「有力で有能な荷物持ち」
「うーん…、ごめんね?
私はもう弟子なんて取るつもりはないわ」
愛本さんは笑みを浮かべながらそう言った。
え…………………という情けない声が、俺の脳内で何度も響いた。
まじか。
と閉められた困惑は、神夜おばちゃんは受け取ってくれない。
何故なら、神夜おばちゃんは此処に居ない。
神夜おばちゃんの家で会ってんのに!
「何で…でしょうか。」
確かに初対面の子供をいきなり弟子にしろって言われても困るよな…。
でもそれにしては、余裕の笑みだな……?
「だって私、貴方にアンゲルスに入って欲しくないもの」
と、愛本さんはやっぱり無邪気な笑みを浮かべる。
咲耶並の無邪気さですね……。
いや、え?まじで?
俺がアンゲルスに入るためには愛本さんに弟子にして貰わなきゃいけないのに、その愛本さんから入って欲しくない宣言とか…。
もう無理ゲーじゃん………。
「そこを何とか…!
俺はあんたから何かを学ばなきゃいけねぇんだ!」
おばちゃんの事だ。
形だけでって愛本さんに頼んだらその時点で失格にする。
絶対に何でもいいから、この人から何かを学んで。
学んで、何があっても華綾を奪い返さねぇと…
そうじゃないと…!!!!
すると、愛本さんからスッ…と笑みが消えた
「絶対に嫌よ。」
威圧さえ含んだ愛本さんの声に、俺は唾を飲んだ。
愛本さんも…、俺の敵なのか?
頭に響いた声に答えるように、愛本さんを見据える俺の目に、アニマが宿る…
「って、意見ばかり言って殺し合うのがオチよね」
そう笑った愛本さんの声に、アニマは霧散した。
その声に、余裕も威圧も含まれてなかったからだ。
少しの悲哀と慈愛が俺に向けられていた。
なんで…身も知らぬ俺に、そんな感情が沸き上がるんだ?
いや、そもそも俺も…この人に対してどこか甘すぎるんじゃないのか…?
身も知らぬ訳じゃない……のか…?
華綾や俺にも似ているようで、俺達とは違って光さえ纏う緑髪。
何より、金色の瞳。
黄金と言うより、黄色…光に近い、金の目。
俺はこの目を、この顔を…知っている。
『―――――。』
…あ、そうか。思い出した。
この人とは初対面じゃない…初対面なんかじゃ、なかったのか…。
「ししょー…なのか?」
この人は、俺の木登りの師匠だった。
ああ、俺、こんなことも…全部忘れてたのか……。
今まで忘れてしまっていた、思い出そうと思わなかった記憶が、走馬灯のように溢れた。
「私の弟子は一人だけで十分だわ」
何故か泣き出してしまう俺に、愛本さんは頭を撫でた。
そしてゆっくりと俺に、一枚の写真を差し出した。
その写真は、傷だらけで無邪気に笑う俺と、そんな俺と手を繋ぐ華綾の写真だった。
これは、帆凪さんの家。
そこでバーベキューしたときの写真だ。
バーベキューに行っていたのなんて、何年前だろう…。
いつかなんて覚えちゃ居ないけど。
けど、何をしたかは覚えてる。
バーベキューがちょっと退屈で、帆凪さんの家の木で木登りを始めたんだ。
華綾には危ないって怒られたけど、怒られて余計にやりたくなった。
でも木登り何てしたことないから案の定落っこちたとき…
ああ、そうだ。
愛本さんが受け止めてくれたんだ。
もっとも、愛本さんも小さいから受け止めきれなくて、共倒れだったが。
その時から、愛本さんは俺の師匠になった。
華綾はそんな馬鹿馬鹿しいみたいな感じで参加はしなかったけど、何か楽しそうに見ていた。
まあ、そのあとで華綾に母さんたちにチクられたんだけど……。
この写真はその後に撮った奴だ。
「俺は、華綾を奪い返したい。
…けど、もしかしたら華綾は自分の意思で魔界に行ったのかもしれない」
華綾は俺よりずっと強い。
そもそも、あの家から物音一つ立てずに侵入し、あまつさえ出るなんて絶対に有り得なかったんだ。
俺達の家には色んな人が貼った結界や、何より俺達が居る。
それほどまでに強力な相手…、というのは有り得なくはないが、考えにくい。
何らか華綾の意思があったと考えるのが自然だ。
「私は、貴方にはアンゲルスに入って欲しくない。
だって死ぬもの。」
愛本さんは笑顔のままで、自分の入っている組織のことをそう断言した。
俺は顔を伏せ、自分の手のひらを見つめた。
俺はいつだって無力で無能なお荷物だった。
華綾みたいに強くない
咲耶みたいに人を笑顔にできない
輝耶みたいに賢くない
俺は、兄弟のなかで一番の出来損ないだ。
そんな兄弟の中でも、華綾だけがいつも異質の存在だった。
俺達、四人兄弟の中でたった一人だけ。
まるで…華綾だけが他人のような。
だが俺にとってそんなことは大して関係ない。
「それでも俺は、このまま華綾を失うなんて…絶対嫌だ。」
何より大事なのは、そんなことじゃない。
出来損ないの俺でも愛してくれた華綾を。
姉弟達を、あの暖かな家族を、絶対に壊されたくなんてない。
「綾雅にとって華綾さんは、咲耶さんや輝耶くん以上に大切なの?」
愛本さんの言葉に、俺は目を見開いて首を振った。
誰が一番大切だとか、そんなのはない。
みんな、みんな大切なんだ。
「下手をしなくても、魔界へ行けば二人を残して死ぬことになるわよ」
俺は眉を潜めた。
魔界へ行けば死ぬ…?
俺にとって、魔界がそんなに危ない場所とは…とても思えない。
…けど、そうか、今は戦争中。
人の命が簡単に軽くなるのか。
二人を残して死ぬ…?
華綾を奪い返せるのなら、それでも悔いはない。
絶対に後悔したりしない。
むしろ何もせずにのうのうと生きていって永遠に失う方が永遠に後悔する。
だけど俺が死んだあと、咲耶や輝耶は…?
華綾と三人姉弟で生きていくのか…?
それこそ、永遠に…?
ずっと、俺の死を枷に生きていくのか…?
咲耶は俺の葬式でも無邪気な笑顔で居られるのか?
そんなわけがない。
輝耶も、心の中で独りで泣いてしまうんじゃないか?
華綾は…、一体何を思うんだろう。
誰も笑えないことだけは確かだ。
俺が、後悔したくない。
ただそれだけのために。
「……俺は、死ぬことも出来ない」
やっぱり、俺は情けない。
自分の命をかなぐり捨てて、姉一人救うことも出来ない。
自分が可愛いばっかりに、二人もの命を奪おうとするようなやつだ。
何て情けない。
愛本さんは私の両手を握って、微笑んだ。
「そうよね。
今はまだ、それだけで良いわ。
いつか貴方が心から生きたいと思えるようになれば。」
俺は目を見開いた。
「それが、正しいとでも言うのか…?」
情けなさが、正解だとでも……、あんたは言うのか?
「アニマは心の強さに比例する。
一点を貫けば、それは必然と強くはなるけれど、その代わり簡単に折れる。
華綾さんだけを想うのも一つの手ではある…
だけど、それではあまりに危うい。」
「私は綾雅大好きだから、死んでほしくはないのよ」
そうか。
俺が死ねば、愛本さんも悲しむのか……。
俺の手には、収まりきれないほど大切なものがあったんだな…。
「貴方は、これからどうとでもなるわ。
貴方がなりたいものに少しでも近づけるよう、私も手助けをするわね。」
これから…これからか。
そうか。
華綾は今もどこかで何かを考えて生きてるんだ。
なら、俺も無力で無能なお荷物から変わろう。
有力で有能な荷物持ち?にでも変わって、華綾に会いに行こう。
「ああ、師匠。」
大切なものを、得られるように。
師匠はまるで朗らかな太陽その物のような笑みを浮かべていた。




