『絡まれ囚われ』
「あれ、愛本は?」
鳴ったベルにちょっと重い扉を開けると、何故か目の前に澤田さんが居た。
「こんな夜更けに何の用よ、変態!!」
夜更けに女の子の部屋に来るなんて…、いかがわしい!
「叫ぶな!やめてくれ!
あ、いや、お前こそなんで居る?
個室が与えられてるはずだが」
話すことなんてない!と扉を閉めようとすると、後ろから影が重なる。
「伊菜褒さんが遊びに来てくれただけだよ。
それで、どうしたの?」
お風呂上がりの陽灯ちゃんが出てきてしまった。
こんな変態と鉢合わせしてしまうなんて!
「ね、ねぇ、陽灯ちゃん
伊菜褒、もう眠たいなぁ…?」
陽灯ちゃんの腕を引っ張って必死に阻止を試みる。
こんな信用のおけない男と、誰よりも優しい陽灯ちゃんをほんの少しでも一緒にいさせたくない。
「ははーん。
一人で寝るのは怖いって~?」
澤田さんがまた、自然な流れで私の頭を撫でようとした。
けど、私はそれをギロリと睨み付け、逃げるように部屋の奥にある陽灯さんのベッドに飛び込んだ。
「…オレ、地雷踏んだ?」
ちょっとだけ不安そうな顔をする礼人に、私は微笑みを浮かべた。
なるべく音を立てないように扉を閉め、廊下の向こうにある椅子へ座る。
「大丈夫だよ。
言葉がどうとか、礼人どうって訳じゃないから」
私と綾雅以外なら誰が何を言っても多分同じ。
今の伊菜褒さんはハリネズミ状態だから、そういうものと諦めるしかないと思う。
これは必然。
他国のアンゲルスに来て、ましてトップのバーネットさんに…
心の読めるバーネットさんに会ったから。
「まあ、誰だって心なんか読まれたくないか」
そう礼人は私の心を読んで呟いた。
「オレも正直、読まれないようにすることに精一杯だった。
そういえば心結も読めると言えば読めるか…。
アイツらの不仲はそのせいか…?」
あー、心結さんは意図の糸が見える特殊能力なんだっけ?
そうだなぁ。
時と場合によっては困ることもあるのかも。
「でも普通に戦えてるんでしょ?」
不仲と言っても、命令に従わなかったり…、先走ってしまったり…、不用意に建物壊したり…、私もろとも敵を倒そうとしたりはしないんでしょ…?!!
「あ、うん。
…そうだな、今日もあの後、普通に戦ったし…
……いやでも、もっと出来そうな感じはするがな。」
私の心の声が聞こえておきながら聞き流したわね。
あの後の、っていうのは知らないけど多分口喧嘩レベルのことだろう、たぶん。
それにしても、もっと出来そうな感じ…、ね。
的を射てるかも。
「あの子のお父さんがちょっと変わっててね。
それに樹グループの跡取りで、アンゲルスとかも関わってるから…。
重荷が多いんですの。」
私の何倍も、正統者ではないぶん、もしかしたら帆凪様達より難しい立場かもしれない。
「…アンゲルスは何となく察しが付いたが…
他に二つもあったか。
樹グループ…は、聞いたことあるが…。
その父親って」
私はちょっと驚いた。
アンゲルスのことを察していたなんて。よく見てるのね。
ちょっとだけ、安心した。
「うーん。凄く変わってる。好い人なんだけどね?
人間っぽくないって言うか…
あ、神夜さんに似てる!」
雰囲気とかすんごい似てる!考え方とか?
二人とも正統者達とはまた違う雰囲気がある。
けど神夜さんより、うーん…、諦め?
いや、諦めとも違うかな。
期待してないって感じかな。
「ふーん…。
冷たい父親ってことか」
「いやー、ははっ」
思わず遠い目になってしまった。
もしただの、他人に無関心な人…だったら、アドバイスのしようもあるんだけど…。
「ん?」
「あ、それで何か用事があったんじゃないの?」
説明するのが難しいのでさっさと誤魔化してしまう。
普通に用件があるなら気になるし。
「あー、いや、単に大きい風呂があるぞって…」
そういえばイーサンにも誘われたな…。
多分、特に用はなくて、私の様子を見に来てくれたんだろう。
でも私はもうお風呂に入っちゃったから、口実もなくなったね。
それに
「私、温泉とかには行かないんだ。
寮でもいつもシャワーだから。
だけど教えてくれてありがと!
あとで伊菜褒さんにも言っておくね。」
そう微笑みを浮かべ椅子から立ち上がる。
「シャワー主義的な?」
同じように椅子から立ち上がった礼人が、いつも通りに私を見下ろす。
「ううん。温泉事態は好きだよ。
でも、人と一緒に入るのが苦手でさ」
そして私もいつも通りに礼人を見上げて笑みを浮かべる。
『人間が、嫌いだからか?』
ふと、聞こえた声。
私はその聞き慣れた声から、そっと目を反らす。
決して、何があろうと、彼と真の意味で逢えることは、もう2度とないのだと、あの夜の日から解っていたから。
「…喧嘩なら買います。」
チャイムの音に扉を開けると、火砕 綾雅が居たので、とりあえずそう言った。
いつも通り糸が多すぎて気持ち悪い彼のことだろうから、また人絡みなんだろう。
「開口一番それはガラ悪すぎないか…?」
それが別に喧嘩でないことは解っているけれど。
「どうせ伊菜褒絡みだろうと。」
この人から垂れる、または垂らされている糸のうち伊菜褒からの糸と、伊菜褒への糸が見える。
この人の伊菜褒への感情は、親愛、慈しみ、友愛。
そういう…庇護に近い愛情。
「よく解ったな。
俺と伊菜褒に繋がりなんかないのに。」
不思議そうな顔をする綾雅さんに、私も一瞬は?となったけど、すぐに納得した。
私の特殊能力は誰でも知っているわけではないのね。
「私の特殊能力です。
注意を向けたものへの糸が見えるんですよ。」
って、言えば良いんだったわよね。
執着ではなく、単なる注意。
…いえ、別に聞かれたのなら隠す気もないのだけれど。
「へぇ!
俺の糸ってどこに向かってるんだ?」
…自分の注意がどこへ向かってるか…、なんてそんなこと聞く人も居るのね。
普通逆でしょ。
「さぁ…、多すぎて解りませんよ。
隊員とか友達とか…、あとその太いのは兄妹ですかね?家族?
…家族、なんでしょうか?」
一際太い…いっそ縄のような、その糸は誰へ向かっているのだろう。
…いやそれも違う。
向ける糸と向けられている糸が絡まってるんだ。
そのせいでただでさえ太い糸が縄みたいになってる。
家族のもの、家族のようなもの、家族には見えないもの、殊勝なもの。
それが…7本ある。
そうでなくとも太い糸が絡まりあってるし…。
いっそ憐れなほど縁に絡まれてる。
ここまであると、躓いたとき転けずには済むかもしれないけど、そのまま首でも絞められそうね。
「家族だよ。」
綾雅さんはそう断言した。
少しだけ強い口調で。
「そうですか」
何か事情があるんだろうけど、私には関係ない。
「いや、悪い。
行方不明なんだ…姉、が。」
さすがに衝撃的だった。
行方不明ってことは…亡くなったのに遺体が見つからないってことが大半だから。
「そう…でしたか。」
あれ…、でも違う。
糸は空へは向かってないし、それにその糸は一方的なものじゃない。
「探すために、アンゲルスに?」
綾雅さんの糸が空へ行ってないってことは、綾雅さんは諦めてない。
一方的なものじゃないってことは、それは無駄な努力じゃない。
「ああ。」
確固たる瞳で、綾雅さんは言った。
「だが今はまだ行けない。
強さがあっても、華綾は守れない。
強さじゃない…、その何かを…師匠から学ばないと…。
でないと、俺に華綾を迎えに行く資格は…ない。」
資格って…何だかキョーハクカンネンが強い人ね。
強さじゃない…。
まあ、行方不明になった人を探すのに強さがあっても無意味よね。
捜索スキルとか、説得スキルですかね?知らないですけど。
あとは
「人間性とかですかね」
愛本さんは誰よりも人間らく見える。“人間が出来てる”ように見える。
そして、私には誰よりも異常に見える。
綾雅さん以上ではないけれど…、同等ほどの糸。
見たことのない程濃い、執着の糸。それはまるで…血のような。
そして何より、まとわりつく、たくさんの糸。
伸びてるんじゃない。
まとわりついてる。
延々とまとわりつき、時に締め付ける、十数本の糸。
その首を締め付けている。




