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白銀に踊る ~四人の聖女達は愛に貪欲に生きることにした~【第2部連載中】  作者: tamn
第2部 遠き日々を辿る 三章 結んで解いて
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05 黒と氷

 残りの二羽の鳥が導く。一羽はヴィンセントの肩にいて、もう一羽はやはり静の頭の上だ。

 一羽が姿を見せなくなったことで、二羽ともほとんど飛ばずに服や髪を嘴でつまんで引っ張るだけにとどめて居た。

 賢い子達であるが何故、静に対してだけ髪をわざわざ引っ張るのか。ここは呼び出した真咲に聞くべきだろうかと、静は内心真剣に考えていた。

 そうこうしているうちに、鳥達はヴィンセントを外へと導いた。

 場所は大神殿の裏手側だろう。表よりも木々の数が多く、道なんて土を固めた程度。伊織がついつい興味深そうに木の根元に目を向けようとして真咲が強く手を引いていた。


「外なら、幾分か暴れても問題ないな」

「問題しかありません」


 そして先頭を歩くヴィンセントの言葉に、即座に控えるエドヴィンが言葉を返した。

 暴れる度合いにもよるだろうが、まさかの問題しかないと言い切るほど。後ろにいるノーマンがうへぇ、と小さく声を漏らしていた。

 外に出たことによって、ノーマンと共にいる梟の眷属、フーリュが木々の間を縫うように飛び、偵察を始める。とはいえ、ノーマンから見える範囲のみだ。

 するとフーリュは何かを見つけたようで、地面に降り立った。


『あそこだ』


 静の服の内側に張り付くように居座っているシルドラがひょこり、と顔を出した。

 何故服の内側かと言えば、猫達に襲われかけていたため避難していただけだ。そして今は鳥が近くにいるので危険を察知して全く出てこなくなった。

 そんな状態のシルドラがわざわざ出てきて言うほどだ。迷いなくヴィンセントはフーリュがいる場所へと向かい、そして、横たわる動かなくなった一羽の鳥を見つけた。

 真咲はすぐさまに駆け寄り、両膝をつき、両手で比べて小さな鳥をすくうように持ち上げた。


「……ありがと」


 刃物を使われたのだろう、鳥の羽毛は赤く染まっていた。けども真咲は汚れることすらいとわずに胸へと抱き寄せた。


「……どこが良いかしら。お墓」

「それならさ、レイメイのところは? ほら、この銀の聖女の隊だし守るよ?」


 遠のきそうになる空の瞳を目にした静は、勢いのままに提案した。

 たかが一羽の鳥。けども、この鳥は真咲が呼んだ大事な鳥であるのだ。その命に大小なんてものはない。大切に埋葬し、この魂をお守りする。静の本来の役割はそれだけだ。戦う役割ではない。ただ、墓守として戦う必要があるというだけだ。

 その銀の聖女が率いる隊もまた、本来であればそうが筋だと言える。だから、そこに墓が一つ二つあったところでおかしい話ではない。


「ああ……そうね。そうさせてもらうわ」


 真咲は静の提案を前に、空の瞳を数度瞬く。そして、いつもよりは少しだけ不器用な笑みをようやくこぼした。


「ハンカチある? 使う?」

「汚しちゃうわよ」

「その子の方が大事だよ」


 静はスカートのポケットからハンカチを取り出して広げる。真咲は躊躇しながらもその上に丁寧に乗せてくれた。静は殊更丁寧に小さな体を包み込み、真咲へと返した。


「ありがと、静」

「どういたしまして」


 真咲からの言葉を静はへにゃり、と笑って受け止める。そして、けふりと咳をこぼした。


「え……?」


 静が咳をこぼしたことに、真咲は驚きのあまりに目を丸くする。

 ただの咳、である場合もある。けども静がだいたい咳をこぼす時は、著しく体調が悪い時。それは、つまり、呪術を浄化した時。


「来る!」


 伊織が声を張り上げた瞬間、大地から黒が吹き上げた。それらは周囲の木々を黒に染め上げ、さらにはその中央にいる静達を飲み込まんとする。が、それよりも先に静の力により展開された氷の膜のような結界が、押し寄せる黒の波をとどめていた。


「分かりやすい罠だったな。にしても、普通の結界とはずいぶんと違うな。静」

「うっさいな。こっちは集中してんの……!」

「おお、それはすまないな。伊織、近くに何か見えるか」


 あまりにもタイミングが良すぎる。と言うことは、近くでこちらの様子を見ている可能性があった。

 ヴィンセントは落ち着きをはらいながら、伊織に問いかける。伊織もまた落ち着いた様子で、真っ直ぐにとある方向を指した。


「うん。たぶん、あっち」


 伊織が言うやいなや、ヴィンセントは片手に青い陣を浮かべながら、どこかの言葉を囁く。

 まるで歌でも歌っているのかと思うほどの美しい響きだが、その意味を静は聞き取ることが出来なかった。

 ヴィンセントが囁くたび、静の結界の中が消えきっていく。まるでこの中だけ冬へと変わってしまったかのような寒さだった。


「静。結界を解け、邪魔だ」

「これどうすんの」

「対処するに決まっているだろう? 俺が」


 準備を終えたらしいヴィンセントは、当然のように飲み込もうとする黒を一瞥し、不敵な笑みを浮かべた。

 ヴィンセントの髪色も相まって、雄々しい黄金の獣のようにも見える姿に、静は無意識に息を飲みこんだ。


「……分かった。解くよ」


 静は小さく頷き、一呼吸おいて結界を解いた。

 同時、瞬きの時間すらないほどに全てが言葉の通りに、凍りついた。黒も、草木も、全て。氷の世界と変貌した中、ヴィンセントは伊織が指した方へと駆け出す。エドヴィンも躊躇することなくヴィンセントに続いた。

 吐く息が白くなるほどの冷気と、静寂が残される中、静はまた小さく咳をこぼした。


「し、静……。その」

「咳がちょっと出たぐらいだよ、大袈裟だなぁ。真咲は」


 おそらくは、自分のせいだと思っているのだろう真咲に、静は安心させるように微笑んだ。


「吐血しなければ問題ない」

「ありますが?」

「はいはい。無理しないよ」


 大きく白い息を吐きだしたルイスに、静は小さく肩を揺らしながら祈りを捧げるように両手を組むように握りしめた。

 どこからか、ぴしり、と氷が小さく鳴った。


「来るよ」


 静の言葉とほぼ同時、氷の隙間から黒があふれ出した。まるで噴水のように湧き出るそれらに、ヴィンセントが残した氷を操って壁を作り、炎で焼き払い、光のような魔術を叩きつけた。

 その間にも静は空から雪を降らし、黒の勢いを殺す。


「静様! これ、呪術となんか違いません?!」

「塞いでも出てくるんですけど!」


 ノーマンとフィルが声を荒げる。フィルはおそらく、氷の下でゴズの力を用いてあふれ出る穴を塞いでいるのだろうが、今度は別のところから溢れ出しているようだった。

 確かに、何かが違うと静は浄化して気づいた。

 おかしい。どこがとは言えないが、何かがおかしかった。以前に向けられた呪術とは、何か、根本が異なるような、そんなものだった。


「ああ、めんどくせぇな!」


 焼き払っても溢れる黒に嫌気を指したのか、カルロスは何を思ったのか剣を片手に、黒に向けて拳を叩きつけたのだ。

 するとどうだ、黒は当たった瞬間に弾けて掻き消えたのだ。


「おい! 今何をしたんだよ!」

「ジェイクのやり方真似ただけだ!」

「ジェイクのって……魔力か!」


 フィルはすぐに理解し、カルロス同様、同じように魔力を拳にまとわせるとすぐに黒へと殴りかかった。ノーマンもまた掌底を黒へ魔力を叩きこむ。

 瞬時に戦い方を変えた彼らに、静にぴったりとくっついていた真咲が思わずつぶやいた。


「……何か、肉弾戦になってない?」

「わぁ……、あ」


 同じく静にくっついていた伊織は感嘆の声をあげる。と、籠の中にずっと大人しくしていたウーロが音もなく這いずり出たかと思うと、氷の隙間に入り込んでいってしまった。


「ウーロ、潜っていっちゃった」

『根源を食らいに行ったようだな』


 どうやら見つけたらしい。もしくは、ただ単純に腹が空いたのか。

 どちらにせよ、後は待つだけという所だろう。問題は、それまで静の気力が保てるかどうか、である。


「救援の他、ヴィンセント様にお伝えしました」

「ありがと」


 迫る黒を三人が対処している中、ルイスは静達を守りながら通信機を使い、各所に連絡をとっていた。通信機を使ってからそう日が経っていないというのに扱いこなしていることに、静は無意識に笑みを浮かべた。

 ルイスはその間も静達に迫る黒を全て見逃さず、ヴィンセントが残した氷から壁を作り出しては防いでいた。

 刻々と、ルイスの顔が歪むのを静は目にしながらも、静は自分のことで精いっぱいでどうにか意識を保つためにシルドラへと無理に話しかけた。


「シルドラ。これ、何。なんか、すっごく力使うんだけど。これ、本当に呪術?」

『ああ、忌まわしいものだ』


 そうだ、とは言わずに忌まわしいものだと言い換えた。

 すぐに静はその意味を察し、話を続けた。


「その忌まわしいものを相手は使ってくるってわけね」

『そういう事だ』

「この忌まわしいものは誰でも使える?」

『否』


 つまりは厄介な相手がこの場にいると言うことだ。

 僅かに意識が遠のきそうになり、真咲に寄りかかる。真咲が慌てて静の体を抱き着くように支えてくれ、ついでというように静の握りしめている両手に、自身の手を重ねた。

 ふっと、わずかに呼吸が楽になり、更に静は会話を続けた。


「呪術である。しかし、呪術ではない」

『ああ、そうだ』

「それなら何で魔術よりも魔力だけの方が効くの」

『そういうものだからだ』

「意味分かんない。それに、なんか力すっごく使うんだけど……!」

『ああ。そうだろうな』


 こんな時にも謎かけのようなことを話すシルドラに、静は大きく舌打ちをこぼした。

 さらに空からの雪を強める。しかしこの、呪術のような力は地面の中にある。だから雪をむやみやたらに降らせたところで意味がないのは重々承知していたが、何もしないよりかは十分にマシだった。

 相手は、静の浄化方法を知っている。

 本当に厄介極まりない相手だった。

 静は苛立ち混じりに、明確に答えないシルドラにさらに詰めるように問いかけた。


「言えない理由は」

『すまんな。そういう理だ』

「けど、シルドラ達にとっても不都合なものなんでしょ」

『そうだ。だからと我らが手を出すことは出来んのだ』

「理だから?」

『そうだ』

「その厄介な理作った奴、ぶん殴りたくなってきた」

『無意味だ。止めておけ』


 理という概念に、一体どうやって殴ろうか。

 もはや愚かしいことを言っている自覚はあった。だが、そう思いたくなるほどに、その理に対して静ははっきりとした苛立ちを抱いていた。


『それとお前達は見つけてはならん』

「何で」

『この世界の人間に、見つけてもらうことに意味があるのだ』


 静達はあくまでもこの世界にとっての異物。部外者である。たとえ、この国の人間に聖女と祭り上げられていたとしても、世界や彼ら神にとってはどうでも良い肩書に過ぎない。

 だからそれについて静は苛立ちはなく、素直に聞くことが出来た。

 だが、続いた言葉に、静は思わず顔をしかめた。


『それを唯一の赦しと定められたからに』


 シルドラの言い方はまるで、誰かが決めたものだと言わんばかりだった。


「おい!」

「え、あれ?」


 フィルとノーマンが驚きの声をあげる。静はつられて顔を上げれば、周囲から襲い掛かってきていたあの黒が音も無く、突如として塵となって散じていたのだ。

 どうやらウーロが根源を無事に食らったらしい。

 静はふっと力が緩みそうになるのをこらえ、その最後の黒が消えてなくなるまでしんしんと雪を降らせ続けた。



 -*-*-*-*-*-*-*-*-*-



 黒が突如として塵と化した。

 それを目のしたヴィンセントの目の前にいた者は、大袈裟に片手で頭を抱えた。


「まじで?! もう見つかっちまったのかよ! あ、あれか! あのゴーレム!」


 騒がしく喚く者に、ヴィンセントは遠慮なく頭上から氷の槍を落とす。

 だがそれは、その者に当たる直前に一体どうやってか、魔術の気配すらなく氷は砕け散った。

 すかさずにエドヴィンが前に出て、その者目掛け剣を振るい落とす。も、その者は一体どうやってか手のひらでのみ受け止め、弾く。

 身体強化をするにしても、あれは異質である。とはいえ、あくまでもヴィンセントが知るのは本で得た知識のみだ。

 開発局内ではすでにそういった魔術が開発されている可能性もあるが、それにしても陣も無ければ詠唱も無し。無詠唱の類にしたって、魔力は多少揺らぐがそれすらない。

 加えてだ。


「つぅか、本当にさぁ。全部が予想外ってどういう事よ。あの浄化さえどうにかすればいけるとは思ったのにさぁ」


 その者はひたすらに耳障りに喚く。

 声は確かに男であった。しかしおそらくという言葉がどうしてもつくほどに曖昧だった。

 人間である。そして、おそらくは男である。顔は隠していないだがどうしてか、顔が分からない。認識しようにも思考がぼやけ、攻撃の手が緩みそうになる。

 ヴィンセントはそれならば、とその者を包み込むように氷を隆起させた。


「ヴィンセント様!」


 エドヴィンが声を荒げる。

 瞬きの間、ヴィンセントの目の前に影があったことに一瞬気づくが遅れた。


「まあ、いいや。とりあえずお前さ、俺の八つ当たりに付き合ってくれね?」


 理不尽極まりないことを言ったその者は、ヴィンセントの肩目掛け、深く黒い刃を突き立てた。

 体が傾く。その者の笑った声が耳をかすめた。

 そしてヴィンセントは、迷いなくその者の胸倉を掴んだ。


「おい、お前。俺を誰だと思っているんだ?」


 煌々と琥珀の瞳を輝かせ、ヴィンセントはそのままに手に力を籠め、地面へ叩きつける。

 ちょうど良いところに入ったのか、かはり、というかすれた呼吸音が聞こえた。


「俺はこの国の大神官だぞ? 無礼にもほどがあるんじゃないか? ん?」


 ヴィンセントはすかさずに詠唱無く氷を操り、その者の四肢を拘束する。さらに強く胸元を握りしめたヴィンセントは、その光に偶然気づいた。


「お前」


 ヴィンセントが言葉を続けようとした時、目の前に黒が溢れた。

 すぐさまにヴィンセントはその者から離れるが、深く肩を刺された右腕は飲まれ、まるで炎に焼かれるような痛みに襲われる。

 歯を強く噛み締め、喉奥から溢れそうになる声を抑える。そして、黒が晴れた瞬間に、その者へと距離をつめられるように態勢を整え、ヴィンセントは盛大に舌打ちをこぼした。


「逃がしたか……」


 黒が晴れたそこには、氷で拘束したはずのその者の姿が無かった。

 一体どうやってか。

 ああ、いや。今はそれよりも、先に対処しなければいけないものがヴィンセントにはあった。


「ヴィンセント様! 治療を!」


 駆け寄るエドヴィンに向け、ヴィンセントは近づかないようにと手のひらを向けた。


「呪術を埋め込まれた。それ以上来るな、誤って殺してしまう」


 ほら、見ろとヴィンセントは地面を指す。そこにはまるで生きているかのように氷が蠢き、鋭い棘を次々に生み出そうとしていた。

 なるほど、これがノーマンに向けられた呪術かと、ヴィンセントはこのような状況だと言うのについ、面白いと感じてしまった。ことごとく己は大神官という職務に向いていないと、つい笑みをこぼしながら片手に氷の刃を生み出した。


「ノーマンに向けらた呪術と同じもの、ですか」

「ああ、そうだ。今から解呪する。といっても力技だから解呪と言っていいのか分らんがな」


 エドヴィンは額を押さえ、深く息をついた。


「手早くお願いいたします」

「誰にものを言っているんだ」

「我らが大神官であらせられるヴィンセント様に、ですよ。貴方様ならば造作もないことでしょうに」

「よく分かっているな」


 うかうかしていれば誰かが来るだろう。その前に終わらせなければならない。

 何せ本当に今、ヴィンセントは人を殺しかねない状態にあるのだから。

 ヴィンセントは背を向けたエドヴィンを一瞥してから、一度呼吸を止め、躊躇なく自身の腕へ刃を振り下ろした。

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