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アルカナの戦慄  作者: 三古谷
01章 「華散る神意」
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「緋い蜘蛛の巣」

「ごめんなさい、リアム、クリスタ。

 彼女と二人きりにしてくれる?」

クレアの言葉に、戸惑いを纏ったまま部屋は静かになった。


人が消えていき誰も居なくなった部屋。

アイラは壁に背を預け、窓の向こうを見つめていた。

そこからマリーの家へ向かう四人が見える。

「…してやられたもんだ。

 運命に。

 これで一体全体何度目だ。

 なぁ、クレア。

 私達はもう、何度運命に裏切られている?」

アイラは知っていた。

クレアがクレアである以上、決して自分の思惑に協力することはないのだと。


「そうね…、本当に。」

クレアは知っていた。

アイラがアイラである以上、決して自分の思想に賛同することはないのだと。


生前から同じだった。

クレアもアイラも、互いの望む世界を目指しているだけ。

多少の考えや行動のずれはあっても、結局のところ世界をより良くしたい。

ただ、それだけ。

なのに…その多少のずれが為に、二人は決して交わり合うことはできない。


「貴方と始めて会った日の事…、今でも鮮明に覚えているわ。」

クレアが王になってから20年が過ぎた頃、怠惰が王が死んだ。

憤怒が王として、その追悼に行った時の話だ。


追悼を終え、帰る前に国外ギリギリの森を一人、散策しているとき。

何か大きな物が這う音、叫び声、そして最後に大きな物音が聞こえた。

その物音は…何とも言えぬ、生あるものを大きな力で潰してしまったような、忌まわしく、哀しげな音。


『これは…一体。』

その音を辿り、着いたときには全てが終わっていた。

幼子が血を流しながら生き絶え。

そして、それだけでなく傍らに、何故か大きな双頭の毒蛇までも死んでいた。


後に知ったことだが、その幼子はアイラの幼馴染みで家族も同然の存在だった。

『…っ!!』

幼馴染みに近寄ったその瞬間、それは襲い掛かってきた。

我を失ったアイラだった。

その目は紅く、鋭く、まるで獣のようで。


クレアは彼女を鎮圧。

その後に、彼女が王になった。

強い力を持った彼女が。

事実、まだ使い魔と契約すらしていなかったにも拘らず、彼女はクレアを手こずらせていたのだ。

使い魔と契約した王であるクレアを。

王となるであろうことは…クレアも予測していた。


「まさか、ここまでになるとは思っていなかったけれど…」

紅茶を一口飲み、クレアはアイラに微笑んだ。


「大きくなったわね。

 アイラ?」

微笑まれたアイラは戸惑ったように目を泳がした。

「貴方から…、嫌味以外の言葉を聞くとは…」


「まあ!

 失礼しちゃう。」

プイッと顔をそらし、クレアは頬を膨らませた。


思わず、アイラは吹き出し…それにつられクレアも笑った。


「…私が生まれる前の話だが、貴方にも大切な人が居たのだろう」

アイラの言葉にクレアはピクッと反応し、ゆっくりとカップを置いた。


「愛する人と好敵手。

 そのどちらも死んだわ…、私の目の前で。

 貴方と一緒ね」

クレアは茶化すような目ではなく、穏やかで懐かしむような目で、アイラを見つめた。

大切な人の死の痛みすら、懐かしみ、愛し気に思うその目は、昔から変わらない。

彼女はアイラと出会ったときから、もう、全てを受け入れ達観した人だった。


昔はそういう完璧超人なのだろうとアイラは思っていたが。

「時が流れ、私も随分と受け入れられるようになった。

 良いことか悪いことかは解らないが。」


単に時の流れが、彼女の傷を塞いでいたのだと。

同じく年を重ねることでアイラも知った。


「それでも運命というやつは好きにはなれないが。」

…そして、時が流れても消えないものがあることも知った。


「ええ。そう。私も大嫌い。

 だからこそ私は運命を利用して奪って、争いのない世界を作る。」

クレアは目を見開き、アイラを威圧するように見つめた。


アイラはそれを受け止め不敵に微笑む。

「その為に、君を神に仕立てあげる。

 本当の神を殺し、君を未来永劫絶対的な神とさせる。」

クレアは眉を潜めた。


「神……?

 神ですって?

 まさか、使い魔達を全て殺そうとでも言うの?

 そもそも未来永劫何て…」


アイラは一層不気味な笑みを浮かべ、クレアのその目の奥を見た。

「力さえあれば不可能なんてない…!」

クレアはその目を見て知った。

アイラの思惑などではない。そんな粗末なことではなく…。


この体の持ち主はきっと、今の今まで力だけを求められて生きてきたのだろうと。

一体、12歳の子供は何を思っていたのだろう。

周りの大人のことをどんな風に思っていたのだろう。

周りの子供をどんな風に見てきたのだろう。

家族が居たのならどんな風に……。


「ねぇ、アイラ。

 いえ貴方だけじゃない。

 この体の持ち主のこと…教えてくれない?

 もしかしたら、私達…」


クレアの、少し怯えたような表情にアイラは嘲笑うような笑い声をあげた。

「…なに?

 クレア、怖じ気づいた?」

すると、クレアは少し苛立ったようにアイラを睨み付けた。


「お花畑も大概枯れた方が良いんじゃないかしら。

 そんなことじゃない。

 そんなレベルの話じゃないのよ…。

 私達…、運命ごと、騙されているんじゃないの?」


アイラはそっと首をかしげた。

そのあまりに無知な様子を見て、クレアは恐ろしさと困惑を覚え、取り繕うように笑った。


「いえ…、あくまで推測よ。

 けれど彼女と関わってきた人物の話を聞く限り、彼女は愚者とは思えない。

 そんなある程度賢いはずの彼女が、何の目的も見返りもなしに、私達に協力するかしら?

 いえ、仮に目的があったとしても私が今ここに居る以上、それを実現するのは不可能でしょう…。

 けれど…、それが、私が今ここに居るという事実が、より一層に…」

クレアはこう考えていた。

自分が何故、運命に呼ばれたのか。

それは…もしかしたら、彼女に目的があって、その目的が運命…神にとって都合の悪いもので…それを実現しうる可能性が高いから、そんな目的もなく、かつ世界に害をもたらさなかったという実績のある自分が…呼ばれたのではないかと……。


「胸騒ぎがしてならない…。

 この肉体に居るのは私なのに…、何か、誰かに、運命ごと私を征服されているような。」

クレアは額に手を当て、ゆっくりと美しい黒い髪を無造作にかきあげた。

深淵を、地獄の底を見つめるように、目を見開いて。


「彼女の思惑に嵌まってはいけない…

 それだけは、解る」

そしてだらんと腕を下ろし、鋭く、そして澄んだ目で、アイラを見つめた。

「彼女の思考を奪うのよ。」


クレアの瞳に射抜かれ、アイラは息を飲んだ。

誰でもない。

クレアの言葉だから、アイラは真に受けた。

自分の生きてきたこの長い人生のなかで間違いなく、クレアは“偉大な人物”だったからだ。

アイラが今までの人生でそう思ったのは、彼女含めたった三人だけ。


今目の前に居る、クレア憤怒が王。

そして、ルチアーノ色欲が王。

最後に彼女の体の持ち主…華綾の曾祖母にあたる、カグヤ嫉妬が王。


だからこそアイラには、今目の前に居る人物の言葉が…偉大なる三人の総意に聞こえてならなかった。

「きっと、きっと、これは今の私にしか出来ない。

 彼女の肉体を持って、クレアの記憶を持った、今の“私”にしか…!

 彼女のことなんて誰も理解し得ない!」

クレアはそう豪語し、満足気に、そして誰よりも傲慢に、怒りすら感じるような笑みと瞳でアイラを見つめた。


これが、クレアの生きていた時代の憤怒が王だった。

傲慢さえも含んだ憤りと怒り。

全てを覆い、呑み込み、利用してしまう。


きっとアイラはこの長い人生でそんな王を望んでいたのだろう。

誰よりも自信に溢れた、人を正しく導ける…王を。


だからアイラは、もう笑うしかなかった。

自暴自棄になったわけではない。

もう哀しみも嘆きも何かを投げ棄てることも…まして、なまける必要もおこたる必要もない。

笑う以外の感情を選ばなくて良いのだ。

何故なら、ここに彼女が居る。

彼女が王なのだ。

絶対不変の…未来永劫変わらない。


彼女が…皇だ!


だからアイラは笑って、彼女に跪く。

「貴方に付いて行くよ。

 我が皇」

そしてクレアはそれが当然であるように笑う。

彼女(華綾)に怯える汗を…民に悟られぬよう、けれど決してその怯えを忘れぬように。

その怯えと、怯えを知ることが、彼女を強くしたのだから。

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