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アルカナの戦慄  作者: 三古谷
01章 「華散る神意」
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「焔と百合の因縁」

「でも、その百合のにおいだけは大嫌いよ。

 跡形もなく、散って頂戴。」

まるでそれが、呪文だったように。


マリーが言葉を吐いた瞬間、光がジャガ目掛けて放たれた。

そのあまりの速さに、ジャガは避けることが出来ず、まともに受け…

「っ…?!」

受けてなお、その光は止まらず、軌道を描きながらジャガと共に村の外へ消えた。


言った通り、ジャガの姿が本当に跡形もなく消えると…、マリーはパッと笑みを浮かべ

「褒めて真綾!

 私、あんなものを殺さないで村の外にやったの!」

そうキラキラした目でアヤメを見つめた。


けれど反対にアヤメは困惑した顔をしていた。

顔には出なかったが、困惑と共に、ほんの一粒の恐怖と、焦りを感じた。

ジャガは無事なのか、何故こんなことをしたのか、何故そんな目をしていられるのか。


けれど、アヤメはそれらを飲み込んだ。

「…まず、私はマーヤじゃなくてア」

アヤメの言葉は、マリーの人指し指に妨げられた。

「嫌よ。

 そんな名前、貴方の口から聴きたくない。」

先程までの笑顔は鳴りを潜め…、マリーは詰まらなそうにそっぽを向いた。


「村の外にやったと言っていたが…、ジャガは」

ハクの言葉に、マリーは深く溜め息を吐いた

「ジャガ…。

 熟、悪趣味な名前だわ」

マリーはそういい残し、村の奥へ去って行った。


マリーと入れ替わりに別の男女が歩いてくる。

「怪我はさせていないよ。

 ギルドで酒を飲まされるくらいじゃないかな」

そう、微笑みながら男は言った。

何故か、ハサミをもって。


…少し奥から羊の鳴き声が聞こえる。

恐らく、毛刈りバサミなんだろう。

「ごめんね、マリーは舞い上がってるだけなんだ。

 僕はマリーの夫、アドルファス・ラン・オーウェン。

 アディだ。

 こっちはリアムの妻の」


男の言葉に、女はふんわりとした笑みを浮かべた。

「クリスタ・フォン・オリヴァー・マーレイ。

 クリスタって呼んで?」


自己紹介が終わると、すぐに後ろのリアムがハクやシアの肩を掴んだ。

「さ、みんな長旅で疲れたろ。

 マリーが興奮するだろうから、うちに泊まると良い。

 良いよな?」


言われたクリスタは満面の笑みを浮かべ

「もっちろん大歓迎だよ。」




出された紅茶を飲んで一息ついたシアは、少し憂いぎみに口を開いた。

「名は…と言うより、

 ジャガの組織そのものが嫌われているみたいね。」

シアの言葉に、クリスタは複雑そうに視線を落とした。


「マリーも、リアムも、その家族も。

 みんなフルール・ド・リスに酷い目に遭わされたの。

 実験体にされ、家族を奪われ…!」


「クリスタ」

僅かに宿った憎しみの瞳を、リアムは嗜めた。

顔をあげたクリスタと目を合わせ、穏やかな瞳で首を振った。


「憎しみは憎しみしか生まないよ」

リアムの言葉に、クリスタはハッとした顔をしてから、恥ずかしそうに笑った。

「ごめん。

 そうだったね」


アヤメは二人を見て、少し思案するように瞳を伏せた。

その姿に皆が注目した頃、アヤメはゆっくりと瞳をあけ、言葉を紡いだ。

「……それなら…、クレア……と、名乗ることにするわ。

 どうせ名は名でしかないし

 アヤメは目立ちすぎるでしょう。」


その言葉に、クリスタは戸惑ったような顔をした。

アヤメが知らなくとも仕方のないことだが、この世界にとって名とは重要なものだ。

正確には、名ではなく命字みことじ

それは魔力を宿す物全てにある性質そのものを示すもの。

その命字さえあれば、その物質、性質、生物を操作できてしまう。

魔法の陣は、その応用だ。


だからこそ、魔界では元の世界…磁界とは違った意味で、名を大切にする。

「君は…、記憶を失っているから、何もかもに執着がないんだろうが…。

 だからこそ、これからはそう言うものを作らなければならないんだと思う。

 だから…、その。」

リアムは少し言い淀んでから、ジッ…とアヤメを見つめて微笑んだ。


「あまり…、人に合わせなくったって良いんだよ?」


アヤメは何度も瞬きして首をかしげた。

酷く、酷く、戸惑ったように。

「……けれどこの状況に置い…ては……」

ジッとこちらを見つめるリアムの目の、その片目の眼帯。

その向こうにある目に、何かを見透かされている気がして、アヤメは目を背けた。

嘘もない。

偽りもない。

それでも深層までも奪われそうな、あの目は恐ろしかった。


きっと華綾なら抱くはずもない感情だ。

華綾なら…、その目を笑って見つめたのだろう。

けれど、アヤメは…。


服の裾を握りしめ、耐えるようにアヤメは黙った。

それを見て、リアムは眉を下げアヤメの頭を撫でた。

「…うん。そうかもしれない。

 結局それを選ぶのは君だ。

 ごめんよ。

 余計なことを言ってしまったね。」


「今日は、もう御休み」

リアムはアヤメの名を呼ぶことなく、彼女を寝かしつけた。










「アヤメ様、アヤメ様」

微睡みの中で自分の名を呼ぶ声に、アヤメはゆっくりと目を開けた。


「あれ、寝起きが良いですね?

 それともまだ寝てなかったんですか?」

驚いた様子で、少し心配そうに窓から自分を見下ろす影に、アヤメは少し顔をしかめた。

月の逆行で一瞬見えなかったが…、それはジャガだった。


「…死んだのかと思ってたわ。

 元気そうで何よりね。」

無表情のまま、アヤメはそう言った。


それに対しジャガは深く溜め息を吐いて、喋ってくれるだけ、マシなのかぁ…?等と呟いた。

ジャガは特に隠すつもりもないのか、アヤメに聞こえる音量で言う。


(…前の“私”は、喋りすらしなかったようね)


しばらくぶつぶつ言った後に、溜め息を吐きながら、今のアヤメを見つめた。

「うちから、つまり百合…フルール・ド・リスから

 重役が来ます。

 会えば解るでしょうけど、そこそこ偉い人です。

 それでも、オタクの方が偉いですけどね。」


「んで、俺はあの人無理なんで、しばらくギルドで遊んでますわ。

 流石に大丈夫でしょうけど、まあ用心しといてくださーい」

それだけ言うと、ジャガは再び窓から去ろうとした。

それを見たアヤメはあ。と言って咄嗟にジャガの服を掴んだ。


「うわっ…。

 え?何すか?」

引き留めたことに、ジャガは真底不思議そうにアヤメを見た。


「ねぇ、ジャガはどうしてフルール・ド・リスに居るの?」

そうアヤメにジッ…と見つめられ、ジャガは数回瞬きした。

ジャガは驚いていたのだ。

アヤメの、彼女の、その口から自分の事を聞く言葉が出るなど。


以前のアヤメならば到底考えられない。

例え記憶を失っても、人の根底は変わらないと勝手に思い込んでいた。

だが…、そうではないらしい。


“アヤメ”は、ジャガ自身を知ろうとしている。


「………えっと」

途端にジャガは言い淀んだ。

夢にも思わなかった質問に、どう答えたら良いのか解らなかったのだ。

とりあえず…と、ジャガはアヤメに手を離すように促してから、言葉を探した。


「もっと時期を見てからと思ってましたが…。

 フルール・ド・リスは基本的に商売をしてまして…

 本当に色んな物が売ってます。

 珍しい食べ物、魔導書、魔物、天使、

 あと人間とか…。」

ジャガはアヤメから目をそらして、そう言った。

以前のアヤメになら笑って言えたことが、彼女の前では後ろめたくなってしまう。


ジャガは、そのまま言葉を続けた。

言いたくないと言う感情と、言わない理由なんてないと言う思考の狭間で。

「俺は…その商品だったんですけど。

 あっ、別に酷い扱いとかは受けてないですよ

 商品ですから…、丁寧に扱われます。

 んで…、俺の場合は魔力を買われてフルール・ド・リスという組織に買われたんです。」

最後の方は捲し立てるようにいって、ジャガは少し息を吐いてから、如何にも自然に、笑顔を張り付けてアヤメを見つめた。


だが、そのアヤメの目を見て、ジャガからは直ぐに笑みが剥がれた。


アヤメの目に、憐憫と憤りが宿っていたからだ。

その緋い瞳はあまりにも真っ直ぐだった。

まるで、穿つ矢のように。


ジャガはアヤメの目の奥を見て、口を開いた。

「オタクの護衛…、しましょうか?」


「あ、いや…

 何言ってんだ俺」

少し恥ずかしそうに首を掻いた。


「…どうして?」

アヤメも、ジャガの瞳をジッと見つめた。

「どうして…、今、そう思ったの?」


「…オタクの目を見ちまったから。」

そうジャガは目を伏せ、アヤメから目を逸らした。


そうしてまた笑顔でアヤメを見つめた。

「考えてみたら、俺嫌われてるんでしたね

 俺が居る方が拗れますわ」

言い終えると踵を返し、今度こそ窓から去ろうとした。


「ありがとう、ジャガ」


最後に聞こえたその声に、ジャガはわらった

「おめでたい人」

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