「神なる果実」
「もしかしてだけど、アンタらがリリィーカリス?」
学校への道を通せんぼする男二人を見つめ、俺は聞いた。
すると、男二人のうち、表情豊かな方が一歩前へ出た。
ほぼ確実にリリィーカリスだろうが…。
万が一違ったら、ごめんじゃ済まないからな。
「ええ。その通りです、火砕綾雅様。
どうか、ご同行願います。」
しまった。
…しまった。
不味い。不味い、不味い。
不味い!!!!
今、アニマが切れてるんだった!!
一般人相手でも、片方はともかく、もう片方の無表情な方は大男だ。
勝てる気がしない。
…手に水を纏わせれば何とか…、いやいや、それじゃあ殺してしまう。
うーん…えーっと……
「やだね」
逃げるが勝ちだ!
俺は来た道へ走り出した。
足ならそこそこ自信がある。
学年で一番…とは言わないが、そこそこな順位だ。
すぐには追い付かれ
「…」
クソッ、何だよ能力者か何かか?
背後に居たはずの無表情な方の男が、既に目の前に居た。
伸ばされた手に、どうすることも出来ず、身を強張らせた瞬間
「兄貴のが危ないじゃん」
突然降ってきた声に、俺は慌てて腕に纏わせた水を消し去り、身をよじった。
驚いた顔をした少年。
その少年の服装からアンゲルスの隊員だと解った。
瞬時に回りを見渡すと、少し離れたところから他の隊員が来ているのも見えた。
(父さんの仕業か…)
すぐに咲耶達にも行っているのだろうと解った。
自分に情けなさと、自惚れを感じながら、俺は邪魔にならないよう、住宅街の壁へ避けた。
いつも母さんや父さん、華綾に言われていたことだ。
戦闘が起きたとき、参加しないのならば速やかに消えること。
自分でも解っている。
アニマさえなければ、俺はただの役立たず。お荷物だ。
俺の価値はアニマにしかない。
俺自身に…。
「やぁッ…!」
敵二人は、殆ど少年によって倒された。
どういう構造なのか解らないが、敵は剣で斬られても死なずに拘束された。
ああ、もう何でもいい。
…俺が人殺しにならずに済んで良かった……。
俺はあの時、我が身可愛さに。
自分自身に力がないばかりに、人を殺そうとした。
たった俺一人の命のために二人を殺そうとしたんだ。
「…君、だいじょーぶ?」
得意気な笑みを浮かべ、いつの間にか尻餅を付いていた俺へ
少年は手を伸ばした。
俺は少年をしばらく見つめてから、その手を掴んだ。
「アンタ、アニマも大してないのに
何でそんな力があるんだ?」
手を触れれば解る。
少年は、今すっからかんの俺と、アニマ量が大して変わらない。
常人と同じ量のアニマより少し多いか。
そのくらいしかないのだ。
なのに…
「ははっ
お前めっちゃ、しつれー」
他の隊員が何か言っていたが、俺と少年はそれを聞かずに言葉を続けた。
少年に少し乱暴に引っ張られ、俺は立ち上がった。
「そりゃ、GEM様々さ。
これが俺のアニマを増幅させてくれる。
あと、武器に変形したり、身体能力を上げたりとかさ。」
GEM…か。
輝耶が着けるのを嫌がった奴だが…。
身体能力上げるとか、ましてや増幅させるとかは初耳だ。
身体能力を上げるとかは、颯天おじさん…操辻家の力を利用してるんだろう。
それは分かるが…。
GEMってのは、アニマを制御させるためのものじゃなかったのか…?
…そもそも制御させるほどアニマがないから……?
まあ、俺に増幅云々は必要ないが…、身体能力をあげられるのか……。
「あと訓練もするしね。」
強くなれるための、正当な理由。
悪魔を倒すためと言う大義名分が出来るのか…。
ふと顔をあげると、少年は俺を嘲笑うように見下ろしていた。
「お前、不憫な奴だねぇ」
そう言った少年は、横でさっきから何か言っていた女性の隊員にぶん殴られて、どっかに消えた。
「…待って綾雅くん。
華綾のこと」
学校の廊下で、突然呼び止められた。
こんなときだ。
普通なら無視してしまいたいが…、相手が相手だ。
俺は振り向くしかない。
「誰にも話してないはずだが…」
華綾の友達の小寺 桃子だ。
華綾本人が友達と言うのだから、それは一般的な親友に相応する。
つまり華綾にとって大切な人だ。
俺はこの親友を無下にはできない。
「華綾にも話してなかったけど」
そう言いながら、小寺はポシェットからアクセサリーのようなものを取り出した。
それが…?と言いかけて、俺は納得した。
あの少年が持っていたGEMと言うものか。
つまり小寺はアンゲルス隊員だったわけだ。
「少し、時間を貰える?」
小寺の真っ直ぐとした瞳に、俺は深く溜め息を吐いた。
元から拒否権なんてないんだろ。
…こいつの目が苦手だ。
「……増えた…」
移動した北館の教室のなかで俺は深い溜め息を吐いた。
「増えたって…、もっと言い方ないの?」
嫌そうに眉を潜めるのは水野 天莉愛。
華綾の友達2号だ。
こっちはどちらかと言うと悪友のイメージだな。
「ま、綾雅が失礼なんていつものことね。」
天莉愛が俺から視線をそらすと、今度は小寺が俺を見た。
「説明して貰えるよね
綾雅くん」
思わず、俺は目をそらした。
「ちょっと!」
天莉愛が苛立った声で言った。
多分、俺が目をそらしたのを話さない。と受け取ったんだろう。
反射的に、俺は首を振った。
「違う。
別に隠すようなことなんてない…。」
本当のことなのだ。
疑われては困る…、と俺はそのまま続けた。
「俺も何も知らない。
今朝起きたら、もう居なかった。
置き手紙なんてないし、何処に居るのかも。」
俺の言葉に、二人から落胆の溜め息が聞こえた。
片方は思わずと言う感じで、片方は欠片も気を使わず…むしろ大袈裟に。
しかも
「役立たず」
余計な一言まで加えて。
これが本当ならぶちギレてるが華綾の親友だから…、と言うか、それ以前にコイツは俺の友達でもあるし。
だから
「うるせぇ」
と、普通に返せる。
「…そっか。
でも、誘拐されたって訳じゃ…ないよね」
小寺の言葉に、俺は直ぐ様首を降った。
俺がすぐ隣の部屋で寝ていたんだ。
その可能性は限りなく低い。
それに小寺に無駄な心配をかけさせるわけにはいかない。
「……解った。
それが華綾の答えなら、私は待ってる。
ずっと、ここで、華綾の大切なものを護ってる。」
小寺は強く笑った。
凛と咲く花のように、悪を寄せ付けぬ笑みを。
きっとそれはアンゲルス隊員としての覚悟もあるんだろうと思う。
護れる力、救える力、取り戻せる力を、アンゲルスなら得られるのか。
「えっ…アンゲルスについて………?」
学校帰り、神夜おばちゃんの家に寄った。
聞きたいって言うのもあるが、正直付いてくる隊員が煩わしかったからだ。
俺は知ってる。
神夜おばちゃんの家にはアンゲルス隊員であろうが、何であろうが、何人たりとも近寄れないことを。
おばちゃんもおじちゃんも、つえーもん。
「待って。
貴方、アンゲルスに入るなんて言わないわよね。」
おばちゃんの責めるような顔。
それは生まれて始めて見る顔だった。
横に居る結おじちゃんも黙っては居るが、顔が怖い。
「…お父さんも、お母さんも、華綾も悲しむわ。」
「俺がどうしようが俺の勝手だ。
俺はどんな手を使っても華綾を奪い返す。」
俺がそう、固い決意を込めて言うと、おばちゃんは眉を潜めた。
「そこに誰かの意思が…
華綾の意思があったとしても?」
「俺には関係ない。
どんな汚い手を使っても、他人に、華綾に害をなしてでも
俺は家族と暮らすんだ。」
俺の望みはそれだけだ。
俺にはそれしかない。
家族以外。
姉弟以外。
大切なものも守りたいと思うものも、何一つだってない。
何一つだって要らない。
世界も、心も、お前達が居ないのなら煩わしいだけだ。
ただ、お前達さえ居てくれれば、俺は幸せなんだ。
「お前…」
「綾雅。
一つ良いことを教えてあげましょう。
アンゲルスに入り、尚且つそこで特出した優秀な成績を納めれば
合法的に魔界へ行く権利が与えられるわ。」
神夜おばちゃんの言葉に、俺だけでなく結おじちゃんも驚いた顔…いや、慌てた顔をした。
どうやら、これはアンゲルスのなかでも秘密らしい。
「貴方がその権利を勝ち取りたいと言うのなら
私が愛雅や泰芽くん、アンゲルスに話を通してあげるわ。
優秀な成績を修められるかは、貴方次第だけれどね。」
…意見が真逆になったな。
さっきまでは俺がアンゲルスに入るのを反対してたくせに…。
「ただし」
俺は心の中で溜め息を吐いた。
神夜おばちゃんの事だ。
交換条件を出すと思った。
「私の弟子。
愛本陽灯の弟子になるのなら…、ね。
当然だけど建前だけとかは許さないわ。
キチンとあの子に教えを乞うの。」
愛本…って、一番最初に会ったアンゲルス隊員の人か…。
…俺、あの人嫌なんだよなぁ……、生まれてはじめて泣き顔なんて見られちまったし…。
俺は少し顔を下に向け、神夜おばちゃんを見上げた
「教わるって…何をだよ……ですか。」
あの人は一般人だろ…?
教わるって…戦術?武術?
そんなの、おばちゃんが教えてくれりゃぁ良いのに…。
「それを見つけるのよ。
貴方に何が足りないのか知りなさい。」
「…足りない前提かよ」
神夜おばちゃんってチョイチョイ上から目線だよな。
そーいうの傲慢って言うんだぜ。
すると、今度はおじちゃんが口を開いた。
「足りないものはないと思えるなら、アンゲルスに何て入らなくて良い。
華綾だっていつまでも帰ってこない訳じゃないだろう。
態々お前が危険な身に遭う必要なんて、欠片もない。」
…何だそれ。
俺じゃ居たって意味がないってことか?
危険な身に遭うだけでロクに戦力にもならないって
「結おじちゃんまで、俺をお荷物だって言うのかよ」
「お荷物…?
何の事だ。」
「俺だって戦える!!!
俺は華綾の双子の弟だ!」
俺達は血を別けた姉弟なんだ!!!
何があっても!
俺も咲耶も輝耶も、華綾も父さんと母さんの子なんだ!!
「俺はアンゲルスに入る。
その愛本陽灯って人に会わせてくれ!…ください。」
関係ないけど。
俺、いつになったら、神夜おばちゃんにタメで話せるんだろ。




