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アルカナの戦慄  作者: 三古谷
第七章 『That person is sinner』
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『切っても切れない』

倖架さんの隊長室にて、私は海外遠征留学についての詳細を聞くことになっていた。

「任務の詳細…って言っても、そんなに詳細じゃないけど。

 経費とかそう言うのは イーサンに伝えるから。

 エッカートがね!」

いや…、はい。

数字が苦手とか面倒事が嫌いなのは知ってますから、わざわざ主張しなくていいですよ…。

嗚呼、エッカートさんの仕事はこうして増えていくんですね…。

次からはもうちょっと優しくしてあげよう。


「んで、これは私達…糞狭いコミュニティからの忠告。

 相談した訳じゃなくて、周りに居たら同じこと言うだろうってゆー奴ね。

 私は会ったことないけど、行く先のトップが大外れ。

 ゲロ好い人だけど、ゲロ都合悪い。

 まぁ…、うちのトップに秘密作った私らが悪いんだけどさ。」

と、肩を竦めてからジュースを一口飲んで、倖架さんはいつも通り雑そうに口を開いた。


「陽灯。

 忘れてるかもだけど、あんたの光の力は国宝なんて目じゃない。

 悪魔共にしてみれば愛雅よりずっと殺したいものよ。

 向こうの奴等にしてみてもね」

国宝はさすがに大袈裟だと思う。うん。


それよりも“向こうの奴等”。

多分、悪魔と同じく魔界…私達とは違う世界の敵のことだけど…。

倖架さん達の言葉の節々に、いつも悪魔とは違う存在を感じる。

帆凪様が知らなくても良いことって言ってたから、どっちでも良いんだけど。


「陽灯の力は私達の世界の…、知識ある人間にしたら喉から手が出るほど欲しい力よ

 私はそーでもないけどさ。

 あんまり言いたくないけど、誰かが言わなきゃいけないから僕が言うよ。

 悪質な奴なら、あんたの遺伝子だけを奪おうとするよ。

 それぐらい貴重で重要で希少な物なんだよ。

 悪魔を殲滅するとされる“光の力”って奴はさ。」


倖架さんの話を聞いて、流石に、鳥肌がたった。


気持ちのいい話では全くない、けど、言ってくれて良かった。

物事を素直に話す倖架さんが、いつもの調子で話してくれるからこそ、本当に恐怖を覚えた。

ねねなさんみたいな、不気味だから…じゃなくて。

素直に、ああ、本当のことなんだと受け入れられてしまうから。


確かに、そこまでとは知らなかった。

忘れてた訳じゃなくて。

そこまでとは考えてなかった。

思ってなかった。

考えたくなかった。


…けれど、考えなければならなかった。


だって確かに、私が子を生めば、その子も光の能力者である可能性はあるんだもの。

子供なんて想像はできないけど…、もしバレてしまえば…、知られてしまえば、その瞬間に私は、人類として光の子を生む義務を課せられる。

正統者レジティーマはそうして今の時代まであり続けたんだから……。

「嫌な話はまだするよ。

 陽灯が嘘なんて吐きたくない質なのは知ってる。

 それは嘘を吐かせなくて良い様に囲ってきた私達にも責任はある。

 それでも、僕は言うよ。

 陽灯。

 嘘を吐け。人を騙せ、欺け。

 そうしなきゃ、こんな世界じゃ、君はマトモに生きられない。

 正義なんて、正しいことなんて、こんな世界に有りはしない。」

倖架さんのその、あまりに真っ直ぐな瞳に…、私は顔を伏せて、大きく息を吸って、そして吐いていた。


こうしていることも、誰かが嘘を吐いてくれてこそ成り立っていたものだ。

誰かが私を雷の能力者と偽ってくれて成り立っていたものだ。

私は嘘で成り立っていたものだ。


私は、護られていたんだ。

「良い?まだ言うよ。

 君がこれから行く、海外のトップは心が読める。

 名はバーネット・ジリアン。

 何となく偉そうなオッサンを見かけたら、直ぐに思考を閉じるんだ。

 考えを止めるんじゃない。

 脳ミソが殻を閉じるのをイメージするんだ。

 読まれたくない、見てほしくない、知られたくないって

 壁を作るんだ。

 慣れれば、そのままでも話せるようになる。

 少しでも拒否すれば読めないらしいから…、そこまで心配しなくても平気だと思うけど…」

そう、少し必死に言う倖架さんは、気付けば私の頬に手を当て少し心配そうな顔をしていた。


私はそっと、その優しい手に自分の手を重ね

「大丈夫です。

 ちゃんと聞いてます。」

そう言って微笑みを浮かべた。


倖架さんは少しだけ眉を曲げて、不器用に笑って

「うん…。

 僕が聞いた限りでは、本当にゲロ好い人らしいから

 最悪バレても平気なタイプだと思う

 愛雅が好い人って言ってたから…。

 けどそれは逆に言うと……」

倖架さんは言い掛けて、私を見て言うのをやめ、手を離した。


「逆に言うと…?」


倖架さんは控え目に笑って、私の頭を豪快に撫でた。

「嘘は自分だけを守る訳じゃないってことだよ」

その少し大きく感じる手を受けて、私は倖架さんの言葉を暗唱して、その意味を考えた。

バーネット・ジリアンさんが優しい人…だから、私を知ったことで何か考えてしまうって…こと、なのかな。


そっか。

私が生きてるだけで、こんな風に、人に心配させてしまうんだ。


私はジッ…と倖架さんの眼の奥を見ながら、私の周りの人の事を考えていた。










「ああ、愛本か。

 ……っと、どうしたんだ」

ふらついた陽灯を支えた彼は、すぐに思い当たって陽灯の額に手を当てた。


「ごめん、何でも…」

礼人から離れ自分で立とうとしたが、それすらままならい。

離れようと礼人を押す力もあまりに弱々しい。

「何でもじゃねぇだろこれ。

 お前は…、何でいつも顔に出してくれないんだ…」


そう深く溜め息を吐いた彼は、気を失った陽灯を抱え、医務室へ向かった。






「君、アスター…だろ?」

特に目を合わすことすらなく、モニターを見つめたまま、男をは呟くように言った。


直ぐ様口を開こうとした彼に、男は彼を見つめて言葉を重ねる。

「誤魔化さなくって良いよ。

 僕は医者だから」

桜庭さくらば 辰巳たつみの当然のような、本当は当然でないはずの、けれど辰巳からすれば当然の言葉に、彼は何度か瞬きをして笑った。


辰巳はその笑顔に目を細めてから、口を開いた。

「陽灯ちゃんだけど

 風邪じゃなくて疲労みたい。

 何かがトリガーになってしまったようだね。

 検討はついてるみたいだけど、君じゃ防げない

 難儀だねぇ?

 直ぐ側に居るのに、君だから何も出来ない。」


「それでもオレはこいつを守るよ

 そうしないと、オレが生きられないし

 オレがそうしたいと思うから」

辰巳は悲しげに難儀だなぁ…と呟いた。

きっと彼は報われない。

誰も救われない。

何も続かない。

それでも…、それでもと、彼は全部解って言っている。


辰巳も、その幾つかを理解し、少しだけ嘆いていた。

「ねぇ、君の言葉で教えてほしい。

 君は本当にアスター…、で…間違いないんだよね」

確固たる確信を持ちながら、何処か自信なさげな…、というより信じられないと言うような目に、彼は憂いの息を漏らした。


「何で解るんだ?」


ああ、本当に…、と、辰巳は悲痛そうな声を出して、少し顔を伏せた

「言ったろ。

 僕はアンゲルスの衛生科治療部(医者)だ。

 君の異常さも、理由も、特技で大体察しが付くんだ…」


辰巳の言葉に、彼はわざと吹き出して

「それじゃ医者とかカンケーねぇじゃねぇか!

 特技か。

 そうだな、分析と統計ってとこか?」


「スキャンするだけだよ

 口では上手く言えないけど、解るんだ。

 診断書が手元にあるみたいなもの。」

なるほどな。と彼は笑った。

「それじゃ、そこから考えるのはお前の統計

 お前自身の努力の賜物か!」


例え状態が解ろうとも、理由まで推測するには知識がなければ無理だ。

彼にとって、それ事態に大きな意味はない。

問題は彼にその努力があること。

問題と言うより、彼が笑う意味。

特技に頼るのではなく、特技を利用するその姿勢が好きだと言うそれだけだ。


そして彼…、アスターは一瞬でその笑顔を潜め、辰巳を厳しく睨み付け

「いつからだ」

と問うた。


辰巳はビクッ…と、その顔に怯えた。

けれどそれを喉の奥に流し込み、飽くまで冷静に答えた。

「今だよ。

 最初は夢にも思わなかった。

 診断書カルテは常に僕の手元に有る訳じゃないから。」


「そうか」

それっきり少しの間沈黙が流れる。

しかしそれは、本当に少しの沈黙で、すぐに辰巳は口を開く。

「ねぇ、そんな体で、君達はあと何年」


するとアスターは立ち上がり、問いに答えようともせず、そこから去ろうとした。

「ちょっ…、もう!」


「ご飯ちゃんと食べて、きっちり寝る、休む!

 陽灯ちゃんに伝えといてよ!

 お前もね!」

アスターは思わずひきつった顔をして

「脅えてたんじゃねぇのかよ…

 母強しだな~」



アスターが去ったあと、ふと奥のカーテンが開いた。

「裏切り者を野放しにするのか」

突然聞こえた声に辰巳はまたビクッと震えたけど、それは同業者の内匠たくみ エナだった。

二人とも陽灯と同じ研修組で、エナは麻薬人間事件の張本人。

看護部となり、よく辰巳と仕事をするようになった。

それも、薬学部となってエナの麻薬作用の解毒剤を作ったコロンナ・ギファの努力の賜物だ。


「そんなこと言って、告発させないつもりだろ?

 告発なんてしたら、きっと陽灯ちゃ」

辰巳は両手をあげ、それ以上言葉を吐くのをやめた。

エナがそれ以上は言うな…と、ばかりに睨んでいたからだ。


今日は睨まれてばかりだなぁと辰巳は深い溜め息を吐いた。

「どうせ言ったところで信じてくれないし

 実害も理由もないから信じてくれたところで、罰せられるルールがない

 彼のここでの動きはひとつ。

 陽灯ちゃんを守ること、ただそれだけ…だからねぇ。」


「…そうだな。

 普通の事を異常にしてるだけだ。」

エナは少し顔を伏せて、瞳に憂いを込めた。

「何で、陽灯は…、狙われる?

 何で、危険へ向かう?」

エナを救った、あの時と同じように。

陽灯は進んで危険へ向かいたがる傾向が有る。

狙われる理由が解っても、それを解決したとしても、陽灯の気質を変えられない以上は、アスターの役目も終わらない。


「………それも、理由に含まれてるんじゃないかな

 アスターと陽灯ちゃんは切っても切れない縁のようなもので縛られてる。

 友愛とも恋愛とも、全く違う、強い縁で。」

また、辰巳は難儀だなぁ。と呟いた。

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