『強欲だった者の子』
バーネットさんは話してくれた。
悪魔が生まれる仕組みを。
他愛もない、私にとってある程度予想していた話。
きっと悪魔を絶対的な悪と思う人にとっては戦慄を覚えるだろう話。
私が驚かなかったのは、悪魔を可哀想と思って、イケシジノキアクに会ってたから。
だから、救うことは正しいことに違いなかった。
うん。なら救おう。
そして今貰った知識は軽い気持ちで忘れよう。
帆凪様の言う通り、私が知らなくとも良いことだったから。
3日。それが今回の任務期間。
任務内容は海外視察だから、特に何か成す必要はないらしいわ。
…そのはずだったのに
「愛本さんのこと一人にして平気なんですか?」
ちょっと責めるような口調になってしまって少し後悔する。
けれど相手は、いつも通りそれに不快感を示すことはなく
「アイツは変なところで頑固だからな…。
それに、バーネットさんは傷一つ付けないと確かに誓った。
心配しなくとも平気だ。」
そういって澤田さんは私の頭を撫でた…、けれどそれを素直には受け取れない。
その誓いがあったとしても…、陽灯ちゃんが傷付いてからじゃ遅いのに。
確かに、その誓いがあれば有事のときもジリアンさんを一方的に責められる。
けどそんなことをしたって、陽灯ちゃんが傷付いた事実は変わらない。
「そうですか」
でもそんなの、この人には関係のないこと。
所詮この人と陽灯ちゃんは他人。
私達の関係者でも何でもないんだから。
すると前を歩いていた綾雅くんが足を緩めて私に並ぶ。
「バーネットさんは悪い奴じゃない。
俺の母さんの友達だ。」
そう小声で言いながら、私の頭を撫でてくれた。
綾雅くんがそう言うのなら…愛雅さんが信用している人なら…、私もそんなに疑わなくて良いかもしれない。
ところで、どうしてみんな、やたらと私の頭を撫でるのかしら。嬉しいけど。
「…お前ら仲良かったか?」
澤田さんの言葉に、私は眉を潜めた。
それは綾雅くんのこと?それとも陽灯ちゃんのこと?
どちらでも一緒か。
正統者という存在そのものを知らないからこそ、澤田さんは疑問を持ったんだろうから。
…いや、例え知っていたとしても。
私は正統者じゃないから、解らなくとも当然…。
「良いですよ。とても。」
そう言うと、また綾雅くんに撫でられる。さっきより激しめに。
シスブラコンは言わずと知れた綾雅くんの通り名だけど、単に身内と他人の温度差が激しいだけよね。
それともロリショタコン…?
大丈夫。安心して、それでも大好きだから、綾雅くん。
「幼馴染み、ですから。
私は帆凪さんの友達の友達の娘です。
解りますか?」
一般人のなかで初めて正統者達に協力をした樹家の一人娘。
それが私、樹 伊菜褒。
年齢こそ小学生だけれど、私には他の一般人よりずっと責任がある。
パパやママ。
愛雅お姉ちゃんや、志野さんや志保さんに、恥をかかせないためにも…。
私は目の前の澤田さんより、陽灯ちゃんより、綾雅くんより、この世の生きとし生ける全ての人類より、ずっと、ずうっと…ちゃんとしてなくちゃいけない。
そう、毎朝毎朝自分自身に言い聞かせてる。
だってそうじゃなきゃ、何の力もない私が、あんなに立派なママと……パパと、
同じ土俵に立てる筈もない。
「ああ…解ったよ。」
本当に、この人は解ってるのかな?
この人は何と言うか…、とても胡散臭いから。
何で陽灯ちゃんの側に居るのかしら…、それも私達よりも近い距離に…。
というか、此処に居る一般人は誰も信用できない。
家の事情もないのに、わざわざ進んで命を懸けるなんて…。
狂人の所業としか思えない。
「彼女の事なら心配無用だよ。
あそこの悪魔は厳重に管理されているから。」
アリスという、他国のアンゲルス隊長はそう言った。
…そりゃあ、もっともね。
あんな状態の下級悪魔に、陽灯ちゃんがどうこうされる筈ない。
ただ、他国に一人って言うのが…ちょっと恐ろしかっただけ。
「それより君達、この国でさえ悪魔の討伐をするって本気かい?」
それに関しては私も正気を疑うわ。
主に澤田さんとイーサンが望んでるみたい。
自国でも戦うのも正気を疑うのに、他国ですら悪魔と戦うなんて…、まるで戦闘狂い。
綾雅くんも嫌そうでないのは置いておいて。
「ああ、もちろんだ。」
本気なのね……。
うーん、みんなそれぞれ興味があるみたいだし…、諦めるしかなさそう。
「止めたきゃ帰ってれば?」
「…え?」
気付けば同じ班の心結さんが、私のことを見つめていた。
「戦う気がないなら居ても邪魔なだけ。
覚悟もないお子様は帰ってれば?」
カチンと、来た。
お兄様がアンゲルス隊員だか知らないけど、貴方は結局一般人。
「覚悟?
どっちがよ。」
お兄様に付いてきただけの貴方こそ、でかい顔なんて出来る立場じゃない。
実力もない口だけの子供なんて…、そんなのまるで!
「私はアンタじゃない。」
「っ…!」
睨み付けたときには、すでに何処かへ行っていた。
「なんだ、また喧嘩か?
おい、心結…!」
嫌いだ。あの子が凄く嫌いだ!
いつもいつも私の心を勝手暴いていく。
ママやパパにでさえ隠してきた私の大切な心を土足で踏み抜く。
何が特殊能力よ。
あんなもの、ただの呪いだわ!
ふと私に少し大きな影が重なろうとした
「伊菜褒、一体何が」
その影が私の頭へ不躾に来る
「触らないで!」
私はその手を弾き、澤田さんを睨み付けた。
どうせ、どうせ、貴方も思ってるんでしょ。
あの子みたいに、家に来る人達みたいに、一般人みたいに…、何よりパパみたいに!
私のこと、何の力もない一般人だって!
『おはよう、伊菜褒。
僕の子と思えない非力で無力な、かわいの子。』
初めて目を開けたとき、後に父と知る人物は私にそう言った。
そのときは言語なんて知らなかったけど、後になってその言葉の意味を知った。
後になって、その言葉の意味をたくさん考えた。
『ううん。
その子は確かに貴方の子供だよ』
側で、すぐそばで後に母と知る人物がそう言っていた。
まだ首がうまく動かせなかったから、顔は見えなかったけど。
すると何故か唐突にベッドの上に下ろされた。
さっきも言った通り、首が動かせないから、私はただただ天井を見上げた。
『ああ、伊菜褒。
君にはそんな初歩的なことすらも難しいんだね』
また、パパの声が聞こえた。
パパの求めることが私にはできなかった。
『そら伊菜褒やってごらんよ。
出来ないって?
嗚呼、本気なのかい?信じられないなぁ…』
たぶんパパは、私に歩かせようとしてたんだと思う。
まだ首も座っていなかった私に。
ふと、何かが落ちる音が聞こえた。
ポタポタと、すぐ近くで、何かが落ちる音が。
『入也…っ、その子には何も出来ないの…』
ママが泣いていた。
終始笑っているパパの目の前で、ママは泣いていた。
それなのにパパは驚いた様子もなく、今までと同じ声音で
『これくらい出来るものと思ってたよ』
そう、言っていた。
「え?
伊菜褒、君、そんなこと覚えてるの?」
幼稚園の頃、言語を習得した私はパパにあの頃の真意を聞こうとした。
どうしてママを泣かせたのって。
「入也くん!
やっぱりこの子、天才だよ!」
当時…幼稚園の私にはパパは誰よりも優しく見えていた。
パパはいつも誰よりもママを大切にしていたから、娘の私も愛してくれてると思い込んでいた。
だってパパは私に怒ったことは一度もなかったから。
いつも微笑んでいたから。
「天才だって?
伊菜褒、本当なのかい?
本当に君にそんな才能が…?」
パパの険しい顔も、低い声も、鋭い目も、その時、初めて見た。
「入也くん…」
その時から私は理解した。
パパは私に欠片も期待してないから、いつも笑ってたんだって。
愛されてるんじゃない。
ただの、無関心だって。
私が大好きなパパは、私のことを欠片も微塵も、愛してなんて…いなかった。
だから私はここに居る。
力あるんだって、非力でも無力でもないって、パパに認めてもらうために。
パパに…、愛してもらうために。




