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96 Side:三笠

 原体験、という言葉がある。

 その人間の根幹を成す幼い頃の体験のことだ。


 私のそれは──体験と言っていいのかは分からないが──ブラウン管テレビに映る特撮ヒーローだ。

 人々を守るために怪獣に立ち向かうヒーローの姿は今でも胸の奥底に眠っている。


 強くなくともいい。ただ彼らのように正しく在りたい。

 そんな想いが私の選択をいつも左右してきた。


 だけど世界にダンジョンが現れたあの日、私は私の無力を悔やんだ。

 変わらなければ、と心の底から思った。


「だからな、父さん会社辞めてシーカーになろうと思うんだ」

『ハァ!?!?!?』


 私の決心を聞いた娘、百結(もゆ)は電話越しに絶叫したのだった。




 ◆  ◆  ◆




「……はあ、どうしてこうなったのよ……」


 長机に額を当てて私は呟いた。


「ごめんな百結。でも付いて来る必要なんて──」

「一人で行かせられるわけないでしょ!?」


 つい声を荒げてしまったのを深呼吸して落ち着ける。

 隣に座っている丸眼鏡を掛けた中年男性は父、三笠白雄(はくお)。アラフォーにして脱サラしリスクしかないシーカーを目指し始めた無鉄砲だ。


 私が入院したときはあれ程泣いていた母さんも父さんの熱意に折れた。

 なんだか理不尽な気もする。


「そもそも何で仕事辞めたのよ。一昨年昇進したって喜んでたじゃない」

「それはそうだよ。これまで頑張って来たからね。だけど世界がこんなことになって今まで通りに暮らしていていいのかとも思ったんだ」


 普段の弱腰と言うか、おっとりとした立ち振る舞いとは真逆の強い意志を感じる口調だった。


「それに──ああ、いや、何でもない」

「なによ?」

「静かに。そろそろ話が始まるみたいだよ」


 露骨に話を逸らされた。

 けれど登壇した人を無視しておしゃべりする訳にもいかないので渋々前を向く。


「静粛に」


 騒めく会場内をマイク越しの声が薙いだ。

 第一印象は、鬼教官。成人男性の平均を優に超す背丈と猛禽のような眼光。

 注意の言葉を発するまでもなく会場中の空気が張り詰めた。


「これよりダンジョン関連保安業務民間委託制度の参加者講習を始めます」


 ダンジョン関連保安……シーカー制度の最初の講習が今日、この会場で行われる。

 日本初の試みとあって施設の付近には大勢の記者が詰めかけていた。


 発見されるダンジョンの数は日に日に増えている。フラッドによりダンジョン外に出るモンスターの数も。

 そんな社会問題の解決策として制定されたのがシーカー制度。私達民間人を対モンスターの尖兵にする制度だ。


 書類審査をクリアし講習と訓練とテストを越えた者をなんとかという資格者──シーカーに任命する。

 そうしてシーカーになった者はモンスターとの戦闘やスキルの使用が許可され、またダンジョン内への進入も認められる。


 裏を返せばシーカーにならないとスキルは使っちゃいけないしダンジョンにも入れないってことなんだけど、まあこれは当然だ。

 危険なダンジョンが立ち入り自由な訳がないし、ものによっては銃や包丁より危険なスキルは規制して然るべきだ。


 まあ前者はともかく後者はなかなか守られてないようだけど。

 ネットニュースになった犯罪利用だけでいくつもあるし、もっと小規模な使い方をしている人も居るはずだ。


 <魔刃>や<魔弾>といった後天スキルは誰でも、少ないスキルポイントで覚えられるのに殺傷力が高い。

 加害のため、あるいは自衛のためにこっそり先天スキルを鍛えてスキルポイントを得ようとする人は少なくないと思われる。


「資格者にはダンジョン内でのスキル使用、及びスキルの取得が許可されます。しかしそれは大きな責任が発生するというものです。資料の七ページを開いてください」


 自動車が歩行者より非を重く取られやすいように。格闘家が一般人より罪に問われやすいように。

 物理的強者には多くの制約が付き纏う。教官が言ったのはそのようなことだった。


 実際その通りで、シーカーを縛るルールは多い。

 シーカー制度が発表された時にそれらも公表され物議を醸したけど、特に議論されたのはシーカーを辞める際には<封印>を受ける必要がある点。


 シーカー活動で培った能力は他のことに活かすことは出来ない。

 むしろ<自動治癒>すら失う犯罪者のような扱いだ。


 シーカー活動を続けるハードルは低く、最低限しか活動しないなら仕事とも両立は出来るけれど、それは会社が許せばの話だ。

 社員はシーカーになる際、そのことを企業に報告する義務があるし、企業側はそれを受けて社員を解雇する権利があると定められた。


「…………」


 隣で真剣に資料を読み込む父さんを盗み見る。

 父さんはシーカー試験に合格してもいないのに、もう退職願を出したらしい。


 果たしてそれはどんな意思に基づく行動なのか。

 考えても分からない。案外、働くのが嫌になっていただけかもしれない。


(私の場合は……何故かしら)


 私の将来の目標は消防士になること。

 シーカーの力は救命活動に有用だけど、突然<封印>されかねない力を持つ者を採用するのはリスキーと思われるかもしれない。


 それでもシーカー講習を受けに来たのは父が心配だったから?

 違う。それだけの理由でここまで来たりはしない。


 どうせ不合格だと思っているから?

 これは……あるかもしれない。シーカー試験の合否には先天スキルの強さも重要らしいけど、私の【ネクターパラソル】はお世辞にも強いとは言えないし。

 でも、この理由だけでもないような気もする。


 なら……、


「次にダンジョン外に出現したモンスター駆除に関する注意点ですが──」

(いけないわね。集中しないと)


 益体も無い思考を切り替えて、私は目の前のテキストに視線を落とすのだった。



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