『善悪』
静かになった神夜小隊室で、班長四人は机に突っ伏していた。
「こうなってくるとネ?
うちが異常なのか、アンゲルスが異常なのか、解らなくなってくるヨネ」
イーサンの言葉に、全員がちょっとげんなりした。
悪いとは決して思ってないんだけど…。
先を考えると不安になってしまうのだ。
ましてや私含め、班長全員が初心者なのに……。
始めに瀧さんが起き上がり、口を開いた。
「えーっと…、うちの班は天莉愛ちゃんかな。
ちょっと風護くんが…、ね、好きすぎるかな……?
近くに居なければ…普通なんだけど…。」
水野 天莉愛ちゃん。
最初の自己紹介のときから解ってたけど…、ネタではなかったんだね。
同い年って訳じゃないよね…。
むしろ同い年なのは綾雅で……。
うーん?
何でそんなに好きなんだろう…。
「あ、その当の風護クン。
編成し直す必要とかはないって言ってたヨ。」
えーっと……?
「付き合ってるんですの?」
あ、これセクハラになる?
しかしイーサンもよく解らないらしく、首をかしげた。
「幼馴染み…?
よく解らないけど、本人が良いって言ってるから良いんじゃないかナ?」
…まあ、そうだね。
「うちの二人は特技があったみたいだな。
伊菜褒が瞬間記憶
心結は…、相手の注意を示したものへ糸が見えるらしい。」
「意図?」
思わず首をかしげた。
瞬間記憶はまんまでしょ?
一瞬で記憶できる特技だよね…、多分、懸憐さんと一緒だと思う。
「紐の糸だ。」
ああ、そっちね。
意図の糸って訳ですか。うまいね!
「運命の赤い糸みたいでロマンチックだね?」
あ、瀧さんも上手いこと言いますね。
糸って赤いのかな?
「好きとか言う長い感情は見えないらしい
一瞬の、あ!あっちに敵が居る~とかな。」
…何か急にロマンチックじゃなくなったね。
まあ、かなり実用的ではあるから良いかな…。
本人さえ嫌でなければ、把握できる範囲とかも教えてほしいね。
もしレーダーを越えてるなら、本当に凄い。
越えてなくても、騙し討ちを防げるって言うのはすごいね。
「陽灯ちゃんの所は?
ちょっと危なかったみたいだけど、トラウマになってたりしない?」
瀧さんの言葉に、私は返す言葉に困って苦笑した。
「トラウマっていうのは一切ない様で、それは安心してます。
ただ…、少し困惑しているみたいです。」
けれどそれは少なからず、私たちも感じていることだった。
「悪魔は絶対普遍的な悪だけど…、
それを信じる人が完全な悪とは限らないんだネェ…?」
イーサンの言葉に、私は頷いた。
友姫さんと苑さんが戸惑っているのは、恐らくそういうところだ。
人が完全な悪とは限らない。
正確に言えば、それを捕らえる自分達が完全なる正義じゃないと気付いてしまったこと。
いや、冷静に考えれば、法律違反してることは間違いないんだけどね?
でも気持ち的に割り切れない部分もあるんだろうね……。
けど、私はどっちかって言うと……、それを改めて思って…。
悪魔が本当に悪なのか解らなくなった。
そもそも、何で私はあのとき…、初めて悪魔を見たときに『可哀想』だと思ったんだろう…。
悪魔は、何で悪だって言われるんだろう?
そもそも悪魔って…何なの?
「どっちにしても、オレ達がすることは同じだろ。
そういう小難しいのは、上の奴等が考えてりゃ良いんだよ。」
………そうなのかな。
まあ…、そうだね。
知らないと死ぬ訳じゃないし。
知らなければ…、ないも同じだもんね。
「――――はい、ええ。
あれ以上の幹部は、もはや人では無かった様です。
ええ、そのまさかで。
悪魔教の方は完全に壊滅状態なので、俺も帰還します。
はい。はい。了解しました。」
公衆電話の受話器を起き、秀司は深い溜め息を吐いた。
『黙れ、モンスター』
そっと、イーサンに掛けられた言葉を脳内で再生していた。
確固とした、揺るがない言葉を。
きっと彼女だけは自分の事を赦さないで居てくれるのだろう。
…たくさんの人々を騙してきた自分の事を。
こんな風になってやっと、『罪を憎んで人を憎まず』という言葉の意味が解った気がする。
犯罪者は、犯罪者という一つのカテゴリーに入るのではなく、何らかの事情で罪を犯した人間なのだと。
その人間を騙す自分も、同じく犯罪者で人間なのだと。
「…はぁ」
次は誰に電話を掛けようか、それとも今日はセーフハウスに戻ろうか。
どちらでも良いように考えていると…
コンッ…
軽いノックにふと我に返った。
ノックをした影は、電話ボックスへ不機嫌そうに凭れた。
秀司は相手の声が聞こえやすいよう、自然に扉を開けた。
それを見計らって、影は口を開く。
「秀にぃ、ケーサツやってたんじゃなかったの?」
秀司は軽い溜め息を吐いて、質問に質問で返した。
「どうしてここが?」
そう少し窘めるような声音で。
質問を質問で返されたことに、影は特に不機嫌になることはなく
「安心してよ。
痕跡なんて残してないから」
と、当たり前のように言った。
その当たり前でないこと平然とやってのける影に、秀司はまた溜め息を吐く。
そもそも、自分が此処に居ると言うことはどんな組織にも人にも教えていないのだ。
「そう言う意味じゃないんだけど…。
やっぱり君は、我兄弟のうち一番優秀だね」
秀司の言葉に、影はどや顔で
「当たり前じゃん。
秀にぃは一番出来が悪いね」
と、公然の事実を述べるように言った。
言われてしまった当の秀司は棒読みで笑う。
「ハハハハー
今の今、君のとこと戦ってた奴の上司だぞ、俺は。
悪魔教を事実上の壊滅に追い込んでたんだ。
もっと褒めて貰いたいものだね」
そう言う秀司に、影はやれやれと呆れるような動作をしてから
「結局負けてたじゃん。
それにアレクなら…、あ。」
と、言い掛けて止めた。
秀司は懐かしい名前に、少し感傷に浸って電話ボックスの中から空を見上げた。
黄昏よりも深い空だ。
「……良いよ、話しても。
我兄弟の話だ。」
影は闇の灯る地面を見つめながら、少し間を開けてから、口を開いた。
「…アレクなら、もっと上手く出来たし
居場所の解き方だって、
何通りか導き出して、
その中で僕に当たりそうなものを出してたよ。」
影の言葉に秀司は懐かしむように頷き
「そうだね。
彼は、我兄弟の頭脳だ。
吃驚するほどドジだけどね。」
と、少しおどけて笑った。
対して影は、微笑みを浮かべた。
「そこがまた良いでしょ?」
秀司はクスッと笑い、電話ボックスから出た。
「ああ、とても愛らしい。
君もね」
そして視線は合わさずに、影の頭を撫でた。
影はそれを甘んじて受け取り…、言葉を紡いだ。
「…秀にぃ。
僕、この頭脳や力を、何のために使うべきか。
使って良いのかずっと迷ってた。」
「ああ。」
秀司は影の頭に手を乗せたまま、神妙に応えた。
「今も迷ってる…。
一番難しいのは行動しようと腹をくくること。
でも僕決めたんだ。
アレクが死んだ、あの日に。
…後はただ粘り強さの問題だ。」
そう、何かを決心した顔で、影は一歩前へ進んだ。
「……」
秀司は、その過程で影の頭から離れた、自分の掌を見つめていた。
「…さっき俺はプロポーズしてきたんだ。
だから我兄弟よ。
こっそり、家族を代表して出席してくれないか?」
秀司は泣きそうな目を閉じ、すがるような声音でそう言った。
「……」
影はそっと
そっと、それを掻き消すように満面の笑みで振り返り
「うん!
出席届けには、欠席って書いておくよ。」
そう、自信満々に言った。
欠席と出席届けを出すのは、彼の兄弟達にとって出席を表していた。
けれど秀司は、とても悲しげな顔をしていて…。
「ああ、いつまでも待っているよ。
我兄弟。」
去っていく唯一の肉親を、いつまでも見つめていた。
きっと、二度と会えないのだろうと思いながら…。
イヤリングのGEMに軽く触れ、端末を開いた。
SNSのアプリ、LEINに通知が来ているのに気づいてアプリを開いた。
『好きだ。』
飛び込んできた単語に驚く脳の、その隅で、誰かが現代っ子ねぇ…と呑気に言っていた。
party×2―パーティ!!―




