88 佐々木早紀(後編)
わたしの──佐々木早紀の兄はお世辞にも『出来た兄』とは言えなかった。
わたし用のおやつを勝手に食べて知らんぷりしていたこともあったし、ゲームもいつも自分が先に遊んでいた。
母さんに怒られている時にわたしに罪を擦り付けようとしたことだってある。
けれど、わたしが上級生に遊び場を奪われそうになった時に、庇ってくれたこともあった。
きっと兄からすればわたしの方こそ『出来た妹』ではなかったのだろう。
まあつまるところ、どこにでも居る平凡な兄妹だったのだ、わたし達は。
そんな兄が亡くなったと聞かされた時、幼いわたしは足場の崩れ去るような不安定感を覚えた。初めて直面する人間の死だったのだから当然だ。
けれどその喪失感も、今ではすっかり薄れてしまった。
薄情な人間だと思われるかもしれない。けれど大抵の人間はそうなのだとわたしは思う。
いつまでも涙に暮れてはいられない。痛みも悲しみも風化させながら前に進む。
『もしも今更……心の整理がついた後なのに、佐々木のお兄さんが蘇るってなったら……どう思う?』
かつて鋼矢さんから受けた質問がふと思い起こされた。
彼の真剣な声音の前では嘘や誤魔化しをする気にはなれなかった。
『……困惑はすると思う。わたし達は凄く仲の良い兄妹って訳でもなかったし。ずっと会ってなかったら距離感も掴めなくなるしね』
石楠花さんの顔が脳裏を過った。彼女とは親しかったわけではないけど、わたしが死神エミュでしか接せないのはそれ以外の接し方が分からないからでもある。
でも──、
『でもそんな気まずさなんて些細な障害でしかなくて、きっとまた会えたら一番に嬉しいって思う……と、思う』
自分で言っていて恥ずかしくなり尻すぼみになってしまう。
内容も一般論の域を出ないし鋼矢さんの真剣さに見合った回答か自信が持てなかったけど、
『そうか……』
彼は安堵するようにそう答えた。
あの質問にどういった意味があったのかは今でも分からないけど、友人の助けになれたのならそれでいい。
「ふぅ……」
意識を現在へ引き戻す。
今居るのは銀河鉄道の最前の車両、その最前部。
そして車両の中央付近には大学生くらいの女性が一人、ハルバードを構えて佇んでいた。
「おや、入って来ますか」
女性が呟くと同時に車両後部の扉が開く。
やって来たのは推川さん。わたしと女性が消耗するのを外で待つと思っていたけど、予想が外れたらしい。
「困りました。これでは挟撃されてしまいます」
生き残りはここに居る三人だけ。もう伏兵はない。
女性はチラリと視線を前後に遣り、そして推川さんの方へ体を向ける。
「<バーニングパブル>」
「【チャージランページ】」
炎の礫を放つ魔術、<バーニングパブル>。
スキルポイントを払ってランク三にしたことでそれなりの威力と速度を持つこの魔術だけど、女性の突進はそれより速かった。
一瞬にして推川さんに肉迫しハルバードで薙ぎ払う。
ギリギリのところで<魔刃>でガードした推川さんだったけど、威力を殺し切れず横の壁に叩きつけられた。
その行方を目で追った女性はトドメを刺すべく足を踏み出そうとする。
背後から迫る炎の礫も、今から動けば充分に躱せる……そう錯覚しているはずだ。
「煉獄の業火」
──ドォォンンンンッ!!
爆音と閃光が車両内を揺らした。
周囲の空気を固めて防御したわたしと違い、【魔力】の予兆がない爆発を他二人はモロに受けた。この機関車はガラスでさえも異様な強度があり爆風が外に拡散しないのでダメージも大きいはず。
攻めるなら今だ!
「全く、これならユウさんも呼──」
まず一人。後部扉に打ち付けられた女性を鎌で斬った。
爆発やこれまでの戦闘でダメージを蓄積していたのか、一撃で退場させられた。
返す刀──鎌だけど──で推川さんを狙うも、それは<魔刃>で止められる。
「さっきの爆発は……ガス爆発かい?」
「肯定しよう。よくぞ見抜いた」
あの【魔力】の予兆のない爆発は、炭化水素に引火しただけの現象だ。
中学校で習ったけどガスには本来臭いはないらしい。
そこで思い付いたのがこの攻撃方法だった。空気を固体化させるのと違い、ゆっくり流動させるだけなので【魔力】の気配も薄く気付かれにくい。
通常の探索では誤爆が怖いけど今回みたいなイベントなら気兼ねなく使える。
「さらばだ」
「あっ」
鍔迫り合いする鎌を強引に弾き、その隙に空気を刃として纏わせた右脚でキック。
彼女の結界はそれで砕け散った。
「結果発表にゃん! 優勝は早紀にゃん、おめでとうにゃん!」
「そうか」
まさか優勝できるとは思ってなかったので、内心では飛び上がる程興奮していた。
表には出さないけれど。
「それから優勝賞品と、特別報酬として死神のアルカナもプレゼントするにゃん」
「アルカナ……?」
「称号みたいなものと思ってたらいいにゃんん」
そうして第二回バトルロイヤルイベントは終了したのだった。
◆ ◆ ◆
木の葉の揺れる音が響いていた。
午後の光を受け薄っすら白むアスファルトを踏みしめ、少年は共同墓地の入り口を抜ける。
いくつもの石碑の前を通り、少年はやがて目的の人物を発見する。
「兄ちゃん、久しぶり」
狐に化かされたかのような顔で振り向いたのは、少年の記憶よりもずっと大人びて見える青年だった。




