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14 次なる夜明けの為に

 リオンはとても困っていた。


「ど、どうしよう……」


 天に昇っていく光を皆が見ている中、リオンは何故かよく分からないが森の中がどうしても気になった。だからこっそりと一人で森へ足を踏み入れ、奥へ奥へと進んだ。

 その結果がこれだった。


 ぎゃう。


 目の前に、一体の小さなワイバーン。小さな、と言っても大きさはリオンとそう変わらないくらいだった。

 近くには何の気配もない。当然ながら他のワイバーンも。けどもスライムがいるかもしれないから、それだけは注意が必要だった。

 目の前にいるワイバーンは、リオンの姿を見て驚いたように翼を最初、バサバサと羽ばたかせた。しかしその場から動けなかった。

 理由は考えずともすぐに分かった。

 翼が、ボロボロに破れていた。あまりにもひどい状態で、リオンはどうしても見なかったふりなんて出来なかった。


「こ、怖くないよぉ……?」


 リオンは試しに、ようやく落ち着いてきたワイバーンに声をかけてみた。

 まだ小さく唸りながら、ぎゃうともう一度鳴いたワイバーンは、首を何度か傾ける。そしてじれったくなるほど、ゆっくりと頭をリオンへと伸ばしてきた。

 試しにリオンは小さく前へ出てみる。ワイバーンはすぐに頭を引っ込めたが、唸り声はない。

 もう一歩出てみる。するとどうだ、また頭を伸ばしてきた。

 お互いに距離を測りながら慎重に。リオンは数歩、ワイバーンは一歩、そろりそろりと距離を縮める。そうして、ワイバーンの頭がリオンの目の前にあった。


「……触っていい? 触るね?」


 この距離だからか、リオンはどうしても湧き上がる好奇心を止められず、ワイバーンの鼻先に触れた。いつも、静がヨカゼやアラレに触れるみたいに。

 噛みつかれるかもしれない。とは触れてから一瞬だけ思った。けども、ワイバーンはむしろせがむようにリオンの指先に鼻先を押しつけてきた。


「えへ……ふふっ……」


 厚手の手套越しでも分かる硬い鱗。ほんの少し青みがかった灰色は氷のようだとリオンの目に映った。さらに瞳の色が銀色と、静と同じ色を持っているのだ。

 リオンはつい、両腕を広げて頭を抱きしめた。

 ぎゃあ、と一度大きく鳴いて、ボロボロの翼を大きく羽ばたかせたワイバーンはしかしすぐにまた落ち着き、くるる、と喉を鳴らしたような音が聞こえてきた。

 長い尾はゆったりと左右に揺れている。もう敵意も何もない様子がうかがえた。

 そしてリオンは大きく白い吐息をこぼし、顔をしかめる。

 このまま見捨てるなんて出来ない。まだ小さいとは言え、ワイバーンだ。きっと誰もが首を横に振る。

 けども、静ならば。もし、静が仕方がないと言ってくれるなら。

 リオンはより強くワイバーンの頭を抱きしめた。

 と、上からホウ、と、聞き慣れた梟の鳴き声が聞こえた。そしてすぐ、森の奥から僅かな音と共に分かりやすい気配が三つ、近づいてくるのに気付いた。

 ワイバーンが途端、大きく翼を動かそうとする。リオンは慌ててより強く頭を抱きしめ、そして暗闇の中から出てきた三人へ振り返った。


「……リオン。どういう状況だ、それは」


 リオンを見て、額を抑えるルイス。ヘクターとノーマンは互いに顔を見合わせ、そして周囲を見渡していた。もちろん、手にはナイフを持ったまま。

 さっき、リオンを見つけて鳴いたフーリュは音もなくノーマンの肩に戻っていった。


「えっと……。何となく、森の中が気になって……、それで……見つけたっていうか……」

「……そうか」


 ルイスはさらに詳しく聞こうとはせず、リオンが抑えているワイバーンを見て、今度は大きく息をついた。


「静様の影響か……?」

「ご、こめんなさい。けど」

「謝らなくて良い」


 どことなく呆れた様子が見えたルイスは、ヘクターとノーマンへ振り返る。ヘクターは肩をすくませた、ノーマンは困ったように笑っていた。

 それで確認を終えたらしいルイスはまたリオンへと視線を向けた。それはやはり呆れた視線で、柔らかいものだった。


「連れてこられるか?」

「がんばる! こっちおいで!」


 ルイスから了承の言葉をもらえたリオンは、ワイバーンの頭をようやく離す。そして軽く首に触れながら、ルイス達がいる方向へと指差した。

 ワイバーンは小さく呻きつつも、誰もが襲ってこないことを理解したのか、リオンの後ろにぴったりとくっくき、時折つまずきながらも大人しくついてきてくれたのだった。



 -*-*-*-*-*-*-*-*-*-



 森から出てすぐ、あまりの人の多さにワイバーンはまた暴れそうになり、リオンが必死に抱きついて宥めた。さらにそこに狼達も参戦する。そして静も半ば無理やりに。


「ルイスの馬鹿!」

「ねぇねぇ、静! ワイバーン、すっごくかわいいよ!」


 静の隣にちゃっかりいる伊織は、くるると鳴きながら頭突きをするがごとくに静に頭をこすりつけるワイバーンに黄色い声を上げていた。

 ワイバーンを挟んで隣に座っているリオンは、ついそんな静を前に肩を小さくしてしまう。


「ごめんなさい、静様」

「ううん、ワイバーンを保護したことには何も文句はぅぐっ……、ないんだよ。わたしはあいつに文句があるだけだからぅぶっ……」


 静はとても動物に好かれる。だからルイスは即座に、相手は小さいとは言えワイバーン相手だというのに静をその中心に据えたのだ。そしたらワイバーンは大人しくなり、まるで良い玩具でも見つけたかのように静にぴったりとくっついてご機嫌に鳴き始めたというわけだ。

 リオンはその姿にちょっとだけ悔しいのと羨ましいという気持ちが湧き出たが、それと同時に普通に懐いてきて良かったなと素直に思ってしまったのは内緒である。


『スライムに襲われたかもしれないわね。あいつの匂いがするわ』

「……スライムか。親は」

『食べられちゃったか、逃げることができたか。どっちにしても、この子はこの森では生きるのは難しいわね』

「迎えにはこないのか?」

『来ないわね。匂いがついているし、何よりもう飛べないもの』

「……そうか」


 ルイスとヨカゼの聞こえてくる会話に、リオンは思わずワイバーンにくっついた。ワイバーンは一度動きを止めて、リオンを見る。そしてぎゃう、と鳴いた。

 守らなきゃ。

 リオンはそう、強く思った。


「リオン」

「な、何? 隊長」


 狼達が集まっている外側から、ルイスは中央にいるリオンに呼びかけた。


「拾ったからには責任を持て」

「……え、じゃ、じゃあ……!」

「仕方がないだろ」


 きっとルイスは、静がいろいろと拾ってくるのに慣れてしまったのかもしれない。それはレイメイの皆も同じで、すぐにさてどうやって運ぶかと話す声が聞こえてきた。中でもユアンはいつの間にか紙とペンを持ち、じっと見ては紙に何かを書き始めていた。


「リオン。お名前、決めてあげなね」


 なんとかワイバーンからの頭突きを防ぎながら、静は当然のように言った。


「ぼくが、名前決めるの?」

「そうだよ? 良いお名前にしてあげなね。はいはい、静さんお疲れだからもう終わりね。終わ……終わりだってぇ……!」


 つい、リオンは静に聞き返してしまった。すると静はどうしてと言うように首を傾げながら、もう一度言い、ワイバーンの頭突きに押し負けた。

 ちょっとかわいそうになってきたから、リオンはワイバーンの頭へと手を伸ばした。


「もう終わりだって」

 くるる。

「駄目だって」

 ぎゃう。


 ワイバーンはリオンの言っていることをちゃんと理解してくれ、ようやく静へ頭突きをすることを止めた。すぐに静はワイバーンの隣から脱出を試みるも、周囲にいる狼達のせいで身動きが出来なかったようで、銀の瞳にはうっすらと涙が浮かんでいた。


「ねぇ、ルイスってば!」


 そこでようやくルイスが狼をどかしながら静を抱き上げて救出した。そのまま静はルイスに文句を言い始めるも、ルイスは軽く聞き流す。ただ、その口元は薄っすらと笑みを浮かべていることにリオンは見逃さなかった。


「……隊長。静様で遊んでる」

「かわいそ、静」


 思わず呟いたリオンの言葉に続くように、伊織もぼそり、と呟いた。



 一先ず、城まで戻らなければならない。人目に晒すわけにもいかず、ワイバーンは急遽用意した幌馬車で運ぶことになった。もちろんリオンも一緒に乗るし、エリカも一緒だ。

 あの後からエリカは無言でリオンを睨み、ずっと離れようとはしなかった。もちろんそうなる理由をちゃんと理解しているリオンは、エリカの側にちゃんといたし、何だったら手も繋いだし、抱きしめたりもした。


「ねぇ、エリカ。こいつの名前、シャルって名前にしようと思うんだけど。良いと思う?」


 動き出す幌馬車の中、隣に座るエリカにリオンは話す。エリカは少し考えるように顔を上にあげ、そしてすぐに頷いた。

 リオンはぱっと笑顔を浮かべ、べったりとリオンにくっつくワイバーンへと、語りかけた。


「今からお前はシャルだからね! シャル!」

 くるる。


 シャルと名付けられたワイバーンは、ご機嫌そうに鳴いた。本当に分かっているのかリオンは少しだけ不安になり、後でヨカゼを通して話をしようと決めたのだった。



 -*-*-*-*-*-*-*-*-*-


 気づけばもう、すっかりと夜が明けてしまっていた。

 温かく柔らかい夜着に着替えた静は小さく欠伸をこぼしながら、ようやくベッドに体を横たえる。もちろんこんな時も一緒にいるアラレは我先にと枕元で丸くなり、スズカはソファの背もたれの上へと止まった。


「つかれたぁ」

「そうでしょうね」

「主にお前のせいだけどな」


 傍らに立つルイスは一切表情を変えず、静の額に落ちている黒髪を指先ではらう。そのまま指先は静の長くなった黒髪を一束すくいとり、するり、と落とした。


「……何してるの、ルイス」

「傷んでいないか確認をしただけです」

「……そう」


 それにしては、ずいぶんと熱を感じるような視線だったと静はひっそりと思った。


「髪、これ以上は伸ばさなくて良いの?」

「はい。さすがにこれ以上あると扱いが逆に難しいですし、静様も困るでしょう?」

「もうすでに困ってるんだよ」


 この世界に落ちてきた時、静の黒髪はだいたい肩に届くくらいだった。それが今や、背中の真ん中より長くなった。ルイスとリーリアによって。

 おかげで重たいが、邪魔にならないように結ってくれるし、ようやく慣れてきたからもうどうでも良くなってきていた。


「ねぇ、ルイス。頭撫でて」

「……仕方が無いですね」


 静のお願いに、ルイスは小さく息をつき傍らに腰を掛ける。そして黒革の手套を外し、ゆっくりと黒髪を梳くように頭に触れた。

 そうして思ったよりもすぐ、うつらうつらとせっかちな睡魔がやってきた。静はそのまま身をまかせ、瞼を閉じる。

 心地よい温もり。優しい手つき。後少しで、意識が夢の中へと落ちる。

 そして——つきり、とした胸のほんの小さな痛みに、静は一気に目が覚めた。

 思わず静は胸元に手をあて、落ち着こうと大きく息を吐きだす。しかし、どうしてか胸を叩く鼓動はより早くなってきていた。

 はくはく、と無音の声を吐く。

 強く胸元を抑える。

 また、つきり、と小さく痛んだ。

 抑える手が大きく震えだした。

 冷たいものが背筋をさする。

 さむい。

 手の震えが、全身に広がる。

 寒くないのに。

 何かよく分からないものが蝕んでくる。

 さむい。

 どうして。

 覚悟をしていたはずなのに。

 さむい。

 呼ばなければ。

 さむい。

 また無音の声が溢れた。


「静様っ」


 はっきりと、ルイスの声が聞こえ、静は銀の瞳から雫をこぼしながら見上げた。


「るい、す」

「はい。静様、起きられますか?」

「うん……、おきる」


 大きく胸を上下させながら、静はようやっとというように、ルイスの手を借りながら起き上がる。静は震えてうまく力が入らない手で、必死にルイスの服を掴もうとした。


「……ちがう。そんな、きっと……つかれて」


 どうしてか、掴むことが出来ない。

 ぽろぽろと銀の瞳から雫が落ち始めるのもいとわず、静は今度は両手でルイスの服を掴もうとし、ルイスが静をきつく抱き寄せた。


「お側におります。最期の、時まで」

「……うん」


 また、つきり、とほんの小さな痛みが走った。心臓に。

 そう遠くない先、だと静は分かっていた。しかし、けれどもまさかこんなに早くに、心臓の病が芽吹くなんて思わなかった。

 静はそのままルイスの腕の中で嗚咽を漏らす。ルイスは、そんな静を黙って抱きしめ続けた。異変を察したらしいアラレも、スズカも、いつの間にか静の側へと寄り添っていた。

 今はただ、静が落ち着くのを待つだけしか出来なかった。

 ルイスは大きな窓へと視線を向ける。

 また、美しい夜明けを見せて差し上げなければ。その為に早く、はじまりの神を見つけ出さねば。

 どんよりと曇った空から、白い雪が降り始めていた。


【第2部 遠き日々を辿る 完】

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