閑話 ノーマンの探し物
本日は休み。だからやることは一つだけだ。
「うちは図書館じゃないんですがねぇ。ノーマンさん」
「古本屋でしょ、知ってる。それにちゃんと本も買ってるでしょ?」
「ええ、それはありがたいことなんですが……。ふふっ、ここが良いんですか? フーリュ」
カビ臭いような、埃っぽい古い本独特の匂いが店いっぱいに満ちている。その中、小さくて座り心地の悪いいつもの椅子に腰を掛けて本を読んでいた僕は大きくため息をつきながら、この店の店主に目を向けた。
小さなカウンターの奥に座る丸眼鏡をかけた初老ぐらいの男。柔和な笑顔が特徴的なこの古本屋の店主は、止まり木にいるフーリュの嘴を指先で撫でていた。
初めてこの古本屋に来た時、さすがにフーリュには店の外で待ってもらっていたし、僕だってこんなにじっくりと本を読んでなんていなかった。
けども三回目、四回目となると僕はうっかり立ち読みするし、フーリュは急かすように扉や窓をしつこく突くようになった。そこで店主が仕方が無いと言うようにフーリュを中に入れてくれたと言うわけだ。で、今やフーリュの為にどこから持ってきたのかカウンターの上に専用の止まり木なんて置いている始末だし、フーリュはすっかり懐いている。
おかげでゆっくりと本を選ぶことが出来るので一切の文句はない。ただ、レイメイに戻った後、少しだけフーリュに構う時間が増えるだけだ。
「レイメイの小隊長殿がここにずっと居座るせいで、近頃は静かに過ごせないんですよ」
「客が来て良いんじゃない?」
「大半は平民。つまりは本が読めない客が半分もいるんですよ?」
大袈裟に店主は顔をしかめる。気持ちは分かる。
本を読む奴が増えるのは良い事だとは思う。けども読めないのにここに来ると言うのは、商売の邪魔になるわけだ。そして読めないということは、こういうとくに古い本の扱いなんて知らないと言うわけだ。丁寧に扱わなければいけないような本が多い中で、そういうのが勝手にあれこれを触ろうものならたまったものじゃない。
だから追い出すのが一番手っ取り早い。とはいえここにいるのは店主一人。僕が常にいるわけではないし、とくに女というのは気に入らないことがあるとすぐに機嫌が悪くなって物にあたろうとする。
何故知っているのかというと、レイメイの小隊長となってから声をよくかけられるようになったからだ。とくに女から。
全く興味がないから適当に受け流してたら勝手に怒ってきたことが数度。服をいきなり掴んできた奴もいた。本当に面倒だった。
とはいえ、今はそんなことどうでも良いことだ。
「というか、大神殿の地下にあるんでしょう? 大きな、歴代の本が収められていると言う書庫が」
「あるよ」
「そこで探せば良いんじゃないんですか?」
店主に言われ、僕はつい言葉を詰まらせた。
ここは思ったよりも居心地が良かった。しかも並んでいる古本はどれも興味深く、面白そうなものが多い。だからつい、こうして本を物色して読んでしまうくらいに長居していた。
けども、元々僕はちゃんと目的があってここに来たのだ。
本を探してる。手がかりはほとんどないけど、もう一度読みたい本があった。
店主の言う通り、大神殿の地下の書庫はこの世にある本の全てがあるらしい。本当はか不明だけど。だけど、だからおそらく探すならばその書庫が一番だった。
けども、僕はどうしてもそこから探したくなかった。
「なんかズルしてる感じがする」
子供みたいな理由だし、ちゃんとした理由でもない。ただなんとなく、そう思ってしまうからやりたくない、という理由だった。
僕がそう言うと、店主はほぉ、と言いながらにやついた笑顔を見せてきた。
だから僕はすぐに続けた。
「それに言っておくけど。あそこは僕みたいなのが簡単に入れる場所じゃないからね」
「あの銀の聖女の隊の小隊長でも?」
「それでも無理なものは無理だよ。自由に出入りできるのは大神官か、管理者。もしくは聖女様方だけ」
「それはそれは……。いえ、そこまで厳重なのも分かりますけどね?」
本は知識の塊だ。歴史に神話、ただの物語でさえ、使われている言葉、言い回しそのもの自体に知識が宿っている。そして本として残っているということは、後世に正しく、当時の知識をそのままに伝えることが出来ると言うことだ。
その重要性を店主は分かっているからこそ、それ以上深く追求してくることはなかった。
「なんでしたっけ。その主人公の名前が『ノーマン』と」
「そう。で、旅をする話」
「探せばありそうなんですけどねぇ……」
店主は僕が探している本について、何度目かの確認をしてきた。
それは旅をする話、だったと記憶している。そして名前は「ノーマン」。
僕はその主人公の名前からとった。
もし、名乗っても良いのなら、その名前にしたかったから。
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古本屋を後にした僕はフーリュを肩に止まらせて町を歩く。片手には先ほど読んでいた本だ。帰ったらまたジェイクに呆れられるだろうが、面白かったのだから仕方が無い。
それに静様も好きそうだ。静様も本を幅広く読まれる人だが、物語はあまり読まれないらしい。とはいえ、この物語はきっと静様も気に入るはずだ。ただ、静様にお勧めする前にもう一度、じっくりと読むつもりではいる。
僕がどうして本を読むようになったのか。それはあの時、あの供物としてあの場所にいた時、一人が面白がって僕に文字を覚えさせた。僕の覚えが回りに比べて良いからだった。
その時に使われた本が、僕が今まさに探している本だった。
薄っすらとだけ、僕は覚えている。
空腹という苦しさの中、僕は誰かに運ばれた。名前はあった。けど、元々いらなかったらしいから、結局は誰からも名前なんて呼ばれなかった。
そんな程度の名前だから忘れてしまっても仕方が無い。
正直、僕はあそこにいて良かったと思っていた。番号で呼ばれようとどうでも良かった。
あそこにいれば空腹を味わうことはない。ちゃんと言うことを聞いていれば痛い事もない。時々の理不尽のようなものがあったけど、耐えればちゃんと食べ物を与えてくれるからどうでも良かった。
そんな感じで過ごしていたから何人かの奴らに気に入られて、文字を教えてもらった。
僕はどうして文字を覚えなければならないのかと思いながらも、より気に入られる為に覚えた。覚えることが優先で、本に書かれていた物語なんてちゃんと読んでいなかった。
ただ、僕は何故だろうか。これだけは覚えていた。
ノーマン。どうした、どうして前を向かないんだ。どうして歩き出さないんだ。痛いのか。苦しいのか。何を今更なことを言っているんだ、ノーマン。
見ろよ、ノーマン。この道を。この道は元々何もなかったんだ。だっていうのに何人もの旅人が痛くて苦しいと分かっていながら歩き続けた。その結果に出来た道だ。
それじゃあ俺達はどうするのかって話だが、今度は俺達が新しい道を作るんだ。どうだ、面白そうだと思わないか。
誰かが、「ノーマン」へ語っていた。
僕はそこを何故か何度も、何度も何度も、読み返した。どうしてそんな言葉が出てきたのか、そしてその後どうなったのか。一切読まずに。
それで、僕は次読む時はちゃんと、最初から読もうと決めた。
そして、僕は、僕達は、召喚術の供物として使われた。
奴らはいなくなった。僕達は自由になった。そして、あの本はどこかに無くなっていた。
隅々まで探したけども、どこに消えてしまったのか結局見つからなかった。捨てられたのかもしれない。それこそ燃やされてしまったのか。
どういった理由にしろ、あの本は今もまだ見つかってはいない。
今度こそちゃんと、最初からじっくりと読みたい。そして、今度こそ「ノーマン」が辿った旅の全てを知りたいと僕は願っている。
そうすれば、僕に欠けた何かを取り戻せる気がしたから。
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ほぅ、とフーリュが一つ鳴いた。
「フーリュの分は終わり。残りは僕の」
レイメイの隊舎がある大神殿まで戻る途中。少し空腹になった僕は腰の鞄から干し肉を取り出し、かじりながら歩き続けていた。もちろんだけど、一人で食べていたらフーリュが寄越せと突いてくるから、少しだけちぎって食べさせた。
フーリュは眷属であるが梟だ。だから人間と同じものを食べさせるというのはやっぱり控えた方が良いのだろうと思う。この干し肉だって少ししょっぱいくらいだ。本当は食べさせたらいけない。
不満げにフーリュは軽く僕の頭を突いてくる。僕は片手でその頭を押さえつつ、残り一口分の干し肉を口の中に放り込んだ。
「うま」
つい、そんな言葉が漏れたが仕方が無い。
今日の夕食の時にでも、料理長に感想を伝えようと決めた僕は味わいながらごくり、と飲み込む。そして僕は足を止めて後ろに振り返った。
「ところでさ、さっきから着いてきてるみたいだけど、僕に何の用?」
古本屋のところからずっと誰かが後をつけてきていた。足音は頑張って立てないようにしていたようだけども、気配は全く隠れていなかった。
どう考えても素人だ。もしくは本当にただの平民かのどっちかだ。
「え、えぇっと」
家の影から姿を現したのは、まさに平民の女だった。
これはあれだ。よく分からない付きまといだ。本当にいい加減にしてほしい。せっかく良い気分だったというのに、おかげで僕の気分は急降下。最悪だ。
僕は小さくため息をついた。そして女にもう一度、何の用かと聞こうとした、時だった。
「好きです! 本当に、好きなんです!」
今まで付きまといをしてくる女達は、僕を目の前にするとごめんなさいと謝ったり、突然逃げ出したりというよく分からない行動ばかり起こしていた。
どうやら話しかけるくらいの度胸はなかったらしい。だから今回もそうだとばかり思っていたら、これだ。さすがの僕も驚いた。
「……ちょっとごめん。意味分かんないんだけど。その前に君」
誰。
僕が言い切る前よりも早く、女は全身を真っ赤にさせ、今までの女達と同じく突然逃げ出した。
本当に意味が分からかった。
「……ねぇ、フーリュ。これ、どういうこと?」
フーリュに聞いたところで答えなんて返ってくるはずがない。
自分は関係がないと言わんばかりにフーリュは頭をぐるりと反対方向へと器用に向けてしまった。せめて分からないと言うような素振り一つぐらい見せてくれても良いだろうにと、僕はつい不満を抱きながら空を仰いだ。
「……これ、誰に話そう……。やっぱり料理長かなぁ」
ルイスや、ジェイク達に話したところで、よく分からない答えが返ってくるに違いない。そもそもルイスもジェイク達も、そして僕も含めて一般的な感性を持ち合わせているとは限らない。
だから僕の中で、一番身近で話すことが多い料理長に話を聞いてもらうことにした。それにあそこに行けばちょっとぐらいの味見は出来るだろう。
そうと決まれば早く戻らなくては。
僕はうん、と小さく頷く。そして肩にいるフーリュを本ごと抱えてすぐに身体強化の魔術を使う。そのまま建物の上まで高く跳躍した。




