『師』
「さて、いい加減始めようか。
穏やかな平穏の中にはスパイスも必要だろう?」
男は椅子から立ち上がり、窓なら真っ暗な外を見つめた。
…いや、真っ暗というのも可笑しな表現だ。
これは外であって外ではなく、またこの空間も内ではなく。
ただ、そこにある空間。
ここにはこの空間以外に概念もなく…また、それを理解する必要もなければ意味もない。
ここに男が居る。
それだけが、世界にとって重要なのだ。
「時に諸君。
悪魔とは…人から外れた存在とは何だと思う?
悪そのもの?
意思なき怪物?
“そういう”種族?」
そういい終え、男は深く溜め息をついた。
呼んでもいない女が、それに答えようとしていたからだ。
―聞くまでもない。
悪魔とは絶対普遍的な悪である―
そう、女は断言した。
その溜め息の理由は、女が思い違いをしてるからではない。
正しく理解した上で、そうである。
そうであるべきと決定付けているのだ。
そうあらねば、世界は世界としていられないのだと。
男は女を消し去るように手を振った。
「事実を受け入れない人なんて要らないよ。
俺は、君達に聞きたいんだ。」
男はその目を何もない空虚に写した。
男も、“それ”が本当にあるのかは解っていない。
しかし、理論的には必ずあるはず…、いや、それは希望的観測にすぎず。
その理論は男が考えたわけでもない。
それでも信じて、男は貴方逹に問う。
「絶対普遍的な悪など、この世にあると思うかい。
悪魔は…天使は…、本当に滅すべき悪かい?」
悲しげな顔をする男に、私は静かに口を開く。
少なくとも。
そう、少なくとも、これだけは断言できる。
『貴方は人間ではない。』
私と、同じように。
青の女性が、男の目の前に居た。
「へぇー!
師匠ね、良いじゃない!」
有栖さんの言葉に、私はちょっと気恥ずかしくて手元のジュースを飲んだ。
私は全く…師匠なんて言う質ではないんだけど…。
神夜さんのことだから、私を説得できないと、綾雅がアンゲルスに入るのも許可しないつもりだったんだと思う。
かといえ、それを察して安易に許可しても一緒。
「ホントは断るつもりだったんだけどね」
私は、綾雅をアンゲルスに…危ない場所に入れなたくはなかった。
…でも、あのときの綾雅はあまりに追い詰められてた。
多分、彼処で断ってたら無理矢理にでも魔界に行こうとしてたかも。
愛雅さんが私に『綾雅をよろしく。』とか言ったのはそういう……。
気がつけば無意識にストローでブクブクと遊んでいた。
お行儀悪いけど許してほしい。
めちゃくちゃ不満だ。
責任が重すぎる。遺憾の遺、だ。
勘違いしないで欲しいけど、私は綾雅が嫌いなんじゃない。
むしろ好きだ。ベリー好きだ。
だからこそ、遺憾なのだ。
私よりも、もっと適任が…それこそ礼人とかの方がずっと良いだろうに…。
それはそれで遺憾、なんだけどね?
「…で、そいつって男?女?」
有栖さんの言葉に、私は首をかしげた。
彼女、源 有栖さんは以前アンゲルスに居たリリィー・カリスのスパイ。
ベルナール・結子・アリーセさん、その人。
正確には、だった。
「男の子ですわ」
うぇっ…、な、なぜか有栖さんが一瞬怖い顔をした気が…
ん?あれ、気のせいか。
次の瞬間には戻ってた。
有栖さんは何処かで記憶を失ったらしく、“結子”に関する記憶はない。
“有栖さん”は一般家庭で生まれ育った。
しかし、数ある戦災の一つで両親…更には記憶まで失ってしまう。
その後縁の有った源家に引き取られることになった。
と言うことになっているそうだ。
だから彼女の名字は源。
そして、私は有栖さんの両親が生きていた頃の知り合い…らしい。
今、有栖さんはとある人の警護を仕事にしているそうだ。
SPかな。
「その弟子、年下?何歳?」
ぅえ、な…何歳…?
えーっと…最後にあったのが六歳のときで…、その時私が…えーと
だから
「今、小学6年生か!
ってことは来年もう中学生?!」
某芸人が走馬灯のように流れたが、関係ないのでそのまま流れて貰った。
まだ小1になるかならないかくらいの子が、もう12才。
綾雅にとってはあの時から人生の倍の時間が流れてたんだ。
6才×2で。
そりゃ、忘れるよ。
むしろよく思い出したね。偉い。凄い。
さすが私の弟子!
「中学生………
もう立派な男ね。
くれぐれも注意しなさい!他の男たちにもね!
彼氏なんて出来た日には必ず私に報告すること!
とっちめてやるわ!」
と、とっちめ……?
前々から思ってたけど、結子さんの性格とは全然違うよね。
私の未来の彼氏になんの恨みがあるんですの?
「綾雅はまだまだ子供ですわ。
それ以前に、彼氏なんて出来るわけないし」
綾雅の場合、子供だったからこそ危うかったんだし。
きっと、神夜さんが私に求めてるのはそう言うところ。
その危うさを…治す?と言うか。
神夜さんや礼人なら、綾雅を守れる。
けど、そこに綾雅の生きたいという意思がないと……。
いつまでも側に居られるわけではないから。
かと言って、私にそういう人としての道徳?
みたいなものが教えられるとは到底思えない。
…まあ、他に教えられる人とかは思い付かないんだけど。
すると、有栖さんはスッと真面目な顔をした。
何事か…と、私まで座り直してしまった。
「陽灯、これだけは覚えておいて。
男は・所詮・獣よ!」
…………そんな強調して言わなくても…。
獣って…獣って………。
綾雅が獣とか、冗談抜きに片腹痛い。
良いとこチワワね。
一応、心の片隅には入れておくことにして、私はジュースを一口飲んだ。
「で、相談ってそれのこと?」
私はストローから口を離して、首を振った。
そんな有栖さんは記憶を失ったはずなのに、どうしてかどこからか私を見つけて接触してきてくれた。
過去の事を聞きたいのかな…、と思ったけれど、有栖さんは何も聞こうとはしなかった。
ただ、私とこうして会っては他愛もない話に付き合ってくれている。
いつの間にか前と同じ友達になっていた。
そんな友達を呼び出したのは、何も師匠になった自慢をしたかったんじゃない。
ちょっとした相談があったからだ。
「実は最近、付けられてる気がしてて…」
いや、多分気のせいだと思うんだけどね?
距離だって、離れてるし…
「はぁっ?!
ストーカー?!!
貴方言った先から!!!」
私は慌てて立ち上がってしまった有栖さんをどうどうと押さえた。
ストーカー以前に、男かすらも解ってないから。
とりあえず話を続けた。
「それでね、巻こうと思って…
ぐるぐる曲がってみたり走ってみたり、飛んでみたりとか」
と…飛ぶ?って有栖さんに聞かれたけど、私はあえて無視をする。
「そしたら友人と知人と見知らぬ人。
合計三人と遭遇したの」
私の言葉に、有栖さんは深く溜め息を吐いた。
多分、私と同じ結論に至ったんだと思う。
「その三人のうちに犯人がいるんじゃない?
しかも、多分知人の方。」
…だよねぇ……。と私は深く溜め息を吐いた。
見知らぬ人が、私をストーキングするとは考えにくい。
となると知人の方。
「片方は物理的に無理だし
かといってもう片方も………」
とてもとても…、ストーカーするとは思え無……い事も無いな。
まあ、それなら危険もないし良いけど。
「それ他の人には相談したんでしょうね?」
有栖さんの睨みに、私は曖昧に微笑んだ。
「なんなら私が護衛してあげましょうか?
本職よ?」
有栖さんの言葉に、私は思わず笑ってしまった。
「大袈裟だよ。
命を狙われてるわけでもないし。
でもそうだね、相談してみることにしますわ!」
有栖さんに護衛されてもドキドキするからね!
犯人が心配で!
私は有栖さんにお礼を言って、アンゲルスへ帰った。
「とは言え、誰に相談したものか。」
寮の二段ベッドで、私は思わず呟いた。
本来なら班の人に相談すれば良いと思うけど…。
有栖さんには言ってない、そのストーカーの容疑者の面々。
まず一人、知らない男の人。
泣き虫弱虫だったから、この人はあり得ない。
二人目、何と吃驚の火砕輝耶くんだ。
愛雅さんのとこの末っ子さんで、綾雅の弟。
多分、綾雅の様子を見に来ただけだと思う。
その幼さ小ささで私をストーキングするのは物理的に不可能。
あと、されてたとしても寧ろウェルカム!
三人目。多分こいつが犯人。
澤田礼人ォォオ………。
動機は知らないけど、奴ならやりかねない。
そもそも初対面からストーカーみたいなしつこさだった。
うーん…、何か相談するのが馬鹿馬鹿しくなってきた。
やっぱ放っておこうかなぁ?
「悩み事?」
「ごと?」
「私でよければ相談に乗ります!」
と、声をかけてくれたのは同じ寮部屋の
天宮 ジゼル
萩生 ニコさん
百瀬 律さんだ。
この部屋は現在私を含め、五人が使っている。
もう一人の香川 紅さんはまだ任務中で不在だ。
「え…えーっと……」
律さんの押しの強さに、思わず苦笑いしてしまった。
相談しても仕方ないしなぁ…。
私は何でもない…と、誤魔化そうとした…
「話して。」
…怖いよ、ジゼル。
解った、話すよ。別に減るもんじゃないし。
「え、それ通報しなよ」
いつも可愛いニコさんが、恐らく地声であろう低い声で言った。
何で三人ともそんなに押し強いの??
「別になにもされてませんし」
そもそも誰とも解ってないし…
すると律さんは突然私の肩を掴んで
「されてからじゃ遅すぎるでしょう!!!!」
と、叫んだ。
……まあ、確かに、そうなんだけどね。
「けど、何もされてないのに
どうこう出来ないのも事実だよ。」
それに、あの容疑者三人にどうこうされるとは…とても思えない。
「とりあえず、暫くは常に換装してなさい。
神夜さんに私から言っておくわ。」
えっ、それは困る!と全力で首を振った…けど
「なら私が四六時中付いてようか…?」
ええええ?
ジ…ジゼル……さん?
どうして威圧たっぷりに微笑んでらっしゃるんですか?
始めてみる笑顔はもっと可愛いのが良かったです!




