04 異論と理由
全てが終えた頃には、てっぺんにあった日もずいぶんと傾いていた。
ほとんど座っているだけであったが、どうしてこれほどまでに疲労を感じてしまうのかと、静は不思議に思いながら歩み寄ってきたエリカと、その後ろのいる緊張した面持ちの女へ目を向けた。
「ありがとう、エリカ」
エリカはこくり、と頷いて後ろの女に前へ出るように促した。女はびくり、と大きく肩を振るわせ、エリカと静を二度ほど見る。そうして恐る恐るエリカの隣に並んだ。
「えっと、お名前なんだっけ?」
「ライリー、です……!」
「ライリーね」
ふわふわの小麦色の髪を持つ女は、大きく頭を揺らした。かと思うと、何故か勢いよく頭を下げた。
「すみませんでしたぁ!」
次いで大きく声を張り上げて謝罪をしたのだった。
突然のことにエリカは大きく目を見開き、ライリーを凝視している。静もまたつい、突然のことに銀の瞳を見開き凝視してしまった。
そして静が声をかける前に畳みかけるようにライリーがまた声を張り上げた。
「平民っていうのは本当なんですけど! 本当はスリとかしていて! あ、今は本当に足を洗ってだから……!」
「あ、そうなんだ。ルイス、書類ではどうなってるの?」
どうやら経歴を詐称していることがバレたと思ったらしい。
静はルイスを見やれば、とくに驚いた様子もなく頭を下げたままのライリーを見つめていた。
「把握済みです」
「けど、落とさなかったんだ?」
「はい。現行犯ではありませんし何より、現在はただの平民でしたので」
「それじゃあ嘘ではないね。ああ、けど、ノーマンのつきまといしてたんだっけ?」
ばっと頭を上げたライリーは顔を赤くしたり青くしたりと忙しく反応を見せた。落ち着かない様子でどうにか静に説明をしようと両手をわたわたと大きく動かした。
「ほ、本当にすみませんでした! けど、い、一回だけ、というか……! 今までは遠くから見ていただけで、その我慢できなくて……!」
「告白しちゃったんだぁ」
どうしても気持ちを押さえられなかったらしい。顔を真っ赤に染めたライリーに静は笑顔を向けた。
「ノーマンに改めて謝罪しなさいね」
「え……え?」
「というか、あれだよ。ノーマンね、全く理解してなかったみたいだよ。だからって今後は止めてね」
「え?」
「はい、戻って。エリカ、ありがとうね」
エリカはまたこくり、と頷く。そして未だに呆気にとられたままのライリーの腕を掴んで、無理やりに中央へと引っ張っていった。
「それで、何人になったんだっけ。レイメイに入れるのは」
「計、六名です」
「あんまり一気に増やしても統率出来なきゃ意味ないし、妥当かな」
「はい」
中央ではノーマンが選出者を名前を順番に告げる。先ほど話をしたライリーも、何故か茫然した様子で周囲を見渡している様子が見えた。
何故、未だに信じられない様子を見せるのかと静はつい首を傾げた。
告げられなかった者達はそれぞれ肩を落としたり、告げられた者の肩を叩いて激励を飛ばし、讃えている様子が見えた。なかなかに素晴らしい光景で、静はいつまでも眺めていたくなった。一部を除いて。
「……騒がしいなぁ……」
「そうですね」
その中、告げられなかった者達の一部がノーマンに詰め寄り、声を荒げる様子が見て取れた。
静は小さく息をつき、どうするべきかと考えていると膝の上でよく眠っていたアラレがのそり、と頭をあげて眩しそうに目を細めながら、にゃあ、と一つ鳴いた。
「ああ、ごめんね。アラレ、起こしちゃって」
この騒ぎで起きてしまったのだろうか。
静は優しくアラレの頭を撫でた。
「静様はこちらでお待ちください。アラレの迷惑になるので」
「はぁい」
どうやらルイスがあれをどうにか収拾してくれるらしい。確かにレイメイの隊長はルイスなのだから、当然と言えば当然の行動だった。
きっちりと静に釘を刺したルイスは、右肩の肩掛けを翻し、中央へと進み出た。
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「ああ、もう! うるさいなぁ!」
苛立ちげにノーマンが声を張り上げる。
確かにうるさいとルイスは内心同意しながら、ノーマンの背中に声をかけた。
「どうした」
「あ、ごめん。こいつらが納得しなくってさぁ」
異論を唱えているのは六人。どれも深紅、漆黒の騎士ばかりであった。
「おい! こいつよりも俺の方が実力あるはずだってのにどう言う事だよ!」
「何故私が落とされたのか、説明をしていただいても?!」
男がルイスに詰め寄ろうとしてノーマンが無理やりに男を押さえる。その後ろにいる女が不満をあらわにして声をあげた。男がこいつ、と指したのは、あの静が気に入っている深紅の騎士の男だった。確かに実力はこの男の方が上であるが、求めている者が違う為に選ばなかった。
そして女が不満をあらわにするのも一応は、ルイスなりに理解は出来た。何せ騎士であり、実力もあるというのに選ばれず、平民のよく分からない者が選ばれたのだ。それは苛立ちを覚えるだろう。とはいえ、これも求めている人物像が異なる為に選びはしなかった。
「なぁ、ルイス。こいつら黙らせようぜ」
「僕、ちゃんとやったでしょ? ね? ね?」
「ルイス疲れたぁ」
控えていたジェイク、リオンが集まり、好き勝手に言う。ルイスは二人を一度無視し、疲労を滲ませるヘクターへと振り向いた。
「ヘクター、静様のお相手してこい」
「やった」
ヘクターはぱっと満面の笑顔を浮かべ、すぐに静の元へと駆けて行った。
本当にあの後ろ姿は犬そのものだ。また頭を撫でてもらうのだろう。ルイスはそれについて特に嫉妬というものを覚えることはなかった。何せ相手はヘクターなのだ。嫉妬する方がどうかしている。
ルイスはヘクターの遠ざかる背中から、見上げてくるリオンを見やった。
「何が欲しい、リオン」
「いらないから遊んで良い?」
物では釣れないらしい
ルイスはつい、空を仰ぎ見て小さく息をついた。
少し雲が早い。そのうち天候は崩れるだろうか。
「面倒って顔してるよ。ルイス」
「多少ここ破壊しても直してやるからさ」
ノーマンと、わざわざ中央に出ていたフィルがそろってルイスの肩に腕を回してきた。逃げるなよ、と言わんばかりの二人の行動に、ルイスは今度こそ大きく息を吐きだした。
「おい、ルイス。お前、俺の実力をよぉく知っといて落としたのか?」
そうしていると、一人の漆黒が前に出てきた。ずいぶんと親し気にルイスを呼ぶその漆黒を前に、リオンが軽くルイスの袖を引いた。
「誰?」
「漆黒にいた時の先輩にあたる人だ」
「遊んで良い?」
「止めろ」
「はぁい」
ルイスは即座に却下し、元先輩にあたる漆黒の男へと向き合った。
「此度の選別において、最低限のラインはありますが実力についてはあまり重要視しておりません。ジェイク、ヘクター、リオン、エリカの四名に相対した時の反応等々を見て判断致しました」
「はあ? なんだよ、反応って。こいつらにでも媚びへつらえってか?」
「そのようにしたければ、お好きにどうぞ。しかしながら、ヘクターと手合わせをしてくださいましたが結果としては負けておりましたよね?」
今回の志望者は、誰一人としてレイメイに勝ってはいない。その事実を前に、漆黒の男は羞恥か怒りか、顔を赤くし、ルイスを睨みつけた。
さすがにここまで残っていたのだから、そう短絡的に衝動的に手は出してこないようだ。
ジェイクがつまらなそうに顔をしかめているのがルイスの視界に入り込んだが、ルイスは無視を決め込んだ。
「悪いな、ルイス。うちの馬鹿が」
「いえ」
この騒ぎに見かねてか、珍しく目立つことを嫌うアルベルトが出てきた。一人かと思えば、その後ろからジグルドの姿が見え、やはり一人ではないのだな、とルイスは失礼だと分かりながらも思ってしまった。
ルイスは両脇で肩を組んできたノーマンとフィルを下がらせ、二人に向き直った。
「にしても、なかなかに厳しいな」
「そうでしょうか」
「そいつだって実力があるんだぜ? そりゃあ、レイメイは精鋭揃いだろうがな。で、反応を見てたってのは? 別におかしな点はなかっただろう?」
アルベルトの言う通り、実力者であることはルイスだって重々承知していた。だが、それはそれである。
ルイスは漆黒の騎士へ視線だけを向けた。
「侮っていましたよね。ヘクターを」
漆黒の騎士の肩がわずかに揺れた。ルイスはそれを見逃さず、さらに続けた。
「とくにヘクターの直感力は我が隊に必要不可欠なものです。そのヘクターが否、と判断した為に見送りました」
「なんだ。ルイスが選んでなかったのか」
「大部分は、ですが。もちろん俺や静様の判断も加味しています」
「静様はなんか言ってたのか?」
「とくに、何も」
アルベルトは何も言うことがないのか、わざとらしく肩をすくませた。代わりにジグルドが半歩ほどまでに出て、口を開いた。
「では、あの女性を選んだ理由は?」
「……ジグルド副隊長」
「気になっただけだよ、ルイス。漆黒なのだから仕方が無いだろう?」
確かに諜報と言った任務もある漆黒であるが、ただ単にジグルドが気になったというだけであろうと、ルイスは察した。
「短時間の間に、エリカの動きについてくることが出来るほどの成長を確認しました。おそらくは目が良いのでしょう。しかしながら、他の者の意見によっては見送りました」
「ああ、静様と話していたね」
「はい。あの時の態度によっては、選ばなかった可能性もありました」
男達がどよめく。どうしたのか、とルイスが目を向けると、その張本人である女が青い顔をしてその場で両膝をついていた。緊張によるものなのか、それとも緊張が解けたのか。
どちらにせよ、安堵している様子が見えた為、そう心配することではないだろうとルイスは判断した。
「元、とはいえスリだと聞こえたのですが」
そして、異論を持つ深紅の女が発言した。どうやら話が聞こえていたらしい。確かに聞いていたのならば異論を抱くのも仕方が無いが、今この場で相手をするのは面倒だとルイスはつい、顔をしかめつつなんと答えようかと思考を巡らせる。
しかし、その前にリオンが深紅の女の前に立ち、見上げた。
「どうしてそれが駄目なの?」
「駄目でしょう。何せ、銀の聖女様にお仕えする名誉ある騎士になるのよ。ええ、もちろん現在いらっしゃる皆様の事情は把握しているわ。けど、それはそれとして、今後増やしたって仕方が無いでしょう?」
「じゃあ、僕のことも知っているんだ」
「孤児院の子でしょう?」
「孤児院はジルのことだよ。僕はね、静様のお命を狙った刺客だよ? 元だから今は違うけど」
堂々とした騎士らしい振る舞いをしていたというのに、リオンの正体を知っただけで深紅の女は大きく顔を強張らせた。そしてすぐ、反射的にだろう、さらに言葉を重ねてきた。
「し、しかし……! 我らが神に近いお方の騎士であるならば、身元が潔白であることが望ましいと……!」
「あのお方は神が相手だろうと拳を振るいますが?」
何かしら、静かレイメイかに幻想を抱いている様子の深紅の女にルイスは容赦なく事実を突きつける。深紅の女は絶句したように、口を半開きのままにルイスを凝視してきた。
「我が隊に正義なんてものはありません。あるのは我らが銀の聖女である静様のご意思であり、他聖女様方をお守りすることのみ」
元をたどれば、このレイメイは成り行きで静が拾い集めた者達の集団だ。全ては静の意思により、手足となって動くことのみだった。それは今も変わることない。
ただ正式に騎士隊となった為に面倒な形式等々はあるものし、下手なことは出来なくなった。だから余計に志望者を慎重に選抜する必要があった。
「どのような人間であるか。相応の実力を持っているのか。我らが夜明けの調和を乱さぬか。静様はこれらをもって判断を下しました」
「っ……では、私は何故」
「調和を乱しているでしょう? 今、まさに」
衝動のまま、深紅の女はルイスに詰め寄る。も、その動きは手前で止まった。ノーマンの魔力の糸によって。
「ルイスさぁ、僕達が側にいなかったらどうしてたわけ?」
「避けるが?」
「それでまた怒らせるよ」
「……意味が分からない」
「静様だったらって考えなよ」
ノーマンの他にリオンもまた、右足に魔力の糸を結んでいた。あのまま進めば情けなく転びそうだとルイスは冷静に状況を判断しつつ、ノーマンが呆れたように言った言葉を頭の中で巡らせてから答えた。
「静様がこの程度で怒りをあらわにしないと思うんだが。むしろ、相手を言い負かそうとするはずだ」
「あ、うん。そうだわ、ごめん。静様なら絶対にそうする」
「だろう?」
何せ静というお方は面倒である。たとえその相手が、ルイスにとって何よりも大切な愛おしい相手であろうとそれは断言出来た。
しかもそれはノーマンだけではなく、静を知るレイメイの者達全員が頷くほどだったから、間違いはない。
「残念ながら、今ので静様との相性が悪いと判断いたしました。静様はどなたに対しても、今のように話をされるお方なので、一々これに対して怒りをあらわにされると困ります。静様が拳を遠慮なく振るわれるので」
「……は? え、あの」
「こちらとしては大人しく、黙って守られていただきたいのですが、あのお方は何故か前に出たがるので」
深紅の女はずいぶんと間の抜けた様な声をこぼす。志望者達もまた、何かの幻想を抱いていたようで、目を丸くする等の反応をルイスは目にした。
やはりあの幼い見目による印象のせいだろうか。今年、十七であるルイスよりも年下と言っても騙せるほどに幼い見目をしているが、中身はただの喧嘩っ早くて捻くれたお方である。とはいえ聖女であることに変わりがない為、どうにかして大人しく守られてほしいとルイスは常々願っていることだった。
つい、ルイスがため息をつきそうになっていると、ノーマンが深く何度も頷いているのが目に入った。
「そうそう。本当にさぁ、見張りがいないと何するか分からないんだよ。静様って」
「あのね。静様ってお膝が悪いのに、痛いの我慢して歩き回るから面倒なんだよ。だから隊長が抱えて運んでいるんだけど、静様ってなんでか大丈夫って思って同じことするんだよ。馬鹿だよね」
「あ、もう離すけど暴れるなよ。それに加えてさ、静様って基本は喧嘩は売らないけど買うんだよ。全部。だから余計に喧嘩売りそうな奴は排除するしかないっていうかさ。結構、屁理屈だからそれを聞き流せたり、ある程度は話を聞ける奴じゃないと無理なわけ。結構、僕は面白いと思うんだけど」
続けてリオンも苦言を漏らした。しかも遠慮なく暴言ともとられる発言をするが、ルイスも同じような言葉を静に向ける為、特に注意することはなかった。
自由になった深紅の女は何度もリオンやノーマン、そしてルイスを何故だろうか、信じられないものを見るかのように見てくる。その意味をルイスは考えることなく、改めてアルベルトへため息交じりに視線を向けた。
「それで、隊長方は何の為にいらしたのですか」
「いや、ずいぶんと困ってそうだと思ったんだが。そうでもなかったな」
「……それは建前でしょう?」
アルベルトだけならともかく、腹にいくつも抱えているジグルドもいるのだ。何かしら裏があると言っているようなものであった。
ルイスの呆れた視線に、アルベルトは観念したように小さく笑みをこぼした。
「何か理由つけて、お前の実力を見たかったんだがなぁ」
「聞いたよ。手合わせ中、レイメイの訓練場を壊したらしいね?」
面倒なことになった。ルイスは即座に押し付けることにした。
「ジェイクです」
「おい、てめぇ隊長だろうが! 逃げんじゃねぇよ! 半分だ、半分!」
ジェイクはルイスの思惑通りにせず、素直に答える。さらに面倒なことになったと、ルイスは内心舌打ちをこぼした。
「やりませんよ」
「勿体ぶるなって。もう漆黒じゃないんだし、見られたって問題じゃないんだろ?」
「そういう意味ではありません」
ルイスはどこまで話すべきか、と思考を巡らせつつアルベルト達に答えた。
「諸事情があり、加減が出来ないんです」
「へぇ。それは、その魔力のせいか?」
「はい」
「なるほどな。だが、一体どうやってその魔力を手に入れたんだ? 開発局で何か協力したとか?」
「関係ありません。これ以上は我らが神に誓い、沈黙いたします」
どうせそのうちにばれるだろう。しかし、今この場で話すことではないし、話す時ではない。
だからルイスはこれ以上は黙秘することを宣言した。
「……そう来たら、何も聞けねぇなぁ……」
「はい。聞かないでください」
さすがのアルベルトとジグルドも、ルイスが我らが神に誓った手前、踏み込むことはしなかった。が、そのうちに別方向から踏み込もうとするだろうが、その時はその時だった。
残りの面倒事はノーマン達がどうにかするだろう。ルイスは軽く頭を下げ、その場を後にする。
背中からノーマン達が志望者達へあれこれと指示が聞こえてきた。もう異論を唱える声は聞こえてこない。
一つ、一先ずやるべきことが片付いたことに、ルイスはつい気が緩みそうになりすぐに右手を強く握りしめて引き締めた。
今朝からの頭痛はましにはなっているが、まだじくじくと痛んでいた。その痛みに耐えるよう、また一つ息を吐きだしつつ、顔をしかめる静の元へルイスは急ぎ戻った。




