『夢の話』
本を手にとって読んでみると…
「これ…!」
内容はもちろんのこと、その本の事態に驚いた。
どう見てもコピーされた本じゃない。
この世に一冊しかない…神夜さんの手で書かれた本だ。
しかも…、こんなに分厚い…。
それがこの本棚…、十数冊も…?
一体、何年掛かったのか…、想像もできない。
「門外不出。
例え綾雅や愛雅にだって見せない。
私の魔術書。」
グリモアール。
魔術や魔法なんて、お伽噺の話でしかなかったこの世界にとって全く関係のない言葉。
いや、むしろ悪魔逹の使う危険性のある悪魔の書だ。
もっとも、そんな知性のある悪魔は見たことがないけど…。
「貴方にあげる。」
あ…、あげるって……!!!!
私は不満を眉と行動に現した。
「神夜さんが言ってたんじゃないですの!
魔術書はその人の生きた記録だって」
私の魔術に関する知識は、全部が全部、神夜さんから与えられたものだ!
だって、他の人からはそんなの聞いたこともないから…。
それは神夜さんも解ってるはずなのに…。
魔術師として生きた人。
その生涯が、一体何を残したのかを記すもの。
それがグリモアール。
失ってしまえば、もはやその生涯そのものが失われたも同然。
それを赤の他人に譲るなど、自分の人生がどうでも良いと言ったも同じ。
そう教えてくれたのは貴方じゃないですか。
その行動を、私にしろとでも言うのですか?!
しかし神夜さんは、静かに首を振った。
「だからよ。
これは、さ迷い続けた“私”の記録。
そもそもね、人の生涯なんて永遠に残るものじゃないのよ。
その時、その瞬間に、何かを想えて想って貰える。
それだけで十分だわ。」
何を…、何を穏やかな顔で言っているのですか?
そう思えれば十分、後はどうでも良い。
その後で出会った私のことなど、どうでも良い。
それを、私の行動をもって証明せよと?
…いつもの事だ。
一年に近い付き合いになろうと、神夜さんは変わらない。
大切な魔術書を譲ってくれると言っても、その言葉は変わらず。
私を突き放す。
ええ。ええとも。
神夜さんにとって私など人生における余分ですとも。
そして、私もそれを肯定し、神夜さんのことなどどうでも良いと言いますとも。
ええ…。ええ、ええ。そうですとも。
…なんて、言うとでも思いましたか?
「どうして…。
どうしていつも、そんな風に言うんですか?!
まるで、全部諦めたみたいに!
私ってそんなに不甲斐ないですか?
貴方の人生の、何の足しにもなりませんか?!
だったらそうだと、口で言ってくれたら良いじゃないですか!」
貴方の人生の良いものになれるなんて、そんな傲ったことは思わない。
だけど、だけど…。
ふん!
ええ、嘘ですとも!
ちょっと傲ってます!
貴方にとっての何かにはなれると、これから、為っていけるんじゃないかと思っています。
いけませんか?!
思うくらい自由でしょう?!
すると、神夜さんは何度か目を瞬かせ、ハッと、慌てたように首を振った。
「…違うの」
「何が違うって言うんですか?!
取り繕われた方が、ずっと、惨めです…。」
私が居たって意味無い。
それどころか邪魔だって…、思われたって構わない。
構わないから、お願いだから。
…もう、何も言わないで。
他の誰でもない、神夜さんだからそう思うのだ。
別に永徳にそんな風に言われたって構わない。
愛美さんや、帆凪にだって、ちょっと傷つくけど、それでも構わないんだ。
けど、貴方にだけは私を拒絶してほしくない。
受け入れてほしい…。
そう、思ってしまう……
すると、神夜さんは何か考えるように目を伏せ、そしてそれが終わると真っ直ぐした目で、私を見つめた。
「聞いて、陽灯。
これは夢のこと。
貴方が聞いたって嫌な気持ちにしかならない。
そう…、思ってたけど」
神夜さんは私の頬へ手を伸ばし、至極真面目な顔でこういった。
『私は魔王だったの』
誰かと重なったような声に、師匠の言葉に、疑う余地はなかった。
いや…、あまりにも突拍子もないけれど。
けれど、とても嘘だとは言えなかった。
「私の前世は魔王。
一度、生を終えてるの。
この魔術書はその時の記憶を元に書いたもの。
……これは、私ではなくて魔王の生涯。」
言外に、神夜さんが綾雅達を思う理由も解った。
綾雅のお母さんである愛雅さんが前世の神夜さんと関係があるんだ。
娘…なのか子孫なのかは解らないけど。
それとも親しい人の子供なのか。
どちらにしても、この本…そして目の前の人がアンゲルスの敵側であることに変わりはない。
それが愛雅さんや綾雅に増えるかどうかの違いだ。
けれど、私は神夜さんに何の危害も加えられていない。
既に開いたこの本にも、何の細工もない。
つまり…
「…中立……と言うことでしょうか?」
神夜さんだけでなく、愛雅さんも。
流石に、綾雅はもう関係ないと思うけど……。
「アンゲルスの方針は国によってバラバラだけど…
この国は防衛でしょ?
だから私は、それに力を貸しているだけ。」
神夜さんの言葉に、思惑というものは見当たらなかった。
ただ、本当に神夜さんは“今”を守っていたいのだろう。
時は進むものなのだから。
それが絶対に叶わないと解っていても。
私は、神夜さんの思うような守護者の一人になれるのだろうか。
私はアスターのようなヒーローになりたい。
英雄は誰かを、何かを、たったひとつでも守れるだろうか。
守りたいと思えるものが、私にはあるだろうか。
「頂戴します。」
たくさんある。
私の大切な人
その大切な人も。
全部守れるくらいに。
誰の涙も溢させないように。
2度と、誰かを貶めず済むように。
「ご教授のほど、宜しくお願いしますわ」
そう、私は神夜さんから魔王の魔術書を受け取った。
きっと、これは矛盾している。
能力と魔法を使うなんて、きっと誰も考えすらしなかった禁忌だ。
アンゲルスが魔王の力を使うなんて。
そんな大いなる矛盾を使ってでも、“私”はもう二度と何も壊したくない。
今を、守っていたい。
矛盾を犯しても、そんなこと不可能だって知ってても。
「ない…無い!
ないナイない無いない…なぃぃぃ……」
一人、神夜さんから譲ってもらった魔術書を読み耽っていた午後8時…。
気づけば既に数冊読んでしま…、いやそこじゃない。
私は愕然とし…、そしてハラハラと泣き出した。
ない…ないのだ!!!
私の…私の、大切な、欠け替えのないものが……。
「ど、どうした?!」
慌てたように起き上がったジゼル。
ちょっと申し訳なくなって慌てて首を振った。
「すみません…
全然、大したこと…、ないんです…!」
袖でごしごしと拭って声を潜めた。
律さんもニコさんも今はお風呂で、明日に備えてもう寝る頃。
私も、そろそろ寝る準備をしようと思ったんだけど……仕方がない。
一日くらいは寝なくたって済むだろう…。
「な…、なんだ?
何で泣いてるんだ??
ストーカー野郎に何かされたのか?!」
私はただでさえ振っていた首をもっと振った。
罪のない人に罪をきせることは、一瞬でも嫌だ。
っていうかちょっと存在忘れてた。
「もしかして、Confeito?
そんなに大事だったの……?」
そうです大正解です、寮長香川さん!
「あれがないと寝れないんです…」
寝るときにあれがないと、心臓がギューってなって鼓動が速くなるんですよねぇ…。
もはや習慣で、絶対に切らさないようにしてたのに……。
不覚!
ストーカーさんのお陰で微妙に外出できないことが多かったから。
ああ……嫌だな。
またあれが来るのか……。
「こ、こん…?
とにかく、それがあれば良いのか!?」
そ…そこまで必死になるほどでは……。
「もう夜ですし…
また今度で良いですよ。」
一日くらいは、どうとでもなる。
「我慢する必要ないわ。
そうね…、隣の暇な男でも一匹連れていけば良い。
うちのはそれなりに腕が立つ上に、
女を口説く度胸もないと来た。」
そう無表情で淡々と言ってから、香川さんは私へ微笑んだ。
「そうですね」
我慢、をもうする必要はない。
別に今までだって、嫌々したことはなかった。
そう思うまでもなくしてたけど。
何か…、甘やかされてるなぁ……。




