02 おいしいお菓子に紅茶を添えて
リーリア達が用意したお茶に、奈緒が作ったお菓子。それらを並べて今日はちょっとしたお茶会である。
もちろん話題は夜会のことだった。
「その日、あたしおなか痛くなると思うのよね」
「私もー!」
真咲も伊織も、そろって夜会には出席をしたくないらしい。ここで奈緒も同意してくれる流れになるだろう、と思ったがどうも違うらしい。
奈緒は三人からの視線を受け、口角をあげた。
「出席しといた方が良いわよ。アンジェリカとランスロットからの大事な話があるらしいから」
「誰からそんなの聞いたの?」
「ユアンからよ」
真咲の問いに、奈緒は当然のように答えた。
ユアンのよく分からない情報網は相変わらず広いらしい。一体どこからそんな話を拾えるのか、静は一度聞いてみたいところであった。
「ふぅん……。じゃあどんな話なのかは?」
「それは分からないわ。けど、二人からってことは良い話ってことでしょう?」
そうだろうな、と静は無言で頷きつつ、焼き菓子をかじる。何せあの二人から感じた甘ったるい空気。あれで悪い話になるだなんて全く想像出来ないものだった。
だから、と静は考えることを止めた。下手に想像するよりもちゃんとその時に新鮮な気持ちで聞きたくなったからだ。
「それなら出なきゃ駄目ね」
「そうだねー」
真咲と伊織は仕方がない、と言うように頷いた。そして、真咲は控えているアリッサへと振り返った。
「ねぇ、ドレスってあの時の?」
「はい。何か希望がおありで?」
「希望っていうか……。ちょっと、赤色が欲しいって思っただけよ」
「承知しました。アイヴィ様が手直し等してくださるとのお話をしてくださいましたのでお願いをしてみます」
表情を変えないアリッサに対し、真咲はずいぶんと嬉し気に頬を緩めた。静はつい、伊織と顔を見合わせる。
赤だそうだ。きっとその赤というのは、とても美しい深みのある紅の色をしているはずだ。そういえば真咲はあの時、どんなドレスを着ていたのだろうかと静は思い返そうとする。だが、一年も前の出来事だったし、それ以上にあの時は賊が侵入してきてそれどころではなかった。
「あ、奈緒様。奈緒様のドレスなんですけど、ユアン様が手配なさるそうですよ」
「待って。それ初めて聞いたわよ?」
「……やっぱり、ユアン様ってば伝えてなかったんですね……」
レオナが思い出したように奈緒に伝えると、奈緒は大きく目を見開き、小さく音を立ててカップを慌てておいた。
このお茶会の後、奈緒はきっとユアンに問い詰めるはずだ。何せ少しだけ背筋が冷たくなる笑みを浮かべていたのだからだ。
無意識に静は奈緒から視線を逸らす横で、伊織がクレアを見やった。
「……わ、私のって……」
「あの時のドレスですよ、伊織様。ただ少しだけ装飾品が増えますかもしれませんが」
「装飾品……?」
「はい」
クレアからの話に、伊織は小首を傾げる。その話が聞こえた静はどうしてか脳裏にあの大神官の姿が浮かんだが、きっと間違いではないはずだ。
三人は当日、どんな姿になるのだろう。なんて呑気に考えていれば、真咲が聞いてきた。
「で、静のは?」
「ルイスがアイヴィに頼んでた。そろそろ採寸する予定」
「良かったわね」
「ちなみにリーリアも出ます。加護を持っているんで」
リーリアが出席するのは決定事項だ。だから遠慮なく言えば、三人そろって目を丸くした。
そして真咲はぐい、とテーブルに乗り上げるように静へ身体を傾けた。
「けど、ああいうのってパートナーがいるんでしょ? 誰を巻き込むのよ」
「ジェイク」
「……ああ、番犬にぴったりね」
真咲はそれだけで納得したようだ。だが、奈緒は周囲の視線から逃れるように顔を背けているリーリアを目にし、器用に片眉をあげた。
「……違うわ。真咲」
「何が違うっていうのよ」
「ねぇ、静。二人ってどういう仲?」
何かに感づいたらしい奈緒は、小首を傾げる真咲を無視し、静に問いかけた。静はリーリアを見て、その他疑わしげな視線を向ける侍女達を見て、ふむ、と頷いた。
「恋人同士」
リーリアは両手で顔を覆った。耳は真っ赤に染まっていた。周囲は生暖かい眼差しでリーリアを見つめていた。
そんなこんなでようやく落ち着き、静は二杯目の紅茶を飲みつつ、ずいぶんと少なくなった菓子を食べ進めていた。
「あたしさ」
真咲はソーサーにカップを置き、ぽつりと口を開いた。
「今年も、巡礼に行こうと思ってるんだけど」
視線はカップに向けられたまま。ほんの少しだけ眉間にしわが寄っているのは緊張しているからなのか。しかし何故、緊張なんてするのだろうかと静達三人は顔を見合わせ、そろって小首をかしげた。
「分かったわ。それなら早めに準備したほうが良いわね」
「ヴィンセントに言った? 言っておくけど」
「気をつけてねぇ」
そして奈緒がいつものように心配混じりに頷き、伊織がそれならと確認する。静に至っては軽く他人事だ。
三者三様の反応に真咲はようやく顔をあげ、空色の瞳を数度瞬かせた。
「……止められるかと思った」
「なんでよ」
「だって」
何がだって、なのか。それは敵がまだどこかにいるかもしれないから、なのか。それとも、もう必要な状況ではないと思っているのだろうか。そうであっても行きたいと思うのであれば止める必要はないと静は考える。
その横、奈緒は呆れたように小さく息をつき、微笑みを浮かべた。
「真咲を待っているかもしれないでしょ?」
「……そう。そうよね」
奈緒の言葉に、真咲はまるで自分を納得させるように数度頷く。そして残りの紅茶を一気に飲み、立ち上がった。
「ねぇ、伊織。ヴィンセントって執務室?」
「たぶん」
「話してくるわね!」
巡礼に行くとしたら準備が必要だ。相談するなら早いほうが良いだろうが、まさか今から向かうだなんて静は欠片も思わなかった。
真咲は一目散に部屋の外へと出る。続けてアリッサが扉の手前で優雅に一礼をした後、足早に真咲を追うように出ていった。
室内はまるで嵐が過ぎ去ったかのような静けさが満ちる。が、それは一瞬にして霧散した。
「あ……! コテツ、ウーロをいじめないの」
奈緒の声に静と伊織は一斉にテーブルの下を覗き込んだ。
テーブルの下。そこには二匹の猫と、籠の中にいる一匹の黒い蛇の姿があった。
そのうちの片方、茶トラのコテツが籠の中にいるウーロにちょっかいをかけていたらしい。別に前足でちょいちょいと突くのは問題ないだろうが、今見ると頭をぐわり、とくわえていた。
ウーロはされるがままで、反撃する様子はない。むしろ、尾の先を小さくチロチロと左右にふり、コユキと遊んでいる余裕さえ見える。
伊織はウーロの世話焼き上手な様子にきゃあ、と楽し気な声をあげるのを見るに、全く心配いらない状況なのだと静は判断し、体を起こした。
「所でさ。なんでアラレだけ、こんなにわたしに懐いてるの」
「私が分かるとでも?」
「けどさぁ……」
残りの一匹。白猫のアラレは今、静の膝の上にいた。静が椅子に座った途端、待っていましたとばかりに飛び乗ってきたのだ。
以前は足元で座っていることが多かったが、静がアラレを置いて大神殿の外へ出たばかりに、こうしてべったりとくっつくようになってしまったのだ。
他の動物達のように静に対して襲うようなことはしないので良いが、それにしたって重い。今後はヨカゼを通して、どうにか脇に座ってもらえないかと説得しなければならないほどだった。
「確かにあれよ。静がいつも無茶するから、もっとちゃんと見ていたいとは思ったけども……。まさか、ほら、思っただけなのよ?」
「……え、つまりさ。アラレって、わたしの見張り?」
それでもアラレはあくまでも奈緒の猫だ。しかもメルヴェアータが連れてきた子達だ。
だから二匹は常に奈緒の近くにいるのだが、そんなまさか、奈緒がつい考えただけでそんな。
なんて静と奈緒は顔を見合わせている間に、にゃおんとアラレが鳴いた。
「……そうですかぁ」
「今度から連れていきなさいよ」
「分かったよ……」
奈緒が望んでいることに、静は拒むことが出来なかった。何せ、奈緒がそう思うようになるだけの心当たりが数多く存在しているからだ。
「真咲の鳥もつけようかしら。伊織、どう思う?」
「良いと思う!」
奈緒の思いつきに、伊織が明るい声で返事をする。今後は鳥も増えるらしい。
どうせなら、ちょっとかっこいい鳥にしてくれないかな、なんて静は半ば諦めつつ思った。
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クレアには少しだけ廊下に待ってもらい、伊織は執務室の扉を少し開け、顔をのぞかせた。
「なんだ」
「今日は元気だね」
「ああ」
執務室の中には、いつものようにヴィンセントが顔をしかめながら大きな机の前に座り、ペンを走らせていた。
ヴィンセントの言葉には嘘偽りなく、光が綺麗に瞬いていた。けども、どうしてか。その光の他に、何かがある、ように見えた。
何かまた隠しているのだろうか。
伊織はなるべく音をうるさくしないように中へと入る。そしてヴィンセントは手を止め、ようやく顔をあげた。
「ウーロの食事か?」
「違うよ」
「だが欲しそうにしているぞ?」
伊織の手に持つ籠の中から、ウーロが頭を上げていた。
ウーロは基本、魔力した食べない。あの旅の最中も、ずっとヴィンセントの魔力を食べていた。
そんなに魔力というのは美味しいのだろうか、なんて伊織は試したくなったのは秘密である。
ウーロが入っている籠ごとヴィンセントの机に置く。ヴィンセントはいつものように手を握りしめてすぐに開き、その中で出来た魔石をウーロの口に放りこんだ。
「真咲の話、聞いた?」
「ああ、聞いた。各地の神殿から要望が出ていたから、真咲から話が出て助かった」
各所に巡礼を心待ちにしている人達がいるということだ。真咲はきっとやる気に溢れているに違いない。
揺れる炎のような光が後で見えるかもしれないと思うと、伊織はすぐに真咲に会いたくなった。
ただ、それにしてもと伊織はヴィンセントを見る。正しくは瞬く光の後ろ側。光のせいでよく見えないが、何かがあった。別に悪いものではない、のかもしれない。けども、あまり良いものでもないように伊織の瞳は映していた。
「なんだ? さっきから」
「……うーん……、よく分かんないんだけど……」
ずっと見ていたからか、ヴィンセントは少しだけ顔をしかめて伊織を見上げる。伊織は見えたものを説明しようも思ったが、何と言えば良いのか分からなかった。
何せ、隠れているもの。それか、隠されているものの正体がまだ見えなかったからだ。
言い淀んだ伊織に、ヴィンセントは何を思ったのか何も書かれていない紙を一枚手に取った。
「絵は描けるか?」
「なんで?」
「伊織が見ている世界がどんなものか興味があったんだ。言葉で言い表せないなら描くしかないだろう?」
手に取った紙、それからペンをヴィンセントは真咲の前に置いた。
「ほら、描け」
伊織はぐっと顔をしかめた。理由は簡単だ。
図工、そして美術の成績を伊織は今まで平均よりずっと下だったからだ。先生も諦めるくらいで、もう少し個性を抑えましょうと言われるくらいだった。
けど、芸術は爆発だという言葉があるのだからと思い、伊織はそれらを無視してきた。が、今になってちゃんと聞けば良かったと心の底から後悔した。
「……下手でも笑わないでね?」
「元の画力が分からんから何とも言えんな。試しにウーロでも描いてみろ」
「じゃあヴィンセントも描いて」
そうだ、一人で描かなければよい。
伊織はそのよく分からない思考にたどり着き、ずい、とヴィンセントに顔を寄せる。ヴィンセントは近くなった伊織の頭を容赦なく押し返した。
「そうだな。たまには良いか」
ヴィンセントは断るどころか、むしろ乗り気で頷き紙とペンを用意した。
「立ったまま描くのか?」
「うん。見えないもん」
「こっちに座るか?」
「え、やだ」
「ずいぶんとはっきり言うな」
ヴィンセントは豪華な椅子に座りながらウーロを描き進める。伊織もまた、同じように描き進める。が、ここで使われているペンは漫画家が使うようなペンだ。当然ながら伊織は人生で全く使ったことがないのもあり、時折紙の凹凸に引っ掛けながらもペンを動かし続けた。
そして、どれほど経ったか。
先に伊織が描き終わり、ヴィンセントが遅れて描き終わった。その二枚の描かれたウーロの絵を前に、ヴィンセントが少しだけ視線を横に向けた。
「……あれだな。独特だな?」
「ヴィンセントのばかぁ! この絵はちょうだい!」
「ああ、かまわんぞ」
違うのだ。伊織はただ、ウーロの立派な口とかわいらしい瞳を描きたかっただけなのだ。それがだいぶ目立ってしまって、結果胴体がひょろりとしてしまっただけなのだ。
と、伊織は誰に言うわけでもなく言い訳を並べつつ、ヴィンセントが描いた絵をじっくりと見つめた。
まるで今にも動き出しそうなほどだった。つるりとした鱗、美しい瞳、鋭い牙。ちょうどヴィンセントに魔石を強請るウーロの姿がそのまま描かれていた。
この時のウーロは少しおとぼけ顔に見える。そこがとてもかわいらしく、ヴィンセントが描いた絵もまた同じくかわいらしかった。
「それで伊織」
「なーに? 見て、ウーロ! かわいいよ!」
伊織はウーロにヴィンセントが描いてくれた絵を見せる。ウーロはチロチロと舌をのぞかせ、それを真似するようにくわり、と大きく口を開けた。
すごくかわいい。
「次、ミラベルの元へいつ行くんだ?」
「明日行きたい」
「分かった」
ヴィンセントは事務的に頷き、机の上に置いてあるブローチ型の通信機を手に取り操作をする。
しばらくし、通信機から音が聞こえた。
《何かな?》
「明日、ミラベルの所に行くからな。兄上」
《ヴィンセント?! あ、ま、ちょっと話を》
通信相手のランスロットの慌てたような声は、ヴィンセントが通信機を切ったことで途絶えてしまった。そしてすぐ、通信機が逆に鈴のような音を響かせるがヴィンセントは無視して机の隅に置いた。
「……お話したら?」
「奴の話は長いんだ。付き合ってられるか」
実を兄を奴、なんていうヴィンセントは眉間に深いしわを浮かべた。見た目はずいぶんと不機嫌そうではあるが、瞬く光は先ほどと何ら変わった様子がないのを見るに、恰好だけ取り繕っているようだった。
なんでも見える伊織の前だというのに、どうしてそんなことをするのか。
伊織は面白いな、なんて思いつつウーロの頭をちょい、と突いた。




