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06 明日を待つ

 あのゴーレムは、直接静へ力を分けることはなく、代わりに小さなゴーレム。ゴズを渡してくれたのだとルイスは語った。

 そして力を分けてくれたのは光の波か、絨毯か。そこにゆらゆらと飛び回る蝶達だとも。

 だから目が見えた時、光の中にいたのかと静はようやく納得した。


「もう、あの時から分かってたのかな」

「どうでしょうか」


 野営の暗い天幕の中。簡易的な寝台に座る静は、隣にいるルイスに寄りかかったまま無意識にルイスの素手の左手を握りしめる。指を握りしめたり、指を絡ませてみたり。

 ルイスは静に手を好きなようにさせながら、静の黒髪へ軽くくちづけを落とす。以前の静ならば、すぐに反応をして頬は色づくが、今やそれすらない。ルイスはしかし、その慣れた静を前にほんの僅かに口角をあげていた。


「静様、もうお眠りください」

「ん。もうちょっと」


 そんなルイスの様子なんて分からないまま、静はルイスの手で遊ぶ。自分よりも大きくて、温かい手。骨ばった、男の手。優しく、力強い手。

 触れてほしいとは思っている。けどもやはり怖いとも思ってしまう。こんなにも愛おしい手なのに。

 なんて。

 まだ胸の内に残る痛みから目を逸らそうとしてみるが、どうして瞼裏に浮かぶのは風化し、風にさらわれていく砂の光景ばかりだった。


「そこまで、情があったとは思いませんでした」

「わたしも、ここまでとは思わなかったよ」


 本当に静の全てを分かっているらしいルイスに、静は苦笑を漏らした。

 真咲が呼んでくれた鳥が一羽、敵の手によって命を落とした時、静は涙を流すことはなかった。そんな状況ではなかったということもあるかもしれない。それでもこんな痛みはなかった。

 薄情だなと自嘲し、そこでようやく切り替えが出来てしまったことに静は大きく息をついた。


「寝る」

「はい。さっさと寝てください」


 ルイスの言う通り、静はさっさと靴を脱いで簡易的な寝台へ横になる。ルイスは静が横になったのを確認し、軽く髪を梳いた。


「おやすみ、ルイス」

「おやすみなさいませ、静様」


 そうしてルイスは静へ柔らかなくちづけを額と瞼に落とし、静の両目を手で覆う。

 これをされると本当に不思議とよく眠れるのだ。静はその温かい手を感じながら、すぐに眠りについた。

 明日になれば、きっともう大丈夫だと、そう思って。



 -*-*-*-*-*-*-*-*-*-



 頬に手を添え、アンジェリカは大きく息をついた。


「思うのです」


 長期保存が出来るパンはまだ半分残っている。具沢山のスープは後少しだけ。

 これはランスロットの意向でもあり、食事に関しては騎士達と同じものをアンジェリカはもちろん、当然ながら静達も食べていた。

 共に食べていた静と伊織は顔を上げる。


「旅先でも簡単に身を清められる物があれば良いのに、と」

「分かる」

「うん」


 静と伊織はアンジェリカの言葉に強く頷いた。

 ランスロット含めて騎士達はこの暖かい季節ということもあって適時外で水浴びをしているらしい。ヴィンセントは慣れないながらも面白がって適応している。

 そして侍女達や女騎士達はもちろん、静達は天幕の中で体を拭うなどをしているわけだ。寒い時期であればそれどころではないので気にする余裕はないが暖かいからこその悩みでもあった。

 とにかく匂いと汗。髪のベタつき。これをどうにかしたかった。


「ええ、分かっていますわ。これが贅沢ということを」

「でもほら、アンジェリカは王妃様だよ」

「贅沢でしょう? それにお二人は私よりもお立場が上であられるのに受け入れていらっしゃいますし」


 静と伊織はつい、互いの顔を気まずげに見合わせた。

 正直、二人はこっそりと隠れて文句を言っていた。当然ながら周囲には聞こえないように生まれ故郷の言葉を使って、である。二人は一緒の馬車であり、クレアはアンジェリカの侍女と一緒にいる。その為、普通に会話していても問題はないかも知れないが念を入れていた。

 だって仕方がないとここは言いたかった。

 蛇口をひねればすぐに湯が出て、移動だってこんなに時間は掛からないし、食事だってもっと美味しいものが食べられた。それが今はない。分かっていたことではあるが、やはりついつい不満はどうしても抱いてしまうものだった。


「何か……いえ、しかし……けど」


 ふと、アンジェリカが小さく呟きはじめる。何か深く考えていることは、伊織の目がない静でもよく分かった。

 とても集中しているらしい。アンジェリカの侍女が声をかけるも、聞こえないようでぶつぶつと呟き続けている。あれでは折角の料理が全て冷え切ってしまうだろう。勿体ない。

 すっかり空となった食器をクレアに渡しつつ、静は顔をつい小さくしかめた。伊織も同じように殻になった食器を渡して、クレアが離れたのを見計らい、伊織は生まれ故郷の言葉で静に話しかけた。



 -*-*-*-*-*-*-*-*-*-



「ねぇ、静。なんで馬車と馬しかないんだろうね?」

「なんでって。理にとって、それが都合が良かったんでしょ」

「うん。なんかそんな感じなのは分かったけど。ちょっと不便すぎるよね」


 故郷の言葉で話す時、周りに聞かれないからということもあってか伊織はよく話す。しかも遠慮はない。静にとっては清々しく聞こえるが、人によってはデリカシーがない等々感じる場合もあった。が、今聞いているのは静だけだ。だから静はそれに何か言わず、伊織の話に乗った。

 

「時代が大きく変化する時って、どんな時だと思う?」

「え? どんな時?」

「大きな戦いがある時だよ。もちろん、全部がそうではないけども。そして大きな戦いが起きた時、技術というのは大きく躍進する場合がある」


 歴史書を見て、そう静は感じ取ったものだった。

 もちろん、いきなり天才的な人物が現れて文明が発展する場合もあるし、ひたすらに技術を追い求めた者達がいたおかげの場合もある。けどもそれはそれ、これはこれと今は分けて考える必要があるだろう。

 静は地下で呼んだ本達を思い出しながら話を続けた。


「この国は不便なものをそのまま許容していた。それはつまり、この国がそれほど平和であったこともある。それに確実に理が介入していた」

「そうなの? もしかしてユフィアータが教えてくれた?」

「違う。地下の書庫で見つけたの。この国の知識について」

「知識?」


 静はその理が求める、はじまりの神と呼ばれるそれの手がかりがないかと大神殿の地下にある書庫へ足を運んだ。その時に、ふと気になって様々な学問についての本を呼んでみたのだ。

 正直、驚いたのだ。何故、こんなものがあるのか、と。

 よく分からないと首を傾げる伊織に、静は苦笑を見せた。


「流し読みした程度だけど。この国の魔術以外の知識というのは低くない。むしろ高度だと思う。大学は知らないけど、学校で習う基本的な知識はある程度網羅されていた、と思う。わたしも全部覚えているわけじゃないから断言は出来ないけど」

「え、でも」

「だから理が介入してきていると予想した。あの開発局の人達が、この不便さを許容し続けてきている時点で察するべきだったのかもしれないけどさ」


 何せ奈緒が伝えた知識をユアンは全てではないが元から知っていた。さらに魔力を持たない静達が扱える通信機まで作ってしまう技術力があるのだ。

 これがどうして遅れた文明であると言えよう。


「けど、通信機と写映機がまだ一部とは言え広まった。理とやらが、おそらく必要だと判断した可能性がある。そして、ラウディアータが真咲に外へ行くように促した」

「……静」

「うん」


 思考を深めるほどに、静の不愉快さは増した。

 理とやらは何かを知っている。そして何らかの意思を持っている。もしくは理を決めている何かが、こちらを観察して判断している。

 見守ってくれる我らが神とは違うそれにより、異世界の人間である静達はこの世界にいる人達に今の話をすることは出来ない。

 良い意味でも、悪い意味でも強い影響を与える存在になりえるのだからそれについては文句はないが、それはそれとして観察されているかもしれないも思うと、やはり不愉快であることには変わりなかった。


「何かが起きるよ。それも、大きなことが」


 そして理がここまでお膳立てをした。つまりはこの先に確実に何かが起きることがほぼ確定していると言っても間違いではないだろう。

 本当に不愉快だ。だが、とにかく思考するのにはうってつけであった。


「ねぇ静」

「何?」


 伊織は静を呼びかける。静は顔を上げ、伊織の笑顔を見てすぐに視線を反らした。


「やっぱりゴーレムが眠ったこと、今も引きずっているでしょ」

「考えないようにしてたのに!」


 ケタケタ笑う伊織に図星を突かれた静は声を小さく荒げた。


「もう、余計な事ばっかり考えてさー」

「うるさいなぁ……。……あ」

「あ」


 笑い続ける伊織に、静はそこにさらに顔をしかめる。そしてふと視線を感じて、視線を向ければ、真っ直ぐに静と伊織を目を丸くして見てくるアンジェリカがいた。

 二人は顔を見合わせ、慌てて言葉を元に戻した。



 -*-*-*-*-*-*-*-*-*-



「ごめんね、アンジェリカ。二人で話しちゃって」

「ごめん。うるさかったよね」


 伊織と静が続けて謝ると、アンジェリカは目を丸くしたままに口を開いた。


「いえ。それより今のお言葉は……」

「えっと、私達の国の言葉だよ」

「そうでしたのね。いえ、突然お二人とも、鳥の囀りのように会話をなさっているので、ついつい耳を傾けてしまいましたわ」


 元の世界で静が偶然目にしたネットの話に、故郷の言葉は抑揚があまりない上に母音が連なるため、のっべりと聞こえるらしいとあった。

 それが鳥の囀りに近いと言うことだろう。これは喜んで良いものか、少しだけ反応に困るものだった。

 と、アンジェリカは少しだけ目線を上げ、頬を緩めた。


「とても楽しそうにしているけども、食事は終えたかい?」

「ああ、申し訳ありません。まだ途中で……」


 振り返り見ればランスロットが歩み寄ってきていた。ランスロットは静と伊織に目礼だけをし、すぐにアンジェリカの傍らに片膝をついた。


「ごめんね、急かしてしまって。それに疲れているだろうに」

「いいえ、陛下こそお疲れでしょう?」

「ふふっ、やっぱりこれからは時折外に出ないと駄目だね」


 否定しないランスロットに、アンジェリカは小さく笑みをこぼし、しかしすぐに眉尻を下げた。 


「その、陛下。実は少しだけ思ってしまったことがありまして」

「思った事?」

「ええ、はい。実は」


 アンジェリカは、静と伊織にこぼしたことを伝える。ただそれだけではなく、先程一人で考えていたのだろうことも続けて伝えていた。

 全て静と伊織の耳に届いていたわけではないが、公衆浴場や、ギルドや、宿泊等々、何やらずいぶんと具体的な単語が聞こえてきた。

 ランスロットはアンジェリカの話を全て聞き終え、一つ頷いた。


「実は僕も同じことを考えていたんだ」

「まぁ、そうでしたの?」

「どうかな。移動中、それについて話をしないかい?」

「もちろんです!」


 なんだがとても良い話になっていきそうな雰囲気を感じ、静と伊織はそっと席を離せることにした。

 ランスロットは気づいたように、少しだけ申し訳なさげに困り顔を浮かべていた。後で何かしらのお願いをしたらすんなりと聞いてくれそうだと二人は揃って思った。


「あのさ、伊織」

「なーに、静」


 歩いていると、ヨカゼを先頭に狼達が駆け寄ってきた。そのうち一頭の伊織に着いてくれる銀の狼は、ウーロがいる籠を律儀にくわえて運んできてくれていた。それからアラレも必死に走って来て、我先にと静の胸へと大きく跳躍してきた。静は驚くことなく受け止め、抱える。

 空からはスズカがくるりと転回しながらヨカゼの背中に下りた。


「眷属ってなんだろうね」

「……眷属って、えっと。神様、なんだよね?」

「けど、神は死なない。眠るだけ」


 そうだよね、と静は視線だけでヨカゼに問う。ヨカゼは答えず、頭を静へ押し付けてきた。


「あのゴーレムはこの凍土に眠った」

「……眷属、なんだよね?」

「うん。だからゴズがいる」


 眷属もまた神である。しかし、あのゴーレムの命は巡り、眠った。そして今はフィルと共にいる小さなゴーレム、ゴズへと繋いだ。

 考えたところで答えが出ないのは分かっていた。けども、それではと考えてしまうのだ。

 今、レイメイにいる眷属達はどうなるのだろうか。いつまでそばにいてくれるのだろうか。ずっと、見守ってくれることは難しいのだろうか。

 

「……ごめん。また変な事考えた」

「大丈夫。迷ってもスズカがいるし、見える私がいるから」


 答えのないこと考えてしまったことに、静は謝罪を口にした。が、すぐに伊織はきっぱりと言い切った。寄り添う寄り添うような言葉ではない。ただ隣にいるというだけの言葉であったが、静にはとても心強いものだった。


「やだ、かっこいい」

「でしょー?」


 静がわざとお道化れば、伊織はまたケラケラと笑った。

 少し離れた場所にいるヴィンセントが顔をしかめ、つまらなそうに見てくる。ルイスはちらり、と見てきたがすぐに興味を失ったようにノーマンとの会話を続けていた。

 そんな対照的な二人の様子に、静と伊織は肩を揺らす。


「もーお風呂入りたーい」

「分かるぅ」


 そのまま溜まりに溜まった不満を吐き出した。

 もう明日になればエヴァンハイン家に到着するらしい。その時にようやく湯浴みが出来ると思うと楽しみ明日が楽しみであった。

 そのまま伊織はヴィンセントの元へと駆け寄り、静はルイスの元へと転ばないように注意しながら歩み進む。

 静の視界の端に見えた、途端笑みを浮かべる分かりやすいヴィンセントに静は噴き出しそうになった。そしてルイスが話しを切り上げて足早に静へと逆に迎え来た。


「どうされたんですか、静様」

「ランスロットに追い出された」

「……ああ、そのようですね」


 ルイスはアンジェリカの側にいるランスロットの姿を見て納得したように頷いた。


「もう少しで出発しますが、問題はありませんか」

「うん、大丈夫」

「……体調の方は」

「変わってない」

「そうですか」


 いつもと変わらない。その事にルイスは小さく安堵したように息をついた。

 静はルイスを見上げ、少しだけ銀の瞳を細めた。


「……何ですか」

「疲れた顔してるなぁって思って」

「分かっているなら大人しくお願いします」

「はぁい」


 静は素直に返事をし、いつものように差し伸べてきたルイスの手を握りしめた。

 馬車まで短い距離であるか、これでも躓くときは躓くのである。だから、たったこの距離でもルイスは静の手を離そうとはしない。

 深く絡んだ面倒すぎる思考が、たったこれだけでするりと解かれていくのを静は感じた。

 そして静はくだらないことをまた考え始める。

 一先ずは、エヴァンハイン家に到着したら浴室を借りて身を綺麗にしよう。そして庭園にいる桜の眷属へ挨拶し、おいしいものを食べて。そしてルイスと一緒に柔らかなベッドで眠りたい。

 なんて言ったら困るだろうか。けども、なんだかんだとお願いを聞いてくれるからきっと眠ってくれるだろう。

 早く明日が来ないだろうか。

 静はご機嫌に、また小さく笑みを零した。

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