「語り継ぐ者」
金属のけたたましい音に、クレアとアイラは同じ方角を見つめた。
拍の取れた…明らかに人工的な音だ。
「警報…?」
アイラの言葉に、クレアはなるほど。と納得した。
これは村の警報なのだろう。
それならば…、と耳を済ませ指で何かを数えた。
「…侵入者……西………
闇?それとも暗い?
何かしら…?
最後の言葉は理解できなかった。」
「あ…、そうか。
ここは君の国…暗号も解るのか」
アイラの言う通り、クレアは今の警報…音の暗号を解読したのだ。
普通の村ではないとは言え、ここも憤怒が国。
大昔に憤怒が王であったクレアが解読出来ても、不思議ではない。
「暗号と言うか、手旗信号のようなものよ。
叫ぶより、効率的なだけ。
けどこれは旧式ね…さすが使い魔が村。」
何やらぶつぶつと呟くクレアに対し、アイラはて…てば…?と首をかしげた。
クレアはふと呟くのをやめてアイラを見つめた。
そしてしまったわね…と呟いてから、わざと無視して、外へ向かった。
無視されることに対しては溜め息一つで済ませたアイラだが、クレアの次の行動には驚き、そして表情を固くした。
「どうするつもり?」
外へ出ようとする、その行動を諌めるように。
けれどクレアが行動を変えることはなかった。
「忠告なら有り難く聞き流すわ。
私が負けるような相手なら、隠れていたところで無意味。
それなら、状況を把握するべきよ。」
彼女の言葉にアイラは苦笑いをした。
確かに、彼女の言う通り…万が一、億が一にも彼女や自分に勝てる相手が居たのなら、隠れていても状況は悪化するだけ。
だが、もちろんアイラはそんな事を言ったのではない。
如何なる緊急事態でも、自分達が手を出す謂れはない…そう言いたかったのだが…。
クレアはそんな質の人間ではなかった。
いつになっても好奇心旺盛なのだ、この人は。
そして、自分の関係者が、傷つけられる事にも。
自分の関係者が何処の馬の骨とも知れぬ人間に手こずる事にも、怒りを感じてしまう面倒な人だ。
「…そんなことなら出て貰った方が良いかぁ…」
と、アイラは溜め息混じりに呟いた。
その呟きは、1秒後には誤りだったのだと気が付いた。
ドアを開けた、その向こう、目の前に、自分にとって見知った人物が居たからだ。
その人物の背丈はアヤメと変わらない。
幼さを残した少女…。
しかしアヤメと同じく、年にそぐわぬ知性を感じた。
何よりアイラは、彼女の正体を知っていた
「逃げろクレア!」
アイラの声に振り向いたクレア。
その背後にいる少女の更に背後
「―第十の術式 空の紋章を持つハクがめ」
「遅い」
ハクが呪文を唱える前に少女の無詠唱魔法が放たれ、ハクは避けるために魔法の中断を余儀なくされた。
「ハク!!」
避けられたことを知らないクレアは、ハクヘ焦った声をあげた。
砂ぼこりの向こうから、すぐに答えが帰ってくる。
「大丈夫!大丈夫です!
それよりアイラ、アヤ…」
ハクはクレアを安心させるためにかけた声を、途中で継ぐんだ。
が、それはほんの一瞬ですぐに言葉を続けた。
「…クレア様を!」
その声と共にアイラはクレアの腕を引く。
そして追い掛けようとした少女を、シロが魔法で阻む。
アイラが窓を割る音が聞こえ、そこから逃げるつもりだとクレアは理解した。
そしてそれと同時に、魔法の衝撃で荒れた煙の中から、防御壁を纏った少女も見えた。
「さぁ!」
クレアはすぐにアイラの方を向いて、その腕を掴んで窓から逃げた。
窓から出てすぐに、クレアは声を荒げた。
「アイラ!何故逃げるの?!
あれは何?!」
アイラはクレアの腕を掴んで走りながら、それに答えた。
「いや、何だろう、殆ど本能で逃げてる!
けどあの正体は知ってるよ。
百合とも帝国とも全然違う…、黒蝶と呼ばれる存在だ。
いや、使い魔達に近いけど…」
「端的に述べなさい!」
「んんっ…
神の一族だよ。
使い魔達みたいに役目があるわけでもないし、
彼らほど血が薄いわけでもない
要は、純粋な力の塊だ!
けど力を隠して普通に過ごしてたはずなのに…
何で今さら…」
全く端的でない言葉をクレアは受け流し、その内容を理解して頭を動かした。
役目も宿命もない。
ただただ強いだけの存在が、何故ここへ来たのか。
クレアを狙っていると言うことは間違いなく、皇帝関連だろう。
けれど何故クレアの居場所がここだと解ったのか……
「…まさか、裏切り者が居るのか?」
アイラの呟きを、クレアはすぐに首を振って否定した。
この仲間達、もしくはギルドや村の人の中に裏切り者がいる可能性だ。
「それは考えづらい。」
これはクレアの記憶だが、使い魔の村と言うのは…下手をすれば王都より重要度の高いところだ。
使い魔の村が滅べば次の王を選定するものが居なくなる。
それは、国家の滅亡と同義だ。
「そうだね、早計だった」
故にどこの国でも、使い魔の村のセキュリティは随一に高い。
その存在すら、普通は知られない。
そして、黒蝶の存在はクレアすら知らなかったこと。
この二つが繋がると考えにくい。
そうなると…
「この体の持ち主を知ってる…?」
クレアのその呟きに驚いて、アイラが驚いたと同時に、クレアはアイラの手を振り切った。
「ちょっ、クレア!?」
アイラの言葉を無視し、クレアは大きく息を吸って、背後の煙へ叫んだ。
「攻撃止め!!!」
その声と同時に、魔法の攻防戦は一瞬で止み、やがて煙から少女…黒蝶が現れた。
その表情は黒いベールに包まれていて見えない。
しかし、僅かに見える口許が無関心を告げていた。
そのまま音も出さずゆっくり近づいてくる黒蝶へ、クレアはまた口を開いた。
「不敬よ。
名乗りなさい。」
クレアの言葉に黒蝶はハッとしたように目を見開き、クレアから10歩ほど離れたその場で、片膝をつき、握り拳をもう片手で掴んで、頭を下げた。
「お許しください王よ。
突然攻撃され、どうしたら良いか解らず…。
思わず、いつもの調子で…、
申し訳ありませんでした!」
そう、深く頭を下げた少女は…、とても何かを企んでいるようには見えなかった。
単に興味本意で来たのか…。
いや、さすがにそれは…。
というか、いつものって……。
ふとクレアはまだ幼い彼女に同情した。
チラリとアイラを見たが、彼女も驚いているようだ。
そしてすぐに黒蝶へ視線を戻し、言葉を続けた。
「許します。
用件を聞きましょう。」
黒蝶は変わらず頭を下げたまま、口を開いた。
「ハッ。
誠に勝手ながら、貴方様以外には到底聞かせてはならぬことです。
貴方以外には絶対に教えませんし
貴方から誰かに伝えることも許されません。
まあ、個人的には止めませんが。」
本気なのか面白がっているのか、よく解らない言葉のチョイスだ。
「聞かせたくない。
ではなく、聞かせてはいけない…、と来るのね」
黒蝶はそれに答えず、ジッ…と黙っていた。
「まさかとは思うけど、彼女と二人きりにさせろって言ってる?」
アイラはまるで試すように、けれど微かに苛立ったように口を開いた。
けれど、クレアにはそれ以上に試したいことがあった。
というか、逆だ。
「それより。ええ、それより。
貴方、私を試してる?」
クレアの言葉に、黒蝶は黒いベールの下で細く笑った。
その表情でクレアは納得した。
少女などと、同情などと、とんだ間違いであった。
いや、同情することに変わりはないが。
間違っても黒蝶が自分に助けを求めることはないのだろう。
もしそんな人間なら、ハクに攻撃された時点で声をあげていただろう。
だが、黒蝶は一つも声をあげなかった。
恐らく、声を上げたところで助けて貰ったことがなかった。
もしくは助けようとした人を助けられなかったか
それとも声をあげるなと教えられたか。
まあ、何であれ、人の気質はそう簡単には変えられない。
それよりも、次の世代を育てる方が案外楽なものだ。
ましてや、クレアの立場なら。
「良いでしょう。
どうぞお好きに。」
クレアは微笑んで彼女の自由を許した。
知恵は力だ。
物理的な力は、もうこれほどないほど持っている。
個人、仲間、そして軍。
どうだって良いことだ。
物理的な力なんて…、持っていた前の自分は大切な人を誰も守れなかった。
それよりも、それよりも…、それを解決できる知恵が、あれば。
あったら。
あっていたなら。
…………らしくない。
たらればなんて。
過去を省みても変えられない。
なら、過去を記憶して、進むだけだ。
もう間違わない。
もう失わない。
2度と、二度と。
目の奥で涙を流すクレアは、向こうに見えるハクを、スッと見つめていた。




