閑話 ヘクターの里帰り
時々、帰りたくなる。あの場所へ。
何故かは知らないけども、あの場所がオレの全部だったからだと思う。
「じゃ、行ってくるなー」
「おう。気を付けて行って来いよ、ヘクター」
「大丈夫だって!」
「そう言って右腕怪我して帰って来たじゃねぇか」
記憶力の良いフィルが大きく息を吐きだした。
そんな余計な事をどうして覚えていられるのかオレには分からないが、ここは素直に聞き入れた方が良いのをオレが知っている。
「分かったって。本当に気を付ける」
そしてオレは最低限の荷物を突っ込んだ袋を肩に担ぎ、窓から外へと飛び出した。
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魔術を使って、ほとんど一日中駆ける。一日目は野宿だ。そして二日目、それでも到着するのは太陽がだいぶ傾いた時だった。
「お、荒れてねぇな」
ようやく到着した場所は、オレ達の住処。そして召喚術が使われた、皆が眠っている場所だった。
なんでここを住処にしていたかと聞かれたら、安心するからとしか答えられなかった。
確かに、檻の外は自由だった。ただ、その自由が怖くて、どうすれば良いのか分からなかった。だから元の檻の中にいた。その方が安心することが出来たから。
「どこに置こうかなぁ……。ここか?」
オレは戻ってすぐ、寄せ集めの木やら石で作った手作りの祭壇を綺麗に掃除する。やっぱり埃は被っていたが、汚れはそれぐらいだった。
中央に我らが神っぽい素焼きの人形。一応は我らが神を現す印を刻んでいるから大丈夫だ、たぶん。それから愛娘達を現す印を刻んだ丸くて平たい素焼きの置物。
全部フィルが作った物だ。それらを丁寧に置き直し、それからお供え物として花を隅っこに置いた。たふん大丈夫。
それらを終え、オレは最後にいつものように祈りを捧げる。
祈る内容は、ちゃんと生きます。以上だ。
「よし! お祈り終わり!」
ぱっと祈った後、オレはここに来る途中に狩った獲物を使って晩飯を作る為に急いで火を起こす準備を始めた。
オレは気づけばここにいた。
ここに来るまでの記憶がない。というより、いつの間にかいた。すっぽりと抜け落ちてしまったかのように、何もなかった。
記憶喪失というものらしい。フィルが教えてくれた。いや、フィルじゃなかったかもしれない。けど、どっちもあいつだから問題ないはずだ、きっと。
それから、減り続ける他の奴らと同じように順番が来た。
神の為に生きているのだとずっと言われ続けてきた。だから名前は無い。ただ魔術はある程度使いこなせたほうが良いとかどうとかで、その訓練はあった。
たぶん、魔力がどれくらいあるのかってことを調べたかったんだと思う。何せオレ達は供物だったから。
そして召喚術を使われ、オレ達だけが生き残った。
後は自由が残った。
自由になったオレ達は、知らないながらもどうにか生きてきた。
狩をして食べて、どうにか生き延びていた。
ある日から、どこからか聞きつけたのか、わざわざこんな場所にやってきてオレ達に表には言えないような仕事を頼むようになってきた。
基本的にフィルとノーマンがそのやり取りをして、オレとジェイクが仕事をこなした。けども半分以上は四人で固まって動いていた。それが一番安心したから。
ある時、これまた変な人間がここにたどり着いた。
そいつは薄汚れた白い犬を連れていた。
怪我をしてしまったらしく、休むための場所を探していたんだと言っていた。
その人間の名前は「ベルン」。そして犬の名前は「ヘクター」。
オレのこのヘクターという名前は、その犬の名前だ。別に不満はない。むしろ、オレにぴったりだと思った。それにこの短剣の眷属のお名前には、ベルンという名前がぴったりだった。
そいつはいろいろと教えてくれた。とくにフィルとノーマンがずっと聞いていた。
商人をしているとそいつは言っていた。あちらこちらと国中を旅しながら歩き回っているのだそうだ。
楽しそうに商人は多くを話してくれた。
どうして楽しそうにしているのか、オレにはちっとも分からなかった。だって自由なのだ、あの怖ろしい自由の中、旅をしているのだ。
怖くないのか、と聞こうとした。けどもあの時、なんだかその答えを聞くのが怖くなって、結局聞くことはしなかった。
自由な旅は怖くないのか、と聞けば良かったとオレは今になって思う。
きっと今なら、ちゃんと商人のことを理解出来ると思ったから。
「……ん?」
よく目立つ気配が肌を撫でた。気配は二つ。けども片方はどこか人間とは違う気がした。
焚火の明かりでやってきたのか。それとも肉を焼いている匂いだろうか。どっちにしても、あまりにもわかりやすい気配だったからオレは火をそのままに気配がする方へと隠れずに向かった。
影は二つだった。
一つは人間。それともう一つは四つ足の獣、というか犬。
「……まさか、会えるなんてな」
いきなり姿を見せたオレに驚いたように目を見開いた人間は、けども何故か妙に懐かしそうに呟いた。
どこかであったことがあっただろうか。
ううん、とオレは大きく首を傾げていると、その人間というか男の隣にいた犬が一つ吠えた。そして真っすぐにオレにゆっくりと近づいて見上げてきた。
「……ヘクター?」
オレはその名前を呼んだ。なんとなく。
そしたら、その犬はそうだと言うようにまた吠えた。
ということは、だ。
「お前! あの時の商人か!」
オレはつい、そいつを指さしてしまった。
そいつ、それこそ今まさに会いたいと願っていた商人は、オレの反応を見てか、どうしてか困ったように笑っていた。
オレはしっかりと焼いた肉を適当に切り分け、木の皿にこんもりと乗せる。それをそのまま商人に渡し、それからもう一枚の皿にも肉を大量に乗せて犬に渡した。
「悪いな、飯をくれて」
「良いって!」
そして残った肉をオレは塊のままかぶりついた。
「他の三人は?」
「んん……? ああ、元気だぜ! 今、大神殿にいる」
「は?」
商人は驚いた。そうだろうなぁとオレだって分かる反応だったから、オレはまたかぶりつく前に言った。
「オレ達、銀の聖女様に仕えているんだ」
「銀の聖女ってことは……夜明けの、騎士隊に?」
「そうそう。名前はレイメイ。で、オレはその中で小隊長」
レイメイの名前は結構広まっているらしい。良い事だと思う、たぶん。けどオレ達はだから、気を付けないといけないんだなぁって言うのがより実感した。
「大きくなったなぁ……!」
「ははっ!」
商人は笑顔でオレの肩を叩いた。オレもつられて笑いながら、頭のどっかは結構しっかりと考えることが出来ていた。
オレ達は罪人だ。罪人風情が、我らが銀の聖女に仕えているんだ。もし、オレ達が何かをしてしまった時に責められるのは拾ってくれた静様だ。
さすがのオレでも、そうなってはいけないことぐらい分かる。静様はオレ達を守ろうとする。本当は罪人なんてものを守っちゃいけないのに。大事な夜明けだからと言って、手放そうとはしないはずだ。
それで静様が傷つくのはもっとやってはいけないことだ。だからオレ達はもうこれ以上の罪を重ねないように、ちゃんと生きなきゃいけない。それがもっとも静様を守れるものだとオレはそう思っている。
「どうした?」
「んー……ちゃんとやる、って難しいなぁって」
「……まぁ、そうだな」
けど、ちゃんと生きるってだいたい何をすれば良いのか、オレにはちっとも分からなかった。
つい、商人に本音をこぼしたら、商人も難しいと言った。罪人じゃない商人も難しいって言うくらいだ。そりゃあオレにはもっと難しいことだ。
けども出来ないといけない。他三人が出来て、オレだけが出来ないなんて言ってられないことだ。
残り一口分の肉を食べながらオレは帰ったらもっと頑張ろうと決めた。
そしてふと、オレはそれを思い出した。
「あ、そうそう。でさ、オレの名前さ、ヘクターにした」
「……ヘクターに、した? うん? 待て、なんでヘクターと同じ……?」
「いや、他の奴らがヘクターにしろって言うから」
「もう少し考えろよ。なぁ、ヘクターもそう思うだろ? って、ああ、これじゃあ被るな……」
腹がいっぱいなのか、皿にまだ半分も残っている肉をそのままに横に伏せていた犬が頭だけ持ち上げてこっちを見てきた。
よく分かっていないのか、またゆっくりと寝る姿勢に戻った。
なんだか最初に会った時よりも大人しくなったような気がする。オレはその犬の様子を見つつ、腰から提げていた短剣の眷属、ベルンを商人に見せた。
「で、こっちがベルン」
「おい。なんで短剣に俺の名前を付けてんだよ」
「ただの短剣じゃねぇんだぜ? ユフィアータの眷属様なんだからな! で、魔力しか斬れない」
商人は何故か、片手で自分の顔を覆った。
「恐れ多い事してんじゃねぇよ……!」
「えー?」
「何がえー? だ、このガキ!」
商人は何故か吠え、そして怒ってきた。ちょっと意味が分からなかった。
オレは分かんねぇよなぁ、とベルンにぼやきながら、そうだと少し気になったことを聞いた。
「なんか荷物少ねぇけど。あれこれ売ってきた後なのか?」
「……いや、商売はしてねぇよ」
「なんで?」
商人にしては荷物が少なかった。けども旅をするにはちょうど良いくらい。商売をしていないと聞いて荷物の量には納得したが、一体どういう事か分からずにさらにオレは続けて聞いた。
「ほら、こいつ、もうずいぶんと年をくっているだろ?」
こいつ、と呼ばれた犬のヘクターはいつの間にか寝息を立てて眠っていた。
そう言われてオレはようやく納得した。ずいぶんとゆっくりと動くし、なんだか飯を食べる量も少ないと思ったら、もうそんなに年老いていたということを。
「最後にゆっくりと今まで行ったところを見て回ろうと思ってさ。だからここに来たんだよ。いないだろうとは思ってはいたんだが……」
「はは! じゃあ、ラウディアータのお導きだな!」
「そうだな」
商人も、そしてオレもまた会えたらと願った。だからきっと導いてくださるラウディアータが叶えてくれたのだろう。
きっとそうだ。そうでなければこんな奇跡のようなことは起きないはずだ。
「大神殿には行ったか?」
「いや、これからだが」
「じゃあ遊びにこいよ!」
「おい、俺は完全に部外者だろうが」
「何言ってんだよ。おかげでフィルなんて今、休みの度に商売してんだぜ? 後、ノーマンはずっと本読んでる。ジェイクもすげぇぞ! 深紅の隊長と互角に戦えるんだぜ!」
きっと三人はオレと同じく商人と会いたいはずだ。とくにフィルが一番会いたがるに違いない。だって売り方が商人と同じなのだから。
大神殿での三人のことを言えば、商人は何故かくしゃり、と顔を歪めた。
「……本当、大きくなったなぁ……」
まるで声を絞り出すように言った商人は、オレをまっすぐに見てきた。
「なんか、前よりもずいぶんと良い顔になったな。お前」
「そうか?」
自分では分からない。そりゃあ鏡を見れば分かるかもしれないが、そこにあるのはいつもと同じ顔だ。そもそもとしてオレは鏡をほとんど見ないのだけど。
「なぁ、生きるのは楽しいか?」
商人は突然、そんなことを聞いてきた。
オレは考えることなく、すぐに答えた。
「ああ! すげぇ楽しい!」
ちゃんと生きなきゃいけない。それは当然だけども、それ以上に今、どうしてか生きるのが楽しくて仕方がなかった。
静様に出会う前はいつ終えられるのかとこの場所で皆と固まって眠っていたのが嘘みたいだった。
自由が怖いのは変わらないから、自由はいらない。オレは欲しいのは楽しいこと、面白いこと、あたたかいこと。
それら全てを叶えてくれたのが静様だ。
だからオレは今、静様の為に生きている。たぶん言ったら、自分の為に生きろって怒られるだろうから秘密なのだけども。
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日が暮れる前にレイメイの隊舎前に到着すると、ちょうどノーマンが中に入っていく所だった。
「ただいま!」
「あ、おかえり。帰ってきて早々だけど、ルイスから呼び出されているよ」
全く面白くない話だった。
けど呼び出される理由をオレはちゃんと分かっていた。
「……やっぱり、書類適当にしたからか……?」
「確実にそれだね」
「けどさぁ……」
小隊長、ということもあるからって書類の仕事もあるのだがオレはとっても苦手だ。文字だって下手くそだし、オレはそこまで頭が良いわけではないから文章を考えるのだって苦手だ。
本当にあれが精いっぱいだ。いや、急いでいて適当に書いたのはこっちのせいだけども。
「あ、そうだ。ノーマン」
「何? 僕、やることあるんだけど」
「あいつ生きてたぞ! 犬も!」
戻ってすぐに言おうと思っていたことをノーマンに言う。ノーマンは目を丸くして、すぐに隊舎の中に入っていった。
「今回だけ、僕も一緒に行ってあげる」
「まじで? 助かる!」
「さっさと行くよ」
どうやら一緒にルイスがいる執務室に言ってくれるらしい。きっと早く終わらせて商人の話を聞きたいからだろう。
オレはまたラウディアータに胸の内で感謝を伝えながら、急いでノーマンの隣に並んだ。
ちなみにルイスから言われたのは、書類の文字が読めないってことだった。だから、せめて読める字で書いてくれってことで話は終わった。
次からはちゃんと読める字で書くことにする。




