「3人の転生者」
「この決断をしたのは、貴方で4人目ですね」
その声と共に周囲は漆の壁に包まれた。
クレアと黒蝶だけを、その裡に秘めて。
これは結界だ。
しかも色の混じったあやふやなものではない。
単色の光沢さえ纏った…最高峰の結界だ。
流石…と言うべきなのか。
当然なのか。
それとも、本人の努力なのか資質なのか。
「どちらでも良いことだけれど。」
瞬く間にアイラや、ハク。
誰の姿も見えなくなった。
というか、空間そのものがもう見えない。
家も、空も、地も。
闇ですらない虚無の空間に表情の見えない黒蝶が見えるだけだ。
まともな感覚なら、普通に恐怖を抱く。
「何の話でしょう?」
「こっちの話よ」
クレアの言葉に、黒蝶はそうですか。と興味なさそうに言って微笑んだ。
「早速外から攻撃されています。
ハク…と言う人でしたか。
必死ですね…貴方のために。
愚かしくも健気でお涙ちょうだいですか」
言葉は皮肉めいていて、とても悪意があるように聞こえるけれど、その声音も表情も単調で無関心を貫いている。
「そんなんじゃない」
言葉だけでもムカつくものはムカつくんだけれどね。
「仕方無いのよ。
あの子には私しか居ない。
そういう宿命、運命。
貴方の先祖が定めたものでしょう。」
言ってから、あぁ。と息を吐いた。
言えば言うほど虚しい。
意味もない。理由もない。
黒蝶にだから、何もかも知っていて何かも知らない彼女にだからこそ言える。
ただの愚痴。
言ったところで虚しくなるだけの言葉。
「なるほど。
あれが世に言う使い魔…。
初めて見ましたよ。
あと、私の先祖ではなく正確には私の先祖の仲間ですね。
同じことですが。」
「驚いた。
知らなかったのね」
素直に驚いた。
何故だか無条件にそう言う特別なもの達は、一目見ただけで互いの性質が解るものと勝手に思い込んでいた。
クレアも大概、夢見がちな少女らしい。
「そりゃあ全知全能じゃないですからね
神様だって何でもは知りませんよ
よその神様がどうかは知りませんけどね」
「また驚いたわ。
神とはそんなものなの?」
特に意味のない。
単なる興味本意でクレアは聞いた。
すると黒蝶は顔を伏せ、ベールの下で微笑んだ。
「いけませんね。
癖でぺらぺらと喋ってしまいました。
これは貴方に教えることではありませんでした。
教えても良いのですが
教えたところで、何ら世界に影響しません。
貴方は、過去を省みる人ではないのでしょう。」
確かにその通り。とクレアは頷いた。
「そうね。
神とは所詮過去だわ。
神は死に絶えたが故に、使い魔や神の残り粕や貴方が居るんでしょうから。」
「ふむ…。
どうやら貴方は思った以上に色々なことを知っているようです。
年の功ですね。
過去の情報を多く知ってる。」
その通り。
クレアは過去の、恐らく1000年ほど前の魔界のすべてを知っている。
王という求めれば手に入れられる立場にあったのと、知識を多く求める気質からだ。
そして…。
「けれど、新たに出来たものに対する知識は皆無でしょう。
そのたったひとつ。
大きな神秘を…、貴方に。」
「ハク!ハク!!!
いい加減に止めなさい!
これはクレア様が望んだことでしょう!
壊したって意味ない!
むしろ」
解ってる。
むしろ邪魔になる。
あの少女がどんな存在なんだか知らない。
けれど、クレアは知識を求める人だ。
きっとそれに有益なだけの存在。
だけど、そんなの
「五月蝿い!!!!
あの人が望んでやったことで、良い結果になったことなんて一回も無い!
俺があの人を護らないといけない!
生きてなきゃ、側に居ないと、守れない!!!」
自分で何でそんなことを言ってるのか、思ってるのか、行ってるのかも解らない。
それでも、何か、思考とも本能とも感情とも違う何かが、あの人を叫んでる。
だから今すぐ壊して、壊して、壊して、壊して
もう二度と、貴方を
独りにしない
「壊れーー」
結界にヒビが入って、裡の空間に光と言う名の世界が指した。
必死に伸ばした手がやっと貴方に届く。
「――」
貴方の声が、もう思い出せない俺の名を呼ぶ。
1000年も前の記憶がちらついては、何度も貴方を独りにする。
俺もアイツも一度に奪って、貴方を孤独な玉座に残す。
それでも、貴方は立派な王になった。
あんな…あんな幼さで、まだ甘えたいことも、知りたいことも、聞きたいことも、あったはずだ。
それを、それを、全部全部全部。
敵なんかじゃない。
天使になんかじゃない。
自国の貴族に、血を別けた親族に…!
兄弟に!!!!!
全部殺された!!!
全部奪われた!!!
前王であった親も、使い魔も、幼なじみも、近衛兵も、侍女も。
奪われて、裏切られて、それでも…貴方は立っていた。
だから俺は
「出る手間が省けたわね」
そう笑う貴方を、今度こそ守りたいと思った。
使い魔でも何でもなかった、ただの騎士が。
「それでは話すことも話したので、私は帰りますね。
そこそこに頑張ってください。」
そう、普通にお辞儀をして黒蝶は徒歩で帰っていった。
これからクレアが起こす末も過程も、微塵も興味がないらしい。
それを見送ったハク、シア、マリーがリアムの家に集まっていた。
そのリアムはギルドで仕事中だ。
アディとクリスタはその補佐。
さっきの戦闘での怪我人は居ないが、諸々の物は壊れたのでその修復。
それと、黒蝶が安易に村に入ってこれたことに対する警備強化。
その他通常雑務。
何故かマリーだけは暇だった。
それについてマリーは
「ほら、私は強い担当だから。」
きっと全員思った、自分で言うのか。
そしてそれは暗に戦力外通告なので、と。
まあ、ハクとシアとクレアもそうなのだが。
「で、結局…、あれは何だったんだ…」
ハクは重い溜め息とげっそりした顔で言った。
クレアも軽く溜め息を吐いて、ベールの彼女を思い出していた。
そういえば、顔すら、一度も見ていない。
正体が解っているようで、分かっていないのだ。
「あれが彼女の役目だったんでしょう
目的ではなく、興味ないけどやらなきゃいけない。
…そこまでではないわね。
まあ、忙しくもないしやっとこうかな。くらいのものね。」
「結構雑なんですね」
シアの言葉にマリーが口を開いた。
「使い魔とは違って拘束力はないんでしょうね。
それでクレア。
やることは決まった?」
マリーの言葉に、クレアは笑みを浮かべた。
「ええ。もう完全に決まったわ。
その為には戦力とタイミングが必要ね。
不用意に失敗したら、次警戒されてしまうわ。」
「なるほどね。
だったら、帝国軍を手っ取り早く手にいれたら?」
「では先に百合のものを手中に納めてから」
女子三人が立て続けに進める話を、ハクが慌てて止めた。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!
何でもう戦う気満々なんだ?!
あの数分で何があった!
と言うかなんで二人ともそんなすぐ受け入れるんだ!」
「従事者足るもの、主の行動が解らなくとも従うものよ」
シアの当たり前のような言葉に、ハクは反論した。
「俺はそんな盲目には動けん!」
「まあ、ハクはそうでしょうね」
「俺だけか?!」
マリーは軽く息を吐いて、紅茶を一口のんだ。
「可哀想な使い魔君のために説明したら?
クレア」
クレアもつられて一口飲んで、話始めた。
「黒蝶の言っていた内容は話せないのよ。
私の口が裂けるらしいから。
多分冗談だと思うけど…、念のためね。
それで私の目的だけど、私はある人物を誘拐するつもり。」
「誘拐って…、何のために。
というか誰を。」
クレアは瞳を閉じて、今まで座っていた椅子から立ち上がって、窓の方へ歩き出した。
「誘拐は最悪のパターンね。
別に悪いことするつもりじゃないんだから、話せば協力してくれるでしょう。
極悪人なら別だけど。」
そうして、壊れている窓へ手を伸ばし、ガラスの切れ端を折った。
「何のために…は、そりゃあ、世界平和のためよ。
前回の私がやり損ねたこと。
魔界と磁界の戦争を終わらせるの。
科学と魔法でね。」
クレアは折った切れ端に映る自分をジッ…と睨み付けていた。
そしてそこから目を離し、ハクを見た。
「誰かは知らないわ。
顔を見せられただけ。
名前は知らないんだって」
シアは、少し困ったように眉を曲げた。
「磁界と言えど、広いですよ?」
「それは大丈夫。
大体何処に居るのかは解ってるのよ。」
クレアの言葉に、ハクは少し眉を潜め
「やけに…、詳しいな……?」
少し疑うような…、と言うより不思議がるような、いぶかしむ様子にクレアは微笑んだ。
特に、それについて何か話す来もない様子で、言葉を続けた。
「それで…、私的な理由で確かめたいこともあるし、
戦力が集まり切らなくても行きたいわ。
さっきと言ってること真逆だけど…」
クレアは窓の外を見つめ、ふと黒蝶の言葉を思い出していた。
「4人目…か」
「そうね。
4度目の新月の頃に磁界へ向かうわ。
一度で成功すると思わないから、殆ど偵察の意味で。
ハク、これをジャガに伝えて。
なるべく速く此処を出るわ。
シア、準備を手伝って。」
窓から離れ、クレアは机を囲む3人の元へ歩いた。
そしてマリーは笑い
「“そこそこに頑張ってください”ね。
協力はしないけど、見守ってるわ」
「邪魔しないでくれるのね
ありがとう。」
マリーも、きっと誰もが思っていた。
彼女ならきっとすべてを成し遂げられてしまうのだろう、と。
時間は掛かるだろうが、世界平和とやらは本当に実現するのだろう、と。
クレア自身も、それを確信していた。
次の4度目の新月の頃に、黒蝶の言う、ある人物に会うまでは。
それでもクレアは立っていた。
たった独りでも、その野望に向かって。
「もし世界平和なんて夢物語が実現できたなら、人類はもっと進歩する。
争いによる進歩なんて麻薬。
磁界はそれが為に1度滅んだんだから。
だから今度は平和による進歩を引き寄せる。
世界平和など、全ては、それらが為の足掛かりに過ぎない。
さぁ、人よ。
もっと、もっと、もっと、もっと、もっと―
―華散る神意―




