『悪魔憑き』
「なるほどね。
2手に別れて退路を塞ぐわけか。」
友姫さんが、ハスキーなちょっと格好いい声で、イーサンの言葉を要約した。
今、通信部にて私たちに指示を送ってくれているイーサン。
彼女が立てた作戦によれば、悪魔教のアジトであるビルの地下には道が続いていた。
もちろん、周辺一体の土地を買ったわけじゃないから、この時点で法律違反。
さすがにこの地下通路へ入る場所は、偽名で土地を買ってたみたいだけど。
「でも悪魔教も強かですね。
ちゃっかりビルの方は一般企業に貸し出してるなんて」
風護さんの言う通り、本当のアジトはビルではなく、ビルの地下あった。
そして、余ったビルの方は貸し出して、ちゃっかり儲けていやがった。
立地もいいし、ビルも新しいから、そりゃまあ、儲かるだろうよ。
『カモフラージュ?
ホント、慎重って言うか臆病だヨネェ…』
あ、そっちか。
儲けは二の次でしたか、失礼。
儲けたいのは私ですね。
何て遠い目をしていると、苑さんが私に向かって小声で口を開いた。
「あ…あの…、もう地下通路に入ってるのに…
こんなに話してて良いんですか…?」
可愛らしい男の娘の苑ちゃんの尤もな言葉に、私は微笑んだ。
ちゃん付けは脳内だけでは許して。
「ちけぇよ。」
不機嫌そうに言われながら、苑ちゃんと私は綾雅の手によって引き剥がされてしまった。
嫉妬なの?
可愛いね、綾雅も。
「今、あっちの方も喋っているだろうから平気ですわ。
追い込み漁みたいなものです。」
ここから出る手段は3つ。
正面出口は一般企業が使うから論外ね。
一つは礼…澤田分隊の居る、地下通路。
もう一つは私達の居る、地下通路。
「だから私達はヘンゼルとグレーテル並みに、
あれを撒き散らしてるわけです。」
と、私が指したのは前後にあるトラップ。
『澤田分隊からも同じ質問が来たから
俺から答えるねー』
『ちょっ、もー!
瀧くん!行ってくれれば設定変えるヨ!』
ごめんごめんと言う明石家さんの笑い声と、ブスくれたイーサンの声と共に、説明が始まった。
私と礼人は既に聞いたけど、みんなには時間無さすぎて話してない。
究極、説明しなくても済むことだから。
正直私は、追い込み漁ついでに、ここで話せばいいと思ってた。
『その辺に撒き散らしてるのは、俺が勝手に作ったトラップ。
種類多すぎて、効果は覚えてない。
まあ、死にはしないと思う。』
う、うーん?
「物騒すぎるでしょ」
本当にね、友姫さん。
私も聞くのは2回目だけど、やっぱり物騒だと思う。
っていうか、明石家さんが作ったって言うのは初耳…。
『大切なのは入り口に設置したもの。
あれは試作段階の転移装置。
物には実績が必要というものさ!
まだ試したことがなかったからね。
隊員で試すより、犯罪者で試す方がずっと有意義だ。』
「確かにそうだね」
肯定してしまう風護さん(中学一年生)に、彼の情操教育はどうなってるんだろう。と若干心配になった。
まあ、つまり、私達の目的は殲滅ではなく、脅して脅しまくって、その転移装置に誘導すること。
もし、敵が来たとしても、相手がヤル気満々じゃない限りは、後ろへ逃がすのだ。
それと、明石家さんも、イーサンも、本部にいるわけじゃない。
イーサンはどんな緊急事態があっても対応できるように。主に暗号関連とかで。
明石家さんは、転移装置に異常があったときと、成果を見るためだ。
いつもは二人とも本部に居るんだけどね。
明石家さんに至っては、本番は参加してないときもある。
二人が何処に居るのかは私たちも知らないけど、ビルの近くにいるのだろう。
『あ、陽灯ちゃんストップ。
そこトラップあるネー』
イーサンの言葉に私は特に驚かず、ただイーサンが解除してくれるのを待った。
というのも、この敵側のトラップ云々はもう4回目。
どんだけ厳重なんだよと突っ込みたくなるほど。
『よし、もういいヨ!
ごめんねー、礼人君のやってたからちょっと遅れちゃって』
数秒しか経ってませんでしたけど…?
そう言えば、遭遇してきた4回目以外にも、明らかにトラップっぽいのがいくつかあった。
あんなあからさまなトラップばかりじゃないはず…。
ふと後ろを振り替えって、何だか寒気がした。
敵に対してじゃなくて、イーサンに対して…。
トラップ…、本当は何個あったんだろう……?
「こりゃSクラスにもなるわね。」
一人呟いた私を、友姫さんと苑さんが不思議そうな顔で見ていた。
コンクリートで固められただけの簡素な空間。
そして、それに不釣り合いなやけに豪華な家具。
俺はその中の椅子に鎮座し、肘を机へ預けていた。
「タルシティ様!タルシティ様!」
女の五月蝿い声に、俺は心の中で舌打ちしてから、スッ…優しげな笑みを浮かべた。
やがて、女はノックもせずにこの空間へ入る。
「騒々しいですね?
どうかしましたか?」
女の名は…いや、個人情報保護法と言うものがあるからな。
仮に、A子…影子としよう。
こいつは俺の部下だ。一応。
「地下通路から話し声が!
明らかにうちのものじゃないです!」
影子の声に、俺はまるで驚いたような顔をした。
そしてすぐに、思案する顔へ移る。
その間俺は全く別のことを考えている。
もう一度言うが、俺が発する考えと、俺が本当に考えてることは異なる。
「非常口は?」
そんなもの、聞いたところで意味がないのも解ってる。
ここへ来るとすれば、それは馬鹿な警察か、アンゲルスだ。
警察にそこまで馬鹿なやつは居ない筈、と思いたいので、まあ、アンゲルスだろう。
そして、そのなかには必ず彼女…李 イーサンが居る。
思考とは口に出す言葉とも異なり、純粋な疑問が湧いた。
彼女は俺を見たらなんと言うのだろう?
俺を救おうとするのか。
俺を肯定するのか。
俺を賛辞するのか。
だとすれば、俺は彼女の事が大嫌いになるな。
それならそれで、丁度良い。
身は、軽い方が動きやすい。
慕われなどしなければ、どれほど動きやすいことか。
そうして俺は、影子を見つめて口を開く。
「いえ、そこは恐らく気付かれてないのかと…」
なるほどな。
「そうか。
それならそこからみんなを避難させよう。」
すると影子はサッと顔色を変えた。
「みんな…?
タルシティ様が最優先です!
貴方は数少ない、悪魔憑きなのですから!」
悪魔憑き。
教会の中でも、特に貪欲…つまりは悪魔に対して敬虔なものだけが与えられる称号。
その証は、悪魔張本人から与えられたこの名、タルシティ。
与えられたと言っても、悪魔が考えて付けたのではない。
勝手に俺の頭にそれが浮かんだんだ。
銀の悪魔によれば、それこそが俺の名らしい。
俺はこの組織において幹部ではあるが、俺以上に偉いやつは居る。
だが、俺はそいつらよりも価値がある。
矛盾しているようでしていないのだ。
言うなれば、使えない課長と、優秀な新人。
どっちが重宝されるか、みたいな。
「そんなわけにはいかない。
私にはこの名を懸けて、貴方達を守る義務がある。
さぁ、早く皆を逃がしてくれ。
私は最後だ!」
そう、俺はたからかに影子へ宣言した。
影子まるで感銘を受けたような顔をして、慌てて出ていった。
どうせ他の幹部のやつらは我先にと逃げ出していったことだろう。
若いやつらも、さっさと逃げ出していけば良い。
(その先に、逃げ場など有りはしないのだから。)
俺は胸元にあるニューナンブM60を確かめてから、次期に帰ってくる影子を神妙な顔で待った。
「3つ目の退路があったとはね…」
感心したような瀧の言葉に、イーサンは得意気に笑った。
「アイツの考えることなんてお見通しだからネ!」
瀧と、イーサンが本部に居なかった、その本当の目的。
それは地図だけでは見つけられなかった、あるはずの3つ目の退路を見つけるためだった。
見つけるまで、本当にあるかどうか確証があったわけではないので、礼人や陽灯には伝えていない。
「敵を騙すならまずは味方から?
とにかく!
上手くいって良かったヨ!」
瀧の仕掛けた転移装置によって、雪崩のように溢れた教会の人々が次々と転送されていった。
転送先にいるアンゲルス隊員によれば、転送装置は正常に働いてるようで、瀧もご満悦だ。
「あとはタイムラグがあるのか、とか
どのくらいの人数に耐えられるのか、とか」
それを調べられたら良いかなー、と言う瀧に、イーサンはまだやるんだネと少し苦笑いした。
「じゃあ、瀧くん。
私はまだやることがあるカラ!
また後でネ~」
そう笑いながら歩き出すイーサンは、そうしている間でさえ、常に敵のトラップを解除し続けていた。
熟、彼女もSクラスの一人なのだ、と瀧は痛感させられていた。




