「消えろ。」
愛本さん達に送られた俺は、玄関の前に突っ立って、しばらく家を見上げていた。
大きな、大きな、暖かな家。
ここにはもう、華綾は居ない。
スッと顔を下ろした俺は慣れた手つきでドアを開けた。
リビングまで行くと、薄暗い部屋の中、電気も付けず、何も語らず。
咲耶と輝泰はただ、いつもの席に座っていた。
俺を黙って見つめる二人へ、俺は屈んで両腕を伸ばした。
駆け寄る二人を、何も言わず、ただ抱き締めた。
さぞ、情けない兄だと自分でも思う。
それでも、そうせずには居られなかったんだ。
濡れていく両肩を感じながら、俺だけは泣くまいと、ただジッ…と冷たいテーブルを見つめていた。
そのあと父さんが帰ってくると、軽く修羅場だった。
主な理由は
「学校で、しかも電話で伝えるとか、どういう神経してんのアンタ。」
…確かに咲耶も不安だったろうが。
父さんは今日中に帰れない可能性もあった。
恐らく輝泰は、それら全部解った上でちょっと八つ当たりしてるだけだ。
顔には出さないが、一番小さい末っ子だ。
輝泰も、動揺してる。
その修羅場が終わったあとで、散乱した家具やら何やらを片付けながら、俺達は話し合った。
修羅場の後に聞いたことだが。
咲耶と輝泰は帰り道にリリィーカリス?とかいう組織に襲われたらしい。
また修羅場になりかけた…が、いい加減収拾がつかないので、その場は納めた。
「で、そのリリィーカリスの奴らはどうした?」
大きな溜め息を吐きながら、父さんは輝泰に聞いた。
その溜め息があまりに重いのは、輝泰の答えが大体解っているからだろう。
「知らない。
吹っ飛ばしたから。」
輝泰の言葉に、父さんだけでなく、俺も深い溜め息を吐いた。
恐ろしいことに、輝泰の知らない。は何処に居るか知らない。ではなく。
生きてるのか死んでるのか知らない。という意味だ。
もっと言ってしまえばどうでもいい、興味がない。
どうしてこんな子に育ってしまったんだ…。
お姉ちゃんを見習ってくれ、ほぼ天使だ!
まあ、確かに…、その天使を余計に泣かせた相手に対して、怒りが沸いてしまうのも仕方がないが。
「学校は事態が終息するまで休め。
…と、言いたいところなんだが。」
父さんの言葉に、俺は眉を潜めた。
この場合はもう休んで良いと思うが…?
「母さんが、そんな短期間じゃ、事は終わらないって。
まあ確かに、華綾が直ぐに帰ってきたとしても
そこに別の組織が介入してる以上、俺もすぐには終わらないと思う。
それが数ヵ月か…数年か。
俺たちにも解らない。」
そうか…。
今日は金曜日で、明日は土日で、更に敬老の日だから三連休だが。
たった3日という短期間では終わらないらしい。
華綾が自力で帰ってこれたとしても、その組織…リリィーカリス?ってのが追いかけてくるかも知れない…。
「だったら俺は、休まない。」
何だな知らない組織のために自分の日常を殺されたくはない。
自分の身くらいは自分で守れる。
…が
「じゃあ、僕も普通に通うよ。」
そう言うと思った。
だが残念なことに、俺と二人は同じ小学生でも学校が違う。
俺と華綾は私立の聖神小で、咲耶と輝泰は市立の真昼小だ。
「言っとくけど、GEM着けるとか止めてよね。
僕は何にも縛られたくないんだ。」
GEM…父さんや母さんがつけてるあれだな。
枷さんが使ってるとか言う…。
華綾も咲耶もそれぞれ望んで選んだ学校だが…、俺は完全に華綾に付いていっただけ…。
こんなことなら初めから真昼小に行っていれば…!
いや、かと言って6年間も華綾を一人に出来ないし……
「転校するか。」
咲耶と輝泰だけというのは…、流石に不安だ。
二人にまで何かあったら…、本当に………
「怒るよ。
兄さんが思わなくても、僕らは嫌が応にも責任を感じる。
僕だって、兄さんが大切なのは同じだ。」
グッ…、これだからクーデレは…!
真顔で当たり前のように、俺の事も大切だとか言うんだ。
これだからブラシスコンは止められない。
「…咲耶が休むなら僕も家に居るけど………?」
輝泰の言葉に、咲耶を見つめてみたが終始俯いている。
考えてみれば、帰ってきてから何も言わずに、殆ど俯いていた。
「…おね…ちゃん……は…?」
咲耶の震える声と共に、涙が溢れ落ちた。
机に出来た小さな海に心臓が傷んだ。
昨日まではただ困ったと思うだけの涙が、今は痛い。
「なんで……居ないのぉ……?
なんで咲耶を置いてくの……?
やっぱりしょーかのこと…嫌いなの?」
ボロボロと泣き出しては、咲耶は袖で涙を何度も、何度も、強くぬぐった。
みるみるうちに赤くなっていってしまう頬。
何度理解しようとしても、受け入れようとしても、出来ずに溢れていく涙を。
咲耶は何度でも、その袖で否定した。
いつもなら母さんが、咲耶をあやすのに。
いつもなら、俺がその涙を拭えるのに。
華綾が居ない。
ただそれだけで、俺はどうしたら良いのか解らない。
俺自身でさえ、全く受け入れられないから…。
ただ、一言
「そんな訳ない。」
それだけの、事実を口にすることしか出来なかった。
「…じゃ、行ってくるから」
右手にドアノブ、利き手の左手に咲耶の手を握る輝泰に、俺はゆっくりと頷いた。
「行ってらっしゃい」
輝泰の胸元には、俺が父さんに教えてもらって創ったペンダントがある。
殆ど3日間寝ずにだ。
常に一定に、能力でも何でもない、単なるアニマを注ぎ続けた。
普通のGEMは枷さんが創ってるものだが、これは俺のアニマで創ったもの。
だから、枷さんのものとは違って、強さも用途も…色々劣る。
が、何かあったときに一度くらい守れる力はある。
そして、それが砕ければ自動的に俺がその場所を関知できる。
逆に言えば、それ以外は何の拘束力もない。
おかげで、俺のアニマはすっからかんだが…これで少しは安心できる。
アニマはそのうち回復するしな。
「はぁ…」
二人を見送り、俺は深い溜め息を吐いた。
咲耶は相変わらず無口で…口を開こうとすると涙を流してしまっている。
何もしなくても気を抜くと…。
俺は自分の手のひらをジッと見つめ、また深く溜め息を吐いた。
「俺も行くか…」
「こちら澤田、標的を確認した。」
立ち入り禁止となっているマンションの屋上。
そこで、ななみ班所属、澤田 礼人は、遥か向こうの住宅地を歩く二人の人影をスコープで捉えていた。
『おーけい、礼人!
そのまま追跡して。くれぐれもバレないようにね。』
GEMから直接体へ響いた声に、礼人は苦笑した。
「はい、礼人です。
…流石にこの距離です。
小学生相手にバレるわけがない。」
ここから対象の距離はおよそ400メートル。
自分が狙われていると自覚していない限り、バレることはまずない。
ましてや相手は小学生だ。
『えー?
“あの”愛雅さんと、泰芽さんの子よ?
何が起こっても不思議じゃないわ』
自分の班長であり、そして分隊長である藤木ななみの言葉に、礼人は小さく声を出して笑った。
「だったら、護衛なんて不要ですね」
むしろ好都合だ。と礼人は笑ったのだ。
今回の礼人達、ななみ班の任務は火砕咲耶及び、火砕輝泰の護衛。
更に、護衛の標的…もとい対象である輝泰からそれらを拒否されたことで、護っている立場にも関わらず、こそこそ隠れなくてはならない。
まあ、そこは別に構わないのだが。
バレないようにするために、近距離の戦いをする普通部は近寄れず、今は礼人達、狙撃部が主体となっている。
「移動するか」
咲耶と輝泰達がある程度まで移動したのを確認し、礼人は次のポイントへ移動するためにスコープから目を離そうとすると。
「ん…?」
突然現れた青い玉がみるみうちに大きくなって…
それが近づいているのだと理解して、礼人は慌てて顔をそらした。
バンッ!!!
と言う金属音ともに、スナイパー銃の先が折れてしまった。
アニマで出来ている換装体も、武器も、アニマ以外では触れることはできても破壊はできない。
つまり…
礼人は慌ててスコープで、咲耶と輝泰を見た。
「くそっ
寸前まで誰も居なかった…は…ず…………」
敵の姿を見つけようとした礼人は、やがて言葉を失い、深い溜め息を吐いた。
咲耶は変わらず、ただ歩いていたが…問題はその隣の輝泰。
咲耶よりも更に幼いはずの…彼は400メートルも先にいる礼人を睨み付け、ゆっくりと口を開いた。
「こちら礼人。
標的…火砕輝泰にバレ、更に銃を破壊されました。」
やれやれ…と心底疲れたような声で言ったが、一方でその顔は笑っていた。
少しの緊張と、高揚が宿った笑みを。
『…本当に不要そうね……
他の隊の反応も軒並み消えてるわ。
スナイパーで生き残ってるの礼人だけよ。』
ななみの言葉に、礼人は今度こそ大口で笑った。
信じられない。と誰にも聞こえぬ声で言って。
今回、二人の任務に当たっているのが、すべて新人の隊員であるとは言え。
あの一瞬で5、6人の隊員を打ち消してしまうとは。
「じゃあ、オレも消えますよ
大人しくね」
礼人は壊れてしまった銃と、スコープを消して、再び輝泰を見つめた。
輝泰が一人残った礼人に向かってこう言った
『消えろ』
再び見つめた輝泰は、尚も恨めしそうに礼人を睨み続けていた。




