04 導きの鳥達
それは早朝。夜明けを迎えた頃。
大きな破壊音が王城に響き渡った。
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本当によく寝た。しっかりと寝たと静は自信を持って言える。何せあれから起きたのは翌日の朝だったからだ。
本当に寝過ぎたな。と、思いながら静は今、ルイスからの報告を聞いてせっかく起き上がったというのにすぐにベッドへと背中から倒れた。
「先手打たれたかぁ……」
「申し訳ありません」
「いや、ルイスのせいじゃ全くないけどね?」
静はまた慌てて起き上がり、ルイスからの報告を続けて聞く。
それは明け方。マティアスが幽閉されている塔の壁が破壊された。見張りの騎士達が破壊されるまで気づかなかったことを考えるに、外から破壊させたのは明白だった。
そして、マティアスの姿は消えていた。
誘拐か。それとも自発的に逃亡したのか。
それは誰も分からない。実母のミラベルでさえも。
ミラベルは今、そのこともあり、王城の奥へと場所を移されたらしい。念の為、マティアスが消えたことをミラベルに伝えると、興味なさげにそう、と小さく呟いただけだったとか。
「昨日。ユアンから虫か鼠かが近くにいたらしいので、それで先手を打ってきたかと思われます」
「紅星の間の近く?」
「いえ。あの後、奈緒様の厨房近くにいたそうです。奈緒様とお二人で」
「……そっかぁ」
ルイスは報告をしながら、寝ぐせで跳ねている静の黒髪を指先で梳く。静はそれを当然のように受け入れつつ、小さく息をついた。
「まぁ、けど。それほど焦って動くほどになっていたと思えば、良いことかな」
「はい。それで静様、紅茶の用意が出来ておりますが」
「いる」
ルイスはそして静の額に唇を寄せ、それからすでに用意してあった紅茶をカップに注ぐ。
静は一連のルイスの動作にうぅん、と思わず小さく唸った。
「どうされましたか。そんなおかしな顔をなさって」
「……いや、うん。その、あれですよ」
「あれくらい普通では?」
表情を変えず、紅茶を差し出すルイスに、静はぐっと顔をしかめつつ受け取る。
香り立つ紅茶の香りの中に、清涼感のあるハーブの香りがふわりと広がるいつもの紅茶だ。味も何ら変わらないはずなのに、何故か妙な甘さを感じる気がするのはきっとルイスのせいだろう。
「ルイス」
ベッドの傍らに立つルイスを呼ぶ。
ルイスはそれだけで十分に理解してくれたようで、静の隣に座った。
「……本当、俺を甘やかすのがお上手ですね」
「そうかなぁ?」
呆れながらも、ルイスはそのまま静の腰に手を回して身を寄せていた。もちろん、紅茶がこぼれないように最大の配慮をして。
紅茶飲みきった後、どうなるんだろう。
なんて薄っすらと静は思いつつ、ルイスの好きなようにさせながら紅茶をゆっくりと味わうのだった。
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真咲はばふり、と自身のスカートに握り拳を落とした。
「楽しみにしてたのにぃ!」
「けど危ないことだったのよ?」
「あたしだってやれば出来るもの!」
真咲の前に座る奈緒は、呆れるように小さく肩をすくませた。
「おかげで議会は中止。私にとっては面倒なことに巻き込まれなくって助かったわ」
奈緒の隣に座っている静は強く同意するように頷いた。
朝食を食べ終えた四人は改めて談話室に集まっていた。話す内容はもちろん今朝、王城で起きたことだ。おかげで朝からヴィンセントに、絶対に四人で好き勝手動かないようにと強く言われたのだ。
さすがに王城にはいないだろうが、王都内にはまだ潜伏している可能性が高いとして、深紅と漆黒の騎士達が総出で動いているらしい。
探すのであればそれこそ真咲の力が必要であろうが、実際本当にどこまで探すことが出来るのかが不明なのとやはり危険であるという判断から真咲はこうして大人しく留守番を言いつけられているのだ。
「ねぇ真咲。どうやって探すつもりだったの?」
「え? ああ、そうね。ちょっと見せるわ。アリッサ、窓開けてくれない?」
不満を露わにしている真咲に、伊織が問いかける。真咲はふくれっ面のまま頷き、控えていたアリッサに窓を開けさせる。
何をするのか分かっているのだろうアリッサは、何も言わずにすぐさまに窓を小さく開ける。それを確認した後、真咲は深く息を吸って懐かしい歌を歌った。
聞いたことがある歌だった。けども、どこで聞いたことがあったか静はよく思い出せなかった。それでも記憶の底から引っ張り出そうとしていると、小さな影が三つ、窓の隙間から入り込んだのを目にした。
「わぁ! 鳥!」
伊織が明るい声を響かせる。なんだ、と言うように伊織の足元でとぐろを巻いていたウーロが頭を大きく持ち上げて、入って来た三羽の鳥を見つめた。
鳥達は室内wせわしなく翼をはためかせながら飛びまわり、そして最後に何故か静の頭にそろって止まった。
「……ねぇ、何でさ、わたしの頭に集まるの?」
「ちょうど良いからじゃない? っていうか静ってどうしてそんなに好かれやすいわけ?」
「分かんない」
ぐっと、静は顔をしかめる。
こればかりは本当に意味が分からない。それに今だって静の膝の上にはあの三匹の子猫達がせわしなく遊んでいるのだ。
青いリボンの白猫、コユキが狭い静の膝から転げ落ちる。赤いリボンの白猫、アラレがそれを追いかける。そして緑のリボンの茶トラ、コテツが静と奈緒の間に挟まり、先ほどからスカートをばしばしと叩いている。
手のひらサイズだった子猫達はこの数日で少しずつ大きくなってきて、噛む力も日に日に強くなってきていた。おかげでヨカゼは痛いだのと言っていたが、楽しそうに子猫達の成長を楽しんでいた。
ちなみに名前は最終的に四人で決めた。その他候補に挙がったのはジュウベエ、ネコ、ミャン、アルフレッド五号。どうしてそれを思い浮かんだのか、と奈緒の頭の中を静は覗き込みたくなった。
「ねぇ、せめて肩に下りてよ」
静はその鳥達へ驚かさないようにそっと手を伸ばす。と、思い切り髪を引っ張られた。
「いたいっ!」
「あ、ちょっと! さすがにそれは駄目よ!」
まさかの手を突くのではなく、髪を引っ張られるとは思わずに静は思い切り声をあげた。すぐに真咲が駆け寄り、その他リーリアやエリカも慌てて静の元へと集まった。
鳥達は一斉にまた飛び、真咲の肩や、奈緒の頭の上に飛び移った。そして一羽は今度はちゃんと静の肩へと移り、そして今度は控えめに静の髪を引っ張って来た。
まるで、行こうと言わんばかりに。
「……あのさぁ、真咲。この子達に、何を探してもらうようお願いした?」
「ええ、そうよ。ついでに悪いものがないかと思って……」
鳥は静と真咲が会話している間もしつこく髪を引っ張る。そしてまた静の頭へと移り、せわしなく翼をばたつかせている。
ほら、ほら、早く、早く。
静は三人の顔を見渡した後、すぐにエリカへと振り返った。
「エリカ。ルイス呼んで、すぐに」
エリカはほんの少しだけ躊躇をしたが静かに頷いてくれた。
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通信機で呼び出されたカルロスは大きく息をついた。
「いや、何で俺まで」
「仲間外れとか、かわいそうでしょ。ほら、行くわよ」
「はいはい」
真咲は何度もカルロスの背中を叩く。けども聞こえるのは軽い音だけで、カルロスはそれを一切気にしない様子でヴィンセントへと向き直った。
「確認ですけど、護衛は俺とルイス。それからフィルとノーマンってことですよね」
「後は俺とエドヴィンもいる」
カルロスは無言でルイスを見やる。ルイスもまた無言で首を横に振り、エドヴィンは目元を押さえている。
エドヴィンだけならまだしも、大神官であるヴィンセントも護衛として自ら数えている事実に、カルロスは聞かなかったことにしたかった。
「皆といろいろと作っておくから、すぐに戻ってくるのよ」
留守番をする奈緒は侍女達四人を背に、腰に手をあて静達三人に向けてまるで母親のようなことを言ってきた。
だから静達はちゃんとそのように言葉を返した。
「はぁい! おかーさん!」
「おかぁさん。わたし、昨日食べれなかったプリン食べたい」
「ママぁ、あたしクッキーが良いー」
「二度目言ったら嫌いな物食べさせるわよ」
伊織は元気よく手を上げ、静は食べ損ねたプリンを強請り、真咲はクッキーを強請り、そろって母とふざけて呼んだ。
するとどうだ、奈緒はさらに笑顔を深めて恐ろしいことを言うものだから、三人はすぐさま動き出した。
「ヴィンセント、早く行こ!」
「伊織、待って。そっちじゃない。痛いっ!」
「もう! 引っ張たら駄目だって!」
先に行こうとする伊織を止めようとした静はまた鳥に髪を引っ張られる。真咲が慌てて鳥を止めようと手を伸ばした。
そんな騒がしい聖女達のやり取りを一歩離れた場所から眺めていたヴィンセントは琥珀の瞳を細めた。
「むしろ、相手が先に動いて良かったと思わざるえないな」
「……ヴィンセント様」
「いや、まさかこんなにも面白いものが見られるとは思わなかった」
ヴィンセントのその顔はいつになく愉快と言わんばかりの笑顔を浮かべており、聖女達の行動を観察していた。
ルイスはもはや何も言わないことを決め、大きく息をつく。そして静がつまずきそうになったのを目にし、ルイスはすぐに静へと駆け寄った。
それから三羽の鳥達に従い、大神殿内を練り歩く。都度、鳥達は何故か静の髪を引っ張ってくるので、おかげで静の髪はぼさぼさだ。
むしろ結んでいる方がひどくなるからと、今は髪を解いてしまっている。
「静、髪伸びたね」
「うん。ちょっと邪魔」
「切らないの?」
伊織の問いに静は答えず、静は隣に並ぶルイスを見やった。
ルイスは視線に気付き、わずかに顔をしかめた。
「切らせませんよ」
そしてこの一言である。
静はまた伊織を見ると、伊織は意味が分からないと言うように顔をしかめていた。後ろから、やべぇ、やら、さすがに無い、という声が聞こえたがルイスは無視をしていた。
「さすがにあれじゃない?」
「けどさぁ。これ、ルイスだけじゃなくってリーリアも同じこと言うからさぁ」
伊織の隣にいる真咲が、ああ、と静の言葉にようやく理解を示してくれた。
さらに奥へと進んでいく。と、伊織が急に足を止め、廊下の天井を見上げた。
「うわぁ……変なのある」
「変なのって何よ。何もいないけど……」
伊織の見つめる先には何もない。何も見えていない真咲は首を傾げる中、静はその先にある何かを微かに感じ取った。
話しながら歩いているだけだったら気づかないほどの小さな気配。しかし嫌な気配でもあった。
まるで虫がそこにいるかのような気分になりながら、静は手のひらをくるりと返す。と、そこには先ほどまでなかった小さな銀のナイフがあった。
「ルイス。見える?」
「はい」
「これちょっと投げて」
いつもルイスが使っているナイフと似た形状の物だ。だからルイスはそのナイフを受け取ると、躊躇なくその場所に向けてナイフを迷わずに投てきをした。
一瞬、銀の瞬きが散り、天井へと突き刺さった。
「あ、消えた」
「よしよし」
伊織の言葉を聞き、静は笑みを浮かべながら頷く。そして、軽く手を横に振れば、銀のナイフはすぐに光の粒子となって姿を消し去った。
「もうなんでもありなのね」
「何が?」
「そういう武器作るの」
真咲はそんなことを言うが、こうして導いてくれる鳥を呼び出している時点で同じではないか、と静は少し思ってしまった。
「そうでもないよ。まだ試してないけど、わたしが形状を理解しているものぐらいしか作れないと思う」
「じゃあ、剣は? ほら、カルロスのとか」
真咲に言われ、静はカルロスが提げている剣を見る。そして静はうぅん、と顔をしかめた。
「後で試してみる」
「今じゃないの?」
「下手したら怪我するかもでしょ。刃物だし」
「静ってそういうのはちゃんと考えるのね。普段適当なのに」
「ねぇ、貶してる?」
「意外ってだけよ」
遠慮のない真咲の言葉ではあるが、静は特段嫌な気持ちを抱くことはない。何せ真咲の言葉は本当に思ったことそのままを遠慮なく言って来たのもあるし、自覚している程度には静自身もあれこれとやらかしているのだ。
むしろ無言で見つめられるよりかは幾分かはマシだった。
「何、ルイス」
「いえ、何でもありません」
静は無言で見てくるルイスへと拳を振り下ろす。だがするにルイスはその拳を軽くいなして、わざとらしく大きく息をつかれた。
後でリーリアにいじめられたと言いつけようと静は決めた。
行く先、行く先。虫のような残滓がぽつり、ぽつり、と現れる。その度にルイスにそれを排除してもらい、進んでいく。
途中には神殿の騎士や、神官の姿があり、静達をなんだなんだと見てくる。ただその中にエドヴィンとヴィンセントもいるので全員もれなく何故か納得した顔をし、すぐに何事もなく自分達の業務へと戻っていった。
一体どうして納得したのか、静は何も分からなかったが、邪魔されないだけ良いと思いつつ眉間にしわを寄せた。
「どうしようかなぁ……」
「どうしたのよ。静」
思わず声が零れた静に、真咲がいち早く気づいた。
どうやら真咲は気づいていない。しかし先ほどから見えている伊織は何かに気付いたようで、ずっと顔をしかめたままだった。
静はだから素直に、おそらくとしての現状を伝えた。
「いや、誘われてるなぁと思って」
この虫のような残滓はまるで餌だ。おかげで伊織の持つ籠の中にいるウーロが顔だけを出し、腹を空かせているかのようにチロチロと赤い舌を何度も見せている。鳥達も進むにつれて早く、早く、と鳴くことが増えたあげく、二羽は行く先を見に行くように飛び立ってしまった。
静は一番後ろにいるフィルとノーマンへと視線を向ける。二人はゆるりと首を横に振った。不審な影は見えていないらしい。
「先ほど、神官がいたな。エドヴィン」
「はい」
ふと、ヴィンセントが口を開いた。
神官。別に大神殿ならば見かけるのはそうおかしい事ではない。先ほどだって、神官が一人横切ったぐらいだが、その神官に何か不審な点があったのだろうかと静は黙って耳を傾ける。
「この時間。この区域に神官はいないはずだ。そうだろう?」
「……ええ、はい。よくご存じで」
エドヴィンは額を押さえながら答えれば、ヴィンセントは愉快だと言わんばかりに喉の奥を鳴らすように笑みをこぼした。
まるで少年のような顔つきを見せるヴィンセントを横目に、静はこそりとルイスに問いかけた。
「ねぇ、ルイス。ヴィンセントってさ、よく抜け出してたりしてたの?」
「しっかりと執務を終えてからなので抜け出すとは少し異なるかと思います。ですが、よく姿を消すことがあったと聞いております」
「……エドヴィンさん、大変だったんだなぁ……」
さぼっているならば口やかましく言えるものだが、しっかりとやることをやってから抜け出しているのだから何も言えることはない。
なんて質の悪い大神官だろうか。しかもこの様子からずいぶんと前からのことのようにも見てとれた。
「お前達は前に出るなよ」
「ヴィンセント様もですよ」
「別に良いだろう? 大神殿内をこうも好き勝手しているんだ。少々仕置きをしたい」
静達の前にヴィンセントとエドヴィンが前に出た。カルロスは真咲のすぐ傍らに移動し、ノーマンとフィルはより近くに控えた。ルイスは変わらずに静の横にいる。
「皆様。絶対にヴィンセント様の前には出ないよう、お願いいたします」
護衛騎士でもあるエドヴィンが何故か、そう力強く語った。
その言い方はまるで、ヴィンセントの前が危険だと言わんばかりだった。静はルイスに問おうと見上げれば、ルイスはその言葉の意味を理解しているのだろう、妙に疲労を滲ませた表情を浮かべていた。
静は自分を棚に上げている自覚を持ちつつ、一体今まで何をやらかしてきたのか、この大神官はと思わざるえなかった。
「……え?」
さて進もう、とした時だった。真咲が小さく声をこぼした。
それと同時ぐらいに、ようやく鳥が一羽だけ戻ってきた。もう一羽はどこまで行ったのだろうか、と静は呑気にそんなことを考えてしまったがすぐにそれは消え去った。
「いなくなっちゃった……?」
周囲の空気が一瞬にして張り詰めた。
信じられない、と言わばかりに真咲に、伊織はすぐに真咲の手を取る。ヴィンセントは一度だけ後ろを振り返り、そして前を見据えた。
「行くぞ」
「戻れって言わないんだ」
「むしろここから戻らせた方が危険だろう?」
「そうだね」
ヴィンセントと静はあくまでもいつものように言葉を交わしつつ、薄暗い廊下の先へと進んだ。




