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03 選別

 そこは深紅の訓練場。

 片隅にいる静は膝を占領する赤いリボンをつけた白猫、アラレを遠慮なくわしゃわしゃと撫で回していた。

 アラレはごろごろと大きく喉を鳴らしている。後の二匹はと言うと、ヨカゼにぴたりとくっついて警戒心をあらわにしていた。

 そしてアラレがいるせいか、シルドラは警戒してすっかり服の中から出てこなくなった。


「ほらぁ! 走れ走れ!」

「お前! 遅れてんぞぉ」


 そして中央あたりには、フィルとヘクターが声を張り上げてぐるぐると周囲を走り続ける志望者達に激を飛ばす。

 その様子を見ている深紅の隊長、レナートが隣にいた副隊長のリクハルドに声だけを向けた。


「……リクハルド。全員とは言わんが、我が隊の鍛え方がどうやら甘いようだが」

「レイメイに志願した者達の中には、ずいぶんと燻っている者もいましたので」

「次回はこちらで落として構わない。いや、レイメイに失礼だ。今、落とせ」

「はい」


 リクハルドは手に持っている書類を再度目を通しながら、中央へと歩き出した。

 その横。漆黒の隊長、アルベルトが片手で頭を抱えていた。


「やっぱり持久力ねぇなぁ、うちの奴ら」

「そうでしょうね。こればかりは得手不得手はあるでしょうが……」

「こいつは駄目だな。鍛え直しだ」


 漆黒の副隊長、ジグルドは小さく苦笑を零しながらさらに側に控えていたアイヴィ、オリヴィアへ指示を出しはじめた。物見遊山で集まっていた漆黒や深紅の騎士達はその内容をうっかりと耳にし、そっと距離を取っていた。

 さらに少し離れた場所。つまりは静の少し離れた隣では、伊織が顔をしかめながらひたすらに走っている志願者達を見つめている。そして当然のように伊織の隣に座っているヴィンセントが肘掛けによりかかりながら問いかけた。


「どうだ、伊織」

「えっとね……。うぅん、なんて言えば良いんだろ? あの人駄目そう」

「見た目の特徴は」

「髪が金髪で、もしゃもしゃしてる」

「クレア、こいつが言っていることが分かるか?」


 ヴィンセントは伊織の言葉の意味を理解することを諦め、すぐさまに伊織の侍女、クレアへと問いかけた。クレアは困ったように眉を潜めている様子から、誰も伊織の言った、もしゃもしゃの意味をうまく理解出来ないようだった。

 横で聞いていた静も意味が分からなかったので、聞こえなかったふりをして横に控えるルイスを見上げた。


「平民はそこまでの持久力はないかもなぁとは思ったけど、食らいつく人はいるね」

「はい。ほとんど脱落するかと思ったのですが」


 目の前で走っているのは深紅、漆黒、平民の志願者達の一部だ。訓練場の片隅には先程まで走らされていた志願者達が倒れている。何人かは訓練場横にある水路に投げ込まれていた。

 静は何も見なかったことにして、再度目の前へ視線を向けた。


「にしても、騎士の中でも持久力ない人はいるんだね」

「常日頃から魔術で底上げしているのに慣れてしまったからでしょう」

「そっかぁ」


 身体強化という魔術は便利そうであるが如何せん、使うことによって筋肉が使われなくなり衰えてしまうという欠点はどうしてもあるようだった。

 と、一人が横から投げられた泥が顔面にあたったことで転びそうになった。また別の一人は魔術の糸で足を取られ、体制が崩れたがすぐに手をついて派手に転ぶことはなかった。


「楽しそう、なんだけど……。これさ、見ようによってはただのいじめと変わらなくない?」

「……隊長達の他、陛下達から制止の言葉がないので問題ないかと、は……」

「……まぁ、うん。そうなんだけど……」


 第三者による妨害。これはレイメイの騎士達がやっている。持久力を確認するついでに視野の広さも確認しておくべきだ云々とノーマンが提案したのがきっかけである。

 絶対に却下されるだろうとルイスと静も想像していたが、ヴィンセントは了承。その他、深紅、漆黒の隊長達は必要であるならば仕方がないというお墨付きをもらっているわけだ。だがその妨害がなかなかにねちっこい。

 魔術を使って転ばそうとし、物理で泥を投げ、時に若干煽りながら並走。何人かは手が出た為、その場で並走していたジェイクにやり返された。とても楽しそうだった。

 折角の志望者を怒らせている時点で、誰から制止の声が上がるかと思ったが誰も何も言わない。興味深そうに見学している国王陛下、アウグスト他、ランスロットやアンジェリカも何も言わない。

 本当にあれは大丈夫なのかと静とルイスは二人揃って、落ち着けないまま見ている中、それは起きた。

 まずはリクハルドが動く。ちょうど目の前に来た男の袖を掴んだと思えば、そのまま中央側へと男を軽々と転がした。男は何が起きたのか分からない様子であったが、すぐに顔を青ざめていた。

 そしていつの間にかアイヴィが一人の男と並走していたかと思うと、男の体はまるで何か引っ張られるようにして中央へと滑り落ちた。その先にいたオリヴィアの手には鈍く光る魔力の糸が握られていた。あれでどうやら引きずり出したらしい。


「人間って釣れるのね」

「綺麗な一本釣りね」


 同じく見学している真咲が感心したように声を漏らし、奈緒もまた釣りに例えて頷いていた。

 現在これは二巡目。いいかげんに慣れてきたらしく、二人はもはやこの状況を受け入れている様子だった。

 静はなんでこんな事になったのかと、つい思考を遠くへ飛ばしてしまう。すると、膝の上でくつろいでいるアラレが手を止めてしまった静に不満げな声で、にゃあ、と一つ鳴いた。

 静はまぁ良いか、と考えるのを止めて、また撫でるのを再開した。



 -*-*-*-*-*-*-*-*-*-



 時は少しだけ戻る。

 そもそもして何故、人を増やす話になったのか。

 これは現状のレイメイがあまりにも人手不足だからという単純な理由だった。それでも回すことができたが、今後のことを考えると増やしたほうが良いのは明らかだった。

 とくに今は静のことがある。

 現状、赦されているから存在を抹消されていないだけだが、その生が終われば抹消される。何せ、この魂で神を召喚出来、さらにこの身体に神を宿せてしまうから。

 故に理は静を抹消する。

 ただし、もし「はじまりの神」を見つければ理は静を抹消されないとユフィアータは告げた。

 手がかりはない。何せ神すら、その存在を見つけられないのだから。

 なんて鬼畜であろうか。しかしそれほどのことをしなければ赦されないのだから仕方がない。静は何せ生きたいし、この魂を消したくなかった。

 だから探さなければならなくなったが、それを始めるとはなると圧倒的に人手が足りなくなるのは明白だった。



 そういうわけで、志望者を募った。結果、志望者数は想定していた以上に集まった。

 多数の志望者がいることは良いことだ。

 ただ、選別するのに時間と労力が想定していた以上のものになったのは言うまでもない。

 というわけで、漆黒、深紅にも声をかけて選別することになったのである。

 まず書類を漆黒が中心となって選別した。ルイスは元漆黒であり、レイメイの騎士達もまた漆黒と同じく諜報等々を得意とする者が多い為、これについては時間だけかかったが難なくこなせた。とは言え、落とせたのは三割程度でほとんどが平民だった。

 そして次。実技である。

 場所は人数の多さから深紅の訓練場を借りて行われている。今は持久力の試験中で、ひたすらに志望者達は魔術なしで走っている。途中、レイメイによる邪魔ありで。


「あ、今転んだ人、駄目」

「何故だ? 転んだだけだろうに」

「前にいた女の人のことをね、ずっと見てた」

「下種だな」


 レイメイの騎士達が魔術で土を盛り上げたり、泥を投げつけたりしている中、一人の男が大げさに転んだ。

 その男を見て、伊織は即座に否と言い捨てた。

 あっという間に四巡目。最後ということもあり、伊織の判断はずいぶんと早くなり、ヴィンセントも遠慮しなくなった。


「あの黒髪はないと思うんだが」

「ないね。茶色の髪の……結んでる人も駄目」


 二人揃って、あれは駄目だ。あの人も駄目だと判断を下している。伊織が一体誰を指しておるのか、ヴィンセントはすっかり理解したらしい。ずいぶんとスムーズに選別していた。

 それにしても、と静は疑問を抱く。

 伊織はともかく、ヴィンセントは一体何を見て判断しているのか、と。ただ伊織はその全てに同意しているから、間違いはないようだった。おかげで伊織の負担が減るのは良いことだと考え、静はルイスへと視線を向けた。


「ねぇ、ルイス」

「なんでしょうか」

「あの中にさ、前にヘクターと手合わせした人いる?」

「はい。よく覚えていましたね」


 集団の中では後ろの方に紛れていて見えにくいが、確かに静はあの風貌に覚えがあったが、まさしく彼だったようで静は人知れずに笑みを浮かべた。


「後は明日、手合わせだよね?」

「はい」

「ヘクターとやらせてみようか」

「承知しました」


 静の提案に、ルイスは異論を唱えずに頷いた。

 あくまでも公平に判断する為だ。もし、あの時と変わらなかったら落とす。静は内心、そのように決め、また前へと向き直った。



 -*-*-*-*-*-*-*-*-*-



 翌日。今日もまた、大きな椅子に腰掛けている静は中央に集まっている志望者達を見つめ、背もたれに深く寄りかかった。


「ずいぶんと減ったね。残り何人ぐらいいるの?」

「三十八名です。それでも想定した人数の倍以上なのですが」

「多いねぇ」


 最終的には十人程度に絞る予定だとはルイスから聞いていた。それがまさかの三十八名だ。

 元を考えればちゃんと減らされた人数ではある。むしろよくそこまで絞れたものだと思うくらいだ。

 絞ってくれた伊織、ヴィンセントは今日は奈緒達と共に見学している。その中には昨日いなかったユアンの姿もある。何を話しているのか、奈緒は口元を抑えて笑っている。

 楽しそうだなぁとつい静が余所見していると、膝上にいるアラレが不満げな声をあげた。


「はいはい。ごめんねえ……。ねぇ、ルイス。わたしの髪、すごいことになってる?」

「この場でなければ即座に私が御髪を直します」

「リーリアぁ」


 静はアラレを撫でるのを再開しながら、迷わずにリーリアを呼んだ。実を言えば、真咲が前に呼んだあの鳥達は今もレイメイの隊舎にいた。

 それは良いのだ。だが何を思ったのか、今日は二羽そろって着いてきて静の頭や肩に居座るだけでなく、髪を荒らし始めたのだ。


「静様、御髪を直しますからね」

「はぁい」


 リーリアに髪を直してもらう中、静は今回出るリオンに声をかけた。


「リオン、やりすぎないでね」

「はぁい」


 リオンはずいぶんと不満げな返事をする。隣に立っていたエリカはそれにより顔を大きくしかめている。ジェイクは緊張感の欠片もなく大きな欠伸をしている。その横でヘクターはそわそわと静を見ていた。

 静は何だろうなと思いつつ、試しにと口を開いた。


「ヘクター、楽しんでおいで」

「はい!」


 静の声がけ待ちだったらしい。大変素直で元気な返事に、静はつい言葉をこぼした。


「……うぅん、犬」


 大型の人懐っこいやんちゃな犬。垂れ耳できっとかわいい子だ。

 静はつい撫で回したくなり、代わりにアラレをもっと、もしゃりと撫で回した。



 今日の選別は簡単だ。リオン、エリカ、ジェイク、ヘクターが残りの志望者とひたすらに手合わせをする。

 ある程度の実力を見るのと同時、静によって生きることが罰であると言い渡された罪人である四人に対し、どのような対応、反応を示すかを見るためが主な目的だった。


「おいでぇ」


 静は今終えたばかりのヘクターを呼ぶ。と、すぐにヘクターは静の元へ駆け寄り、目の前でしゃがんだ。


「どうだった? 欲しい?」

「オレのとこはいらないけど、フィルは欲しいかもしれないです」

「そっかぁ」


 ヘクターは先ほど相手をした男に対し、可の評価を下した。これは期待が持てそうだと静は思い、ヘクターを労うように頭をわしゃりと撫でる。

 ヘクターは満面の笑みを浮かべ、静が撫でやすいようにと頭を差し出す。その頭に向け、アラレは気に入らないと言わんばかりに何度もパンチを繰り出した。


「何すんだよぉ。ちょっとはオレに譲れよぉ」


 慌てて身体ごと後ろに引いたヘクターは、不満いっぱいにアラレを睨みつける。アラレはそんなもの知らんと言わんばかりにぷい、と顔を背けた。

 その横、終えたリオンが戻ってきてリーリアから革の水袋を受け取っていた。

 ルイスはヘクターとアラレのやり取りを尻目に、リオンへと声をかけた。


「リオン、どうだった」

「いらなぁい。子供だからって舐めてた!」

「なら、いらないな」


 レイメイの最年少。しかもまだ子供であるリオンを見て、舐めてかかったようだった。ルイスは即座に不可と判断を下した。

 そんな軽く決めて良いのかと静は二人のやり取りに聞き耳を立てながら、ジェイクが今相手をしている男を見やる。

 打点高めの蹴りをジェイクへ鋭く繰り出すが、ジェイクはその足を片手で掴み、男を回すように叩きつけた。


「良いなぁ……ジェイクの相手、面白そう」

「分かる。ルイス、あいつ入れようぜ」


 確かに今まで蹴り技をする者を静はまだ見たことがなく、リオンの言葉に静は同意するように頷いた。


「誰? なんか戦うの慣れてるみたいだけど」

「深紅です」

「……深紅って蹴り技もありなの?」

「推奨はしていません。それにあの者は現在、謹慎中です」

「うん……?」


 深紅の騎士ということであれば戦うことに慣れているのは当然であったが、謹慎中だとは思わず静はルイスを見上げた。


「カルロスからの話になりますが、酒場で暴れたらしいです。真偽は不明ですが」

「なんで?」

「フィルからのですが、妙に強い男が酒場を守ったとか」

「足技が強かったとか?」

「らしいです」

「入れようか」


 深紅側は、あの男に対しては悪い印象の話が広がっているようだが、大してフィルからということは平民側からは良い印象の話が広がっているらしい。

 何か事情があるらしいが、そのぐらいは正直些細なものだった。リオンとヘクターがあの男を見て気に入っている。それだけで十分入れても良いと静は判断した。

 そして静はその隣でエリカが相手をしている数少ない女の志望者へと目を向けた。


「良い動きしてるね、あの人。ずいぶんとしぶといし」

「エリカがやりにくそうですね」


 志望者の中には女がもちろんいた。両手で数えられる程度の人数だったが、今は三人しか残っていない。そのうちの一人であるが、戦いには慣れていない様子だった。とはいえ、ずいぶんと目が良いのかエリカの動きについていっていた。時間をかければかけるだけ、女はエリカの動きに慣れていく。エリカの表情は次第に険しくなっていき、ついには少しだけ本気を出したらしく、すぐに地面に転がしてしまった。

 もう少し見てみたかったと静は思いつつ、何故か顔をしかめているヘクターに目を向けた。


「どうしたの、ヘクター」

「静様。あれ、いれるんですか?」

「駄目そう?」

「や、そういうわけじゃないんですけど……なんか、ノーマンが……」


 ノーマンは今、ジルとフィルと共に見学をしている。何かしら、とくに変わった様子はないように見えるがヘクターが言い淀む程度には何かがあるのだろう。

 静はヘクターに次に出る前に、ノーマンを呼ぶように頼んだ。



 静はヘクターが次の相手を翻弄している様子を見ながら、傍らに片膝をついて控えているノーマンに問いかけた。


「ヘクターが気にしてたよ。さっきの女の人とノーマンのこと」

「……言ってないんですけど、何も」

「あのヘクターだよ?」


 第六感が冴えているヘクターだ。そんな相手に隠し事なんて出来るはずがない。ある意味では伊織よりも質が悪い相手とも言えた。


「ノーマン、嫌な人だった?」

「嫌って言うか……」


 ノーマンは観念したように息をついた。


「前に一回だけですけど、つきまとわれて」

「落とそうか」

「あ、でも。別に初めてのことじゃないんでどうでも良いんですけど」


 それはどうでも良いことなのだろうか、と静は頭を抱えたくなった。しかもそれが初めてではないということから、どうやらノーマンはそれなりに好かれやすいらしい。

 確かに見目は整っている方ではあるが、それほどなのかと静はつい首を捻りたくなった。

 ノーマンは確かに四人の中でも、フィルに次いで落ち着いているし卒なく多くをこなせる。が、聞いた話、なかなかの大食漢だと聞いている。後は静から見たノーマンはやはりガキである。いつも四人一緒に固まって何かしていると思えば、他のレイメイの騎士達にふざけて悪戯をしていることをしばしば見かけるほどだ。


「なんか、いきなり好きですって言われたんですけど。それだけ言ってどっか行ったんですよ。だから変な奴がいるなぁって思って」


 そんなノーマンに果敢にもあの女は告白して逃げてしまったらしい。少しだけあの女の度胸に拍手をしたくなるが、それでもつきまといというのは良い事ではなかった。


「変な奴かぁ。ねぇ、嫌だなぁっていう感じじゃないの?」

「え、別に。けど、あれの意味が分からないっていうか」


 本当に、ノーマンは女の行動の意味が分かっていないようだった。静はなんと言えば良いのか分からず、うぅんと小さく唸る。

 あのエリカの動きに対応していた。素晴らしいことだ。可能ならば、静は入れたいと望む相手だった。


「……うん、分かった。ありがと」

「はい」


 静は一先ず、ノーマンとの話をそこで一度止めた。

 一先ず、あの女と一言だけでも話をして良いかもしれない。そこから改めて考えようと静は内心決めた。



 最後のヘクターの相手は、あの件の深紅の騎士であった。

 比較的単調な動きであるが、最初見た時よりも鋭さは増していた。


「素直だねぇ、やっぱり」

「そうですね」

「けど、ちゃんとヘクターに対応してきた」


 しかも相手を翻弄する独特なヘクターの動きをしっかりと追い、防ぎ、反撃を繰り出す。対してヘクターは相手を飛び越えたり、拳を受け流して次どうするのかと反応を見ていたりと、思い切り遊んでいる様子が窺えた。

 傍から見れば馬鹿にされているかのようなものだが、相手は苛立つ様子を見せずに実直にヘクターの動きを追いかけていた。


「良いね、彼」

「はい」


 呟いた静の言葉に、ルイスは同意してくれた。

 その時、静は気づかなかった。服の隙間からシルドラが見ていたことを。



 そしてリオンの最後の相手だが、なかなかに健闘をしていた。


「あ、すごいな。リオンを転がした」


 小さなリオンを転がすのはそう難しいことではない。しかし、捕まえるのは感嘆なことではない。

 相手の男は、最後まで残った者達の中で誰よりも必死な形相でリオンの動きを追いかけていた。若干リオンが引く程度には。

 さらに目を引いたのは、その動きの粗さだった。あまりにも戦うことに慣れていない動きは、時折転びそうになりながらも長身を生かし、あっという間にリオンとの距離をつめていた。


「……ねぇ、ルイス。あれ、動き変じゃない?」

「アイヴィが動きを叩き込んだらしいです」

「うん?」


 何故そこでアイヴィの名が出るのか。静はルイスを見上げると、ルイスは目の前の手合わせから視線をそらさず、教えてくれた。


「元詐欺師で、アイヴィの知り合いだそうです。借金してきるとかどうとかで、レイメイに入隊出来たら利息分を無くす約束をしているそうです」

「ああ、なるほどねぇ……」


 元詐欺師ということは前科者である。一体どういう経緯でそうなったのか、静には関係ないことだがまさかの借金持ちだとは想像もしていなかった。

 しかも借金相手はアイヴィらしいが、利息を無くすというだけであれだけ必死になっている様子から、相当な額を抱えているのだろうと静は想像した。

 静は肩にのっている一羽の鳥の頭を指先で撫でつつ、すっかりと寝入っているアラレを一つ撫でた。


「……ユアンの補佐、欲しいんだよねぇ……」

「何かと便利に使えるかと」


 ユアンが開発した通信機の認可は下りたという連絡が今朝、届いた。だからレイメイ入りはもう確定になったということだ。

 喜ばしい話であるが、何せユアンは巣窟の主と呼ばれるほどに片づけが全く出来ない上にため込める。奈緒がいるとはいえ、あくまでも奈緒は聖女である。今後はちゃんとレイメイで管理、もとい見張りが必要になってくるのだ。

 なんともちょうど良い人材が目の前に出てきた。

 静とルイスは明言せずとも、そこに当てはめることをこの場で理不尽に決めた。しかもアイヴィの知り合いである。今後共に漆黒とも良い関係を築けそうだと静は無意識に笑みを深めた。

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