《 多喜本 文仍》
「カレンデュラ、ここはどうすんの」
エーデルワイスが死んで、神殿の管理人の後任がジニアに決まった。
そもそも神殿を作ったのは俺なので、自分の研究の合間にジニアに教えている。
「ああ、そこはな…」
とはいえ、もうすぐ坊は人の家に貰われていくんだが…。
エーデルワイスが死んだ、紫の失点で坊をより安全な場所へ移動させることが決定した。
飽くまで極秘に、世界で一番安全で世界で一番危険な場所へ。
それもそうだが、デイジーがエーデルワイスに触れたあのとき、何か力を使ったらしく、あれ以来の三年間、デイジーの状況が非常に悪い。
まあ、それでも今日も変わらず学校へ行けるくらいにはしているが…。
「無理しないでね?」
だがその反面なのか、アキレアは起きて日常生活を行えるまで回復した。
動く方が気が楽と言うので、今は少し研究を手伝ってもらっている。
…二人を見ていて察したが恐らくアキレアとデイジーが一緒に居るのは…二人の体によくないんだろう。
互いの器が反応しあってか、力が大きくなるんだろう。
いや、これは根源の方か…。
とはいえ微々たる影響のはず、だ…。家族バラバラで過ごすのは、単純に嫌だ。
「無理もする。
だが死なん程度にな。」
そうアキレアの頬にキスをして、俺はまたデスクに向き直った。
ジニアが少しだけ笑って、今は誰もいない奥の部屋を見る。
「文仍が生まれて8年か…。」
延命…という形では間違いなく成功している。
本来であれば二人とも、生んだ時点で、生まれた時点で死亡する筈だったんだから。
だが完全なる治療は…正直、ああもう正直に言おう。
「ムニョン。
お前も、文仍も、長生きはできない。」
例え能力を一切使わなくとも、二人の命を寿命まで長らえることは到底不可能だ。
少なくとも、普通のやり方では。
「私はどちらでも良いわ。
だから文仍は」
アキレアの言葉に俺は彼女を見つめた
「それは俺への脅迫か」
アキレアの言うその言葉の意味を、俺の持つ意味を、アキレアは解っていない。
「望みよ」
「…同義だ」
溜め息混じりに、俺はまたデスクに向かう。
その日、いつか来ると思っていたその日が来た。
後に言う歩ヶ丘強襲と言う奴で、指定されていた場所以外で突然行われた戦災だ。
最初は普通に戦っていたらしいが、別の悪魔が来たとか、宗教団体がどうのとか、上級悪魔とか、訳の解らん事になったらしい。
それでその訳の解らん事に巻き込まれた市民や隊員の一人。
「文仍……」
強襲は6時過ぎに起こった。
何時もなら帰っている時間だったのに…なのにその日に限って友達と遊びに出ていた。
そして案の定、その友達を庇って力を使ってしまった。
その友達があの強襲のなか、研究所まで連れてきてくれた。
「どうしよう…僕たち…!」
文仍の応急処置をし部屋を出ると、その友達二人が出てきた。
文仍の話にもよく出ていた、天都 キリくんと、南城 迅也くんだ。
文仍は、ムニョンに似て、男勝りなところがあるな……。
「文仍は平気だ。
今、外は危ないから、しばらく此所に居なさい。
家族が心配なら入れても良いから」
俺はそう言って二人の頭を撫で、機材の奥へ二人を避けるように進んだ。
勘弁してくれ。
ただでさえ危険な状態だったのに、能力を使っただと?
お前は力なんて使えるほどの太い管はないはずだろ?
何だって…。
まさか管を壊したのか…?
くっそ。
何で俺の子が犠牲になって他人の子がピンピンしてんだよ!
くそったれ…。
これじゃあ、文仍の魂が3日も……持たない…。
そうなったらもう、文仍は死んだのと同義。
ふと自分に重なった影に、俺は堪えきれず涙を流した。
「ごめん、ムニョン…俺には………」
ムニョンは黙って俺を抱き締め、穏やかに撫でた。
俺には、何も救えない…。
こんな頭なんかあったところで、これはどっかの知らんやつを助けるばっかりで、家族を誰も救えん!
幸せにすると誓った愛する人も、守り抜くと決めた大切な我が子も、誰も救えん…。
ただ悪戯に時間を過ごすだけで、俺には、なんにも……。
その3日後、文仍は死んだ。
眠るようにふっ…と息を止め、何時間待っても、何をどうしても、二度と動くことはなかった。
「お父さん、お母さん
私幸せだったよ、ありがとう」
そう…言葉を遺して、笑みを遺して、温もりを遺して、体を遺して。
死んだんだよ。
もう二度と目覚めない。もう二度と触れ合えない。温もりを持たない。
夢にまで見た文仍の将来を見ることは叶わない。
学校を卒業することも、就職することも、誰かと愛し合うことも、子を成すことも、この子には、もう何にもない。
未来がない。
なんにも…
「カレンデュラ。
研究を続けましょう。」
確固たる目で文英がそう言い出した。
「文仍は居ないのにか…」
そんな研究をしたところで、死んだ人間が蘇ることだけは絶対にないし、生きている人間が死ぬこともない。
例えタイムマシーンを作って過去を変えても、文仍が生き残って、あの二人が死ぬことはない。
それはここの世界じゃなく、別のセカイだから…。
「そうよ。」
顔をあげてアキレアを見ると、手にはノートがあった。
子供の字でにっきとかいてある。
…多分、文仍のものだ。
それも、過去の遺物だ。
「痛い。酷い。辛い。悲しい。苦しい。生きたくない。生まれなければ良かった。許さない。」
そう淡々と言って、アキレアは俺にノートを見せ付けた。
それには拙い字で、酷く濃い筆跡で、…研究をする俺への恨み辛みが書いてあった。
知っている。
その体に、あんな大きな器があれば、あんな小さい管では息をするだけで苦痛を感じるだろう。
その痛みを、今俺が見た。
「だからなんだ。」
「知ってたよ、それでも俺が無理矢理、生かしたんだ。
俺が一緒に居たかったから。
ハッ…何が幸せだった、だ。
そんなわけない。暗い研究所で生まれ、ずっと実験台にされて…幸せなわけがない。」
そしてまた母親が口を開く。
「楽しい。嬉しい。美味しい。不味い。心地いい。また明日。今日も生きてる。愛してる。」
ああ、そうだ。
文仍は俺達の前で弱音を吐いたことは、1度もない。
いつも笑って、そんな言葉ばかり言っていた。
夜、ほんの一瞬目覚めるとき、そしてまた眠るとき、初めて外に出たとき、一人で外出をしたとき、学校から帰ってきたとき。
いつも文仍は笑っていた
「だからなんだ。」
だから、なんだって言うんだ?
結局今は変わらない。
文仍は死んだ。天使みたいに生きて、そのまま死んだ。
「あの子は嘘はなんて吐いてないわ。
弱音はきっとあった。辛いことも痛いことも悩んでることも。
それでも確かに、私達の前で笑ったのも本当でしょう?
あの子が言うのなら、本当に幸せだったのよ。確かに。」
渡された日記には、俺の、世界の、母親への、人類への、学校への、友人への、何もかもへの恨み言が書いてあった。
だがそれと同じように、日々生きることの楽しさ。
今日も目覚めたことへの安堵、愛しさ。
眠ることの楽しさ、二度寝の背徳感。
美味しいもの、美味しくないもの。美味しくないものへのフォロー。
この世界の美しさが書いてあった。
「無駄じゃないわ。」
綺麗事だ。
お前の言葉も、この日記も、何もかもが、ただの綺麗事だ。
結局俺は、文仍を生かしきれなかったのに…。
涙が溢れて、堪らなかった。
この涙がどんな意味を持っているのか解らない。
ただただ俺は泣き続けた。
無駄じゃない。無駄じゃない。
俺のしたことはきっと、無駄じゃない。
綺麗事だけのこんな言葉も、きっと、何もかも無駄じゃない。
この世界の一部になって、世界を美しくしているはずだ。
綺麗事があるから、世界はきっと美しい。
「わかった、続けよう。」
そう思い込みでもしないと、とても生きられなかった。
「ありがとう、愛してる。」
私、最低だわ。
彼に…世界で一番愛してるなんて神に誓った彼に、何よりも酷なことをさせようとしてる。
あの日、能力を初めて歌った日から、私は少しだけ未来が見れるようになった。
任意に見れるわけでも、明確に見れるわけでもなく、断片的に、スロに歌を止められる…その一瞬先で、少しだけ“何か”に触れるの。その事実に。記録に。
私、知ってたわ。
この世界のこと、誰かの誕生も何かの誕生も、エーデルの死も、文仍の死も、私の死も、貴方の…ことも。
そう…と、しなければ、みんな死なない。少なくとも、私や、貴方は。
それでもそう進もうとするのは、たった一人の“誰か”を救えるから。
いいえ、それは言い訳。
何よりも…それが、“この世界にとって最良”だから。
貴方がこの世界にもたらす数多のものは、紛れもなく、世界の最良に不可欠だから。
故に、私は………。
私は
神の如き傲りと、謀りと、怒りを持って、このレールを進ませる。
私は、世界のため…ただそれだけの為に、愛する貴方達を殺す。




