《 澤田 礼人》
「礼人…、お前そんなん見てて面白いか?」
俺のデスクにあったプログラミング言語の本だ。
まあ、止めないんだけどな?
別に悪いことでもなんでもないし
だが8歳の子供がそのチョイスってどうよ…。
「規則性があって面白い」
………āryaの調整に連れていきすぎたか…?
だがまあ、
「面白いんなら良いわ」
何となく面白くて、俺は礼人の頭を撫でまたデスクに向き直った。
こいつは澤田 礼人
尚久よろしく、戦災の日に俺が拾った子供だ。
…というか、深耶の子供だ。
だから一条 礼人何だと思ってたが、どうやらアイツは婿入りしたらしく、澤田。
まあ、一条って優真と被ってたしな。
『あ…今日は来てくれてありがとう。
秀路くん。』
葬式に出たり、改めて優真の家に行ったりしたが…深耶の一族は全員亡くなったらしい。
両親も祖父母も元々亡くなってたし、嫁さんも、兄弟家族も、その時に皆。
俺が察していたのに、自分本意の、家族を確実に守りたいと言う理由がために、アイツらは全員死んだ。
深耶も、莉泰も沙癒さんも、輝も。
あの一族は間違いなく、俺のせいで死んだ。
俺が故意に、助けなかったから。
助けられたはずなのに、そうしなかったから、死んだ。
…そして、このちびっこは生き残った。
『……ぅっ……ぅぁぁぁぁぁぁあ!!!!』
炎と瓦礫のなかを泣き叫びながら歩いてたんだ。
…よっぽど辛いものを見たんだろう。辛い体験をしたんだろう。
優真は引き取ると言っていたが、こいつの頑なな希望で、後見人は俺。
最初の頃はうちに居たが、今は殆ど独り暮らし。
こうして研究所にやって来るだけだ。
「あ…、優ちゃんだ。」
いつの間にか礼人が付けていたテレビにはドラマの再放送がやってた。
それに映ってたのは優真だ。
元々、子役とかやってるのは知ってたが、今は人気俳優だそうだ。
我らが元秘密結社の広告塔とも共演してる。
若くして結婚したとかでやっちまったなーと言われてたが、普通に今でもラブラブで子供もすくすく成長中。
賢治郎のとこの子供は…賢だったか、安直だよなー?
「ゆーしろ………」
そんで優真んとこが、結士郎だ。
結士郎は母親似なのか、生真面目で世話焼きで、あと優しくて、あと顔が良いな。
「最近来ない…………」
んー?って、お…おお、いつの間にか落ち込んでるな…?
こいつはムニョンと少しだけ似てる。
静かに泣くんだ。
だがムニョンと違って笑いもせん。
「遊びに行くか」
だからじゃないが…、放っておけない。
「…うん……!」
まさかこんな事ですら、後悔する日が来るとは思わなかった。
「な…?!
っ、誰だお前!」
礼人を送り届け、研究所へ戻った俺はすぐさま護身用のGEMを構えた。
「ふふっ…」
子供の不気味な声が聞こえたと思った途端、
「カレン、上!」
エーデルの声に、俺は咄嗟にGEMから作った剣を上へ構えた。
カンッ
そして次の瞬間、剣に重い衝撃が襲い掛かってきた。
突然の衝撃…ってか、そもそも戦闘なんざしたことない俺が支えきれるはずもなく、やむ無く横に流した。
本当なら押し返せれば体勢も崩せそうなもんだが…。
いや、俺が勝てるはずもない。
時間を稼いで紫の剣とか…誰でも良いから人が来るのを待たないと。
「おい、お前何者だ!」
フードを目深に被っているが、身長から見てどう見ても子供…。
てか下手したら女の子…?
「私は悪魔教会…アリエス。
光の子、貰いにきたの」
そう、なまったるい声で良いながら、アリエスはニヤァと笑い首をかしげた。
「逃げろ、秀路!」
エーデルの声に、俺はアリエスを睨み付けたまま怒鳴り返した。
「逃げれんだろうが!」
ここにはお前も、それに坊も…、アキレアもデイジーだって居るんだ!
ふと気がついて、俺は一瞬頭を回転させ、後ろに居るだろうエーデルへ叫んだ。
「おいエーデル、お前注意を怠ったな?
その注意は今も散漫か?!」
エーデルはほんの一瞬だけ戸惑ったような間をおいて
「いいや!
今は僕のすぐそばにあるとも!」
切羽詰まったように言った。
…そうか、ジニアはお前のすぐ側に居るんだな。
アリエスが気づいているのか、仲間がいた場合、とか解らないことだらけだ。
とりあえず…。
くっそ…どうやってこいつを引き離すか……
「ふふっ」
また笑いながらアリエスが斬りかかってきやがった!
俺はまた防ぎきれず剣を斜めに…。
「わっ…」
勢い余って、そのまま斬りかかってしまった。
いや敵なんだからそれで良いのか?
いやいや、相手はどう考えても子供…ってかその勢いを殺す腕力もねぇわ!!
「?!」
普通に避けてくれちゃったが…、ちょうどフードが取れ…た……な…?
そのフードが取れて、顔が見えた。
別に驚くこともないだろう。
察した通りの女の子だ。多分中学生くらい…そう、まさに、ジニアと同じくらいの…。
「文…代…………」
疑問を感じるまでもなかった。
そうだ、あの不気味な笑い方も、やけに高い身体能力も、俺は知っていた。
本当は察していた。
その声を聞いたときから…、もしかしたら、ジニアしか居ないことを知った7年前のあのときから。
俺は知っている。
そうしてお前は、焦る素振りも見せず、またあの見慣れた顔で笑うんだ。
こう言うんだろう?
「あら、バレちゃいましたか。
感動の再会と行きましょう?
秀路にぃ!」
俺は悲しさのあまり、見慣れたその笑顔を憎たらしく睨み付けた。
こいつの時間は、あの日から止まったまんま。
こいつは皮肉でもなんでもなく、ただ純粋に純朴に、目の前の事に生きているだけだ。
「解ってるわ。ええ、解ってる。
私、オカシインデショ?
でモネ私思うの。
もぉっとオカシイのハ、双子の私だけ死んで、お前だけ生きてるこの世界よ。
法よ、神よ、理よ」
そう首をかしげ笑いながら見たのは、俺ではなく、俺の背後にいる…
かつてお前が愛したはずの双子の弟だった。
そしてまたその目で、初めから解っていたように神殿を見つめる。
「死にかけさえこうして延命されて…」
「ええ、それに姉さんも。
…あら?」
文代はまさに二人の居る奥の部屋を見つめ、そして笑った。
「お父さん……?
誰、その人……」
奥の部屋から…誰か、いや、それも解っていた。お前は音に目覚めて出てくるんだ。
不安そうに大きな目を揺らがせ、壁を伝いながら、そのか細い足で歩く、愛しい姿があった。
「やめろ…、やめてくれ!
戻れ文仍出てくるな!!」
「まあ!何だか増えたのね?
おめでとう!!」
文代は満面の笑みを浮かべ、同じ名を持つ俺たちの娘を見つめ、俺たちの幸福を心から称えた。
俺たちの幸福を可笑しいと言ったその口で。
その娘に与えた名前こそが、お前を諦めた何よりの証拠なのに…
すると、次の瞬間にはプッ…と吹き出し
「アハハハハハッ!!
オカシイ!本当に可笑しいわ!
ねぇ秀路見てよ私を…
五体満足よ!古傷はあるけど、もう癒えたの。」
そう笑い、自分の手足の袖をまくった文代の体は、確かに五体満足だったが…とても痛々しい火傷や何かの切り傷だらけだった。
「ねぇ、ムニョンと私って
私と文緒って!…何がそんなに違ったのかしら?
神様って残酷よね。
助け船を出しておいて女だけ捨てるんだわ。」
文代の言いたいことは、解った。
自分達を、アリエス…おひつじ座のギリシャ神話、その双子に準えているのだ。
双子の兄だけ羊に連れられ、妹は泉に落ちて死んだ。
確かに、お前とジニアに…本当に大した差はない。
多少の性格の違いや性別が違っただけ。
生まれた家も、育ってきた環境も、生まれた時間も、殆ど同じだ。
「そりゃ私も悪に落ちるわ!
傑作ね!ねぇ、秀路、おもしろいでしょ?
あはっ…」
俺はそう笑う文代から、目をそらすことさえ出来ない。
耳を塞ぐことも、此処から立ち去ることも、出来ない。
誰に許される許されないでもなく、単に、俺が出来ない。
「なんか私が滑ったみたいじゃない。恥ずかしいわ。」
そう言ってから、文代は頬を赤らめ本当に恥ずかしそうに顔を隠した。
もしジニアが聞いているのなら、すぐに飛び出してきそうなものだ。
単に気を失ってるのか…、エーデルから離れられない事情があるのか、エーデルが出ないようにしてるのか、恐怖に戦いてるのか。
「あー、何か飽きちゃったわ。
秀路も誰か呼んだみたいだし…」
アリアスは心底飽きたように溜め息を吐いて、剣を腰に戻した。
GEMでもなく普通に武器かよ…。
「言うまでもないけど、松尾都 文代はもう何年も前に死んだのよ?
私は強者、あんたらは弱者。それだけ。
あ、それじゃあね、文仍ちゃん。
貴方に、何よりの幸福が降り注がんことを。」
そう少しだけ楽しそうに笑い、優雅に文仍に頭を下げた文代は、踵を返して歩き出し、
そしてふと足を止めた。
「あら、私のせいね。
千葉 尚久。エーデルワイス。
2020年。33歳。さようなら。」
そう穏やかに良いながら、文代は腕辺りから隠していたらしい刀を取って…、自分の足を傷つけた。
そして血を流しながら何事もなかったように、また歩き出し、悠々と去っていった…。
文代が階段に踏み出したと同時に、俺は後ろのエーデルへ走る。
「尚久…、尚久ぁっ!!」
機材の影で泣き叫ぶジニアに、俺は初めてエーデルの傷の深さを知った。
察するまでもない。
ジニアを庇ったんだろう、胸に大きな切り傷があった。
「くそっ」
ここまで大きな傷の処置の方法なんて知らないし、神殿もこいつが入るサイズなんて用意してない。
そもそも一個しか…。
いや、妖が人の体を作り替えられるなら…アニマで人の体を復元することも可能な…はず……だが、俺にはそもそもアニマなんてないし、ジニアは自分のアニマを認知すらしてない。
そりゃそうだ。
俺達がそう言うものから遠ざけてきたんだから。
こいつらにとっては力を使うこと、それそのものが自殺行為。
「尚久…、なぁ、尚久!!」
だから俺は口が裂けても言ってはならん。
お前には、尚久を救う“力”だけはあると。
するとデイジーが俺達と向かい合ってエーデルの横に座り、額から目にかけてを、ゆっくり撫でた。
「おやすみ、エーデルワイス。
あなたの優しさも、勇敢な勇気も私の大切な想い出。」
すると苦痛に歪んでいたエーデルの顔が穏やかになり、その目は閉じた。
ああ、そう。その通り。
人が死ぬときはいつだって、唐突で突然で、遺す言葉なんて有りもしないんだ。
ほら…もう、こいつが息をすることを……止めた。
「尚久……?
何で!尚久ぁっ…」
ジニアは顔を血で濡らしながら、冷めていくエーデルにすがり付いていた。
見殺しにした。助けなかった。救えなかった。殺した。
同じことだろう。
ムニョンの両親を、妹を、二人の心を殺した。
深耶の一族を皆殺しにした。
尚久を、尚久の愛したジニアの心をもう一度、殺した。
俺の罪は三つになった。




