89 不破勝亜寿雅
俺には弟が居た。少し抜けているところはあったけど明るく、優しく、活発な自慢の弟だった。昔の話だ。
今はもう、ここでしか会えない。
「今年は遅れちまって悪いな」
共同墓地に並んだ石塔の内、最も新しい物の前に立つ。
弟、不破勝鋼矢の遺骨はここに収められていた。
鋼矢が死んだ時、俺達を産んだ女は遺体の火葬すら拒んだ。面倒だから、と。
それがあの女と話した最後の記憶だ。
それから少ししてアイツも死んだ。急病だったらしい。
毎日アルコールを浴びるように飲んでいたんだから当然と言えば当然。別に驚きも悲しみもなかった。
石塔の前で腰を下ろした俺は線香を供える……前に地面の雑草を抜いた。
この共同墓地は最低限の管理しかされておらず、大体いつも雑草が生えているのだ。
それらをゴミ袋に放り込みながら独り言をつぶやいていく。
「こないだ台風来たろ? その停電の対応で昨日までてんてこ舞いだったんだよ。参るよなぁ、全く」
命日に遅れた言い訳。最近の仕事のこと。私生活で起こったちょっとしたハプニング。
他愛もない話を続けていく。
「ふぅ、こんなもんか」
夏の日差しの下で雑草を抜き終え、大きく伸びをする。
そして荷物の中から線香を取り出し香炉へと供えた。
「…………」
目を閉じ、手を合わせる。
線香の独特の香りに包まれながら弟の冥福を祈り。そして目を開けて言った。
「……俺、今度プロポーズしたいと思ってるんだ」
彼女とは交際を始めてそろそろ二年になる。お互いのことはよく分かっているし、幾度か衝突することもあったけどそれでも一緒に居たいと、少なくとも俺は思っている。
そしてきっと彼女も。
こうして相手を信じること・信じられることが恋愛においては肝要なのだと、今の俺は思う。
「でも、俺は俺のことが信じられねぇ……」
かつては経済的にも、そして心情的にも誰かと付き合うなんて考えたこともなかった。
女性不信もあったし、夭逝した鋼矢への後ろめたさもあった。
何より俺は『円満な夫婦』というものを知らない。クラスメイトの親に会ったことはあっても、苦い感情が溢れるから極力意識しないようにして来た。
そんな俺に幸せな家庭を築けるだろうか。
彼女から三度目の告白を受けた際に断ち切ったはずのコンプレックスが、今更になって蘇っている。
「どうすりゃいいかな、ホントさ……」
返事はないと分かっていながらそれでも問いかける。
情けない兄だ。弟に縋るなんて。
昔は『弟のことは俺が守らなきゃならない』なんて意気込んでいたけど、鋼矢の存在こそがむしろ原動力になっていたと喪ってから気付かされた。
だからだろうか。こうして墓前に立つといつも弱音を吐いてしまう。
「、──」
「兄ちゃん、久しぶり」
また何かを言おうとして、後ろから聞こえた声に息を吞んだ。
弾かれたように振り返る。
「鋼、矢……?」
そんなはずない。理性が叫ぶ。
けれど親しさと悪戯っぽさを感じさせる笑顔も、ちょっと跳ねた癖っ毛も、記憶の中のままだった。
目を擦ってみてもその姿は消えはしない。
「あー、何つーか……あの世からちょっと旅行に来た……みてぇな?」
誤魔化すようにそう言って頬を掻く鋼矢。
「本物……なのか?」
「そうだぜ。つっても、長居するつもりはねぇけどな」
「一体何が……」
「あー、それについてはいくら兄ちゃんでもノーコメントだ。色々事情があってさ……」
それより! と快活に言い放つ。
「兄ちゃん、プロポーズするんだって?」
「!? き、聞いてたのかっ?」
「まーな」
けけけっ、と小生意気に笑う姿を見て、不意に目頭が熱を持った。
目の前に居るのは本当に──、
「兄ちゃんならいい家庭を作れるよ」
「……え?」
「悩んでるんだろ。昔っからヘーンなとこで足踏みすっからなぁ」
やれやれ、と首を振った。
「オレは幸せだったぜ、兄ちゃんの弟として育って。それを伝えたくてここに来たくらいだしな」
「何言って……俺が鋼矢にしてやれたことなんてほんの……」
「んな訳ねぇ。オレ自身が言ってんだから間違いねぇ。兄ちゃんは、いい兄貴だった。だから、いい夫になれるはずだぜ」
言い終えた鋼矢は俺に腕を翳す。
ふと体が軽くなったような感覚を覚えた。
「これは……?」
「加護……って言やぁいいのかな。〔祝福〕とは別の、〔司統概念〕による永続する状態変化だぜ。……あと数か月で世界は一変すっからさ。その時にきっと役に立つはずだ」
そうして用事は終えたとばかりに鋼矢は踵を返す。
俺は溜まらず呼び止める。
「待ってくれ! せっかく戻って来たんなら一緒に」
「言ったろ、長居はしねぇって。あんまり居ると別れが辛くなるし……それに、オレにはその気持ちだけで充分なんだよ。いや、定型句じゃなくて本心から」
だから、と一層穏やかな声音で言った。
「兄ちゃんは新しく家族になる人のことを一番に想っててくれ。オレはオレで今、幸せだからさ」
そうして背を向けたまま鋼矢は片手を上げる。
「じゃあな兄貴! 達者でな!」
「……あぁ」
鋼矢の体がまるで稲妻みたいに光ったかと思うと、次の瞬間にはそこから居なくなっていた。
まるで白昼夢になったかのような体験。
けれど確かに、弟から受け取った言葉は俺の胸を癒していた。
「……よし。俺も気張らないとな」
こうして俺、不破勝亜寿雅は彼女へとプロポーズをする決心を着けた。
◆ ◆ ◆
不破勝鋼矢は共同墓地を出たその足──雷化で移動しているので足は無いが──で三葛の拠点を訪問した。
「やあ鋼矢君。何用かな? イベントは丁度終わったところだけど」
「単刀直入に言うぜ。オレの〔司統概念〕は〔雷-大地-天瓊戈〕だ」
「ッ!?」
三葛が目を剥く。
〔神〕たる彼には己の〔司統概念〕を他の〔神〕に明かすことの持つ意味が理解できていた。
「いいのかい? もし、この先僕と戦うってなったら情報戦で不利に立たせられるけど」
「構わねぇ。イレは、もっと他者を信じてみるって決めたからな」
「それは妄信じゃないかな?」
「かもな。でも、オレだって適当に決めた訳じゃねぇ。三葛さんのこれまでの活動を見て、その上で信頼に足るって思ったんだ。数年後の虚ろの王討伐に本格的に協力してもらいてぇってな。」
「なるほど。これからはより綿密な協力体制を敷こうってことか」
三葛が何度か頷く。
そして快諾した。常に鋼矢の監視を行なっていた彼は、先の亜寿雅との会話を見て信用して良いと判じたのだ。
「いいね。乗ったよ、そのプラン。僕の〔司統概念〕は〔録-電脳-原始式〕。一緒にこの〔星界〕を守ろうか」
こうして二柱の〔神〕はより強固な連携を取ることになったのだった。




