87 その後
「異極、からの<重打>!」
「<魔盾>、ぐぅっ……これはマズイね……ッ」
引き寄せと大槌のコンボを食らった推川が、車両の端から端へと吹き飛ばされた。
推川は素早く左右に目を走らせる。車窓からは無辺の星空が窺えた。
第二回バトルロイヤルイベント。その舞台は銀河鉄道だった。
黒い蒸気機関車がレールも何もない宙に車輪を走らせている。
「これは敗色濃厚と見た!」
「あ、ちょ、逃げないでよ!」
窓を素早く開け推川は外へ飛び出す。
宇宙空間らしき見た目の割にこのイベントダンジョンには空気も重力も存在するため、列車から外へ出ればそのまま真っ逆さま。
イベントルールにより一定以上列車から離れたことで退場となる。
「<空歩>!」
もっとも、それは大半のプレイヤーにとっては無用な心配であるが。
高速の戦闘においては自在に身動きを取るための<空歩>は必須。プレイヤーの取得率は<魔刃>や<魔弾>を越えている。
「追い詰めたよ、観念してよねおねーさん」
「やれやれ、それは名探偵側のセリフなんだけどね」
銀河鉄道の最後尾にて。風で飛ばされそうになる鹿撃ち帽を抑えながら余裕綽々に首を振る推川。
だが石楠花の言葉通り絶体絶命の状況だった。
空中に逃げ出したとしても<空歩>を使い続ければいずれ【魔力】が尽きる。
そうでなくても反発力を利用して遠距離攻撃が可能な石楠花とでは、遠距離戦は分が悪い。
詰みだ。と石楠花は確信していた。
「参ったな。これで見逃してはくれないかな?」
冗談めかした調子で差し出されたのは大きな魔石。大きさからランク四と分かる。買収しようという魂胆か。
もっとも、冗談として受け取った石楠花は同じく冗談めかして応える。
「そうだねー、その十倍出すんなら見逃してあげてもいいかなぁ」
「はいどうぞ」
出来るはずがない値段を吹っ掛けたはずが、推川は即座に十個の魔石を取り出してみせた。
何故、持ち物が制限されるこのイベントにそんな使い道のない物を持ち込んでいるのか。
それを疑問に思うと同時、推川はそれを放り投げて来た。
投擲攻撃。注意逸らし。あるいは特殊なスキルの発動起点。
無数の可能性が一瞬にして脳裏を過り、何はともあれ斥力で弾き返そうとしたその時、推川が駆け出した。
推川の動向にも注意を向けていた石楠花は即座にターゲットを変更し、彼女を攻撃しようとして、
「──あれ?」
攻撃が、出来なかった。
【マグネットスニペット】が発動寸前の状態で、止まっている。そこから先へ進めることができない。
その動揺の隙を突き、推川は一気に距離を詰めた。
「あ、ちょ、タイムタイムタイ──」
「<魔刃>!」
斬撃が連続で閃く。
第一回より大幅に強度を増したイベント用<護身結界>でも、ランク四の<魔刃>を浴びては長くは持たない。
三度目の斬撃を食らったところで石楠花の姿は消え去った。
「ふぅ、これにて解決だね」
「大人げねぇな」
「! 見てたのかい?」
声がしたのは下方。
ガシリと電車の屋根の縁を掴み一人の少年──不破勝鋼矢が這い上がって来る。
「見てたっつぅか聞いてただな。ちょうどさっきまでこの下の車両で戦ってたんだよ。……あの政治家のおっさんにもその先天スキルを使ったんだろ」
「ご明察。素晴らしい推理力だね」
「いや、そこまでじゃねぇと思うが……」
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〇先天スキル
【トゥルースゲート】 Rank4.25
効果:言動の真偽を判定する。
発言者を対象とし、指定した発言を真実にさせる。
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「真偽の判定じゃなく真実の強制。それが【トゥルースゲート】の第二の能力さ」
「そこまで話しちまって良かったのか?」
「九割方推理されてる以上。自分から真相を明かすのが犯人の華だよ」
「犯人側でいいのか……?」
不破勝の質問には答えず推川は袖下王飾への処置を語る。
「今回の問題をややこしくさせてたのは公権力に忖度をさせられる人物が相手だったって部分さ。そうじゃなければ証拠を集めて提出するだけで済んだんだけど。他の政治家に知らせれば対処してもらうのも手だけど、逆に癒着する可能性だってあったわけだし」
かと言って、と推川は言葉を繋ぐ。
「暴力はぼくのポリシーに反する。もちろん自衛だったり捕獲のために実力行使することはあるけど、制裁のために力を振るったらそれはもう探偵じゃぁない」
「だから妥協案を出したってことか」
「うん。袖下大臣には有言実行してもらうことにした」
それこそが推川が行なった袖下大臣への処置。
彼自身の放った美辞麗句を全意識を残したまま強制する、ともすれば懲役などよりも遥かに過酷な呪い。
料亭での一件から二週間が経過したが、この間の袖下の働きはまるで別人になったかのようであった。
ダンジョン関連の権限は弱まったが、横領も汚職もせず宣言通り身を粉にして働いている。
「恐ろしい能力だな……。でも効果時間の方はどうなんだ?」
「同ランクだと一呼吸くらいが精々だけど、ランク一相手なら時間経過での解除はまず無いね」
「……つくづくヤベェな」
そこでふと気づいたように不破勝は問う。
「そういや他の政治家はどうなったんだ? 洗脳? みたいなのをされてたんだろ」
「隷属化だね。それはもう解けてるよ。袖下大臣のスキルの効果は一日で切れるから」
「それなのに大臣は大臣のままなのか?」
「対応を決めかねてる、っていうのが実情だね。私の【トゥルースゲート】が発動してすぐに袖下大臣は自分の覚えている限りの悪事を総理達に白状したんだ。そこからの流れで袖下大臣に状態異常が掛かってることが露見してね。好都合だからってそのまま起用してるみたいだよ。まあダンジョン対策の最高責任者からは降格させられてたんだけど」
「じゃあ問題は粗方片付いたって訳か」
一つ頷いた推川は、半身になって<魔刃>を構える。
「さあ、そろそろ闘ろうか。正直君に勝てる気はしないが」
「あぁ……いや、いい。オレぁもうリタイアだ。残ってるのはオレら以外で……二人くらいか。健闘を祈ってるぜ」
「いいのかい?」
「オレが優勝しても意味ねぇし、それにバトルは充分楽しんだからな」
そう言って彼はスマホを取り出し棄権をクリックする。
「……はぁ。オレもそろそろ向き合わねぇとな……」
そんな言葉を残して不破勝の姿は消えたのだった。




