『いつかきっと後悔するいつかの逢瀬』
彼女は密かに…、いや、単に誰も見ていなかっただけだ。
彼女は、誰に憚ることもなく、堂々と。
自らに刃を向ける彼へ、悲哀で恍惚な笑みを浮かべた。
「ずっと…、逢いたかった…。」
二度と再び、こんな奇跡なんて起こるはずも。
起こって良いはずもなかった。
それなのにその奇跡は、非道にも…またしても二人を引き逢わせた。
「…ああ……、俺もだよ」
愛し合ってなど居ない二人は、まるで互いを世界で一番愛しい番のように抱き締めあった。
それは罪滅ぼしと、無意味な一縷のすがりでしかない。
それでも二人には、最早それしかなかった。
愛しい人を失い、愛しい人など出来たことがなかった二人には。
それは愛と呼んでも良いと思えるほどの…、強い執着。
彼女は涙を溢した。
いつからだったか、流す意味も解らなくなった透明な血を。
「どうして、もっと早く来てくれなかったの?
貴方はいつだってそう。
そうして、傷つくのは貴方ばかりなのに…
全く学習しないのね?」
彼女の頬は、二人で過ごしたあの時の。
たった一瞬の笑みを溢していた。
「貴方のせいで……、
貴方が、もっと早く来てくれなかったせいで…。
私は希望を見い出してしまった。」
その希望自身は知るはずもない。
彼らが今まで如何にして過ごしてきたのか。
生きているなど到底思えない日々を。
「…どうしてくれるの」
彼女は眉を曲げ、彼の事を睨み付けた。
こんなに、こんなにも怒っているのに、彼が今にも笑いそうな顔をしている。
それが、堪らなく…辛い。
「……どうしたものだろう…。
けど俺は、涙が出るほど…、嬉しい」
彼女は、本当に泣いてしまった彼の頬を撫でた。
触れられるはずもなかった温もりを、初めて与えてくれた彼へ。
その温もりを還そうと。
私はもう、それを持っていたくなかったから。
…けれど彼の頬は、温度の概念すら捨てていた。
「可笑しいね。
貴方が嬉しく思っているのに。
私は苦しくて卑しくて笑ってしまいそう…!」
そういう彼女はあの日々のように、あの時以外の、あの長い年月と同じように“笑って”いた。
容疑者一人目。
初めてストーカーの気配を感じて、とりあえず道をぐるぐる回った、先の曲がり角。
「う「わっ!」」
少し高い男の人の声と自分の声が重なり、ガードレールに当たった腕から軽い痛みが走った。
私は慌てて体勢を建て直し、ぶつかってしまった男性の方。
曲がり角の向こうへ行った。
その時、光る風が吹いた気がした。
光る風を、見た気がした。
眩しい輝きではないけど、包むような…光を、温もりを。
視た気がした。
…気がしただけだ。
「うへぇ…」
私より年上であろう男が尻餅ついて泣きべそかいてるよ……。
ええええ?
そんなに痛かった…?
別に走ってた訳じゃないから、そんなに強くはぶつかってないと思うけど……。
「大丈夫…ですか?」
とにもかくにも立って貰おうと、私は彼に手を差し出した。
すると彼はハッとしたように顔をあげ、照れ臭そうに私の手を握った。
立ち上がった彼は手に持ったハンカチで、涙を脱ぐって笑みを浮かべた。
「すまない。
僕の前方不注意でぶつかった上に謝罪もせず…
怪我はなかった?」
……ん?
貴方の前方不注意のせい……?
まさか元々泣いてたの?
ほへー、彼女にでもフラれたのかね…。
私はそんなことを顔には出さぬよう、外向きの笑顔を張り付けた
「いえ私が、急いでいたもので。
貴方こそ怪我はありませんか?」
私が、のところを少し強調していった。
よく考えてみれば、ここの地形も地形よね。
急カーブなのに道が狭すぎるのよ。
…それより、さっさとその涙引っ込めてくれない?
笑ってはるけど、涙出っぱなし…。
「え…?
あ…、ああ…、うん。もちろん。」
え、何でそんなに動揺するの…?
まさか怪我してるとか?
見れば解るだろ的な?!
「あの…、本当に大丈夫ですか?
私そういうの解らないので…」
見ただけでどこ怪我したとかお医者さんとか看護師さんとかじゃないんだから解りません!
絆創膏くらいならあげれるから!
「あはは。
本当に大丈夫だよ。
君は優しいんだね。」
って言ってる側からポロポロ泣いてるし!
何?!
痛すぎて涙腺崩壊してるの?!
あー、もう!
私は彼が持っているハンカチを腕ごと連れ添って、涙を拭った。
「私が泣かしてるみたいじゃないですか」
真っ昼間なんだから勘弁してよね。
女が男、もしてや年上泣かせてるとか何事?!ってなるじゃない!
「…無視して帰れば良いのに」
彼の言葉に、私は眉を潜めた。
彼は自虐でも何でもなく、一般論のように言ったが。
「そこまで非道じゃないです。」
と、少し不機嫌に返した。
なのに、彼は楽しそうに笑って
「僕は君がお節介だと思うよ」
等とのたまわった!
かっちーんときたよ!
別に怒ってはないけど、もう知りませーん。
涙も止んだみたいだしね?
私はポーチから絆創膏を取り出し、
「はい。
これだけあれば十分でしょう。
では進言通り、無視して帰らせてもらいます!」
彼の片手一杯へ絆創膏の束を握らせ、私は速足で曲がり角をあとにした。
「……」
二段ベットの下で、私は静かに意識を持った。
あれは、弱虫泣き虫さんとの遭遇したときの記憶だ。
夢でまで動揺させられるとは…。
泣き虫さん中々だね。
「容疑者何だから、
名前くらい聞いておけば良かったのかな」
最初、あの光る風を見たとき…私はそれをアニマかと思った。
だって普通、日常で光る風なんて見ないでしょう?
だからあの一瞬、ストーカーは悪魔だったのか!って勘違いしちゃったわ。
……それがまさか年上の涙だったなんて。
あー…、印象深すぎて脳裏から離れない。
どうせ2度と会うこともないでしょうけど。
で、二人目が礼人ね。
何かイラッとして走り回ってみたのよね。
そしたら漏れなく礼人を轢いてしまった。
もちろんぶつかっただけ。
犯人なんだったら自業自得だからいいでしょ。
一番驚いたのは最後にあった輝耶くん!
写真くらいでしか見たことがなかったからね。
本当にお人形さんみたいに白くて可愛くて…。
まるで天使のような満面の笑みを浮かべて、私のことを呼んでくれたの!
呼び捨てなのに若干驚いたけど、もうかわいいは正義だよね。
綾雅とは似ても似つかないわ。
「さて…」
私はベッドから起き上がって、軽く延びをした。
今日はその、あんまり可愛くない、私の可愛い弟子の編入式。
編入式は毎年行われていて、その多くの人が研修生の時にAクラスだった人。
どうやら、うちのクラスは優秀すぎたらしい。
もしかしなくても私って思ったより優秀?!
…そんなわけ無いけどね。
帆凪様が御慈悲をくれたのかしらねぇ……
まあ、勉強は確かに頑張ったし、実技はそんなにだったけど。
「ふぁ…」
と、私が大方の準備を済ませたところで、ジゼルが目を覚ましたらしい。
「すみません。
起こしてしまいましたか?」
ストーカーの話をした昨日の今日だ。
もしかしたら無意識に神経質にさせてしまったかもしれない。
ジゼルは眠そうに目を擦りながら、口を開いた。
「きょーは…オフじゃなかった?」
ジゼルは本当に朝が弱い。
こんなぽやぽやしたジゼルを見れるのも、同じ寮の私たちだけの特権ね。
「はい。午前の任務はないですけど…。
知り合いの子が今日入るんです。」
ジゼルは何度か目を瞬かせた。
「ああ、編入式か。
私も行く。」
いつものようにキリッとした顔で、ジゼルさんは可愛らしいハート柄のパジャマを着ていた。
やっぱりぽやぽやしてる…!




