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アルカナの戦慄  作者: 三古谷
01章 「華散る神意」
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「狂人または英雄」

明けましたおめでとうございます。

新年早々、突然の魔界編に突入です。

00章の華綾、綾雅の姉。その後。

一歩…


一歩……


また一歩。


その足を、ゆっくりと踏み締める。


この一歩に、どれだけの重みが…罪があることか。

その重さを、真に理解できる日は、きっと永遠に来ない。


だけど、もう後戻りはしない。

あの頃の優しい日々へは、絶対に帰れない。

家族達、数少ない友人、そして愛しい君の元にも…二度と。

それでも、これが私の選んだ道。

私が決める道。

私である限り、選らばねばならない道。

それで仮に、家族を殺すことになろうと…、私は


「君を護る。」
















ふわりと吹いた風に、そっと頬を撫でられ少女は目を開けた。

目の前には木製の天井が見え、視界の端には五つの柱。

同じく木製だけど、色は白かった。

元々の色なのか、それとも塗装されているのか。

知らないし興味もない。


少女はさ迷う視線に、俺を見つけた。

「君は誰?」

言いながら、少女は美しい黒髪を揺らしながら腰を持ち上げ…、深紅の瞳で俺を見つめた。

この少女は彼の世界で華綾と呼ばれていた、その人だ。


そのしっかりとした瞳を受け、俺は少し安心して笑った。

「俺は…、ハク。」

そう…もう誰も知らない名を少女へ告げた。


「ハク?

 あら、わんちゃんみたい。可愛らしいわね。」

そう微笑むと、少女は立ち上がって周囲を見渡した。

きっと少女の目には、これが異常に映ったことだろう。

ここは見張らす限りの草原だ。

建物も、ここだけ。

「ここはどこ?

 私の寝床?」


「いえ、貴方の寝床は別にあります。

 ここは、そこから離れた場所ですが…。

 もう二度とここに来ることはないでしょう」

何処かへ行きたがる少女に合わせ、俺は立ち上がった。

少女は俺よりずっと小さく、少女の頭は俺の肩ほども届いていない。


…当たり前か。

まだ12なんだから。


少女は目を細め、俺を見上げた。

「…さっき、君の名を聞いたけど、君は何者?

 何故自分より小さい私に敬語を使って

 何故最初から私の隣に?

 何故記憶のない私に驚かないの?

 それとも、私が自分の名すら失うことを、初めから想定していた?

 いいえ……?」


少女は不敵な笑みを浮かべ、俺の、目の奥を見た。

「望んでいた?」

思わず反応してしまった眉を、少女は逃さなかった。

自分に関わるすべてを失っても、その知性が失われた訳じゃない。

それどころか、欲することでより一層…ということか。

俺は溜め息を吐いた。


だからこそ、俺は彼女を選んだんだ。

いや…、正確には運命が…。


俺は再び少女へかしずき、その視線を合わせた。

「本来、俺に名はありません。

 帝国の使い魔の証である様々な称号で呼ばれます。

 使い魔とは王の次に権力を持つ、国にとって重要な存在。

 そして、俺が忠誠を誓うのは貴方だけ。」


「貴方は私に皇帝になってほしい訳ね。」

少女の言葉に、俺は頷いた。


「帝国ってことは…、国はいくつ入ってるの?」

国と異なり、帝国には国が複数入っている。

連合王国との違いは、そこに皇帝が居ることだ。

国のトップである王より、更に上位の皇帝が。


「嫉妬、憤怒、傲慢、怠惰、強欲、暴食、色欲の七つ。」


「ふぅん…」

少女は俺から視線をそらし、おぼろ気に空を見つめた。

……何だろう、明らかに…その。


(めんどくさそうだな?!)


運命よ、あの人が皇帝で大丈夫なのか…?


記憶を失う前の華綾様はもう少しやる気があったぞ。

何故記憶を亡くした途端…

「一先ず、ここは危険なので移動してよろしいですか?」

ここは…と言うより、今からいく場所が安全なだけなのだが。

その説明は今、すべきことではないだろう。


「…すべての知識がない以上、私は君に頼る他ないわ。」

それは…そうか。

その為にこの儀式はあるのだから。

だが、それを12の子供の口から言わせるのは…、とても、哀しい。

俺は少女から視線をそらし、行くべき場所の座標を探した。




少女は自分の、あまりに小さな手を見つめた。

不意に…、同じくらいの大きさの手が見えたような気がしたけど…。

それは初めからなかったかのように消えた。


(…きっと、これが“私”の記憶。)


一ミリも思い出せない。

他人のような記憶。


「…どうぞ」

ハクの声に顔をあげると、彼が手を差し出していた。

彼の大きな手に、少女はその小さな手を重ねた。

華綾の頃からは想像もつかないほど、不安そうな瞳で。













「アヤメ様!」

何処かの門に着いた少女は、そこから掛けてきた女性に抱き上げられた。

女性の容姿や背丈はハクと酷似していて、親戚なのだと一目で解った。


(…いえ、違うわね)


よく見てみると、集まってきた他の人々の多くが似た容姿をしていた。

恐らく、そういう地域なのだろう。

「ハク!貴方は見回りでもしていなさい!

 アヤメ様が許そうとも、私が許しませんから!」

女性は、そうハクに向かって怒鳴り付け、少女を抱えたまま一番大きな家へ向かった。

少女は少し戸惑ったものの…


(…まあ、女性の方が優しそうだし、いっか)


と、自分をお姫様だっこする女性を黙って見上げた。

「私は、アヤメというの?」


すると女性は少し悲しそうな目をして、

「……いいえ。

 貴方は名前を名乗りませんでしたから…。

 我々が、勝手にそう呼んでいるだけです。」

記憶を失う前の少女に会っていたようだ。


(寡黙な人だったのかしら。

 けれど、名も名乗らないなんて…、信用して居ないと言うことかしら。)


「それでは私は今からアヤメね。

 今から行くところが、私の寝床?」


「ええ…。とりあえずの…、ですが。

 まずは貴方に諸々の事情を説明しないと…」

階段を登り扉を開け、女性は入り口近くの広間にある大きなソファーにアヤメを降ろした。


(少なくとも、この人に害はなさそうね…。)


アヤメは無意識に力を抜いて、ソファーに深く腰かけた。

それを見た女性は安心したようにクスッと笑い

「お食事の用意をしてまいります。

 人払いはしておりますので、どうか、お休みください」


そう言い残し、女性は奥へと消え…、やがて料理を作る音が聞こえてきた。

その音が聞こえると、アヤメは瞼を重そうにし始め……、

やがて………、眠りについた。


「あらあら…」

料理を作り終えた女性が戻る頃にはすっかり熟睡していて…、ソファーの上でまるまる姿は、まるで子猫のようだった。

それでありながら、どこか、何人たりとも汚せぬ神聖さを持っていた。


それを見ていた女性は微笑んだ…が、僅かな物音に、女性の頬はスッ…と落ち、背中で男を睨んだ。

そして低く響く声で男へ口を開く。

「私が許さないと言った筈です。

 ハク。」


男は眉を下げ、女性へ弁解した。

「…何が起こるか解らない。

 せめて俺が…」


けれど女性はその弁解を許さず、キツく言葉を紡いだ。

「それが余計だと言っているのですが?

 幼子おさなごを皇帝にさせようとするだけでは飽きたらず、あまつさえ…

 あまつさえ、あの様な下卑げひた組織に…!」


「え、それってオレ達の事?」

突然二人の間に現れた男に、二人は一瞬で、いくつもの魔法陣を展開した。

「うわ、ウソウソ!

 ってか俺何もしてないくね?!

 ちゃんとノックしたから!!」

男は慌てた様子で両手をあげ、無抵抗をポーズで現した。


実際、男は本当にノックをしていたのだか、二人の会話に遮られていたらしい。

「貴様の存在そのものが悪だ」

だがハクは、聞こえていようが関係ないとばかりに、男を睨み付けた。


女性も同意見のようで、

「今すぐ立ち去りなさい

 5、4、3―」

と、かなり早めのカウントを取り始めた。


「速い!カウント速すぎ!!」


すると、もぞ…という音ともに、アヤメが目を擦りながら起き上がった。

「…楽しそうね?」


「あっ…、ほらぁ…。

 俺静かにしようとしたのにぃ…」

と、男は大袈裟にやれやれと言った。


女性はそれに腹を立てたように舌打ちをして、

「ハク、責任をもって奴を殺しなさい」

と言い残して、アヤメを気遣うように近付いた。


「起こしただけで罪重すぎ!

 アヤメ様ぁ、俺殺されちゃいますよぉ」


すがるように見つめてくる男に、アヤメはキョトンと首をかしげた。

「馬鹿は死んでも治らないって言う。」


「アヤメ様もひどぉっ?!

 素?それが素なの??」

アヤメの一言に、本格的に魔法陣が動き出した


(素…ってことは、“私”はこの人にも会ったことがあるのかな。)


少なくとも、男はアヤメを知っているらしい。

少女は女性へ視線を向け

「そんなことより」


「そんなこと?!」


アヤメは男のことを無視して続けた。

「お腹空いたから食べても良い?

 事情は食べながら聞くから」


アヤメの言葉に、女性はまるで聖母のような微笑みを浮かべ

「ええ。もちろんです。

 ハク、摘まみ出しなさい」

そして一瞬で吹雪が吹きさらしそうなほど、冷たい顔で男を見た。


その恐ろしさに若干巻き添えを食ったハクは、少し震えながら

「サー、イエッサー。」

と、男を扉の外へ引きずった。


「やーめーてー!」


それを見つめていたアヤメは、やがて何を思ったか

「ハク。」

と、凛とした声で、ハクの行動を止めた。


「立場が違う人なのでしょう?

 情報は多い方が、私は理解しやすいわ。」

力も、知識もないアヤメは一刻も早く現状を確かめたい。

その為には、一方だけの意見を聞くより、多方面の意見を聞く方が効率的なのだ。


すると男は感激したような顔で

「アヤメ様!!!」

と言ったが、アヤメは微笑み、男を見下ろした。

「立場と情報によるけれどね」


「アヤメ様?!」

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