「近くて一番遠い彼女」
「皇帝に、象徴。
私には役が多いのね。」
彼らの説明をまとめると、ハクは七つの国を纏める帝国側。
男性…ジャガという彼は、フルール・ド・リスという(自称)宗教国家側。
そして、女性…シアはそのどちらにも属さない、不可侵の村の纏め役だそうだ。
ハクの故郷でもあるらしい。
「面倒であれば、ここで私達と暮らしましょう。
責めるものなど全て私が消して見せます。」
狂気すら孕んだシアの視線に、男二人は軽く引いていたが、アヤメは微笑みを浮かべた
「ありがとう。
貴方は本当に私を守ってくれる気がするね…」
当然です!とばかりに、シアはどや顔した。
しかしアヤメは軽く首を振り…
「でも、“私”が選んだのでしょう?
それを、私が無下には出来ない。
だから私は、この二人を選ぶわ。」
どうせ、戻れないんだろうから。
そう、少女は冷たい目でハクを見つめていた。
「…はい?」
ハクは先程のシアの言葉が理解できず、首をかしげた。
「だーかーら、私も付いていくって言ってるの。
そこらの男より強いし
何より、あんたら家事なんて出来ないでしょ!
そもそも、アヤメ様は女性なんだから、男二人なんて―」
説教が始まりそうなシアの言い方に、ハクは慌てて止めた
「解った!
二度も聞いて悪かった!」
「解れば良いのよ。」
と、シアは満足気に微笑んだ。
「シアも一緒なの?」
アヤメの言葉にシアは屈んで、彼女の目線に合わせ
「ええ!ずっと一緒ですよ!
貴方が何処に居ようと、何者になろうと、私は最期まで貴方の側に居ます。
貴方の望む限り。」
覚悟を決めたようにそう言った。
「プロポーズかな?」
「プロポーズだな」
男二人の言葉はなかったように華麗にスルーし、アヤメは微笑んだ。
「ありがとう。
何もない私に価値を見出だしてくれて。
何があっても私を護ってくれるの?」
「…ええ!
もちろんですとも!!」
「タラシかな?」
「タラシだな」
そうしてアヤメは、今の今まで無視していた男二人に先程とは違う種類の微笑みを浮かべた。
「と言うわけで、貴女方も自らの価値を考えてね
存在してるだけで許される枠は消えたから。」
「その枠欲しかったぁー!」
大袈裟に落ち込んで見せるジャガを横目に、シアは片手に荷物を持ち上げた。
「で?
最初は何処へ向かうの?」
明らかに重そうな荷物を軽々と。
「…憤怒が国の村だ。」
やけに沈んだ声で、ハクは応えた。
ハクは誰かに理由を聞かれる前に、更に言葉を続けた。
「貴方が行ってみたいと言っていた場所だ。
今の貴方が行って、どうなるとも思わないが…」
「行くわ」
アヤメは少しの間髪も入れず、しっかりと前を見据えたままそう言った。
「どうせ二人は教えてくれないだろうし
何より、“私”が人に真意までを教えるとは思えないわ。
だったら自分で確かめるしかないでしょう?」
アヤメの言葉を、ハクもジャガも否定できずに口を閉じた。
そして少し間を開け、ジャガはにんまりと笑みを浮かべた。
「それってさぁアヤメ様。
アンタも、俺達に真意を伝えるつもりはないってことぉ?」
ジャガの言葉にシアが足を止めた
「絞め殺すわよ、ジャガ」
鋭く睨み付けるシアの視線をジャガはかわし、尚も笑みを浮かべた。
「だってそぉでしょ?
アヤメ様に過去の記憶はないんだから
参考にするのは自分の本能的な言動だ。」
するとジャガはその笑みのままあアヤメに近づき、そして目の前でかしずいた。
「ねぇ、アヤメ様。
アンタは、自分に忠誠を誓ってる俺達にウソ吐くの?」
一瞬、沈黙が流れた。
ハクも、シアも、実のところ気になってはいた。
今のアヤメが本当は何を思っているのか…。
特にハクは、何故自分を責めないのか…と。
すると、アヤメは不思議そうな顔でジャガと同じようにかしずいて、視線を合わせた。
ジャガは驚いた顔をしたが、動きはせず、アヤメの反論を待った。
けれど、その言葉はかなり論点のずれたもので…
「君がいつ、“私”ではなく、私に忠誠を誓ったの?」
「……は?」
そもそもの話だった。
シアについては確かに忠誠とも言える誓いを契ったが。
ジャガとも、ハクとも、そんな話しはしていない。
少なくとも今のアヤメには。
「じゃあ…オタクは、
俺達が何のために側に居ると思ってるんですか」
するとアヤメはますます不思議そうに首をかしげ
「だから…、ハクは私に皇帝になって欲しいから
ジャガは百合の象徴になって欲しいからでしょう?
君達が、私個人に忠誠を誓う利益はないよね。」
本当に、理解できない様子でアヤメはジャガを見つめていた。
「…だったら!」
ジャガはアヤメの腕を掴んで言葉を続けようとしたが、アヤメはそれをもろともせず
「ああ、けど、多分君の言葉は間違ってない。
多分“私”は嘘を吐いている
何かのためなら嘘を平気で吐ける人間だよ。
じゃなきゃ、こんなところに居ないでしょう?」
アヤメはやんわりとジャガの手をどけ、ジャガの目を見つめた。
「けれど、今の私に嘘がないのは本当よ。
何が良いのか、何が悪いのか、何が大切で、何を切り捨てるべきなのか。
私には、何もない。
ただ虚無感しか…」
すると、本当にアヤメの瞳は徐々に光を失っていく。
虚ろな瞳で、ここではない何処かを視ていた。
「きっと“私”は大切な事を失ってしまったんだわ。
失っちゃいけないことを、亡くしてしまったの。
此処ではない何処かの……。
けれどね」
瞬きひとつすると、アヤメの瞳は戻り穏やかな瞳でジャガを見つめていた。
「けれど、不思議ね。
忘れられるものなら、忘れていたいとも思ってるんだわ。
忘れたまま、のうのうと生きたいと思ってる。
私には到底理解できないけれど…。
そんなものを望む“私”に、君達が忠誠を誓って良い筈がない。」
アヤメはすくっと立ち上がり、淀みのない目でハクとジャガを見据えた。
「出来ることなら、『私』を選ばない方が良い。」
独り歩き出したアヤメを、シアだけが迷うことなく付き添っていた。
「…なぁどう思うよ、節制の旦那。」
七つの国のひとつ。
憤怒が国へ向かう前の宿で一行は暫し休んでいた。
極めて一般的な宿で一階は酒屋になっている。
シアとアヤメは早々に休んだが、その酒屋でハクとジャガは話していた。
ハクの方は、アルコールは呑んではいないが…ジャガは既に暴食が国の酒を呑んでいる。
「どうって…、何の事だ。」
「あー!やめやめ!
どうせ長い旅になるんだ。
腹の探り合いなんて止めにしようぜ。」
ジャガの言葉に、ハクの視線は悩むようにさ迷い。
そして、ジャガの呑んでいた酒のグラスを奪い、一口呑んだ。
目を見開いたジャガは、その意味を理解し嬉しそうに微笑んだ。
そして、その礼に…と自分から口を開いた。
「俺は………。
凄く狡い人だと思った。怖い子供だと思った。」
自分より幼い子供とは思えない、あの目を見て…ジャガは本能的に思った。
「記憶もないのに、彼処まで言葉に重みがある。
象徴足る由縁なのかもしれないけど…、俺は怖かった。
彼女がというよりは、彼女がこの先見る景色。
それを映すだろう冷めた目や、冷めてしまう思考が。
それに…」
ジャガは一呼吸置いて、酒を呑みほして、新しい酒を二杯頼んだ。
「それに、それを態々見せつけて懐に入れてくれないところが
狡いと思った。」
自分は嘘を吐く人間だと豪語しながら、今は嘘を吐いていないと言い。
けれど、忠誠は誓わせないように牽制する。
実際会ったことはないが、やはり記憶がなくなっても華綾の本質は変わらないのだ…と、少し落胆もした、と。
すぐに運ばれてきた二杯の酒を見つめ、今度はハクが口を開いた。
「俺は…驚いた。
何て言うか…、その、安堵したというか…
嬉しくて…」
そう言うハクは、本当に嬉しそうな顔で微笑んでいた。
しかし当然ながら、それを見たジャガは眉を潜め
「はぁ?嬉しい?
さては旦那どえ…いや、何も。
使い魔って、やっぱそう言う生き物な訳?」
「それは違う。
使い魔は王を慕うわけではない。
どうしようもなく、惹かれるだけだ。
事実、王を酷く憎んだ使い魔も居た。
もっともその多くは、王ではなく運命を憎んでたんだが…」
使い魔とは王に使える悪魔。
この世界で使い魔は殆ど神と同義で、宗教に関係なく尊ばれ、畏れられる。
王を選定するのも彼らの役目で、王に力を与えるのも彼ら。
そして使い魔は、王が死ぬと同時に死ぬ。
けれど、使い魔が死のうとも王は死なない。
そう言う風に定められているのだ。
運命に。
故に正確には、王を選定しているのは使い魔ではなく運命。
どれだけ逃れようとも使い魔たちの脳裏には、いつも、未来の王がチラつく。
例え、今、この時代に生まれていなくとも…だ。
生まれてしまえば、その光は一層使い魔の脳を満たす。
まるで、その身を蝕む毒のように…。
無視しようとすればするほど、その感情は増す。
「その感情が愛になるのか、憎しみになるのかは、個体差がある。
大概は、何だかんだ言っても愛になるよ。」
さすがのジャガも、その話には少し驚いていた。
使い魔に対する大衆の認識など、とても尊く、強いもの。
そんな程度だ。
王に対する運命など、知るはずもなかった。
「ち…、因みに旦那はどっちなんだ。」
「…さぁな……。
だがあの人を王にした時点で、俺は運命に負けてるんだ。
時期に俺も他の使い魔逹と同じように、あの人を愛するんだろう。
…いや、違うのか。」
ハクは笑みを浮かべながら、深い溜め息を吐いた。
困った、と笑うように。
「あれで嬉しいと思ってる時点で、俺はあの人に情を持ってるんだろうな。
流石に、あの子供に恋愛感情は持てないし持たないが。」
「いや、あの会話の何処にそんなポイントが…」
やっぱりドMか、とジャガは心のなかで言った。
「そもそも、前の華綾様なら絶対に口に出したりしないんだ。」
ハクはその目を細め、上がってしまう頬を片手で隠した。
「…牽制のため…じゃないのか?」
口で隠しても意味がないほど、ハクの広角は上がり、肩が若干震えている。
「察した俺の方が恥ずかしいよ…。
やっぱり、あの人は子供なんだ。
何もかも忘れて不安で仕方ない仔猫だ。」
「アヤメ様を仔猫たぁ…。」
さすがだと驚くジャガに、ハクは首を振り
「いや、良く良く考えてみろ。
現にあの人は、母猫を手放せなかった。」
尚もジャガは眉を潜めたが…、言われるがままアヤメの言葉を思い出してみた。
私はこんな人間だと突き放したり、でも嘘は吐いてないと言って、そして最後には突き放す。
それを12歳の女の子のままに思い出した。
「………あっ」
突然、ジャガは赤面し、ハクと同じように肩を震わせた。
「うわっ、つか。
真に受けた俺も恥ずかしいんですけど…」
机に突っ伏して恥ずかしさに震えるジャガに、ハクは耐えきれずに笑った。
「ただ気付いて知って受け入れて欲しいだけとか…。
ああ、くそっ。
ホントに年相応の仔猫かよ。」
アヤメの肩書きだけを見て、本人を見ていなかったのは自分の方だったのだと。
ジャガは痛感し…、
というよりそれを真に受けた自分と、ただ、それだけの事をあんな風に格好つけていた仔猫が恥ずかしすぎて、ジャガはそれどころではなかった。




