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アルカナの戦慄  作者: 三古谷
00章 「望月の訣別」
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「華綾の劃策」

「…落ち着いた?」

手のなかのココアは、いつの間にかぬるくなっていた。

量も半分程に減っている。


「はい。

 すいませんでした…」

恥ずかしさを紛らわせようと、俺は残りのココアを飲み干した。


すると、愛本さんは微笑んで、座っている俺に視線を合わせた。

近い顔の距離に若干どぎまぎしていると、愛本さんは俺へ手を伸ばし…

睫毛に残っていたらしい涙をぬぐうと、さらっと俺からココアの入っていたコップを受け取り、捨てに行った。


(………いや、どこのイケメンだよ。)


自らの姉とはまた違ったタイプのイケメン具合に、男として微妙な気持ちになる…。


「所でさ、お前って何か狙われてんの?

 警備がガッチガチなんだが。」

もう一人の知らない人。

岩瀬さんの言葉に、俺は何度か瞬きしてから、言って良いものかと咲來さくらを見つめた。

俺は別に構わないが、アンゲルスがどこまでオープンにして、どこまで隠しているとかは全く知らない。


「簡単に言ってしまえば、綾雅さんはアンゲルスの幹部。

 その御子息になります。」

なるほど、正統者レジティーマのことは秘密なんだったか。


「昨夜から今朝の間に綾雅先輩の双子の姉

 華綾先輩が行方不明に。

 だから今、綾雅先輩の護衛と、華綾先輩の捜索をしてる。」

咲來さくら穂憐すいれんの言葉に、岩瀬さんはなるほどなーと解ってそうな感じで頷いた。


あれは絶対解ってないな。


「一応言っておくけど、これは他言無用の極秘任務ですから。

 貴方が思ってる以上に、この子達は大変なんですの。」

いつの間にか戻っていた愛本さんが、俺の肩の上にポンッと手をのせ、岩瀬さんをシラーっとした目で見つめた。

愛本さんの言動にはやっぱり若干の違和感を覚える。

愛本さんのいう“この子達”には、俺や姉弟だけじゃなく、咲來や穂憐達も入っている気がするからだ。


「あぁ?

 んなの解ってる。

 つか、お前こそ何でそんな馴れ馴れしいんだ。

 いつもの調子はどーしたんだ?あ?」

それにしても…、どうやら二人は相当仲が悪いらしい。

二人とも単体なら常識人みたいなのに、二人でいるとまるで不良だ。特に岩瀬さん。


こんなんでアンゲルスは大丈夫なのか…、と思ったら、愛本さんは突然スッ…と表情を変えて、どこまでも優雅に微笑み

「貴女には一切関係ありませんわ」

と、嫌みたっぷりの言葉を吐いた。

嫌みって言うか…ただの直球だ。


俺はスッと天を仰ぎ…確信した。


(絶対大丈夫じゃない。)




















「え………?」

その一瞬。

咲耶の顔はさぞ怖かったと思う。

目は一杯に開いて、口は笑顔のまま硬直して、瞳は誰も映さず。

でも、しょーがないよね。

だって、誰かが咲耶しょうか世界しあわせを壊したんだもん。


誰だって…なるよね?


瞳から、真ん丸の涙が零れ落ちた。

「なんで…?」

私は小学校の職員室で電話を借り、パパの言葉を聞いていた。

職員室は静まり返っていて、咲耶の声はもちろん、電話越しのパパの声も響いている気さえした。

横にいる輝耶には聞かせたくないなぁ…。

そうは思うけど、聞くのを止められなかったし、聞かせないわけにはいかないのも解ってた。


『…今日は寄り道せずに帰ってきなさい。

 早退しても良いから。』

いつもなら、パパもママも体調不良とかじゃない限りは早退して良いなんて言わない。

学校はとても大切だって。


けど、今日は違った。


私は魚みたいに口をパクパクさせて、何とか言葉を紡ごうとした

「や…。」

けど、何も出てこなかった。

何時もみたいに我が儘も言えない。

やだって言いたいけど、言いたいけど。

そんなの…パパやママ…お兄ちゃん…みんなの方がずっと…悲しいのに……


華綾お姉ちゃんは…、強くて優しくて格好よくて…。

いつも私たちを大切に思ってくれて。

大事にしてくれて。

でも、朝が凄く苦手で起こしても全然起きなくて。

夜は一緒に夜更よふかしして、一緒に怒られてくれて。

洗濯物を畳むのが下手で、ちょっと面倒臭がりで。

ご飯を食べるのが大好きで、私の頭を撫でてくれる…


その手は…


「咲耶、代わって。」

気が付いたら輝耶に電話を取られていた。

そのあと…何か輝耶が怒ってた気がするけど、あんまり覚えてない。

ただ、頭を撫でてくれる先生の手に、お姉ちゃんを重ねようと必死だったから。










今は誰も居ない小隊室で、神夜はゆっくりと瞳を閉ざした。

「そう…、綾雅たちは家に。

 愛雅は?」

綾雅を送り終えた木寺班は、既に解散していた。

だが班長である木寺愛美はまだ任務があるらしく、ここには居ない。

故にその代役として、陽灯が小隊長である神夜に報告に来ていたのだ。


それに付け加えて、陽灯は何故か…いや、この何故かは客観にすぎない。

何故か陽灯は愛雅から直接連絡を受けていた。

その何故が客観なのは、陽灯本人は少なからず解っていたから。

「帰る様子がないです。

 他にやるべきことがあるとも思えませんが」

陽灯は少しの苛立ちと焦りを含めて、神夜に告げた。


愛雅にとって、陽灯は誰とも、組織とも、何の繋がりもない。

ある意味では一番信頼を置ける存在だった。

その分、全くと言って良いほど力はないが。

愛雅にとって力など無用だった。

自らが十分すぎるほど持っているから。


愛雅が真に陽灯に求めるのが何なのか…それは誰にも解っていない。

いや、本当は求めてすら居ないのか…。


それでも彼女はこう言った。

『綾雅をよろしくね』

綾雅は覚えては居なくとも、陽灯は覚えていた。

幼い頃、あの双子と遊んでいたことを。

…尤も、彼らが六歳までの話だが。


だからそれを断るはずはなかった。


「あの子に限らず、人の真意や真相心理は図り得ないわ。

 貴方も。

 私もね?」

そう、神夜は冷たく笑った。

師匠の突き放すような言葉に、陽灯は何時もながらに眉を下げた。


師匠は人を自らの懐に入れておいて、人がその懐に慣れた頃、突然突き放す。

そういう人だ。

一人になるのが嫌なくせに、大切な人を作りたがらない。

寂しい人。


「それでも、それを解り合うために

 私たちは考え、話し、側に居るんでしょう?」

それを教えてくれたのもまた、陽灯の師匠だった。

「…愛雅は何を考えているのかしら」


「華綾さんも…」

神夜と陽灯は、互いに思案した。

愛雅の行動は表向きに考えれば、私情を挟まずに、ただ目の前の任を全うしている。

ということになるだろうが…。


彼女がそんな性格じゃないのは、二人が良く解っていた。


「もしも華綾さんが誘拐されたのではなく

 自らの意思で行動しているなら…」

もしそうならば、愛雅の行動は頷ける。


仮にそうだと仮定しよう。

「問題はそこからね。」

神夜の言葉に、陽灯は深く頷いた。


「華綾さんの目的が何なのか。

 そして愛雅さんがそれに対して好意的か否か。

 それは綾雅…どころから泰芽さんも知らない。」

陽灯はハッと目を見開いた。


「そっか!

 愛雅さんも解ってないんだ!」

陽灯は全てに合点が言ったように緊張した笑みを浮かべた。


思考を進めるたびに愕然とし、両手で顔をおおった。

愛雅にさえも解らない目論見を、世界最高の力を持つ愛雅の娘が抱いている。

何故娘は母へそれを教えないのか。

それは教えれば、母が邪魔をすることが明白であることに他ならないだろう。

…大きな邪魔になるであろう強い力を持つ愛雅に教えないのは解る。


けれど、双子の兄弟である綾雅にさえも相談しないのは何故か。

綾雅ならば、間違いなく協力するのに…。

何故…、なのか。


愛雅の言葉を、陽灯は再び思い出した。

『綾雅をよろしくね』


信じたくはない。

…信じたくはない……、が。

「華綾さんが、綾雅に何かをしようとしている……?」

陽灯の言葉に神夜はこれでもかと目を見開いた。

有り得ない…と驚愕を目に現したのに、何故否定しないのか。

それは神夜も、同じことを思ってしまったからだった…。

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