02 南の使者
冬至の儀式を終え、しばらく。さらに雪深くなっていく頃、その者達はやってきた。
このロトアロフでよく見る防寒具の外套の下には、厚手ではあるが異国のものだと分かるゆったりとした衣服が見えた。その他にも、全員の肌の色が褐色であることから一目で異国の人間であることは誰にでも理解が出来た。
本来であれば、あの外套というのは国王がいる場においては脱ぐ必要があるが、なにぶん彼らはこの寒さに慣れていない。ということでそのままの恰好で、静達四人前にいた。
ここは王城の広い一室。高い天井に、壁にはいくつもの絵画が飾られている。ただそれだけの部屋だ。
せいぜい聖女である静達と、この時はまだ国王であるアウグストに豪華な椅子が用意されているだけだった。
さすがに侍女達は別室にいる。そして動物達もだ。アラレは最後まで抵抗していた。
「面倒なことに巻き込みおって」
開口一番、ヴィンセントが吐き捨てた。
伊織が座る椅子の背もたれに行儀悪く寄りかかり、不躾に目の前にいる集団と、三人分ほど間を開けて立っているロビンに目を向けた。
「そう言わないであげてくれませんか? ロビンだって不本意だったのですから」
冬至の儀式を過ぎてようやく戻ってきたロビンに味方をするのは、まだ王太子であるランスロットであった。だが、その笑顔は妙に圧があり、ロビンが完全に顔を背けるほどのものがあった。
「とは言え、ロビン。メシュラルドから使者を連れてくるのは事前に知らせがあったから助かったのだけど、まさか王兄殿下がいるなんて聞いてなかったな?」
「ほらぁ、ほらぁ! 絶対に問題になるってお伝えしたじゃないですかぁ!」
目の前にいる集団の中心にいる金髪の美丈夫の男へロビン吠えた。男は一度ロビンへ赤い瞳をむけ、すぐに口を開いた。
「隠していたことは詫びる。俺の名はベルナルト。お忍び、というものだ。ロビンには頼んで黙してもらったのだ」
「……お忍び、か。ものは言い用ではあるな」
僅かな発音がおかしな点はあれど、このロトアロフの言葉を流暢に話したベルナルトに、アウグストはずいぶんとゆったりと言葉を返す。
途端、室内の空気は重く、張り詰めたものへと変化する。その原因であるアウグストはさも気づいていないように、背もたれに深く寄りかかった。
「して、我らが国に何用か? しかも、我らが聖女方への謁見を求めるとは」
ベルナルトはすぐに答える代わりに、何故か静に指を差しながらロビンへと顔を向けた。
ロビンよ。あの子供がまさか銀の聖女じゃあるまいな?
その銀の聖女ですよ。
耳に入るのは同じだというのに異国の言葉であると、はっきりと静は理解出来た。静は左右にいる伊織と奈緒を見る。二人もまた同じようにそれぞれの様子を確認するように見て、ほんの小さく頷いた。
今はまだ、分からないふりをした方が良い。
だから静は、耐えきれずに顔を大きくしかめながらも口を開かずにベルナルトの答えを待った。
ベルナルトは最初よりも眉をひそめながらも迷わずに告げた。
「銀の聖女へ、感謝を伝えにここまできた」
静はもちろん、誰も意味を理解することが出来ずにロビンへ視線が集まった。
ロビンは分かっていたのだろう。もうすでに覚悟が決まった顔をしており、大きく口を開いた。
「正直、これについては俺が悪かった! 後で文句は全部聞くからな、ルイス!」
「内容によっては吊るす」
ルイスは冷たく言い放った。
なるほど。あれは後でルイスからの小言やらを全て受け止める決意をした顔だったらしい。なんだか恰好がつかないな、と静は思いながらも、ベルナルトの言った言葉に銀の瞳を細めた。
同胞か。
ロビンもしっかりと聞いたらしく、一瞬口を開きかける。だがすぐに口を閉ざし、一つ深呼吸をした。
それでもベルナルトへ向けるロビンの視線は鋭いものになっていた。
「説明します。と言っても……本当に、偶然のものだと思うのですが」
「うん。あったことをそのまま報告してくれるかい?」
嘘偽りなく。遠まわしに言うランスロットに、ロビンは理解したように小さく笑みを零した。何一つ、嘘偽りなんてもとから考えていなかったと言わんばかりに。
「現在、メシュラルドには失踪事件。および、複数の不可解な殺害事件が確認されています」
「彼、睨んでいるけども?」
「説明しますよと事前に了承は得ています」
王兄からのずいぶんと鋭い視線を向けられながらも、ロビンは顔色一つ変えずに続けた。
「全てはさすがに確認することが出来なかったのですが、そのいくつかは呪術が関わるものでした」
「へぇ。それは大変だね。以前から、ということかな?」
「いえ。昨年の……、それこそ俺がメシュラルドへと偵察したあたりからです。おかげで怪しいということで何度かあちらの騎士達に追われたんですけどね?」
「それは申し訳ないことをしたね」
ずいぶんと悪い時期と重なってしまったようだと静は耳を傾けながら思考を回す。
確かに、不可解な事件ばかりが起きている時期に見知らぬ誰かを見かけるようになったら、まずはその誰かを疑うのが筋というものだ。
運が悪いと一言で片づけようと思えば出来るが、何せ呪術が絡んでいる。もはや考えられることは一つしかなかった。
あちらに、マティアス含めた敵が移動している可能性が高い。
静は話に耳を傾けているだけだと言うのに、大きくなる鼓動を落ち着かせようと深く、長く息を吐きだした。
「潜伏中、呪術を使っていた人間を見つけたんで捕まえようとしたんですよ。そこで俺と同じタイミングで犯人を見つけた別のお方と鉢合わせになりまして。しかも犯人には見つかって、呪術向けられたわけなんですが、こちらの加護をくださったナイフのおかげで無事に済みまして」
ロビンは話しながら、腰から下げていたナイフを見せた。
祝いの品として、静の盾の力が宿っているナイフをルイスが無理やりにロビンに押し付けたものだ。
渡した時と何ら変わりなく、銀に輝いているそれを見て静は小さく安堵した。そして同時、これはやらかしてしまったのではないか、という考えがよぎった。
「その鉢合わせになったお相手というのが、メシュラルドの国王陛下だったんですよね」
静は無言で大きく正面から視線をそらす。そしてすかさず、ヴィンセントが鋭い言葉を投げてきた。
「おい、静。ルイス。そろって視線をそらすんじゃない」
どうやらルイスも同じく視線をそらしていたらしい。静はルイスに変な仲間意識が芽生えてしまったが、基本何かを性懲りもなくやらかしているのは圧倒的に静が多いため、ルイスに仲間意識を持つのはどうかと考え直した。
耳にヴィンセントの大きなため息をしたらしい音が耳に飛び込んできた。
「だから、国王の代理として王兄殿下が来たと言うわけか。面倒な」
ヴィンセントはいつもと変わらない態度に口調で、遠慮なく言い捨てた。すかさずにベルナルトはまたロビンに向けて口を開いた。
ロビン。あの者、ずいぶんと偉そうだな。見目からして王族の血縁なのだろう?
そうですよ。というか事前に話をしたでしょう? 我が国の大神官殿のことを。
ああ、あれがそうなのか。王族から籍を外した人間だからか礼儀が分からないんだな。
ロビンは疲労混じりに大きく息を付きつつ頭を抱えていた。
静はその様子を見つつ、自分の右側には決して目を向けないようにした。
「どうした、伊織」
「なんでもなぁい」
「そうか」
いつもと変わらないヴィンセントの声と、いつもに比べて素っ気なく、刺々しい伊織の声が耳に届いた。
そして続けて、妙にどこか冷たいものを感じるランスロットの声も聞こえてきた。
「事情は分かりましたが、それであれば書状でも十分だったでしょう?」
「我らが王が自ら行こうとするのを止めようとした結果、これで妥協してもらったんだ。我らが王が来訪しても良いというのであれば別であるが」
「それもこちらとしては控えていただきたいものですね」
アウグストの代わりに臆することなく対話するランスロットに、ベルナルトは大きく赤い瞳をそらした。
「だがどうしても、我が王は銀の聖女へ直接感謝を伝えたいことを望んだ」
「まさか、来訪をしたいと?」
「いや。逆だ」
どうやら何かを言われているらしい。表情はさらに険しいものに変化していく中、静へ真っ直ぐに目を向けた。
「我が国の祭事へ、来ていただきたい」
確かに逆だなと思いつつ、静はどうしたものかと天井を仰いだ。
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ある程度の話を終えた後、静は大きく息をつきながらだらしなく肘掛けに寄りかかった。
先に部屋を後にした彼らは正式な書状を持った使者であることには変わらない。その為に数日はここにいるとのことだった。
それまでに、というよりかは今すぐにでも決めなければならないことだった。
だが、その前に静は大事なことを忘れずにヴィンセントに伝えることにした。
「ヴィンセントぉ」
「なんだ」
「あれらの言葉、全部分かるんだけど」
「……予想はしていたが、やはりそうか」
「ヴィンセントはあっちの言葉、分かるんだっけ?」
「読み書きはある程度出来るが、聞き取りはまだ難しいな。分かっても単語のみだ」
単語のみと言うことは、王兄が話していたことを全てを理解してはいない。であるが、ヴィンセントは伊織とランスロットを順に見て、わざとらしく肩をすくませた。
「だが、伊織も兄上も機嫌が悪いのを見る限り、良いものではない何かを言ったのは察した」
「ヴィンセントは知らなくて良いよ」
「教えないから」
すかさずにランスロットと伊織が言う中、ヴィンセントはアウグストへと顔を向けた。
「父上、あの者はなんと言っていた」
「あれ、と言っていたぞ。それと礼儀知らずだともな」
「それはそれは。確かに俺は、あちらの礼儀というのを何も知らんから仕方があるまい」
今は王族ではないと言え、親子であることに変わりない。ゆえにヴィンセントがアウグストを父と呼べば、アウグストは微笑みでもってして答えた。
父と呼ばれて嬉しいようだ。
静はその微笑ましいものを見ていると、控えていたルイスがようやく口を開いた。
「子供と言われていたのに、よく耐えましたね。静様」
「……ルイス、分かっていたんだ」
「父はメシュラルドの出身ですので、最低限ですが身につけております」
今更、ヴィートの出身国を知った静だが、なるほどだからあの服に既視感があったのかと理解した。
「同胞だってよ」
「この見目だ。勘違いしても仕方がないだろ。それより余計なことは伝えていないな?」
「ふはっ、勘違い……! 当然だろ。俺をなんだと思っているんだよ」
ロビンは堪らずに吹き出し、大きく肩を揺らした。ルイスを見やれば、無愛想のままで何一つ変わった様子はうかがえなかった。
「静様達についてはなんと伝えた」
「我らが愛娘にお仕えする聖女様方。で、静様は呪術を浄化できるお力を持っている。ただあちらの国王陛下と話をした限りじゃ、純粋に静様にお会いしたいって感じだったからそこは安心しろ」
「……本当に安心して良いのか」
「いや、マジで安心しろって。っていうか、恥ずかしいことに全く知らなかったんだよ」
「何が」
力強く断言するロビンは大きく視線をそらす。本当に恥ずかしいことがあると言わんばかりだった。
「王位が変わったのは知ってたさ、さすがに。ただ、あっちには上から四十歳から下は八歳って、王位継承権を持っている奴が十人以上いるわけなんだよ。だから、そのうちの誰かとは思ったんだけどさ」
「まさか、子供じゃ」
「いや、ルイスと同い年の男だった」
あちらの国には子が多くいるらしいが、その中でまさかのルイスの同い年だとは予想しなかった。
静は少しだけ、小さな子供だろうか、なんて気持ちを跳ねさせたことは黙っておくことにした。嬉しいことにルイスには気づかれていない。
「即位したときは十四歳。そして今は十七歳……いや、今年で十八歳か。かなり若い王だが、なかなかに……まぁ、あれだ。会えば分かるって言い方しか出来ないのがなぁ」
「漆黒から除隊でもするのか?」
「お? レイメイにでも入れてくれるのか?」
「は?」
「冗談だよ」
ルイスなりの冗談だろうが、なにぶん言い方はキツイ。ロビンは当然分かっているからこそ、さらに冗談を重ねてまた肩を揺らして笑った。
「即位してから今日に至る間に、他の隣国との関係を修復。より強い同盟を組んだ上に、海を越えた国の王族とまで友好で強固な交流を果たした」
淡々と、その国王が成したことをロビンは報告する。
齢、十四。そこか僅か三年か、四年か。その僅かな期間で成し遂げるには、あまりにも脅威的な国王であると誰もが理解出来た。
ランスロットの口元に笑みを浮かべながらも、琥珀の瞳はより鋭いものへと変えながら口を開いた。
「そして残るはこの北の鉄壁であるロトアロフ。だからこそ、交流が欲しいということかな?」
「周りはそんな感じですね。あの王兄も同じです。ですがあちらの国王陛下は純粋に、お会いしたいというだけでした」
「……よくそれでやれたね?」
「周りがだいぶ支えている感じではありましたけど、何と言うか。不思議なお方ではありました」
報告するロビンの表情は明るいままだ。
静は伊織へと目を向ける。伊織は、口を閉じたままロビンを見ている。とくに、何も告げようとする素振りは見えない。本当にロビンは素で話をしているようだった。
だから、静は問うことにした。
「ねぇ、ロビン」
「はい、静様」
「わたしに、会ってほしいの? そのお方に」
「可能であるならば。俺はそのように望みます」
控えめに。しかしながら迷いなく答えたロビンに、静は頷いた。
「分かった」
「静様、ご自身の状況を」
すぐに口を挟もうとするルイスに対し、静は手をわずかにあげて制する。ルイスが黙ったことを確認してから、静は手を下ろして困ったような笑みを浮かべた。
「ただ、ロビン。戻って来て早々なんだけど、なかなかに大変な状況になっていてね。主にわたしが」
「おーい、ルイス。このお方、なんかいっつも問題抱えてねぇ?」
「慣れろ」
呆れるロビンに対し、ルイスは大きく息をついた。
静とて本位ではないが、いつの間にか問題がやってくるのだ。しかも今回は問題で済まして良いものではないが、いい加減に何人かは呆れて離れていく者だって出てきてもおかしくはない状況だと静は思っている。だというのに、誰一人として離れていかないのだから皆、出来た人間である。
ふと、突き刺さる視線を感じ見上げる。ルイスの翠玉の瞳の中にある光が淡く瞬いている。少しばかり機嫌は良くないらしい。
「静様、私から説明しますよ」
「よろしく」
有無を言わせない物言いをするルイスに、静は大人しく首を縦に振った。
それからルイスは端的に、静の心臓の病を告白した。大きく目を見開き、ロビンは静を見つめ、わずかに視線を落とした。
だがすぐに顔を上げた。
「今の話を聞いても、静様に会っていただきたいという望みに変わりは」
「ないな。むしろ、その病について手立てが得られる可能性だってあるだろう?」
静はこの世界の医療について、よく分かっていない。だが、魔術ではどうしようもならないものが多いことは理解していた。それに奈緒の話によれば、元の世界の現代医術とそう変わらない部分もあるらしい。
だから、ロビンの言うそれは希望的観測でしかないことぐらい静は分かっていた。分かっていながら、そうであったら良いと思ってしまった。
「はいっ」
突然、真咲が手をあげる。全員が視線を向ける中、真咲はもうすっかりと慣れた様子で集まる視線の中、臆することなく発言した。
「巡礼していた時に、ラウディアータに会ったのよ。それで、すっごく遠まわしだったけど言っていたわ。外へ行かないといけないって」
ラウディアータは予見をしていたというのか。
だがそれはそれとして、ここまで真咲は誰にも悟られることなく沈黙していたことに静は内心驚いていた。
真咲は四人の中で分かりやすく、真咲自身も自覚している。というのに、ちゃんと話すべき時まで沈黙することを選んだのだ。ずいぶんと成長したのだと静は自然と笑みを零した。
「ただ問題があるの。あたし達は別に外へ出ても大丈夫。だけど、力は回復しないからって」
「使い過ぎたら死ぬって?」
「極端に言えばそうね。で、どうするの。静は」
「今のを聞いて、行かないなんて選択は完全に消えちゃったな」
笑う静に、真咲は呆れたように肩をすくませる。しかし止めようとはしない。奈緒も、伊織も同じだった。
導きの光たるラウディアータが自身の聖女へと告げた。危険な道であるのは確かなのだろうが、事前にその危険性を告げてくれたことに静は大きく感謝した。
であれば進まなければなるまい。しっかりと、準備をして。
静はそしてアウグストへと問う。
「よろしいですか? アウグスト陛下」
「無論です。我らが銀の聖女が望むのであれば、我らは従うまで。ですが、全て静様の望み通りになるかは……」
「構いません」
メシュラルドの祭事に出席する。これが出来れば問題なかった。
静はすぐにルイスを見上げた。ルイスは無言で目元を抑えており、すでに疲労が滲み出ていた。
「そういうことだから、ルイス。よろしく」
「……承知しました、静様」
渋々、というように返答するルイスに、静は小さく肩を揺らす。
自分のせいでさらに負担をかけさせてしまっている自覚はちゃんと持っている静は、一先ずはルイスを思いきり甘えさせようと決めたのだった。




