10 大神官とて分からない
静達は今、どのあたりにいるのだろうか。通信機を使って聞いてみようか。
なんて真咲は思いつつ、呆れたように息をついた。
「ルイスがいねぇからって馬鹿だな、あいつ」
「奈緒が監視しているっていうのにね」
わざわざ王城から様子を見に来たカルロスもまた同じように呆れた顔を浮かべていた。
もちろんそれは二人だけではなく、レイメイの隊員達他、侍女二人含め、カルロス同様に様子をわざわざ見に来てくれている神官達も同じ顔を浮かべていた。
「オレは! 巻き込まれただけなんですってぇ!」
「うるさいわよ、クルト」
奈緒は容赦なく泣き言をいうクルトを黙らせる。そして地べたに正座しているユアンを見下ろした。
「ちょっとした興味本位という奴ですよぉ。それに、こんなことは開発局では茶飯事でぇ」
「ここはレイメイ。大神殿。で、ユアンはもうレイメイに所属しているのよね? まだ開発局にいるって思っているの? 頭大丈夫?」
「大変申し訳ありません、我らが紫の聖女様。ですから、そのぉ……せめて、椅子に」
「そのまま反省してなさいよ」
「では、場所だけ」
「見せしめって大事って聞いたわ」
「足が……!」
「この世界にも正座っていうものがあって話が早かったわ」
「この世界にあっても、この国には一般的ではないんですよぉ……!」
最後なんてユアンはまるで女の人のように高い声をあげながら喚いた。巻き込まれているクルトはかわいそうだが、ちゃんとユアンを見張っていなかったどころか悪乗りしていたので一緒にお仕置きされても仕方が無い事だった。
とはいえ、真咲は二人が一体何をしたのか分かっていないのだが。
「……なぁ、真咲様。奈緒様とユアンってさ」
「付き合ってるわよ、たぶん」
「たぶんって」
「まだ直接ちゃんと聞いていないのよ」
「へぇ……」
二人が好きあっているのは誰もが知る周知の事実だ。だが誰も、二人がちゃんと恋人同士なのかというと首を傾げてしまう。
何せ二人の様子というのは一向に変わらないのだ。見ようによっては母親と子供のそれ。あれでどうやって付き合っていると言えるのだろうか。ちなみにユアンの補佐であるクルトも首を傾げていた。
何か理由でもあるのだろうか。真咲には分からないものであった。
そして何げなく、真咲はカルロスを見上げた。カルロスは何を考えているのか、顔をしかめたまま二人を見つめている。それは呆れというものではない。何か、考えているかのようだった。
真咲は僅かに口を開きかけ、すぐに口を閉ざした。
何を見ているのか、なんて。聞かずとも分かるようなことを聞こうとしていたからだ。
本当に何をやろうとしているのかと、真咲は自分自身に呆れ、そこでようやく中央の様子を見るのを止めてレイメイの隊舎の隅へと歩き出した。
そこには即席の、フィルがゴズに頼んで作ったらしい土づくりのとても小さな丸い家。その中でじっと丸くなっている白い塊に向け、声をかけた。
「アラレ、いつまで拗ねてんのよ。そんなところにいたって静、早く帰ってこないわよ?」
白い塊。もといアラレは、真咲の声に反応を一切示さずに丸くなったまま動かない。
奈緒の猫であるはずだが、何故か三匹の中で一番静に懐いているアラレは静に置いて行かれたというだけでこの有様だ。意地でもここから動かないと言わんばかりに本当に動かなかった。
それに見かねてフィルは即席で家を作り、他の皆が餌をあげたりと世話をしていたのだ。
もう次回は絶対に連れて行ってもらおうと真咲は決めていた。
「そいつ、奈緒様の猫なのに静様のことすげぇ気に入ってるんで仕方がないんじゃないですかね」
真咲の後ろからアラレの様子に呆れたような声が降ってきた。
「そうね、気付いたら静のところにいるし……。で、ジェイクはなんでそうなってるのよ」
「ヴィラを捕まえようとしてくるんですよ、こいつら。遊んでいるだけなんでしょうけどね?」
振り返り見上げる。そこにはジェイクが顔をしかめて立っていたが、両手にはそれぞれ器用にコユキとコテツの首根っこを掴み上げていた。
ヴィラ、と呼ばれた白い蝶の眷属はゆっくりと羽根を動かし、ジェイクの頭の上に止まっていた。
もしヴィラが小さくとも同じように動物であれば一緒に遊べたかもしれないが、小さな蝶だ。ちょっとした衝撃でも、ヴィラにとっては恐ろしいものになる。
にしても、似合わないなと真咲は図体の大きいジェイクとヴィラが一緒にいるのを見て思ってしまうが、一緒にいるとヴィラが決めたのだから揶揄うことはもちろん、口に出して良いものではなかった。
静達はいつ、戻ってくるだろうか。
真咲は思わず空を仰ぐ。視界に、真咲が呼んだ二羽の鳥達が飛び回って遊んでいる。もう鳥達に迎えに行かせようか、なんてことを考えてしまいかけてしまうほどだった。
そんな時、なんとも良いタイミングで真咲が持つ通信機が鈴のような音を鳴らした。
真咲はすぐさまにポケットから通信機を取り出し、底を押した。
「もしもし、真咲だけど」
《真咲ぃ……》
「ちょっとどうしたのよ、静」
相手は静だった。いつものゆったりとしたような口調、ではなく、どこか疲れた様な間延びした声が通信機から聞こえてきた。
《いや、あのね? そのいろいろとあってね?》
「何よ、いろいろとあったって」
《不可抗力という奴なんですぅ……》
妙に言い訳がましいような言い方をする静の続く言葉に、真咲はすぐに声を張り上げた。
「奈緒! 静が狼拾ったらしいわよ! しかも群れ!」
「はあ?! どういう事よ!」
「知らないわよ!」
狼の群れをまさか静は拾ったという事実に、レイメイの者達はどよめいた。しかしすぐに、皆は落ち着き顔を見合わせ、すぐさまに忙しそうに動き始めた。
「おーい、ノーマン! 静様達の迎え!」
「分かってるよ!」
ジェイクもまたすぐに指示を飛ばす。ノーマンも分かっているかのようにフーリュを空に飛ばしながら、三人くらいを集めて足早に外へと向かった。
「なぁ、ジェイク。なんでこう……」
「俺達が仕えてんのは静様だぜ? 俺達みたいに人拾ってくる可能性だってあったんだから対応できなきゃまずいだろ? まぁけど、狼だから人間よりマシだな。ヨカゼもいるし、何とかなるだろ」
ジェイクは首根っこを掴んだままのコユキとコテツをようやく下ろし、取り残されている新人達を集めた。
カルロスも真咲も、ジェイクの言う通りだと納得してしまい、それ以上は何も言わず、考えないことにしたのは言うまでもなかった。
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無事に大神殿に戻り、騒々しい出迎えた等々があって、ようやく落ち着けたのはすっかり日が落ちた頃だった。
たった数日、紅星の間で祈らなかっただけで久しく思えてしまうことに、ヴィンセントは純粋に驚いた。
冬至の儀式の為に毎年、静寂の山へ向かう道中の方が長いというのに、その時はなんら久しいとは思えなかったというのにだ。
外はどっぶりと夜が満ちている頃合い。体に満ちる心地よい疲労感がどうにも眠ることを惜しませ、今日はもうすでに外で祈りを捧げていたというのに、ヴィンセントは性懲りもなく理由をつけるために祈りを捧げていた。
「……我らが神よ」
大きな彫像を見上げる。
我らが神。天の神、アルカポルスは淡い光の中で優雅に腕を広げ、微笑みを浮かべている。
ヴィンセントはその足元に片膝をつき、両手を組むように握りしめたまま、囁くように言葉を続けた。
「お見守りくださる、我らが神よ。私は初めて、儀式以外で外へと足を運びました。愚かしくも私は、今年で二十二になるというのに、外の世界について何一つ知らなかったのです」
まるでそれは懺悔のように。しかし、ヴィンセントは微笑みを浮かべており、白昼夢を見つめているかのようだった。
「草花の波打つ緑の草原の色合い。独特の土の匂い。水の冷たさ。森の獣や魔物達の息遣い。遠くに見える山々。この白き王都の姿。そのどれもが美しく、眩しく、己という存在がずいぶんと頼りないものなのだと実感をいたしました」
そうして、ヴィンセントは告白する。
「私は外を知ってしまいました。それと同時に、より広い世界を見聞きしたいという願いを抱いてしまいました」
大神官として。そして、王族の供物してはあるまじき願いであった。
けれども抱いてしまったこの願いをヴィンセントはどうしたって捨てることさえも蓋をすることさえも出来なかった。出来るはずがなかった。
何せ目の前にはいつも、あの全てを見る黄金の瞳があるのだから。
「我らが神よ。感謝をいたします。聖女達に……、金の聖女に出会わせていただけたことを。そして、謝罪いたします。私がその願いの為に、動くことを」
大神官としてではなく、ヴィンセントという名前がついている一人の人間として、ひたすらに言葉を続けた。
「どうかお見捨てならず、お見守りください。我らが神をお守りするこの役目は、この凍土に眠ろうと果たします、必ず。ただ、そこに一人、加えさせていただくことをお赦しください」
古書に、そのやり方の記載があった。本当に簡単なもので、しかしあまりにも効力が強いものだった。
古から伝わるこれは魔術ではない。どこか呪術めいているように思えた。だが妙に神聖さを覚えてしまうものだからか、今の時代にも廃れずに残っているのだろうとヴィンセントは考えていた。
「我らが神に誓います。私の為に、この世界へと残っていただいた金の聖女。このお方を生涯かけて、お守りすることをこの場に誓います。この誓いを我が血潮に刻み、果たせない時を迎えた時、この血が我が命を食い破りましょう」
体に巡る血が沸騰するかのように熱が満ち、魔力が多く消費されるのを感じた。
血の誓い。
今の時代において、その手軽さと危険性から立会人がいる他、書面でのやり方へと変わった。署名に自身の血を使う必要はあるが、その書面を破棄してしまえば効力を失う。
だが今、ヴィンセントが行ったのは古から伝わる方法だった。この身、命、魂までもを捧げて誓う。逃げることは出来ず、この誓いは永劫に残る。そしてこの誓いが果たせなかった時、それは誓った者が宣言した通りの罰が降りかかる。
身を焼け、と言えばその身は焼かれる。死を与えよ、と言えばその通りに死を与えられる。
ヴィンセントは何の躊躇もなく、罰として死を望んだ。それぐらいのことであるからだった。
「……伊織に知られたら、どうなるか……」
全てが見える金の瞳を持つ伊織は、しかし本人が知る事柄しか見えない。であるから、何か不思議なものでも見えるようになっていれば良い、とヴィンセントはさらに重ねて願う。
否、知られた所でもう済んだことだ。もはや、それこそ神以外覆せるものはいない。
ヴィンセントは喉奥を鳴らすように笑い、ようやく立ち上がった。
初めて伊織を目にした時、なんともちんちくりんな聖女が来たものかとヴィンセントは思った。
年相応の、しかし蛇や虫を好む変な奴だとも。
言葉を重ね、共に過ごした。伊織達が一時的に眠る時まで。
あのまま元の世界へと帰れば良かったものの、ヴィンセントの光が見たいからという訳の分からない理由を並べてこの世界に残った。
それが伊織だけではなく、他の三人もそれぞれの理由で残った。だが、結局は四人そろって、似たような理由だった。
その人が、この世界にいるから。とくに二人は、愛した人がいるからなんぞ言いきった。
「……愛、か……」
伊織は何故、光が見たいからという単純な理由で残ったのか、ヴィンセントは正しく理解はしていない。
だが、どんな理由であれヴィンセントの為だけに残ったという事実は何一つ変わらないものだった。
ヴィンセントは愛が何か、分からない。
この身に流れるのは王族の血であれど、供物の為に生まれたヴィンセントは王族でなく、ただの人間であり供物である。
だから大切にされてきた。だから排除されかけてきた。だから大人しくこの白の箱庭に留まった。
あの、黄金を見るまでは。
「我らが神よ。愛とは何でしょうか」
あの黄金は全てを見る。
清濁全て問わずに見えているはずなのに、あれは笑いながら沈黙する。
その黄金が、ヴィンセントという光を求めた。より美しい世界を見るために。
であるからに、血の誓いをすることにヴィンセントは何の躊躇も無かった。何せ世界を渡り、ここに生きると決めてくれたのだ。
ならば守らねば。あの黄金を。
「これが、愛だと言うのでしょうか」
他の聖女達には、もうすでに守る者達がいる。だからヴィンセントが己の為に残った黄金を守る。
それだけの話である。そのはず、だった。
あの黄金が、ヴィンセントの世界を鮮やかに染めた。白の箱庭のようなこの大神殿でさえ、黄金にとっては鮮やかなものだと知った。
共に外に出て、より鮮やかな世界に圧倒され、畏怖を覚えた。
そして想像してしまったのだ。
この先も伊織と共に、この美しき世界を見れたなら。
こんなものが愛というものなのか。
ただの自己を満足させるための願いではないか。
愛とは一体なんなのか。
ヴィンセントは微笑む我らが神の彫像を見上げる。当然ながら答えなんてものはない。己自身が見つけなければ意味がないのだから、答えなんてものは不要であった。
「……静やルイスなら、何と言うだろうな」
とくに互いに対し、強い愛を抱き合っている二人の姿を思い浮かべる。
まさかヴィンセントがこのようなことで思い悩んでいるのかと驚くだろうか。それとも親身になり、話を聞くだろうか。
どちらにせよ、二人はきっと答えはしないだろう。いや、分からないと答えるかもしれない。
何せ二人は互いしか見ていないのだから。
ヴィンセントは一人、いつものように喉奥を鳴らすように笑った。そして彫像に一礼し、踵を返し、紅星の間を後にする。
人影がなくなったその場所に、ぽぅ、と光が集まり長い銀の髪の少女、リディアータが姿を現した。
リディアータは金の瞳を細め、閉じられた重厚な扉を見つめ小さく口を開く。
『伊織を必ず守ってくださいね、人間。……いえ、ヴィンセント』
困り顔で器用に笑みを浮かべたリディアータは音もなく、また白い光となり、姿を消した。




