03 着実に準備を整える
そこから話は早かったと、静は聞いている。
翌日にアウグストがベルナルトの申し出を了承し、要件は済んだということでベルナルト一行は帰国する流れになった。
だが、その後にちょっとした問題が起きたらしい。
帰国する際、ベルナルトがロビンを案内役に指名してきたのだ。メシュラルド出身だからというのもあるだろう。だがそこはランスロットが間に入り、同じくメシュラルド出身の他の騎士をつけることで話をつけた、らしい。
その後どうなったのかは不明である。何せ、これらを語ったロビンが遠い目をしていたからだ。
本当に大変だったのだなと、静はほん僅かに同情の念を抱いた。
では何故、婚姻式と戴冠式が同日に行われたかと言うと、この祭事の時期が問題だった。
何せ行われるのは、ロトアロフでいうとようやく国中の雪が溶け、花が溢れる春の季節だった。
そして出席するのは、大神殿から静に見張り役の伊織。保護者のヴィンセント。その他、ルイスは当然ながらレイメイの騎士も護衛のために選ばれる。
当然ながら王族も出席するわけだが、アウグストはランスロットへ出席をすることを求めた。理由は歳には勝てない云々。ヴィンセント曰く、さっさとあれは隠居したいらしい、とのことだった。
結果、ならば国王として出席した方が良いとかそんな話になり、いやその前に婚姻がともなったというわけである。
アンジェリカにはとくに申し訳ないことをしてしまったと静は強く思っていた。
だが、アンジェリカ曰く、戻ってから改めてお披露目をするとのこと。その時はまた違うドレスを着るらしく、今から楽しみだと語っていた。
それが事の顛末である。
そして静の身の回りの世話をリーリアではなくルイスがほとんどするようになったのかと言うと、これの理由は比べて単純だった。
リーリアが妊娠したからだ。
冬至を過ぎてから悪阻の症状が出てきたリーリアはとにかく安静にする必要があった。その為、リーリアの代わりにルイスが世話をすることになった、というわけだ。
前々から計画していたんじゃないかと思うほどに、話はすんなりと決まった。ちなみに静の異論は聞き流された。
その流れで、メシュラルドでの静の身の回りの世話もルイスがすることになったわけである。
もうどうにでもなれ、と言うのが今の静の心境であった。
「ねぇ、静様。そのままだとシャルが服破いちゃうよ」
「え……? あ、駄目だって……!」
今までの事を振り返り思い出していた静は、リオンの言葉に気づき、慌てて身体を起こした。
まだまだ寒さは続くが、この王都あたりはようやく花がほころび始めていた。まだ隅には残雪があるが、静は前のように外で狼達に埋もれていた。
静寂の山の方はまだまだ時折雪が思い出したかのように降るらしい。まだ完全に春は訪れてはいないが、しかしもう数日したら南へ向けて出発するとのことだった。
その前の穏やかな日々を堪能しようとしていたわけであるが、それはすぐに崩れ去った。
このやんちゃなワイバーン、シャルのせいで。
くるる。
「くるる、じゃないの」
くるるるる。
「かわいいねぇ。ほら、静さんの匂いがついたぬいぐるみをあげたでしょ? どうしたの?」
「見て、静様。これ」
リオンの片手には無惨な灰色の塊。元は白い兎のぬいぐるみだったものだろうと推測される。
「……わたしさ、そのうち結構な怪我すると思うんだよね」
「そうならないように教えるね!」
「お願いね……!」
まだまだ静よりも小さなリオンであるが、この時ばかりはとても大きく見えた。
そんなリオンは今回、シャルの世話をしなければならない為に留守番だ。ジェイクとフィルも留守番だからそう寂しくはないだろう。だが静達と共に行くエリカはずいぶんと心配しているくらいだった。
そんなエリカの心を分かっているのか、分かっていないのか。リオンはむしろやる気に満ちている。これは戻ってからどんな風になっているのかが楽しみだと、まだ出発していないのについつい頬を緩ませた。
と、腹の上にいるアラレが顔を上げ、にゃう、と一つ鳴く。それに合わせて狼達とシャルも顔をその方向へ向けた。
「いきなりこっち見んなって……! あ、静様。ちょいと良いですか?」
「どうしたの? フィル」
静もそちらを見やれば、フィルが肩を小さくビクつかせながら立っていた。
片手にはゴズ。もう片方には、素焼きの何かを持っていた。
「いや、ゴズがですね? 急にハニワを作りまして。なんか静様に渡したかったみたいなんですよ」
「へぇ、そうなんだ」
「こちらなんですけど」
フィルが素焼きのそれを差し出し、リオンが受け取る。そしてリオンから静へと受け渡される。
リオンの手のひらでも十分につつみ込めるほどの小さなハニワだ。すっかりこの国で定着してしまった素焼きの人形をじっくりと見やり、静は銀の瞳を細めた。
「フィル、ルイス呼んで」
「は、はい。すぐ呼んできます」
フィルはすぐに踵を返し、隊舎へと駆けて行く。そのまま壁伝いに執務室の窓まで登って行った。
窓越しにルイスの姿が見える。見えないが、明らかに静を見ているのが分かり、静は軽く手を振った。
そしてすぐ、窓から出てきたルイスが狼達に埋もれる静の元までやってきて見下ろす。その目は少しばかり鋭い。
まだ何もやらかしてはいない静は不本意だと思いつつ、手の中で転がしていたハニワを見せた。
「ゴズがね、力をこめたハニワを作ってくれました。だからいざって時はこれで回復出来るよ」
「だからって無茶出来ると思わないでください。ゴズ、後いくつか作ることは可能か?」
「ねぇ、ルイス。わたしが無茶するの前提にしてない?」
「当然ですが? そのうえで大人しくしていただきたく」
「善処しまぁす」
「静様?」
フィルの手の中でゴズは両腕をいっぱいに振り上げ答える。そしてすぐ、フィルの足元の地面からぽこぽこと小さな素焼きのハニワが生み出され始めた。
一体どういう原理か。
土塊でも、石の塊でもない、すでに素焼きの状態になって出てくるのだ。ずれ落ちる眼鏡をそのままにセオドアは地面に顔を近づけ観察する。さらに隣にいるユアンも身を小さく丸めて、じっくりと観察し始めた。
「おお……! なんと素晴らしい……! やはり来てよかった……!」
「先生、ちと落ち着けって」
「これはこれは……。なんとも興味深い」
「ユアン。邪魔するんじゃないわよ」
興奮気味のセオドアにヴィートが肩に手を添え、声をかける。さらに奈緒はユアンの襟をしっかりと掴み、それ以上は近づけないようにしていた。
楽しそうだなぁと、静は他人事に思いつつ、なんだかハニワの量が多いことに小さく口元を引きつらせた。
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それは婚姻式と戴冠式が行われる数日前。エヴァンハイン家の者達全員が大神殿に訪れた。セオドアも共に。
エヴァンハイン家は我らが神であるアルカポルスを守護する一族。であるからに、冬至の儀式へ出るのは当然のことながら、大神殿の奥へと通されることも許される唯一の一族でもあった。
「静様! とてもお元気になられて!」
「お会いしたかったですわ!」
「お、お手に触れても……」
「ちょっと……。ちょっとだけ落ち着こう……?」
フローラに、ミリア、そしてシェリーが静の周りに集まる。何せおおよそ一年ぶりの再会な上に、最後にあった静は一人で歩くのにようやっとという状態だったのだ。
三人が一斉に、そして我先にと静の再会を喜ぶのは仕方が無いものだと静は理解する。理解するが、それでも後ろでに見ている母親達。クラリッサとセレスに静は視線を向けるも、二人はそろって微笑ましいものを見るかのように止めることはなかった。
そして、その様子を見ていた伊織と真咲はふくれっ面になっていたことを静は全く気付かなかった。
「二人とも。羨ましいなら、後で静に抱き着けば良いだけでしょ?」
そんな二人に呆れる奈緒の様子さえも気づけず、静は一人ずつ再会の喜びを分かち合うように抱きしめていた。
さらにその横で、ルイスは困惑した表情を浮かべ肩を掴む実の兄、ライナスを不審な目で見ていた。
「何だ」
「飲むぞ」
「は? 一体どういう」
「良いから飲むからな! なぁ、アイザック」
「そうそう。楽しみだなぁ、ルイスと飲むのは」
またもや、静の知らないところでルイスはライナスといとこであるアイザックに絡まれた結果、酒を飲み交わす予定となっていた。
もちろんそれを誰も止めるはずがなく、息子と甥達を微笑ましく見ていたジェラルドは大袈裟にヴィンセントへと謝罪をした。
「申し訳ありません。皆、静様やルイスに会いたいと望むもので」
「良い、気にするな。それより酒ならあるぞ」
「ライナス、アイザック。大神官殿から酒をいただけるそうだ」
当然ながらヴィンセントはより面白いものが見られると判断し、酒を用意することを約束してしまうほどだ。控えていたエドヴィンは無言で片手で顔を覆い、同じく輪に入らずに様子を見ていたヴィートはその様子を見て思わず、顔をしかめていた。
そんな賑やかなやり取りをしている者達とは別に、部屋の片隅でユアンと神話の学者であるセオドアが隣り合って言葉を交わしていた。
「お久しぶりですねぇ。元気にされていましたか?」
「ええ、とても。ユアン殿のことは南までよく届いておりましたよ」
「おやおやぁ、それはどのような?」
「この素晴らしい通信機の開発者だとか。しかしお忙しいようですが」
「ええ、本当に。純白が良い顔をしてくださったおかげでしてねぇ?」
「おや。あそこは変わらないようですね」
二人の会話をしっかりと聞いていた、何故呼び出されたのか全く分かっていないカルロスが言うにはとても胡散臭かった、らしい。
そんなとても賑やかで明るい空気が大神殿の一室に満ち溢れていた。
が、その空気はすぐに落ち着いたものへと変わるのだった。
久しぶりの再会にはまだまだ時間が足りないが、それでもまずは大事な用事を終わらせることが先決だった。
談話室に残ったのは静にルイス。ヴィンセントとエドヴィン。伊織がいるということは当然ながらクレアも残り、腕の中には籠に入ったままのウーロがいる。そしてジェラルドとヴィートもいた。
途端、静まり返る中、ずっと壁際で目立たないようにしていたヴィートがどっかりとソファに座りながら口を開いた。
「俺がメシュラルド出身だからっていう理由ですよね」
主語も何もあったものじゃない。自分の言いたいことを勝手に述べたというだけの言葉であったが、ヴィンセントは分かっていたかのように僅かに肩をすくませ、一人用のソファの上で優雅に足を組んだ。
「そうだな」
「それなら他にもいるんじゃないんです?」
「ああ、いるが見目で分かりやすいというのもあって全員が漆黒でな。それとさすがにこの神殿にはおらんのが現状だ。やはり異国出身というと、なかなかと信仰の違いもあるから難しいものがあるな」
「まぁ、それは分かりますけど」
異国出身の者に対しての扱い等々は未だに厳しい。だからこそ人目につく深紅に分かりやすく異国だとものがたる人間は置くに置けないのが現状だ。
さらに異国ともなれば信仰も異なる。このロトアロフに根付くのは土着信仰。あくまでも国内だけの信仰であった。それを受け入れるか、受け入れないかはその者次第。当然ながら強制はないが、表立った祈りは赦されないという厳しいものが存在する。
異国の神を祈るならば外へと出て祈るが良い。
それがこの国のやり方であると、静は神話や歴史書を見て学んだことだった。
ヴィートは異国出身ながら、もうすでにエヴァンハイン家の人間。だからこそ分かるものがあるのだろう。ルイスとよく似た顔は、全くそっくりに顔をしかめた。
「……だからって俺に親善大使とか。あまりにも……」
「無謀、と? しかしながら、ジェラルド殿からはすぐに了承の返事はもらったのだがな」
「知ってますよ。おかげであの時は本当にセレスの機嫌が悪すぎて……」
何故、こんな話し合いが行われているのかというとヴィートが親善大使に任命され、異論を発した為であった。
実を言えば冬至の儀式を終えた後、ルイスはジェラルドへ通信機を渡していた。おかげでメシュラルドの使者がやってくることをジェラルドからルイスへと連絡が届き、さらには使者達の目的が何なのかという報告が滞りなく行えていた。
文明の利器とは、まさしくこういったものなのだろうと静は沈黙を貫きながらも理解した。
これが良い事なのか。悪い事なのか。しかし神や理が何かをすると言うものが見えていない為、彼らが勝手にやっているこれについてはまだ赦されている範疇なのだろうと思うことにした。
今はそれよりも目の前の話である。
静は改めて目元を抑えて苦悶するヴィートを見やり、その肩に軽く手を添えて微笑むジェラルドを見つめた。
「折角の機会だし、一度は故郷に帰るのも良いんじゃないかと思ったんだけどね? ほら、我が国に来てから一度だって帰っていないだろう?」
「帰ろうとしなかったのはそうだけどな? 帰そうともしなかった奴が何言ってんだよ」
「そうだったかな?」
「セレスと一緒になって、やっていたくせによぉ」
里帰りをするならばちょうど良い機会だと静は思っていた。しかしまさか、一度も帰っていないというの驚いたし、さらに言えば帰そうとしなかった、なんていう発言を耳にし、つい静は同じソファに座っていた伊織と共にルイスを見る。
ルイスは静と伊織の視線は全く気付いていない、と言わんばかりにヴィートから視線をそらさず、そっくりに顔をしかめていた。
本当によく似ている、見た目が。
なんて、静は場違いな事をついうっかり思ってしまった。
「ジェラルドから言われちまったから行きますけどね? ただやっぱり親善大使とかはさすがに降りさせていただきたいんですよ」
「言っておくが、お前が元奴隷だったことは把握している。それを知ったうえで話をしたんだがな?」
あまりに自然すぎる言葉だったせいで、静は思わず聞き流しそうになり、慌ててヴィンセントを見やった。ヴィンセントは静と、伊織を順に見やり、また小さく肩をすくませた。
「……静様達は知らなかったみたいですけど?」
「罪人を騎士にいれているような聖女だぞ? 今伝えたところでそう変わらん。なぁ、静。それに伊織だって気にせんだろう?」
わざと伝えなかったという事だけは分かった静は一度伊織と顔を見合わせた後、小さく息をついた。
「いや、まぁ、そうだけど……」
「そうなんだーって思っちゃったんだけど……」
「ほら、見たことか」
予想通りだったのだろう。ヴィンセントは喉の奥を鳴らすように小さく笑い、肩を震わせた。
「……ってことは……」
一瞬遠い目をしたヴィートは、すぐに何かに気付きルイスを見やった。まっすぐに視線がかち合ったルイスは呆れたと言わんばかりに大きく息をついた。
「前から知っていたが?」
「いつ」
「幼い頃から。兄上達も知っているが妹達は知らないはずだ」
「……まじかぁ……」
どうやらヴィートは子供達に隠していたらしい。だがどうやってか息子達にはバレていたと知ってしまったヴィートは天井を仰ぎ、背もたれに深く寄りかかった。
「そういう事だ。それにあちらはもうすでに奴隷はいない。ならば何も問題ないだろう? なぁ、ヴィート・エヴァンハイン殿?」
そこへさらにヴィンセントが未だに肩を震わせながら、追い打ちをかける。この状況がいたく面白いものだと感じたらしい。
分からなくもないなと静は思いつつ、ヴィートの返答を待った。
ヴィートはじれったいほどに時間をかけて姿勢を正し、それはもう大袈裟に大きく息をついた。
「……はいはい、承知いたしましたよ。大神官殿」
若干の投げやりと共に、ヴィートはようやく異論を取り消したのだった。




