07 冬の芽吹き
後、数日以内に雪が降るらしい。
夜会からさらに空気は冷え込み、気付けば朝は霜柱が降りていた。毎朝ルイスが持ってきてくれていた花とハーブはさすがに消え、その代わりというように器用に魔石で小花と作ってきた。
ルイスが作る魔石は瞳の色と同じく深緑の色をしているが、光にかざすと銀の粒子が乱反射して輝いていた。静が蓄えてしまう魔力が影響しているのだろう。今も負担を強いているわけだが、少しだけ嬉しくなってしまったのは秘密であった。
「真咲。どのあたりにいるかなぁ……」
「聞いてみる?」
「……うーん……どうしよう」
暖かな部屋の中、静の隣に座る伊織は悩むように体を少し傾けた。
「連絡するなら夜とかが良いかしら? 昼間だと信徒の人達と会っているかもしれないし」
「あ、そっか。そうする」
二人の前に座っている奈緒は、白い湯気が立つ紅茶を優雅に飲む。そして伊織は傾きかけていた身体を直し、同じく紅茶に手を伸ばした。
「それで? いつまでヴィンセントと喧嘩しているのよ」
「してない! ヴィンセントが教えてくれないのが悪いの!」
「伊織に関係していることなんでしょうけど。静、何か聞いていないの? 血の誓いについて」
伊織はまるでヤケになっているかのように隣で一気に紅茶を飲み干し、奈緒が作った今日のおやつであるクッキーに手を伸ばす。
静もクッキーを一枚取りつつ、首を横に振った。
「残念ながら何も聞いていないよ」
「そうなの。それなら仕方がないわね」
ヴィンセントが血の誓いをしていた、というのを夜会の後に伊織から聞いた。なにやら一緒に踊ればその理由なりを教えてくれるかもしれない、ということを持ちかけられたから踊ったが、結局教えてくれなかったんだとか。
それで今も教えてくれないから伊織の機嫌は少しだけ悪い。今日もヴィンセントから聞き出せなかったようだ。
アラレはいつものように静の膝の上にいるが、コユキとコテツはそんな伊織を見かねてか伊織の隣や膝の上に集まっていた。後はウーロも籠から珍しく出て、頭だけ伊織の膝に乗せて丸くなっている。お陰で伊織の機嫌は少しだけ良くなった。と言っても少しだけだ。
血の誓い。おそらくは、書面を使っていない古来の方法でやったのだろう。一体どんな誓いをしたのか静も気になるところだが、これについてはあちらから話されるのを待つ他なかった。
静は小さく息をつき、対して奈緒を見やった。
「奈緒は本当ご機嫌だねぇ」
「当たり前でしょう?」
それに比べて奈緒の機嫌はいつになく良い。今日のクッキーだって、五種類くらいあるのだ。一部は野菜が練り込まれているのでとても健康に良いし、美味しい。これなら小さな子どもだって食べられるだろう。
奈緒は口元に手をやり、ほんのりと頬に紅に染めて微笑んだ。
「よろしくお願いします、ですって」
「はいはい」
もう何度目か聞いた言葉に、静は軽く流した。
二日前、奈緒はユアンの家族と面会した。静達は会っていない為、あくまでも聞いた話だが、とても優しそうな家族だったらしい。
捻くれたユアンを養子として受け入れただけではなく、開発研究ばかりのユアンを見守り続けていた人達だ。それはそうだろうなと静は話を聞いていて納得した。
「静は……、変わらないわね」
「見ての通りですよぉ」
「けど……ねぇ?」
もはや何も反応しなくなった静に、つまらないと言わんばかりに奈緒は紫の瞳を細める。そして、ふい、と静の後ろに控えているリーリアへと目を向けた。それに倣うように伊織と静もそろってリーリアへと視線を集めれば、リーリアは大きく肩を跳ねさせた。
「な、なんでしょうか?」
突然視線が集まったのだから、驚くのも無理がない。少しだけリーリアにかわいそうなことをしたなと思いつつ、静はまた奈緒へと向き直った。
「やっぱり気づいたんだ」
「けど、たぶんよ。伊織は当然すぐに気づいたんでしょうけど」
「うん」
やはり全てが見える目を持つ伊織が一番に気付いていたのだろう。とは言え確信が無かったから黙っていたのかもしれない。
しかし静と奈緒も気づいた。この場に真咲もいれば気付いていたはずだ。
静達は顔を見合わせて、小さく頷く。そして静は軽くハンカチで手を拭い、アラレを抱えて立ち上がった。そのまま窓に近づき、軽く窓硝子を叩くとすぐに窓硝子越しにヘクターが姿を見せた。
ヘクターは話しやすいよう、器用に壁に張り付き窓を少しだけあけて頭だけ中に入れた。
「どうしました?」
「ルイス呼んで。ジェイクも」
「はーい」
ヘクターは少し不思議そうに首を傾げつつ、素直に返事をした後、すぐに窓をしめて瞬く間に姿を消した。
そしてすぐ、ルイスとジェイクがそろって窓から入ってきた。急ぎと判断したのだろうし、いつものことではあるが扉から入ってきても良いのではないかと静は時折思う。
「どうかいたしましたか、静様。ジェイクも呼んで」
「うん、ちょっとね」
静は妙に緊張気味のジェイクを見やり、つい笑みを零した。きっと何かヘマをしてしまったと思っているに違いない。
「ジェイク」
「はい……!」
「リーリアがご懐妊です。おめでと」
本当はリーリアに最初に告げた方が良かったのかもしれない、と今更ながらに静は思ってしまった。
しかしジェイクは静から告げられてすぐにリーリアに駆け寄り、人目もはばからずに抱きしめたのだからこの判断は良かったとそう理解した。
リーリア自身、まだ気づいていなかったのだろう。ジェイクに抱きしめられてもまだ驚いたままのリーリアは、ジェイクを見て、そして周囲を見渡し、そうっと自身の腹部に手を置いた。
「二人で話をしておいでね」
「……はい、静様」
ほんの少しだけリーリアは声を震わせながらも、幸せそうに微笑み、ようやくジェイクを抱きしめ返した。
リーリアとジェイクはどこで話をするのかと、静は少しだけ気になりつつも今は他のことを考えなければならないと思い、その思考を隅へと追いやった。
「ねぇ、ルイス。二人ってまだ婚姻してないよね。でさ、この国って婚姻していないままでも出産しても問題ない?」
「……場合によりますが、リーリア殿の立場を考えれば相当大きな問題になります」
リーリアは、この国で二人しかいない加護持ちの人間の一人だ。その一人に妊娠した。ましてや婚姻をしていないなんて状況に、周囲は黙っていないだろう。であれば婚姻をすれば良いだけ、であればこの話はすぐに終わるがそうならないことぐらい静は理解していた。
目の前にいる奈緒も理解しているのだろう、難しい表情を浮かべており、伊織は小さく首を傾げつつも周囲を見て良くない状況なのだと理解してか顔をずっとしかめていた。
「……二人って問題なく婚姻出来るかな?」
「相当面倒な事が起きます」
「やっぱりジェイクの?」
「はい」
神殿にいる者に身分というものはない。が、ジェイクは罪人である。例え静がすでに赦していようと、それは変わりなくそういった目を向けられている。
そんな人間が加護持ちの人間と共にいるのだ。この前の夜会の後なんて貴族達の方では大きく話題になり、反発が出たらしいとルイスから聞いていた。だが今回はそれ以上の反発が出てくるだろうと想像がついた。
これについてはまたヴィンセントも交える必要があるが、きっとルイスは静には何も言おうとしないだろう。仲間外れである。ひどい。
と、静はそこですぐに気づいた。
「真咲に連絡しとかないと」
「そうね。すぐに連絡しちゃいましょ」
「しよしよ!」
静はポケットから通信機を取り出す。そして二人に言われるがまま、静は真咲へと連絡を繋げた。
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馬車の窓が突然開けられた、と思えば真咲が顔を出した。
「止まって!」
真咲の良く通る声に、護衛の騎士達はすぐに馬を止めた。
カルロスが馬を馬車の横に寄せ、白い息を吐きながら真咲を見上げた。
「どうしたんだよ、真咲様」
「リーリアに赤ちゃん出来たって!」
続いてよく通る真咲の声に、騎士達は大きくどよめいた。
このまま進むにも騎士達が護衛に集中出来るはずがない。だから急遽、道から外れた開けた場所へと移動し、馬車から降りた真咲の周りには人が集まった。
「リーリアが妊娠したって本当ですか!?」
「ええ、本当よ。オリヴィア」
今回の護衛の一人として加わっていたオリヴィアが黄色い声をあげ、嬉しそうにギルバートへと抱き着いた。ギルバートはにこやかに微笑みながらも困ったように眉をひそめている。
二人がそういう仲なのは、奈緒から聞いていたが全くそんな様子が見えなかった為、つい疑ってしまっていたのだ。それがどうだ、嬉しさのあまりに抱き着くオリヴィアに、嘘じゃないのだと真咲はようやく理解した。
カルロスがそんな二人を横目で見つつ、真咲に問う。
「相手って」
「もちろんジェイクよ、ジェイク。あいつが父親になるわよ」
「ジェイクが……」
分かっていることを改めて聞いたカルロスは、何故か驚いたように呟き、しかし分かりにくいが笑みを浮かべているように見えた。
これは、きっと喜んでいる、のだろう。なんて分かりにくい反応なのかと思っている横で、落ち着かない様子のアリッサに振り返った。
「大丈夫よ。お祈りしてきても」
「はい、ありがとうございます」
「ほら、貴方達もいってらっしゃい」
真咲は肩から掛けていた鞄の中にいる、あの二羽の鳥達を見やる。鳥達は小さく囀り、すぐにアリッサの両肩へと飛び移った。
アリッサは軽く会釈し、そしてすぐに今まさに祈ろうとしている騎士達の集団の元へと駆け出した。今回加わったレイメイの騎士達全員がいる他、深紅や漆黒の姿も見える。さりげなく混ざるイーサンの姿も見えた。
「ごめんなさい、静。話止めて」
《大丈夫。うちの男共はどうしている?》
「アリッサと一緒にお祈り始めたわよ」
《ふふっ……そっかぁ》
つないだままの通信機越しに、連絡をくれた静が小さく笑った。きっとあちらでも同じような事が起きているのだろう、と真咲は想像しつつ気になることを聞いた。
「あ、ねぇ。って、ことは結婚とかどうするの?」
《婚姻式っていう儀式をするんだって。ただほら、ジェイクの経歴に対して、リーリアは加護持ちでしょ? だから周囲がたぶん騒がしくなる可能性があるんだって》
「……それじゃあ」
どうして素直に祝福することが出来ないのだろうか。この前の夜会の時は、ランスロットとアンジェリカの婚姻の発表を誰もが祝福してくれたというのに。それとどう違うというのだろうか。
真咲がつい、言葉を濁す。と、通信機の向こう側が騒がしくなった。
静の声が途端、遠のく。代わりに伊織の声が聞こえてきた。
《もしもーし》
「聞こえているわ。で、どうしたのよ」
《えっとねー……。リーリアとジェイクが……ええ? えっと、今から墓守さんがいる神殿に行かせてほしいってお願いしてきて》
「……待って。今から?」
《うん》
どうしてそんな話になったのか分からず、真咲はカルロス達を見渡す。首を傾げるカルロスの反応は想像していた通りだが、オリヴィアとギルバートもそろって困惑した顔を見せていた。
《……あ、えっとね? 婚姻の儀式を、あの神殿でやりたいんだって》
「……そう、そうね。それは大事だけど……」
《えっと……リーリアがね? 早い方が良いって。周りの人達が何言っても儀式すれば問題ないからって》
「やだ、かっこいい。静の影響かしら?」
《そうかも》
リーリアはずっと静の側にいたのだ。影響されないはずがない。それに加えて母になる、というのもあるのだろう。
何にしてもレイメイで一番強いリーリアがもっと強くなったということだ。誰であろうと、それが静であろうと負けないはずがない。
《あ、静折れた》
「そうでしょうね。で、誰か一緒に行くの?」
《ううん、二人だけみたい。皆で行くと目立っちゃうから》
「……そう。それなら仕方がないわね」
《うん》
行くなら早い方が良い。それと二人だけなら馬一頭いるだけで十分だし、二人だけなら時間がかからない。
静はきっと、相当悩んだだろう。もちろんリーリアもだ。それでも周りのこと、そしてお腹の子のことも考えた結果がそれなのだから真咲は何もいえなかった。
《……わぁ、すごい》
「すごいって?」
《静がね。二人に指輪作ったの》
「器用なこと、良く出来るわね」
《ね! でね、ヴィラがね。ジェイクの指輪に入っちゃって》
「……眷属って、指輪に入るの?」
《分かんない。白い石になってる》
静は銀で武器を作れるが、まさかの指輪を作るとは思わなかった。それにくわえてヴィラが指輪に入るなんてそれこそ驚きだった。
「静様の指輪……」
「僕が贈る指輪じゃ駄目かな?」
「それは……、けどぉ……!」
横でオリヴィアが呻く。それはもう羨ましそうに。
さり気なくギルバートが甘い言葉を伝えるが、そんなもの一切気にも止めず、オリヴィアは更に呻いた。
正直、気持ちは分からなくもない。
と、通信機の向こう側がまた騒がしくなり、また静の声が聞こえてきた。
《ごめんね。途中で伊織に代わってもらってた》
「良いわよ。指輪作ったらしいじゃない」
《なんか出来た。けど、ヴィラがまさか指輪に宿るとか……》
「オリヴィアが羨ましそうにしているわよ」
《……それは、ほら。ギルバートがいるから》
なんかで指輪が出来てしまうのは静だからなのか。それとも力の作用なのか。
真咲は何だかんだといろいろとこなしてしまう静に、ただ純粋に流石だと思ってしまう。そんな静にオリヴィアのことを伝えれば、悩んでしまっているように言葉を濁した。
オリヴィアは大きく肩を落とし、ギルバートはほっとした顔をしながらオリヴィアを宥め始めた。
「戻ったら、お祝いしなきゃだわ」
《うん。それまでに騒がしいの、ルイスにお願いして黙らせておくね》
「静はやらないの?」
《えっとね。今、ルイスと奈緒に睨まれてる》
「それじゃあ無理ね」
何せ静は売られた喧嘩は全て買う主義だ。下手したら拳も出る。
真咲はよく分からないが、ルイスと奈緒が大人しくさせる程度には面倒な問題になるのだと真咲は察した。
「分かったわ。連絡ありがとう、静」
《どういたしまして。それじゃあ巡礼、気を付けてね》
「ええ、もちろんよ」
そして静が通信機を切った。また落ち着いた頃にでも連絡してくれるだろう。もしくはこちらから連絡をしよう。いや、絶対に連絡しよう。
そう決めた真咲は良し、と大きく頷き、アリッサ達を見る。祈りを終え、皆バラバラに動き始めている。
二人が今から婚姻の儀式をしに墓守がいる神殿に向かうと知ったらどんな反応をするだろうか。なんて真咲はつい、そんなことを考える。
きっと、皆また祈り、祝福してくれるだろう。
そんな気がした。




