「リベルタース・フランマ」
海を越え、山を越え、霧を越え。
一行はハクの案内するまま長い道を歩いていた。
地図に存在しないその場所を目指して…。
「そろそろだ」
ハクの声に顔をあげたアヤメの目に写ったのは、とんがり帽子のような形の建物と、平行に並べられた柵だった。
(牧場…?
か、何かかしら…)
そうアヤメが思ったとき、建物の中から眼帯を着けた背の高い男が、現れた。
何故か斧を担いでいる。
「やぁ、旅の御方。
ギルド、リベルタース・フランマに何か用か?」
アヤメは首をかしげ、ハクを見上げた。
憤怒が国と言うところの、村に行く話だったはずだ。
けれど今目の前にあるのは…、ギルドとは即ち商会の事だろう。
男の風貌からして、恐らく傭兵の…。
「おいおい…
のっけから武器を出すとは穏やかじゃないな…」
アヤメが振り替えると、ジャガが何かを構えていた。
柄が木で先が緑の宝石で出来た刀のような杖だ。
杖と言うか、スティックに近い。
「ああ、すまない。
薪を作ってる途中だったんだ。」
そう言うと男は斧をその場において、両手をあげた。
けれどジャガは警戒を緩めず…
「オタクじゃない。」
と、建物の方を見つめた。
ジャガの言葉に、シアはさっ…とアヤメの前に立った。
男から笑みが消え、二人は睨み合った。
ジリジリと視線が軋み合う。
いつ衝突しても可笑しくなさそうな雰囲気で…。
アヤメも、思わず身を強ばらせた。
「やめてくれ、子供の前で…。
俺達はお前達と争いをしに来たんじゃない」
それを溜め息混じりに断ち切ったのはハクだ。
「ほう?
別の誰かと争いに来た…ってことか?」
男の言葉に、ハクはまた深い溜め息を吐いて、本当に面倒だな…。と呟くと、男を見つめ
「アンタは“守護者”だよな」
ハクはそう、確信を込めていった。
守護者…守るものだ。
一体何を……?
その、別の“誰か”を…?
男は緊張した顔で少し身を屈め
「だったら…、どうする!!」
そう叫ぶと同時に、アヤメ達へ向け走り出した。
男は真っ正面から此方へ走り出すと、無言で炎の大剣を産み出し…アヤメ目掛け振り下ろした!
そしてそれと同時に建物からも大量の矢が放たれた。
ただの矢ではない、すべて特殊な魔法を仕掛けられたものだ。
「なっ…!」
それら全て、いつの間にか作られた防御壁に容易く防がれた。
それもよく見れば、3重になっている。
それぞれ違う魔法の性質によるもの…、つまりハクとシアとジャガがそれぞれにアヤメへ防御魔法をかけていたのだ。
「………」
そのせいか、アヤメは全く物怖じしていない。
アヤメは自らに刃を向ける男に背を向け、ハクを見つめた。
「私に争うつもりはないわ。」
そう、単に自分の意見を伝えた。
ハクはアヤメの言う真意が解らず、眉を潜めた。
が、すぐにそれを理解し
「…あ、はい。」
と、返事した。
アヤメは色々言葉をはしょったのだ。
ハクの目的が何で、ハクにとって男達が敵なのか味方なのか解らない。
ハクの様子からして、恐らく戦うつもりは無いのだろう。
だが、仮にあったとしても主人に戦うつもりはない。
故に今すぐ止めさせなさい…と。
アヤメの言葉に、ハクは溜め息混じりに
「あまり気持ちの良いものじゃないが…」
そう呟くと、何故か上の服を脱ぎ出した。
アヤメは僅かに眉を潜めたが、止めようとはしなかった。
シアとジャガは、驚いていなかったからだ。
「こう言うことだよ。」
ハクは後ろを向き、男にその背中を見せた。
それを見て、アヤメも納得した。
…ハクの背中には紋章が彫られていたのだ。
多分、使い魔の紋章か何かだろう。
刻印とも言う。
手っ取り早く身分を明かせるため使ったのだろう。
「………なるほど。
そう言うものを見るのはこれで2度目だな…。」
男は少し悲しそうな顔をしてから、気を取り直して右手をあげた。
攻撃をやめる合図のようだ。
「村に用があるのか?
全員で?」
男の言葉に、ハクは無言で頷いた。
すると男はハクから視線を外して、アヤメを見つめた。
そして、その場でかしずき
「初めまして、小さな王。
俺はリアム・ジファール・マーレイ。
このギルドのマスターで、彼の言う通り村の守護者だ。
貴女の名前を聞いても良いか?」
アヤメはその視線を受け、首をかしげてから、そっと頷いた。
「私は、アヤメ…。」
リアムはそっと微笑みを浮かべ、ありがとうと言った。
そしてまた、ハクへ視線を返し
「アヤメを入れるのなら、精々注意した方が良い。
こんな防御壁無意味だぞ」
そう言いながら、男は立ち上がってアヤメへ手を差し出した。
ハク達が止めには言うとしたときには、既にアヤメは男の手を握って歩き出していた。
「いつもとは逆ですね…」
誰に向けての言葉か解らないリアムの声を、アヤメは聞いていた。
「そっち行ったよマリー!」
村の女の声が届くと、マリーと呼ばれた少女は迫ってくる標的を見据えた。
まだ…、まだ…、と標的にぶつかるギリギリまで絶え…
そして
「―光よ―」
そう唱え、右足を踏み出すと一瞬で光の障壁が出来…
標的…もとい
『メェー』
羊を捕獲した。
「流っ石マリー!
助かっ―」
マリーは駆け寄ってきた女へ、しっ…と黙るように指示した。
言われた女も耳を澄ましてみる…。
すると、集団の足音が聞こえてきた。
集団と言っても四人ほどが…。
この村のものではない。
いや……、この足音は……、この感じは…。
「マリー…」
女が声を潜めてマリーを呼ぶと共に、マリーは走り出した。
今度こそ、標的へと。
標的が纏う防御壁を確認し、マリーはアヤメへ向け飛び上がり、そして光の矢を幾つか放ち…、そしてその光と共にアヤメへ飛び込んだ。
飛び込まれたアヤメは流石に驚き、一歩下がったが時既に遅し…三枚もあったはずの防御壁は全て崩れ去り…マリーは…
「真綾!!!!!」
そう、アヤメの知らない名前を叫びながら、アヤメへ抱き着いた。
「マーヤ!真綾!
会いたかった!会いたかった!
今まで何処で何してたの?!
ずっとずっと、マナトも待ってたんだよ!」
マーヤ……?
マナト?
一体誰の事?
アヤメは、ただ首をかしげることしか出来ず戸惑った。
すると、リアムが声をかけた。
「マリー!
ちゃんと髪を見ろ!髪を!」
髪…?
っていうかリアムは何をしているの?
チラリとリアムの方を見ると、何故か全力で三人を止めていた。
そしてアヤメは、またマリーへ視線を戻した。
「………真綾?
貴方、髪を染めたの?」
「ちっがうわ!
冷静になれ、マリー!」
リアムにそう言われたマリーは、アヤメから離れ、そして上から下までジロジロと見つめた。
「やっぱり見分けがつかないわ。
顔だけじゃないのよ。
確かに身長も違うけど、表情の感じが同じ。」
「オタク何者だ?!
防御壁を一瞬で…、しかも三枚も割るとか!」
リアムから離れたジャガが、少し距離を置いたところでマリーを伺うように見ていた。
すると、言われたマリーはポッと恥ずかしそうに頬を染め
「私ったら思わず興奮して…
申し遅れました、小さき王。そしてその従者達。
私はマリー=ミシェル・ラ・ロシュジャクラン・オーウェン。
リアムと同じギルドの元メンバーです。
そして、貴方の…恐らくお祖母さんの仲間。」
「俺もな。」
マリーとリアムの言葉に、アヤメは納得した。
その、自分のそっくりさんだという真綾とは、自分の親族らしい。
ハクは、それが解ってて此処へ来たのだろうか…。
アヤメはチラリとハクを見つめる。
「…」
特に驚いている様子がない。
恐らくそうなのだろう。
……というか、ジャガの驚きっぷりが凄い。
青ざめてすら居る?
「あー……、マリー?
怒るなよ…。
別にもう良いだろ……?」
リアムの言葉に、アヤメ達はマリーを見つめた。
そのマリーは怒っているなど欠片も感じない、優雅そうな笑みを浮かべていた。
むしろ、上機嫌に見える。
「臭う。臭うわ。
とっても臭い…、私の大嫌いな臭い。」
「…長旅だったから、良い匂いとは言えないかもしれないわね……
思慮に欠けてたわ」
シアが軽く頭を下げると、マリーはううん。と首を振った。
「貴方の匂いは好きよ。
懐かしい匂い。
ここと同じような村の匂い。」
「でも」
マリーはその瞳で睨み付けた。
憎んでいた。
恨んでいた。
忌んでいた。
例え、真綾の子孫の仲間だとしても…その愛以上に。




