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07 小さな旅

 使い古された二頭立ての幌馬車が二台。その他に馬が二頭、単独で一時的に繋がれている。

 周囲にはレイメイの他、神殿の騎士や神官達が集まり、最後の点検を行っている。その最中、二人は顔を見合わせた。


「ねぇ、静」

「うん、分かる。分かるよ、伊織」


 いかにも平民と言わんばかりの使い古されたワンピースドレスに身を包む伊織と静は、互いの顔を見合わせ何度も頷く。そしてそろって、伊織の隣にいる人物へと目を向けた。


「なんだ、お前達」

「ヴィンセントだなって思って」

「何を言っているんだ? 伊織」


 伊織の隣にいるのはヴィンセントだ。しかしいつもと様子は異なる。

 いつも白を基調とした金縁のゆったりとした衣服に身をつつみ、金縁に紫紺のローブを羽織っているわけだが今日は大きく異なった。

 首から下は、真新しい簡素な衣服だ。しかも布地は粗く、いかにも平民と言わんばかりの物。そして首から上を見る。いつものヴィンセントだ。

 もはや静や伊織達には見慣れたものだが、ヴィンセントの容姿は目を見張るほどに美麗であるのだと改めて認識した。

 それぐらいに今の格好は全く似合わず、絶対に変装なんて出来ないのだと知った。


「エドヴィン。こいつらの言っている意味が分かるか?」

「……ええ、まぁ」


 同じく平民の恰好をしているエドヴィンは渋い顔をしながらも頷いた。そうしてヴィンセントの姿をもう一度目にし、片手で目元を覆った。


「……まさか、陛下達からも協力されるとは……」

「俺の父と兄だぞ?」

「ええ、承知しておりますとも。はい」


 何の問題なく、お忍びで大神官であるヴィンセントが王都の外へ出る。それだけでも大事であるのだが、今回はなんとアウグストおよびランスロット全面協力の元、滞りなく準備が一日足らずで整った。

 なんとも恐ろしい実行力であると思うのと同時、さすがはヴィンセントの父と兄だと静は納得した。


「ヴィンセント様、似合わないっすね。いてっ」


 準備を終えた同じく平民姿のヘクターがやってきて開口一番、なんとも正直な発言をした。それと同時、留守番のノーマンが思い切りその頭に平手を落とした。


「ロバート。こいつが馬鹿なことを言ったら、今みたいにぶっ叩いて良いからね」

「わ、私が、ですか?!」

「じゃなかったら誰がやるのさ」


 残酷無慈悲に指示を飛ばすノーマンに、新入隊員であるロバートはまるで絶望をしたように遠い目をして空を見上げた。


「……何故ですか、我らが神よ……」

「仕方がねぇよ。シルドラに選ばれちまったんだからな。なぁ、ゴズ」


 そんなロバートに、後ろからやってきたフィルが笑いながらその背中を軽く叩いた。フィルもまた留守番で、レイメイの騎士服のままだ。

 今回、お忍びで外へと出かけるのは発案者であるヴィンセントがいる為に、エドヴィンがいるのは当然のこと。そしてルイスに静、それから外にまだ出たことがない伊織もいた。その他、リーリアにクレアも一緒だ。

 さらにレイメイから護衛として、ヘクターがいて、ロバートもいる。そこにエリカ、リオン、ジル。そしてヨカゼもいるわけである。ウーロももちろんいる。

 馬車を操るのはルイスにエドヴィン。それからロバートだ。フィルはやはり馬車が苦手らしい為、単独の馬に乗る。もう一頭はエリカやジルが順番に乗るらしい。リオンはというと、何度か髪を食べられそうになったので苦手になったらしい。話を聞いた時、静は強く同情を抱いた。


『もう。すぐに戻ってくるって言っているでしょう?』


 ヨカゼは黒銀の太い尾を大きく揺らし、困ったように声を発した。鼻先を向けている先には、三匹の猫達だ。どうやらこっそりついていこうとした所を見つかったらしい。

 にゃあにゃあ、と不満いっぱいに鳴く猫達に、ヨカゼは困ったようにぐぅ、と小さく唸り、両耳を大きく伏せる。

 と、そこへ奈緒と真咲が駆け寄り、猫達を抱きかかえた。


「駄目でしよ? もう」


 奈緒が困ったように言葉をこぼし、そのまま静と伊織へ笑いかけた。


「静、伊織。いってらっしゃい」

「変なの拾わないようにしなさいよ」


 続けて真咲がにんまり、と大きく笑みを浮かべて余計な一言を言ってきた。

 それはどちらに言っているのか。

 伊織は笑顔を浮かべ、静は少しばかり顔をしかめた。


「お土産拾ってくるね!」

「拾わないって」


 視界の端で、平民の衣服を着ているルイスとレイメイの隊服を着ているジェイクが並んで話しながら静達の元へとやってくる。そろそろ出発なのだと静は理解し、伊織の肩を軽く叩いた。



 -*-*-*-*-*-*-*-*-*-



 最終的に向かう先は、王都の外にある墓守がいる神殿である。とは言え、そんな急いで向かう必要はなかった。

 だから静達は早速一箇所、寄り道をすることにした。


「せんせー! ジル帰って来たー!」

「ジル! 帰ってこないと思ってた!」

「わぁ! ジルだぁ!」


 子供達の明るい声がよく響くこの場所は、ジルがいた孤児院だ。

 子供達は突然やってきた幌馬車にひどく怯えた反応を見せたが、ジルがそこから降りてきたことで空気はあっという間に和らぎ、一斉に集まってきたのだ。

 ジルは顔を盛大にしかめつつも、集まってきた子供達一人一人の頭を優しく撫でたり、小突いたりと戯れている。

 そうこうしていると孤児院から子供達に手を引かれながら、この孤児院の先生であるニーナが小走りに駆け寄ってきた。


「まあ、ジル! 突然どうしたの?」

「いや、まぁ……」


 何の連絡も無しに突然やってきたジルに驚くのも無理はないだろう。ニーナは言い淀むジルに小さく小首を傾げつつ、ようやくジルの背後の光景と並んでいる人々を目にし、ぴしり、と動きを止めた。


「お久しぶりです。ニーナさん」


 ちょうど目があったから、という理由で静は本当に久しぶりに再会したニーナに微笑みかけた。

 動きを止めたニーナの反応はない。静は内心、焦り始めてジルを呼ぼうとすると同時、ようやくニーナが身動きしたかと思うと、鼻先を真っ赤にして量の瞳が潤み始めた。


「お、お元気に、なられて……! ああ……我らが神よ! 感謝いたします!」


 ニーナはその場で大粒の涙を流し、両手を強く組むように握りしめながら空へと声を張り上げた。



 あれは雪が降り積もった冬の季節。

 静が最初、この孤児院へとやって来た時は、なかなかに良くない状態だった。

 あの時。この体が魔力の毒に侵されていたせいで、常に体は痛みに蝕まれ、無理して歩いては転びかけてルイスに抱きかかえられるのが常だった。

 背もたれがないと座ることすら難しいような静の状態をニーナは見た。だからこそ、あのように涙を流したのだろうと思うと、静はどうしてか情けなく、そして少しだけ気恥ずかしかった。


「なにこいつ! すげぇ重いんだけど!」

「きれー!」

「蛇ちゃんこっち見て!」

「こっちの狼の方がかっこいいだろー!」

「なでるー!」


 孤児院前の庭先で、子供達が無邪気にウーロとヨカゼへと集まり、きゃあきゃあと声をあげている。

 その姿を横目に、幌馬車の前で簡易的な椅子に座る静は、右隣に座らせたニーナを見やった。


「申し訳ありません。その、とても驚きまして」

「そうですよね、やっぱり」


 目元の赤みの他、薄らと耳まで赤に染まっている。それを誤魔化すように、ニーナは何度も慌ただしく頬を押さえたり、視線を忙しなく左右に動かしていた。


「……それで、静様。お隣にいらっしゃるのは」


 うろ、とニーナは恐る恐る、静の左隣にいる伊織について問いかけた。

 静はああ、と小さく声を漏らし、手で指した。


「金の聖女って呼ばれている伊織」

「はじめまして!」

「で、さらにその隣にいるのが大神官」

「真咲からはこの孤児院について聞いている。素晴らしい先生だともな」


 伊織は満面の笑顔を浮かべ、並ぶように同じく座っていたヴィンセントは笑みを深めた。

 紹介を受けたニーナはと言うと、またぴしり、と固まった。そして次にようやく動き出したかと思うと、その場で祈り始めた。

 これはしばらくかかりそうだと思い、静は近くに控えているルイスへと声を向けた。


「ねぇ、ルイス。いかにも変装丸わかりのヴィンセントがいても大神官本人って気づかないことなんてある?」

「ヴィンセント様はほとんど信徒の前へ出ませんから、それで余計に顔を知られていないのでしょう」

「そっかぁ」

「ははっ、お前達。俺の前で堂々と話せるものだな?」


 静とルイスが遠慮なく、言葉を選ばずに話をしている横で、ヴィンセントは大きく肩を揺らした。

 その様子を見ている伊織はずいぶんとご機嫌だ。

 ここに訪れることが出来て良かったと、静は周囲の明るい様子を見て、ユフィアータが動いてくれたことに改めて感謝した。



 -*-*-*-*-*-*-*-*-*-



 孤児院を後にし、墓守がいる神殿まで南下する途中、小高い丘で静達は休憩をとっていた。

 ヨカゼが思い切り野を駆ける横をリオンが並ぶ。どうやら競争をしているらしい。リーリアが微笑まし気に見つめる横で、クレアが心配そうに一頭と一人を見つめている。

 エリカはヘクター、ロバート、ジルと共に馬の世話に勤しむ。伊織はウーロがはいっている籠を片手に、虫を探すことに夢中になっていた。静はその伊織の後ろについて行くが、先ほどつまずいたところを見られた為、ルイスに手を握られている状態だ。

 そんな思い思いに過ごす静達を横目に、ヴィンセントはずいぶんと遠くに見える王都を見つめていた。


「ここからだと王都が良く見えるな」


 ヴィンセントは独り言か、それとも控えているエドヴィンに向けてか、言葉をこぼした。


「いかがですか。外から見る王都は」

「ああ。とても、美しいな」


 試しにエドヴィンが問いかければ、ヴィンセントはすぐに答えた。


「白に包まれた王都しか見ていなかったが、こうしてみると本当に眩しいほどに美しい。今まで知らんかったのが惜しいくらいだが、我らが神はこれをいつも見てくださっていると思うと誇らしいな」


 ヴィンセントが王都に出られる時。それは冬至の儀式の時のみ。大地は純白の雪に覆われ、ましてや王都も白が良く目立っていた。だからこそヴィンセントが知っているのは白と、空を覆う灰の雲か、青い空かの二つ。せいぜい、遠くの森の常緑樹の緑が見えるぐらいだろうが、些細な色であった。

 しかし今、この目の前に広がる光景は大きく異なっていた。

 青々とした緑がどこまでも広がっている。一部ではまだ緑の麦畑も見え、風に吹かれて大きく波打っていた。後少しすれば、あの麦畑は黄金に変わるだろう。

 今はまだ青空が広がっているが、日が傾き夕暮れ時になればまた違った光景が広がる。そして夜、月と星の光に照らされた光景もまた、異なってくる。

 ヴィンセントは今回のささやかな旅路に、どれほどの光景を目にすることが出来るだろか。

 否。


「どうしたエドヴィン」


 ヴィンセントがエドヴィンに振り返り、いぶかし気に顔をしかめた。


「いえ、それよりも伊織様を好きにさせてよろしいのですか」


 エドヴィンはヴィンセントから続いて、ふらふらと歩き回る伊織へと視線を向けた。伊織はちょうど良く何かを見つけたらしく、飛び掛かるように手を草むらへと突っ込んだ。


「確かに、それは良くないな。伊織! 何を見つけたんだ!」


 大きく頷いたヴィンセントはもっともらしいことを言いつつ、少年らしい顔を見せながら伊織の元へと足早に向かった。

 残されたエドヴィンは遠くの王都へと、もう一度目を向けた。



 ヴィンセントが外へと出なかった。出られなかったのは、御身を守る為であった。大神殿の中でさえ危険はつきものだったが、ヴィンセントが大神官の座へ着いたことでそれは無くなった。

 供物として生まれた元王族。歴史を振り返れば皆、不慮の事故により全員が死亡した。どれも、成人を迎える前に。その歴史の中、ヴィンセントは生き残ったのだ、ようやく。

 エドヴィンは未だに子供のように思えてしまうが、今年でヴィンセントは二十二歳となる立派な成人だ。であるからに、もっと世界を知る必要があるし、その権利がある。

 とはいえ、だ。

 エドヴィンは無意識に額を押さえた。

 強すぎるヴィンセントの好奇心は幼い頃から変わらない所か、より強くなっていっている。もはや大神官としての座が本当に足枷になってきているようにも見えてしまうくらいには。


「……準備を整えておくか。念のため」


 長年の勘である。エドヴィンは一人頷く。

 まだ先か、それとも近くか。もしくはただの杞憂になるかは不明である。とはいえ、準備をするのに越したことはない。

 ただ、次の大神官候補をまとめる。たったそれだけの準備だが、大神殿に戻ったら早々に始めようとエドヴィンは一人決めたのだった。



 -*-*-*-*-*-*-*-*-*-



 日はずいぶんと傾き、空は夕暮れと夜の色が混ざりあっていた。

 空を見上げればまだ明るいと感じられるが、目の前の森の中はすでに暗闇に満ちていた。


「狩行ってきまーす」

『食べてくるわね』


 その森へ、ヘクターとヨカゼがそろって元気に森の中へと足を踏み入れ、瞬く間に姿は暗闇に溶けていった。

 今夜は森の手前で野宿だ。明後日には墓守のいる神殿に到着するのだと静は先ほどルイスから話を聞いていた。到着が待ち遠しい。そして今、静はもう一つ待ち遠しいものがあった。

 今晩の夕食である。


「ねぇ、リーリア。お腹減った」

「ふふっ。お待ちくださいね?」


 子どものようについ強請る静に、リーリアは困ったような顔をしながらも穏やかに微笑んだ。

 リーリアが作る料理は美味しいのだと皆から聞いている。静も食べたことはあるが、あの時は味覚なんて全くなく、せいぜい温かいことぐらいしか感じられなかった。

 だから静は今、リーリアの手料理が待ち遠しくて仕方がなかった。

 手慣れた様子で準備を進めるリーリアと、たどたどしく並んで準備するクレア。リーリアはそんなクレアに声をかけながら、エリカも加わり準備をする。

 男達はと言うと、馬の世話及び、こんな暗い森の中に今にも足を踏み入れようとしている伊織とヴィンセントの見張りをしていた。

 一人だけならまだしも、二人だ。しかも片方は全てが見える目を持っている。何とも質が悪い二人だと、静は自分のことを棚に上げて無遠慮にそう思った。

 そんな皆の様子をぼんやりと眺めていた静は、ふい、と真っ暗闇の森へ目を向けた。


「ヨカゼがでけぇの捕まえた!」


 その暗闇の中から、ヘクターがヨカゼと共にずいぶんと大きな声を出して戻ってきた。肩に、鹿を担ぎながら。



 鹿肉たっぷりのスープに、少し硬めのパン。なんともシンプルな料理ではあったが、焚き火を囲んでの食事はなんど愉快なものだった。

 早々に生肉を食べ終えたヨカゼは、残った骨をガシりと噛んで遊んでいる。口周りはやはり汚れたままだ。


「なぁ、ヨカゼ。もうちょっと綺麗に食べろよ」

『無理ね』

「食えよ」


 ヨカゼの隣にいるジルが、食べている途中だというのに木の食器を置き、ヨカゼの口周りを拭う。

 ヴィンセントと伊織がずっと話をしながら食事を進めているが、その二人の視線の先には暗い森。エドヴィンとヘクターがそろって顔をしかめ、妙に二人の行動を警戒していた。


「ねぇ、ルイス。あの二人さ」

「目を離したら確実に森に入る可能性があると思われます」

「……ヘクター連れてきて良かった」

「はい」


 例え、二人が突拍子もないことをしてもヘクターならば、その第六感で事前に食い止めてくれるだろう。たぶん。

 静はうん、と小さく頷きつつ、残り半分となったスープをルイスに押しつけた。


「食べな」

「……何故、おかわりをしたんですか」

「やだなぁ、ルイス。あの量で見逃すと思ってた?」


 ルイスは微笑む静を前に、しばらく無言を貫いていた。だが根負けしてくれたらしく、ルイスは静から残りのスープを受け取った。

 ルイスは相変わらず、食事が苦手なままだ。周囲の見回りやら何やらやることがあるからなんて言って、パンとスープは静達が食べている量の半分以下しかとっていない。

 ルイスがまだ漆黒にいた時の嫌がらせで、食事に異物混入をされたせいなのは仕方がない。とは言え、やはりしっかりと食べてほしいと静はついつい思ってしまった。

 だからこうして、二杯目の残りをルイスに無理やり押し付けることにしたのだ。

 隣でルイスがのそのそと、盛大に顔をしかめて食べ始める。さも、面倒だと言わんばかりに。

 そのうち食事を楽しめるようになったら良いな、と静は胸の内でこっそりと願った。

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