『花と鳥』
「陽灯ちゃん。」
次の日、来て早々佐久間さんに呼び止められた。
周りを見るまでもなく、礼人は居ない。
礼人はいつも通り遅めに来るのだ。学校があるからね!
だから、礼人に絡まれるのはいつも授業の次の休み時間。
「はい?」
故に佐久間さんに絡まれて、とやかく言う人は居ない。
「ちょっと、良いかな」
…良いかなと言いながら、拒否しても良いような目には見えない。
やっぱり怪しいなぁと思う。
仮に佐久間さんが、リリィーカリスでないとしても。
ま、良いけど。
そして再びあの庭。
「百合の萼を捕まえるのに協力して欲しいんだ」
佐久間さんは単刀直入にそう言った。
屈託ない笑顔で。
百合の咢…リリィーカリス。
「………佐久間さんは違うと?」
私は無表情のままにそう言った。
佐久間さんはスッと笑みを消して
「違う。」
確固たる意思を持った声と瞳で、確かにそう言った。
私は、それに何度か瞬きを繰り返し、そして笑った。
「そうですか。
なら信じます。」
疑い出したら、きりなんてない。
それなら信じたいと思う。
疑って後悔するより、信じて後悔する方が、ずっと良い。
「…自分で言っておいて何だけど…、心配になるよ。」
佐久間さんは眉間にシワを寄せ、溜め息を吐いた。
そう言うところがますます信用できるなぁ、と心のなかで笑った。
そしてまずはあとで作戦会議をするので、それまでは互いに行動しないようにと約束した。
それから数分すると、最初の授業が始まった。
「今日は実技よ。」
懸憐さんはそれだけ言って、私たちを並ばせた。
今居るのはいつもの教室ではなく、エスカレーターを降りた先にある大きな空間。
そういえば、礼人との一件のせいで地下があんまり怖くなくなってしまった。
…まあ、実際問題、私が本来怖いのは“逃げられない場所”だし。
「さて…、今一度聞くわ。」
懸憐さんは周りが明るくなったのを確認して口を開いた。
円上にある百数個ほどの扉に電気が付いたのだ。
ここに入るための扉とあともう一つの扉、そして中央の広間以外は、二階、三階と続く上の階も、その扉に埋め尽くされていた。
……………酔いそう。
「これは遊びじゃないわ。
死なない、と言う人も居るかも知れないけれど。
私は敢えてハッキリというわ。
“絶対に死なないなんて有り得ない。”」
懸憐さんの言葉にみんな思わず息を飲んだ。
私もだ。
もちろん覚悟はしていたけれど、こうして直接言われるとは思わなかった。
私達は仮にも自衛隊員。
日本においてはそういう解釈になっている。
他の自衛隊とはあまりに違いすぎるけど…。
「それが解った上でも、ここに入る覚悟があるものだけ、そこにある個室に入りなさい。」
懸憐さん言いながらクイッと首で扉を指してから、もうひとつの扉の方へ向かった。
私と数人はすぐに一番近くの扉へ。
次に多くが釣られるように。
そして、残りの数人が意を決し。
正確には見てなかったけど、最初に足を踏み出した人は金の天使に反応していた人だった。
ちなみに礼人は一番最後。
私は一番好きだよ。
意思が強すぎるのも、人に釣られるのも、あまり好きじゃない。
通例でGEMを扉の横にあるモニターに掲げると扉が開いた。
その中にはベッドと机と椅子。
私が部屋の中へ入ると、部屋の明かりが付き、程なくして自動で扉が閉まった。
すると、上から『あー』という懸憐さんの声が聞こえてきた。
『…あら、全員入っちゃったのね。
まあ良いわ。
それじゃあ、机にGEMを認証させて』
ああ、机全部がモニターのタイプなんだ。
そういうのは最近増えてきた。
私は懸憐さんの言う通り、机にGEMをかざした。
すると起動音を鳴り、空中に画面が投影された。
対戦モードor訓練モードと表示されてる。
あとその下にカスタムモードとかもあった。
…便利。
『まず、カスタムモードで武器を選びなさい。
細かい設定は自分でやると良いわ。
…それが終わったら訓練モード。それも終わったら対戦モード。
以上。』
後半早口でそう言うと、それっきり回線は閉じられた。
…なんか他に仕事でもあるのかな……。まあ、いいや。
さてさて、カスタムモードっと…。
体?!と、武器があった。体って気になるけど…とりあえず武器!
おお、色んな武器がある。
いやいや、此処は変な物を選ぶと失敗するパターンだよ。
私は馬鹿じゃないからね。
まずはスタンダードに―――と見せかけての大剣!!!!
「…おも。」
全然動けなくて秒で止めました。
あんなの懐に入られたら終わりだよ?うん。
ていうか、そもそも持ち上がんない。
というわけで、剣。
それもさっきの反省を踏まえて細剣にした。れいぴあー?
「めっちゃ使いやす~い」
ぐるんぐるん回してたら、ちょっと軽すぎて自分を斬りそうになった…。
うん。もうちょっと太くしても良いよ!
結果、日本刀とレイピアの間みたいになった。
あと二刀流とか、試しに三刀流も試してみたけどダメダメだった。
片方の存在忘れちゃう。
それなら一個に集中して速く動いた方が全然良いわ。
何か勿体ない感じと謎の虚無感があったので、とりあえず片手は背中に添えといた。
それと、レイピアの柄に鍔があったけど、それは取った。
こんなところかな……と思ってると、ピコン!と音が鳴った。
「ん…?」
見てみると、誰かの情報が書いてあった。
桁の多い番号と、得点と、大戦履歴(得点も履歴もなしになってるけど)。
誰かに対戦を申し込まれたようだ。
丁度武器も選べたし、良いかな!
「よぉ」
そう言いながらニカッと笑ったのは礼人だった。
どうやら、私に対戦を申し込んだのは礼人だったらしい。
…が。
「よろしくお願いしますわ」
とりあえず、私は微笑んで武器を礼人へ向け、片手は背中へ添えた。
「ああ…よろしく。」
…礼人は両手に短めの剣を構えていた。
礼人の挨拶を合図に、私達はぶつかり合った。
実力はほぼ同じ。
…けど
「…」
私は手を止めて離れ、“礼人”を睨み付けた。
「礼人に化けるだなんて、良い趣味ですね」
微笑みを浮かべては居るが、内心腸煮えくり返っている。
礼人に化けて、態と私に負けようとするなんて…。
「…よく解ったね。」
と、本性はバラしつつも、“礼人”は口調を変えることなくそう言った。
そりゃ解る。
礼人はこれに若干乗り気じゃなかったから、いの一番に終わって、それで自ら対戦を申し出るはずがない。
それに二刀流を礼人が扱うはずもない。
扱うのは、頭が弱い人か…戦闘になれてる人。
何より、私が礼人に勝てるわけない。
これでもうら若き?乙女?だ。
頭は使えても体は使えない。
「目的はなんですの?」
…けれど、相手の正体までは解らない。
礼人じゃないことだけは確かだけど…。
「gold angel」
!
「知ってるよね」
…佐久間さん?
いや、それなら態々礼人に化ける意味が解らない。
「黙るってことは…肯定と捉えて構わないね?」
相手は、礼人の顔で気味悪く笑った。
私は心底吐き気がして、今すぐにでも出てやろうとした。
…けど、佐久間さんの“世間話”を思い出して、何とか堪えた。
「さぁ…
けれど貴方は知っているようですわね。」
私は頭を全力で動かして、言葉を選んだ。
「ああ。知ってる。
君達二人がリリィーカリスだってね」
「…え?」
君…達、二人?
え?何で私が?というか二人??
「佐久間さんと、君が裏でこそこそやってるのは知ってる。」
「えっ。ち、違います!」
「えっ、違う?」
それからそれから斯く斯く然々…
「何だ。そうだったのか…。」
「そうだったんです」
協力して捕まえる。っていうところ以外を要約して話すと、相手は理解してくれた。
「ん…?
けど、君も佐久間くんも何で知ってるんだ?」
相手は不思議そうな顔をして私に聞いた。
「佐久間さんは知らないですけど
私は…」
言い掛けてやめた。
帆凪様から聞きました!なんて言ったら情報漏洩も甚だしい…。
帆凪様が怒られてしまうかもしれない。
「内緒です!」
私がそういうと、相手は何度か瞬きをして
「ははっ」
と、笑った。
けれど、ふと、真面目な顔になって
「でも可笑しいな…オレが掴んだ情報は何だったんだ…」
「え…?」
私が聞き返す前に、相手はニカッと笑って
「勘違いだったか!」
そう言い捨てて退室してしまった。
ベッドの上で目を開けた私は、微妙な心境だった。
相手の掴んだ情報とは何だったのか…そもそも、何者だったのか…。
「金の天使に反応した誰かであることは間違いないけど…」
そこから先が解らない。
…それに、あの話の流れから見て、相手が掴んだ情報っていうのは……
佐久間さんが、リリィーカリス………?
「まさか…」
と溜め息を吐きながらも、心配が拭えないまま、私は部屋から広間へ出た。
授業が終わり、私は教室に戻っていた。
他の多くの人たちも。
「俺の父さんの友達にさ~」
と、例の如く寄ってきた礼人が唐突に話を始めた。
「…うん」
けれど、いつになく唐突で。
どことなく様子が変だったので、どうにも無下にできなかった。
「名前は忘れたけど…まあ、凄いプログラマー?の人が居たんだよ。」
居た。という過去形の言い方に、今は居ないんだなと思った。
理由は…まあ、二つしかないだろう。
普通に疎遠になったか…
「死んだんだ。」
礼人はポツリとそう呟いてから、私に微笑んで言い直した。
「ああ、亡くなった。」
今までに見たことないくらい穏やかで素直な笑みだったけど…、それが逆に哀しかった。
「その人は此処に居たんだよ。みたいな事を父さんが言ってた。
…だから、あのソフトもその人が作ったのかなぁ…って」
……………礼人の話で、点と点が一つに繋がった気がした。
恐らくだけど…、その人はセカイのプログラミング中に、何らかの事件に巻き込まれて亡くなったのだろう……。
…だからこそ懸憐さんは、あそこで“今一度”聞いたんだ。
死ぬ覚悟はあるのかと。
自ら死ぬようなことは決して薦めないだろうが…、けれど死ぬこともあることを覚悟しなければならない。
私も、元々そのつもりだった。
別に死んだって構わない…、と。
でも、それはあまりに浅はかだった。
その人は、死にたくなかっただろうに…。
礼人のお父さんも、礼人も、きっと哀しかっただろうに…。
「何でお前が泣くんだよ」
礼人は私の頭に手を置いて眉を下げへにゃと笑った。
「泣いてないわ。全然。」
目一杯に溜めた…汗を溢さないように、私は目を見開いてそう言った。
私はどうだろう。
私が死んだら…誰かが泣いてしまうのかな。
誰かが哀しい思いをするのかな。
それは…凄く嫌だ。
「こんにちは、内匠さん」
デジャブ。
というか、ここ最近よく見る光景になった。
礼人が内匠 エナ…内匠さんに昼の自由時間か、帰りの時間に、毎度声に掛けに行くようになった。
そう言えば気になるって言ってたし…。
けど、秒で振られている。
そして笑いながらこっちに寄ってくる。
「よく飽きもせず…」
今日に至っては、声を掛けられるのと同時に内匠さんはどこかへ行ってしまった。
声も発しない、目も合わせない、触るなど論外。という感じだ。
礼人が内匠さんのどこに気になってるかは解らないし、礼人本人も解ってない。
…あ、こっち寄ってきた。
「私も、もう帰りますけど」
寄ってこられても困る。と荷物を机の上に上げた。
すると礼人は心底傷ついた顔をして
「えっ…、お前まで……?」
「いや、そうじゃなくて。
あ、違いますわ。」
流石に悪くなって思わず素で返してしまった。
「別に直さなくて良くない?」
礼人は、眉は下がってるけど口角は上がっているという微妙な顔でそう言った。
「良くない。
飽きもせずよくやりますわね。」
毎日毎日。
私もあの時点で避けていたらこうなっていたのか…(恐ろしい)
しつこい。
「うーん…飽きはしないよ。微妙に変化あるし。」
変……化…………?!!
「解んないだろ。
だから面白いんだよ。」
礼人はそう言って、ニヤッと笑った。
「そうですか。」
とりあえず、礼人が変態だって事だけは解った。
確かに礼人もかなりの変わり者だったわ。
あんまり近寄らないでおこう。
とか考えてたら何故かデコピンされた。
…………何故バレるんだ。
「…けど、このままじゃ埒が明かないのも事実だなぁ…」
どうするかな…とアゴを撫でて悩んだ仕草をした礼人だったが、顔はニヤッと笑ってる。
「じゃ、私は帰りますわ。」
何となく危険を感じて、私はさっさと帰った。
ガラッ…
教室を出れば、後ろの方の扉からも人影が…大方予想はついてたけど、佐久間さんだった。
視線だけ合わせ、礼人の偽物に聴かれていたことを思い出して、言葉は交わさずに並んで帰路へついた。
行き着いたのは、少し離れた公園だ。
着いてみて、スパイのような行動に何だかくすぐったくて思わず笑ってしまった。
すると、佐久間さんも釣られてか微笑んだ。
日の暮れそうな今の時間では、もう子供達も見当たらない。
「犯人を捕まえるのには、まず身辺調査かな。」
し…身辺調査?
………確かに、相手を見つけるのにそれくらいしか思い付かないけど。
「…そんな探偵みたいなこと…………」
まるで出来る気がしない…。
こう見えても、人を騙すのが苦手な自覚はある。
誤魔化すとかなら出来るんだけど…人を騙すような嘘だけは言えない。
じゃなくて、言いたくない。
いくら、帆凪様やアンゲルスの為だって言っても…
「大丈夫さ。単なる世間話なんだから。」




