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アルカナの戦慄  作者: 三古谷
第五章 『Natural enemy』
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「サクラ」

気丈に、けれど明らかに怯えた声で、愛本は言った。

「結界…ですわね。」

それを最後にオレの意識は途絶えた。

男が愛本へ手を伸ばすという、その光景を最後に。





「触るな。」

低く、野太く、何より怒りを纏った声で、男は彼を威嚇した。


ジッと自分を見据える彼の瞳に、男は苛立ったように舌打ちした。

「ったく、ちゃんと警告したっつぅのに結局こうなるのかよ。

 てめぇ何者なにもんだ。

 何もかもが得体の知れねぇ…」

男…、アスターは彼が何者なのかは知らなかった。

解っているのは、何故か…そう今、この瞬間も陽灯を殺そうとしていることだった。


『君が知る必要はない。』

彼はそう、憂いを込めた瞳でアスターを見つめていた。


まんまと彼の策略に乗った陽灯に、今意識はない。

仮にあったとしても、彼女はもう換装が出来ない。


アスターは側に倒れる姿を見つめ、その左拳を握った。

「これだから守るっつぅのは…面倒なんだ、よッ!!!」

そしてその拳を彼めがけ奮った。

だが、その拳は、陽灯の剣と同じく黒い壁に防がれた。


一瞬は。

『っ!!!』

彼も先程とは異なり、攻撃を受けようとせず避けた。

しかしアスターはその逃げを許さない。

右足を踏み込み、もう片腕で追撃した。


それさえも避けられた…が、その威力は結界の乱れが物語っていた。

「チッ。

 だから右手はヤなんだよ。

 威力が低い。」

そう言いながら、少し向こうに居る彼を嘲笑うように見つめていた。


「お前には関係ない話だがな。

 本来のオレ達と、アンゲルスのオレ達の情報は違うんだよ。

 騙ったのは光の因子と…、あと何だと思う?」


『さぁ?

 “すべて”じゃないか?』

さぁ?と言いながらも、彼はしっかりと考えて答えを出した。


違うね。

アスターは何を答えてもそう言うつもりだった。

しかし、実際は違っていた。


アスターは途端に愉快そうに口角をあげ、目を見開いた。

「正解だ!」

アスターは初めて理解された、無邪気な芸術家のように笑った。


そして、こう言った。

「ああっ!殺すのが惜しいな……。

 …何でお前は、んなところに居んだ?」

つい先程までは理由などどうでもよかった。

どちらにしても殺すからだ。

アスターは陽灯に仇なすものは必ず殺す。必ず消す。

“そうしなければならない”から。

そして自分自身もそうしたいと思うから。


けれど

『何故…か。

 例えば、君の騙り続ける“すべて”。

 誰かはそれを酷く怨むだろう。

 俺はその誰かを深く愛してる。

 だから、その騙るという事実そのものを殺すのさ。』

アスターは訝しげに、自分の首の後ろを掻いた。


その例えを事実に当てはめるのなら、恨まれるのは陽灯。

「誰かが、愛本の何かを忌んでるってことか?

 まあ、そりゃそうだよな。

 悪魔にとって光は最も忌むべき…」

数多ある能力のうち、光の力は悪魔を根本的に解決すると言われている。

ならば当然、悪魔である彼は光の能力者を殺そうとするだろう。


が、アスターはどうも附に落ちなかった。

「お前が嘘を吐いてないのは解る。

 だが、謎々が過ぎて解らん」

眉を深く潜めたアスターに、男はフッ…と少し笑みをこぼした。

『すまない、馬鹿にしてるわけではない。

 俺が君に解かせる気がないだけだ。

 解る人にとっては、酷く胸糞悪い話だろう。

 …俺でさえ、そうなんだから。』

そう言った男の瞳は酷く冷めていて、アスターはひとつ理解した。

男は始めから、その瞳に何も映しては居ないのだと。


「はぁ……

 お前の事情は解らんが、オレだって易々と殺させる気はねぇよ」


高々ともな。


そう睨み付けると、アスターは地面へ、その両拳を降り下ろした。


ドォォォォオン


その腕からは想像できないほど、深く重苦しい音が溢れた。


すると、たちまち結界は崩れ…

周りには男の姿はなく、代わりに何事かと出てきた店員と、駐車場に倒れる影。

そして金色に輝くコインが置かれていた。

















「陽灯!」

目を開けると、涙目のジゼルが私を見下ろしていた…。

1秒も立たぬうちに、私は多分しまった…と思った思う。

あくまで体感時間だけど。


「えっと………、どのくらい寝てました?」

心配させぬようアハハーと頭を掻こうとして、自分の体に包帯が巻き付かれてるのに気づいた。

多分、これ意味ない。

フランケンシュタインの怪物じゃないんだから………。


するとジゼルさんに代わって、香川さんが説明してくれた

「十数分くらいよ。

 事情は澤田礼人から聞いてる。」

あー……。

礼人が連れてきてくれたのか……。


「その包帯。

 大袈裟と思ってるかもしれないけど、そこまで大袈裟でもない。

 体中擦り傷だらけ。

 特に腕が酷いわ。悪魔に掴まれたそうね」

包帯でどうなってるか解らないけど、別に痛みはない。

…やっぱり大袈裟だと思う。


「……その礼人は?」

嫌な予感に、私は香川さんをジッと見つめた。

始めから私一人で行ってれば…、いや、そもそも行かなければ良かったんだ。

我慢すれば何もかも済む話だったのに……。


また。


「ずっと居るが。」

……可笑しいな。

何処からか礼人の声が聞こえてきたぞ。

もしかして礼人は死………。

ああ、そうか。これは礼人の亡霊の声なのね……。

さようなら礼人…

貴方のことは二日三日忘れないわ。


「勝手に殺すな!

 いや、殺されかけたけど!主にみかんに!」

…なんで包帯だるまから礼人の声が聞こえてくるのかしら。


いや、薄々そうかなとは思ってた。

こんな気持ち悪い置物置く趣味、皆ないものね。

「お前、割りと良い度胸してるよな。」


「初めから心読まれる前提で考えてないわよ。

 香川さん、これも大袈裟じゃないんですの?」

いよいよ、私の包帯がおかしいことが証明されたわ。


「これも大袈裟じゃないわ。

 ジゼルとみかんにフルボッコにされたから。」

……………憐れ。礼人。


「とりあえず包帯取って良いですか?

 大袈裟ですよね。」

香川さんは肩を竦め、私の包帯を丁寧にほどいてくれた。

別に全部取ってしまっても良いのに、それはダメって怒られてしまった。


ノック音と共に、みかんさんとななみさんが現れた。

「陽灯ちゃん。

 貴方の最も信頼する保護者は?」

と、唐突に謎の質問をされた。


…え?なに?保護者……?

「昌にぃですけど…」

孤児院はもう出たから、私の親戚的な人は昌にぃだけだ。

まあ、結婚したいと思うような相手が出来たら、来なさい。とは院長先生からも言われてるけど。

真っ先に伝えるのは昌にぃ。


「解った。」

と、頷くとみかんさんが何処かへ行ってしまった。

晶にぃって言っただけで解るんですね。


残ったななみさんが、深くため息をついて

べにさん。

 礼人の包帯取ってもらえる」

紅…とは、香川さんの名前だ。

二人は知り合いだったみたいだけど…けど、ななみさん何か怒ってる?


すると、ななみさんは私の前にかしずき

「……ごめんなさい。

 私の責任だわ。」

酷く弱った顔をして言った。


何で皆して謝るんでしょうか…

「アンゲルス隊員である以上。

 悪魔と対峙するのは当然の事ですわ。

 それよりも、礼人を称賛してください。

 彼が居なければ、私は死んでいたでしょう?」

だからこそ、みんながこんなに顔を強張らせているんでしょう?

あれはもうどうしようもなかった。

アスターでさえ忠告してくれたような人だ。

仮に隊で行動してても意味無かったんじゃないかなぁ。


それにそんなこと出来るはずもない。

私に、そこまでして守る価値はないのだから。


「そういう話じゃないのよ……」

分かってますよ。

私は、ただななみさんに微笑んだ。


けれど私が何を言おうとも、ななみさんも、礼人も、誰も救われはしないのでしょう。

大丈夫だと言っても、何も悪くないと言っても、余計に辛くなってしまうだけなんでしょう。

また、あの時みたいに。

だから、どうか、ただただ私を救ってくれた礼人だけを称賛してください。

そしてもう眠りましょう。

彼は…、もう居ないのだから…。






「あれは確信犯だ

 見えないところにだけ

 …それに、」


「悪いとは思っている

 でも、今はそういう話じゃ…」


「どういうこと…?」





「よぉ…」


「…久し振りだな」

昌の言葉に、アスターはニカッと笑いながら片腕をあげた。


そして壁に凭れる昌の横に並び、少し声を潜めた。

「とりあえずの危機は脱した。

 後はオレが何とかする。」


「…すまない。

 いつも、大変なことばかり…。」

昌は少し顔を伏せ、アスターへ呟くようにいった。


アスターは大袈裟に笑い

「やめろよ。

 それがオレの任務だし、好きでやってるんだ。」

アスターの言葉に、昌は複雑そうな、けれど少し安心したように息を吐いた。


「…今回の件で、寮長の香川って奴と

 同じ小隊の佐野と藤木に…。

 あ、いや。」

言い掛けて止めた昌に、アスターは不審そうに眉を潜めた。


ジッ…と見つめられ続けたが、続く言葉がなく、昌は苦し気に口を開いた。

「…………すまん。」

その言葉に、アスターは深く溜め息を吐いた。

「誰に言うつもりだったんだよ」


昌は少し目を泳がせてから、慎重に口を開いた。

「……マスターと、あの女性に」


「ああ、姉御か。」

昌の言う二人の事を、アスターは知っていた。

仲が良い訳ではないが…、アスターが姉御と呼ぶその人から、一方的に好かれているので、悪い気持ちはない。


アスターは深く溜め息を吐いて

「“そういう”大変なことをするのは嫌じゃないが

 オレが知らないことが沢山有るのは、本当にきらいだ。」

苛立ちを包み隠さずに、アスターは昌へそう吐いた。 

「………すまない」

それでも、頑なに口を開こうとしない昌に、アスターは深く溜め息を吐いた。


「“アイツ”に何があったのか。

 まあ、大方予想は付く…、が、どうせそれも違うんだろ。」

昌は、何も言わずに黙って俯いていた。


何とも取れないその態度を、アスターは肯定と取った。

「オレは世界すべての真実を知りたい。

 なぜ?なぜ?なぜ?

 考えれば考えるほど尽きない知識欲を満たしたい!

 それに、例外は一つ足りとも無い…」

アスターは一息吐いて、


そして深く息を吸った。

「だから!

 オレは愛本を蹴落としてでも全部手に入れる!

 如何なる真実だって、全部オレの物にするんだ!

 愛本になんか奪わせない!

 それ相応の努力だってしてきた!

 だから…」

アスターは壁に背を預けるのを止め、昌へ向き直った。


そして、昌を鋭く睨み付け

「愛本の手助けをするってんなら、

 構わないさ。

 だが……、それ相応の『覚悟』と『理由』を持てよ?」

そう言い残し、そこから去った。


そして、昌の姿が見えなくなったところで、アスターはひとつ合点が言った。

「あの悪魔の言う愛する人って

 “アイツ”の事か。」

まあ、どうでも良いけど…。とアスターは虚ろな瞳で前を見つめていた。

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