表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アルカナの戦慄  作者: 三古谷
第五章 『Natural enemy』
PR
59/227

『自責…悔恨…。』

ガヤガヤとした訓練室のなか、礼人はベンチに座りながら手のなかのペットボトルを転がしていた。

この行為に意味はない。

ただ手に余っていたから転がしていたのだ。

ペットボトルのなかを満たす自己嫌悪と共に…。


『……ぅっ……ぅぁぁぁぁぁぁあ!!!!』

泣き叫ぶ子供が、脳裏に浮かんだ。

子供と呼ぶにも幼い…、少し前まで赤ん坊だったような者。

それが燃え盛る炎の中を独りで歩く。


瓦礫が五月蝿く、なおも崩れ続ける。

遠くで有象が暴れる音が聞こえる、それを防ごうとする声が聞こえる。

荒れ狂う熱風が子供を容赦なく焼き払おうとする。


それでも子供は、何もかもに目も向けず、ただただ叫び続ける。

どうしようもない憤りを、どうしようもない哀しみを、どうしようもない苦しみを、どうしようもない孤独を……。


それを、礼人は見つめていた。目を逸らさず。

あれは過去だ。

あの日の戦災で、きっと誰もが経験した地獄。


「あ、礼人!」

陽灯の嬉しそうな声に、礼人は体を揺らした。


手のなかのペットボトルを止め、無表情だった顔に笑顔を張り付けた。

「よぉ、愛本。

 …今日はお弟子さんも一緒ですか?」

と、礼人は半笑いで綾雅を見つめた。


すると陽灯は少し頬を膨らませ、腰に手を当てた。

「もう!

 礼人ったら何のために訓練室に居るの?

 全っ然見てないんだから。」

陽灯の言葉に、礼人はしまったなぁ…と苦笑いをした。


陽灯は基本的に、礼人には思ったことをそのまま素直に言う。

例えばこれが…佐久間とかだったら、笑って弟子を自慢したんだろうが。

「悪い悪い。

 何だ?お弟子さんが誰か負かしたのか?」

そう笑いながら立ち上がって、ペットボトルをゴミ箱に捨てた。


「いや、それが無敗なんですの。

 何教えたら良いか解んないね?」

と、陽灯は弟子の目の前でキョトーンと阿呆そうな顔をした。

大丈夫なのかと心配になるほど。

尤も、その弟子の方は全く気にしていないようだけど。


すると、陽灯は阿呆そうな顔のまま首をかしげて礼人を見た。

「っていうか紹介してなかったっけ。

 火砕がさい 綾雅りょうがくんだよ。」

陽灯の紹介を受け、綾雅が義務感たっぷりにお辞儀した。


礼人がお弟子さんとしか呼ばなかったから察したのだろう。

「澤田 礼人だ。

 宜しくしてくれるか?」

礼人はそう笑みを浮かべながら綾雅へ手を差し出した。

いくつかあるうちで選んだ笑みは、取り繕わない、邪気もない笑みだ。

陽灯の弟子だから。と、礼人は宜しくするつもりでいる。


綾雅はあからさまに嫌そうな顔をしてから、陽灯を見つめた。

陽灯は綾雅の嫌そうな顔を見逃していたらしく、首をかしげながら微笑んだ。

「………宜しくします」

綾雅は複雑な顔をして、礼人の指を一本だけ握った。


礼人は心の中で愛雅さん似なんだろうな、苦笑した。


そして綾雅から手を離し、首の後ろを掻きながら目を見開いて陽灯を見つめた。

「これから出掛けるんだろ」

礼人の言葉に、陽灯はギクッと体を震わせ、思いっきり顔をそらした。


逃すまいと言う風に見つめられ続け、陽灯は口を開いた。

「………別に隠してた訳じゃ……

 ちょっとそこまでだよ。

 っていうか綾雅と一緒に行くから。ねー?」

と、陽灯は綾雅に向かって笑みを浮かべた。

すると綾雅は誇らしげに笑った。


小さなナイトだなぁ…と、礼人は笑った。

「じゃあ、オレも付いてくよ。

 どうせ暇だしなぁ」

すると、途端に綾雅は嫌そうな顔をした。

礼人はそれを見て見ぬふりをして、歩き出した。


が、それは一歩で終わる。

「ちょっと待った。」

背後から肩を捕まれ、歩けなくなったからだ。


今度は礼人が包み隠さず嫌な顔をする番だった。

ついでにふかーい溜め息を加え。

「ちょっと、それどういう意味?」

そう不満気に目を細めたのは、陽灯達と同じ研修生だった

佐久間さくま りょうだ。


陽灯は佐久間を見るとパッと笑みを浮かべ、軽くお辞儀をした。

佐久間もそれにもう片手を軽く振ると、また礼人を見つめた。


どうやら涼は、礼人にだけ用があるらしい。

陽灯はそう察した。

佐久間さんならば大丈夫だろうと綾雅と共に踵を帰そうとして、思わず苦笑いをした。


涼へ回し蹴りをかまそうとする永徳と、それを止める涼の手が見えたからだ。

「駄目じゃないか。

 師匠に当たったらどうするんだい?」

永徳の足を握ったまま、涼はニッコリと笑みを浮かべた。


「ってめぇ…何者だ!」

珍しく声を荒げる永徳に、礼人と陽灯は驚いた。

騒ぎになるのでは…、と周囲を警戒したが、特に誰も気に留めていないらしい。

確かに、GEMを使わずの軽いじゃれあいは日常茶飯事だ。


涼は笑みを崩さぬまま、永徳の足から手を離した

「会計部の佐久間 涼だよ。

 初めまして」

一方自己紹介された方の永徳は不満げに眉を潜めた。

そっちから聞いたのに…と陽灯は心のなかで溜め息を吐いた。


どうせ、今回も試験に負けたとか、礼人(師匠)がどうのとか、そんなことだろう。

まあ、礼人もあからさまに嫌な顔してたからね。

いつもは猫被ってるから、確かにちょっと珍しいかも。

「こら、永徳。

 人に無闇矢鱈と回し蹴りするんじゃない!」


「…いや……、礼人さんが襲われてるのかと…」


永徳の言葉に、陽灯は溜め息を吐いた。

「そもそも本部のなかに堂々と敵が居るわけないじゃない。」

陽灯の尤もな意見に、永徳は何故かとんでもなく微妙な、戸惑った顔をした。

「え……いや……、そ、そうか………?」

そうだ!

そうよ!

という礼人と陽灯の声がハモったことで、永徳はとりあえず黙った。


「オレの弟子の岩瀬 永徳だ。

 話したことなかったよな。

 オレら二人とも弟子出来たんだぜ?!」

礼人と陽灯は揃ってどや顔をした。

性格もちょくちょく似ている二人だが、同じ顔をすると益々似ている。

アホさが。


「ヨカッタネー」


「「棒読み!」」

そして涼は二人のどや顔に対して全く触れずに、話を戻した。

「ちなみに陽灯ちゃん。

 出掛けるって、買い物じゃなくて綾雅くんを家まで送るつもりだよね。」

変わらぬ笑みを張り付けたまま、少し声を低くして涼は言った。


言われた陽灯の方は、ギクッとしてから、今度は顔を手で覆った。

涼の言う通り、陽灯は綾雅と一緒に買い物へ行くのではなく、綾雅を送るつもりだった。


つまり、帰りは一人。

「陽灯ちゃんには学習能力ってものがないのかなぁ…?

 君散々危ない目に遭ったのもう忘れちゃったの?

 馬鹿なの?

 仏の顔も三度までって言うけど、これって何回目だろうね。

 それで僕らより優秀な首席とかホント片腹痛いよね。

 そもそも―」

尚も続けられる笑顔のままの猛攻撃。


限界が近づいてきた陽灯は、顔を手で覆ったまま情けなく言った。

「許してつかぁさい……」

その目は、ちょっと涙目だったと言う…。


「永徳くんを連れていきなさい。」

涼の言葉により、陽灯は綾雅と永徳と共に、訓練室から出ていった。

陽灯のその背中は、いつもより大分小さく、トボトボと言う音すら聞こえてきた。

















訓練室から離れた礼人と凉。

聞くまでもなく、凉の言いたいことは解っていた礼人が先に口を開いた。

「…あの時は悪かったよ。」

礼人の言う“あの時”とは、礼人と陽灯が襲われた日のことだ。

アンゲルスまで陽灯を連れてきたのは礼人だが。

それは本当にアンゲルスまで。

着いてすぐに礼人も気を失ってしまったらしく、二人を部屋まで届けたのは凉なのだ。


もっとも、優男の分類に入る凉一人が、二人を運べるとは到底思えないが…。

涼に叩き起こされたのは部屋の前だったから、真実は凉にしかわからない。


「何に対して悪いって言ってるの?」

…凉に、いつもの笑顔が張り付いていない。

穏やかな笑みは剥がれ、ただの怖い顔になってる。


「…愛本を危険に晒したことだよ。

 オレの実力不足だったせいだ。」

溜め息混じりに。

何度も繰り返したように、礼人は言った。


そうだよ。と言われることを予想して顔をあげた礼人はビクッと震えた。

凉が、今までに見たことない、恐ろしい目でギロッと礼人を睨んでいたからだ。


怯えたように震えた礼人に、凉はバツが悪そうに首を振った。

「ごめん…」


涼の言葉に、礼人はカッと顔を赤くした

「ハッ…、何で謝んだよ?

 ああ。ああ、そうか。

 会計の目から見ても、オレは情けねぇよな。

 大事な奴を一人も守れねぇで、

 のうのうと生きてるオレなんかよぉっ?!」


礼人の自嘲的な言い方に、今度は凉が怒りを露にした。

「卑屈になるのもいい加減にしたらどうだ!

 君は、…ちゃんとあの子を守れたじゃないか。

 あの時だって…

 僕はあの子に剣を向ける敵を殺すことしか、考えちゃいなかった…。」

今、凉の言うあのときとは今よりも少し遡った。

リリィー・カリスの“結子”がスパイとしてアンゲルスに居て。

それが陽灯にバレ、それを隠蔽するために結子が陽灯を殺そうとしたときだ。


その時、凉は、陽灯へ剣を向ける結子を殺そうとした。

それは当の陽灯によって阻まれてしまったのだが。

「俺と違って、君はその腕で。

 何よりも優先してあの子を守った。」

あの時陽灯を襲う剣を防いだのは、陽灯でも凉でもない。

礼人の撃った弾丸だった。

もしもあの時、礼人が一つでも違う行動をしていれば、陽灯は無傷では済まなかっただろう。

間違いなく。


「なのに、君はその任務すら放棄して、何をしてるんだい?

 ペットボトル転がし屋にでも転職する気かい?

 そんなんじゃ、君のその立ち位置、今すぐにだって別の奴に食われるよ!

 何なら俺が食べたって良いんだ。

 その方が、俺も安心できる」

涼はそう、少し哀しげに、けれど挑発的な笑みを浮かべた。


礼人はその笑みを受け止め、その笑みとは比べ物にならないほど、挑発的に笑った。

「……何だ。

 お前、愛本が好きなのか?」

けれど、そこに邪気はなく。

無邪気に笑う子供のようだった。


涼はその笑顔を眩しそうに見つめ、そして憎らしげに笑った。

「この会話の流れでそう思える、君の頭が憎らしいね。」


「ハハッ…、でもオレが許さねぇよ。

 消えてやらない。

 この立ち位置だけはオレが守るって決めたんだ。」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ