨らませて不満を漏らした。


「ワームって虫だよ、虫!」

「うん、そうね」

「見たい!」

「とりあえず今は止めとこ?」

「見たいよぉ……!」


 伊織はベッドに一緒に乗っている銀の狼に顔を埋めるように抱きしめる。すると、ようやく籠から顔を出したウーロはシャーと珍しく大きく口を開いて牙を見せつけてきた。


「伊織。ウーロが不満そうだよ」

「あ、ごめんね。違うの、ウーロ。もちろんウーロが好きなのはそうなんだけど、虫はほらちょっと違うでしょ?」


 伊織は銀の狼から離れ、すぐにウーロがいる籠ごと抱き上げた。ウーロはもう一度、シャーと威嚇するように牙を剥き出し、伊織の手首に体を巻き付けた。


「重いよー」


 見た目が蛇だと言うのに、そのあまりにもよく分からない大人二人、三人がようやく持てるほどの重さのせいで僅かに重さを軽くする籠から体を乗り出せば重たくなるのは当然だった。

 それでも伊織は口元を緩ませて受け入れている。クレアは微笑まし気に見つめ、ライリーはほんの少しだけ口元を引きつらせていた。これが慣れの差か、と静はヨカゼと戯れる。ちゃんと忘れずに船に残って留守番をしてくれていたアラレとスズカにも忘れずに。


「ヨカゼはワーム種って見たことある?」

『あれがそうなら見たことがあるわよ』

「あれが?」

『私がいた国には泥の中にいるの。けどどっちかっていうと魚っぽいから違うかもしれないわ』

「……そうかもねぇ。ロトアロフでは見た?」

『見てないわ。ああいうのはいないんじゃない?』

「そっかぁ」


 それなら安心だな、と静は頷きつつも思う。あの狂暴なスライムがいるせいでいないのでは、なんて。

 静はそんな余計なことを考えつつ、わずかに銀の瞳を扉へと向けた。と同時、軽くノックの音が響く。ライリーが慌てて扉を開ければ、そこにはヴィンセントがいた。


「悪かったな、俺で」

「何も言っていないんだけど?」

「ルイスは上だ」


 開口一番、ヴィンセントが言った言葉に、静が返答する。そんなもの扉が開かれる前から分かっていたことだから謝る必要もない。ただほんの少しだけ、口角は下がったのかもしれないが。


「まだ時間がかかるらしい。ワーム種の中でも外皮が硬いものらしい」

「じゃあ、深紅は?」

「当然ながら深紅も前線に出たらしい。奴ら、どうやら喜々として討伐しに行ったらしいぞ。俺も参戦したいところだが、ルイスと兄上が面倒だから今回は控えた」

「そうしなよ。伊織からも文句言われるよ」

「ああ、そのようだ」


 一人だけずるい、と言わんばかりに伊織はじっとりとヴィンセントを見ていた。


「言っておくが、今の話はノーマンからの報告で俺は見ていない」

「へー」

「メシュラルドには魔物のそういった素材を使った魔具が多数あると聞いている。共に見るだろう?」

「そのワーム種も?」

「あるらしいぞ。武器らしいが」

「見たい!」


 あっという間に機嫌を良くした伊織はニコニコと満面の笑顔を浮かべた。機嫌が良くなった伊織に、ヴィンセントは僅かに表情を和らげつつ、扉を開けたままに木枠に寄りかかった。


「それで静」

「何?」

「何かしら気配は感じたか?」


 どうやらヴィンセントはそれを確認しに来たらしい。

 静はゆるく首を横に振る。


「呪術のような気配は感じないよ。どうして?」

「奴らの話では、突然出現したらしい、というのが聞こえてな。それに今相手をしているワーム種は、本来この航路に生息していないらしい」

「つまり、その類を使って呼び寄せたんじゃないかってことね」

「ああ」


 何かしらが邪魔立てをしている可能性がある、ということだ。

 静は深く息を吐きだし、疲労のせいでうまく回らない頭を無理やりに回す。が、それよりも先にルイスの状態が気になりだし、それどころではなかった。


「……ちょっとルイスを休ませたいなぁ」

「着いたら休ませろ。あいつはやれば出来るが、そろそろと無茶をし始めるぞ」

「まさかとは思うけど、薬持ってきてたの?」

「当然あるに決まっているだろう? だが、今のルイスがあれを服用したらどうなるか考えたくもない」


 疲労や魔力等々を回復する薬。以前、ルイスが多量に摂取した結果、しばらく魔術を使えなくなったどころか、加護を受けた右目に痛みだした。

 ルイスはそう馬鹿ではないし、器用である。が、耐えられるならばどこまでも無茶はする。そして今は静の魔力を請け負っている状態だ。そんな状態で薬によって過剰に魔力を回復させればどうなるか。想像することは出来なかったがろくなことにはならないだろうと言うことぐらいは理解出来た。


「一先ず、静はもう部屋にいろ。理由をつけてルイスを下がらせる」

「うん。ありがと」


 話すことは以上だというように、ヴィンセントはすぐに部屋を後にして扉を閉めた。

 話を終えた静は、伊織には悪いと思いつつ座っていたベッドにそのまま後ろへ倒れこんだ。


「静。ちょっと寝てる?」

「うん。終わったら起こして」

「分かった。あ、ウーロいる?」

「いらなぁい……」


 静はそのままいそいそと靴を脱ぐ。軽く、履き心地の良いルイスが贈ってくれた靴は今も大事に使っている。それを丁寧に隅に寄せ、ベッドに丸くなる。ベッドの上にいた銀の狼はすぐに降りてヨカゼの横に利口に座った。

 アラレはいつも通りに静の首元へ丸くなる。今回はスズカも一緒だ。

 大地を滑るようにゆく船は大きく揺れることはない。が、わずかに底から低い音が聞こえてくる。あまり良い音ではないこれは、おそらくはこの船自体の音なのだろう。

 ルイスがいればきっと深く眠れただろうになぁ、と思いながら、小さな伊織達の声に耳を傾けつつ、静は瞼を閉じた。

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