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09 手合わせの定義を考える

 墓守がいた神殿を後にし、光あふれる森の中を黒銀の狼を先頭に、二台の幌馬車と二頭の馬が行く。その後ろを新たに新たに加わった大人の狼達が六頭、ついてくる。まだ小さな子狼四頭は、はぐれる恐れがある為、幌馬車に乗せている。


「新しい神官?」


 静は幌馬車を操るルイスの後ろ姿を見つつ、同じ幌馬車にいるヴィンセントから聞いた話に僅かに小首を傾げた。

 銀の子狼の二頭が我先にと静の膝に上ろうとする。うち、一頭はウーロがいる籠を興味深そうに匂いを嗅ぎ、もう一頭は疲れたらしく昼寝をしている。静は順番に上ろうとする子狼達の鼻先を軽く押しやった。


「ああ、そうだ。あの神殿には神官がいない。だから新しい神官を寄越す予定だ」

「そっかぁ。墓守さんはなんて?」

「最初は渋られたが、神殿を存続させる為ということで納得してもらった」


 たとえ相手が大神官であろうとも、やはりあの墓守相手だと話はそう簡単にはいかなかったらしい。しかしヴィンセントの様子を見る限りでは、とくに苦労したと言う様子はなく、むしろ楽しんでいたようにも見て取れた。

 静は隣にいる伊織を横目で見る。伊織は笑みを浮かべてヴィンセントと静の会話を聞いているだけだ。時折眩しそうに黄金の瞳を細めるようにするあたり、伊織から見るヴィンセントは瞬くほどに輝いているのだろう。


「もちろん適当な神官じゃなく、俺が直々に選んだ者をこの神殿に寄越す。墓守殿はご高齢というのもあるし、神殿の他に墓地がある。眠る者達がいる以上放置は出来んしな」

「ヴィンセントから選ばれるって。選ばれたその人、大変そうだな」

「一人ではなく二人選ぶ予定だから、早々潰れんだろ」


 確かに二人であれば、何があろうと助け合える関係は築けるだろう。それに加え、ヴィンセント直々に選ぶのだから、相性について心配することはないはずだ。

 あの神殿はある意味では特別な場所だ。ユフィアータの眷属が他に比べて数多くいる。さらに神殿裏にある墓地には、中でも力が強い白い鳥の眷属が墓守と共に守っている。

 そしてこの森だ。

 曰く、この森にはいくつかの魔術、のようなものが施されているとルイスは教えてくれた。特定の植物を合わせて植えることによって生み出される自然の魔術の陣。庭園の魔術と呼ばれるそれとはまた少々異なるらしい。

 ただそれはとても優しく、さりげなく、この森全体が結界の役割となり、あの場所を守り続けてくれていた。

 とはいえ、どんな理由であれあの場を守ってくれようとしてくれるヴィンセントのその考えが、静はたまらなく嬉しいものだった。


「あ! 怒っちゃ駄目だよ、ウーロ!」


 そんな中、突然伊織がウーロを叱りつけた。見ればウーロは、銀の子狼へ噛みつかんとばかりに大きな口を開いていた。子狼はきゃん、と小さく鳴き、慌ててヴィンセントの足元へと駆けて行ってしまった。

 ヴィンセントはその子狼をすくいあげて膝に乗せつつ、小さく息をついた。


「ウーロ、魔石やらんぞ」


 ウーロはすぐに口を閉じ、すぐに籠の中へと戻っていった。と思ったが、どうやら不満があるらしく尾か体かを籠の外へと出し、大きく幌馬車の床を叩いた。

 ヴィンセントはそのウーロを無視しながら子狼を宥めつつ、ルイスの背へと視線を向けた。


「おい、ルイス。どこで手合わせをするつもりだ?」

「ある程度開けた場所です。森の中ですと被害が大きくなりそうなので」

「そういうものか」

「森の獣や魔物達の住処がなくなれば余計な縄張り争いが発生する等の問題が出てくるんですよ」

「……ああ、なるほど。それは駄目だな」


 二次被害、三次被害と広がっていくことを理解したヴィンセントは納得したように頷いた。そしてヴィンセントは大きく尾を揺らす子狼の首下や体を優しい手つきで撫で始めた。

 静は何となく、未だにじゃれついてくる二頭の子狼達を見下ろし、そっとヴィンセントへと顔を向けさせる。しかし二頭はすぐに静に向き直り、遊べと言わんばかりに今度はスカートの裾を甘噛みしてきた。

 大神殿に戻ったら普段来ているあのワンピースではなく、別の物にした方が良さそうだと静は思い、大きく息を吐きだした。



 -*-*-*-*-*-*-*-*-*-



 広くはないが、ある程度開けた場所。その中央付近に、軽装のヴィンセントとルイスが向かい合うように立っていた。


「何かあってもエドヴィンがどうにかしてくれるだろう」

「……本当にやるおつもりですか」

「当然だろう? というよりか、目的がこの手合わせなんだからやらずに戻るなんてことがあると思うか?」


 不敵な笑みを浮かべるヴィンセントに、ルイスは思わず空を仰いだ。真上にあった太陽は傾き、後少しで空は夕暮れの色へと変わっていく頃合いだった。

 移動中、ずっとこの手合せをやることについて、ルイスはこの判断は誤ったものではないかと考えていた。

 元は仕えていた相手であるが、それは別に関係がない。ただ問題なのは、誰一人としてヴィンセントがどれほどの強さを持っているのか分かっていないこと。そしてルイス自身、静が蓄えてしまう魔力の受け皿となった今、一体どれほど戦えるのかが分かっていないことがあげられる。

 それはつまり、周囲にどれほどの被害が出るのか未知数ということだ。

 ヴィンセントは軽く考えているかもしれないが、容易に地形さえも変えてしまう可能性だってある。そして、この身がどれほど耐えられるのかさえ不明だ。

 いざとなればメルヴェアータの加護を持つリーリアが治療を行ってくれるだろうが、正直そんな醜態は晒したくなかった。


「しかし手合わせか。幼い頃にしただけで、今改めてやるとなるとどうすれば良いのか分からんな」

「幼い頃、と言うと?」

「ああ、エドヴィンが相手をしてくれてな、木剣で。俺にはどうやら剣の才能がないらしい」


 これで剣の才能までもあったなら、絶対に手合わせの相手なんて断った。とはいえ、ヴィンセントは多才である。最低限の扱いは出来るはずだ。

 ルイスはヴィンセントと会話を進めつつ、どのように攻め込むかと思考を回し続けた。


「そういえばあの魔力の糸は使うのか?」

「糸は使えないので、他の方法を使います」

「そうなのか?」


 漆黒にいるならば当たり前に使えなければならないもの。それが自身の魔力を練り、紡いだ魔力の糸である。

 ルイスはもはや説明することすら面倒さを感じ、手を僅かに上げて魔力の糸、であった糸の塊を出現させた。


「こうなります」

「ひどいな」

「はい」

「つまり、そうなる程度には静の魔力をまだ扱いきれていない、という事か」


 わざとらしく、ルイスの現状を笑みを浮かべながらヴィンセントは口にする。

 事実であることだからルイスは否定をしない。しないが、その表情全てがルイスの癪に障った。


「そうだな。互いに待った、と言えば終わりにするか」

「……仰るんですか?」

「知らん。もしくは誰かが間に入るまで、だな」

「承知しました」


 話が進むにつれ、周囲の空気が涼しいものから冷たいものへと変化していっていることにルイスは気づいていた。とくに、ヴィンセントの足元の草花は薄らと白に染まっていた。

 ルイスは両の瞳を細める。深緑の瞳には映らない瞬きが、翠玉の瞳には映っている。その光の瞬きはゆっくりと、確実に周囲に広がりを見せ、ルイスを囲い込む。


「では、始めるか」

「はい」


 光の瞬きが、氷の刃へと変化する。と、同時、ルイスは迷わずに大地を強く蹴り、ヴィンセントとの距離をつめる。

 振り上げた魔力をまとわせた掌底。それを前に立ちはだかる氷の壁へと放ち、割る。合間から見えたヴィンセントは目を丸くし、口元を僅かに引きつらせていた。

 その表情を前に、ルイスは無意識に口角を上げる。


「なるほど。これは破壊されるな」

「守るばかりでは怪我をなさいますよ」

「そのようだ」


 下部。視界の端に光がまた瞬き、ルイスは足に魔力を集めた。


「しかし、良かったのか? そのように距離を詰めて」


 ヴィンセントが言うと同時、地面から突き破る勢いで氷の刃が姿を現す。ルイスは僅か後方に身体を傾け、そのまま刃の側面に強く蹴り上げる。

 氷の刃はそこから大きく割れ、飛び散った破片が日の光を受けて星々の瞬きのように輝いていた。


「問題ありません。全て排除しますので」

「そうかそうか」


 すでに落ち着きを取り戻したヴィンセントは、いつものように楽しげに笑みを浮かべていた。


「では、他に試してみるか」


 目の前にまた、氷の壁を隔てられる。ルイスは迷わず、それをまた破壊しようと腕を振り上げる。しかし翠玉の瞳が光の集まりを映し、同時に得も知れぬ息苦しい冷気が降りてきた。

 ルイスは反射的に後ろに跳躍する。口から漏れ出た息は白に染まっていた。


「……最悪だ」


 思わず、ルイスは悪態をつきながら、閉ざされた氷の壁が崩れた向こう側を睨みつけた。

 こんな事なら手合わせなんて話、了承しなければ良かったとルイスは密やかに後悔した。



 大きな氷の壁が自然と崩れた。いや、ヴィンセントが自ら崩したのかもしれない。

 誰もが息を呑み、その向こう側を見やる。

 そして。


「蛇!」


 きゃあ、と伊織が歓声をあげた。

 そこには巨大な氷の蛇を従えたヴィンセンが立っていた。好戦的な笑みを浮かべつつ、ヴィンセントは右手を上げる。と、氷の蛇はまるで生きているかのように素早く動き出し、ルイスへ突進する。

 ルイスは直前で高く跳躍するが、氷の尾がルイス目掛け振るい落とされる。受け身は取れただろうが、直撃したルイスは強く地面に叩きつけられた。

 思わず、静は椅子から立ち上がりかける。しかし膝上にいる子狼達や、肩に顎を乗せている狼のせいで身動き一つ出来なかった。


「……ねぇ、ヘクター。手合わせってなんだっけ?」

「わっかんないです」


 狼を挟んで隣で地べたに座っているヘクターが思い切り顔をしかめる。そしてすぐそばに控えていたロバートへと振り返った。


「なぁ、ロバート。深紅にいた時の手合わせって、こんな感じだった?」

「全く違います……!」


 ロバートは大きく顔を引きつらせ、目の前の光景を凝視していた。首元の服の隙間から、シルドラがひょこり、と顔をのぞかせているのが見えた。どうやら興味があるらしい。

 それが良い事か、悪い事かは不明だがそれはそれとして、静はほんの少しだけ座りが悪かった。


「そっか。あ、それとさ、ロバート。立ったままなら静様から離れろよ。エドヴィンさんみたいにさ。じゃなかったら、そこで良いから座ってくれね?」

「え……」

「えっと、あれだよ。静様、男が苦手っていうか。怖いんだよ。だからオレ達が静様と話す時は、しゃがんでいるだろ? けどルイスは別な、別」


 ロバートはさらに顔を引きつらせて青くし、すぐさまその場に片膝をついた。すると良く見えないのか、シルドラは服の間から姿を現し、ロバートの頭の上へとよじ登った。

 大の大人の頭の上に、小さな黒い蜥蜴が一匹。なかなかに可愛らしい光景で、静はようやく座りの悪さがなくなり、一つ息をついた。


「ありがとぉ、ヘクター」

「すみません、話すの忘れてました」

「良いよ。皆、慣れちゃったことだし」


 ヘクター含め、レイメイの者達は当然のように知っている事実で当たり前のことだった。だから皆、静の姿を見かけると遠目から様子を伺い、問題なさそうなら一人、二人とやって来てはしゃがんで話をするのがいつものことだった。

 それがあまりにも日常過ぎた故に、おそらく誰もが新しくやってきた者達に説明していなかったのだろう。

 本当に仕方が無いことだった。むしろ、今発覚して良かったと静は思わざるえなかった。ルイスがこれを知ったならば、ひどく気落ちしそうであったから。


「その、ごめんね、ロバート。もうちょっと時間かかるけど、そのうち治すから」

「そ、そんな……! お気になさらず! 戻ったら他の同期達にお伝えしてもよろしいでしょうか?」

「うん、お願い。ありがとね」


 ロバートはすぐさまにやってほしいことを自ら提案してくれた。

 なんて気の利いた者だろうかと思いながら礼を言うと、ヘクターのつまらなそうにしている顔が見えた。

 静は小さく苦笑を漏らし、ヘクターの頭を軽くわしゃりと一つ撫でる。するとヘクターはすぐに満面の笑みを浮かべた。

 それにまた和みつつ、静は氷と土埃で見えなくなった手合わせをしている二人へと視線を戻した。

 砕かれた氷の破片が周囲に絶え間なく飛び散り、土埃が舞うたびに輝いているよう。広がる地響きと、巨体な氷の蛇の胴体が時折見える。

 一体何が起きているのか。

 これは見える伊織に試しに聞いた方が良いだろう。

 そう思い、静はじっと前を見ている伊織へ話しかけようとした、時だった。

 巨体な氷の蛇の胴体が、綺麗に二つに分かれたのだ。


「剣」


 何が起きたのか、静はすぐに理解した。

 理由はすごく単純なもので、白銀に鈍く光る剣を片手に持つルイスの姿がようやく土埃の中から見えたからだ。

 あれは一体何か。どうやって出現させたのか。

 次々と静の中で疑問が湧き上がる。だが、そんなもの今はどうだって良かった。

 さらなる生み出される鋭い氷の波がルイスを襲う。ルイスは怯まずに真っ直ぐに駆け出し、白銀の剣を翻し、氷を両断する。

 ヴィンセントの大きな笑い声が静がいる場所まで届いた。ずいぶんと楽しげである。ルイスは楽しんでいるのだろうか。それともしつこく襲いかかってくる氷に嫌気が差しているのだろうか。

 どちらにせよ、白銀の剣には迷いなんてものは無いように見えた。


「本当に、わたしの剣になったんだねぇ……」


 思わず、というように静は口から言葉を漏らした。


「静様。なんか、嬉しくなさそうですね」

「そうかな?」


 独り言のような言葉は、ヘクターの耳にしっかりと届いていたらしい。しかも勘が良いことに、聞こえただけでそれだけ把握されるとは思わず、静は誤魔化すように笑った。

 わたしの剣、と静は儀礼の時、ルイスをそう呼んだ。だから、そうなったルイスに対して喜ぶべきで、誇らしくなるべきだ。

 だというのに、どうしてだろうか。

 とても、寂しいものを抱いてしまったのは。


「よく分かんないや」

「……そうですか」


 何故、そう思ったのか。思ってしまったのか。今の静には何一つ、分かるわけがなかった。


「ところで静様。これ、どうやって止めます? そろそろ狩をしに行きたいんですけど」

「……ああ、そっかぁ」


 薄暗い胸の内に思考が落ちかけていた時、ヘクターがいい具合に静の思考を引っ張り上げてくれた。

 見上げれば空はすっかり橙に染まりかけてきていた。そろそろと野宿の準備等をしなければいけない時間帯だった。


「ごめんね、ちょっと良いかな?」


 静は肩に顎を乗せてくる狼に声をかけ、膝上にいる子狼達を一頭ずつ下ろす。

 皆、抵抗するかと思えばずいぶんと素直に静から順番に退いてくれた。あんまりにもあっさりと言うことを聞いてくれることに静は少しばかりの不満を抱いた。


「……なんでこいつら素直なの」

「さあ? で、静様、どうするんですか?」

「え?」


 静は椅子から立ち上がり、軽く右肩を回す。

 そうして、その手に銀の槍を出現させた。


「これ、ぶん投げようかなって思って」


 足元周辺を確認した後、静は大地を大きく踏みしめる。そして力いっぱいに、静は土埃と氷が舞う場所へと投てきした。

 銀の槍は、弓から放たれた矢のように軽く弧を描き、二人がいる場所へと落ちてゆく。そのまま大地へと突き立てられる、かと思えば銀の槍はあっという間にヴィンセントが操る氷に包まれた。

 そうしてようやく動きを止めた、遠目からでも分かるほどにぼろぼろな二人に対し、静は大きく声を張り上げた。


「終わり! お腹減った!」


 ヴィンセントはその場にだらり、と地べたに座り、空を仰ぐ。ルイスもまた、その場に片膝をつき、手に持っていた剣を消し去った。

 リーリアとエドヴィンがそろって二人に向かって駆け出す中、この手合わせを食い入るように見ていたジル、リオンは顔を突き合わせ、ああだこうだと話始める。

 エリカはそんな中、茫然としているクレアの肩にそっと触れ、珍しく声をかけている様子が見えた。


『ねぇ、静。ちょっと皆と狩に行ってきて良いかしら?』

「うん、もちろん」


 ヨカゼは大人の狼達を引きつれ、あっという間に森の中に消えていった。

 静は足元に集まる子狼を一頭ずつ撫でまわしつつ、薄暗くなる中だと言うのに眩しそうに目を細めたままの伊織の横顔を黙って見つめるのだった。

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