「在るには在るけど」
「綾雅!
大丈夫?!
何もされてない!?」
アンゲルスの玄関辺りまで着くと、神夜おばちゃんが、俺の肩を握った
顔をあげると、顔は青ざめていた。
特に血縁関係はないけど…、まあ、正統者はみんな親戚みたいなもんだから。
でも、この人の心配っぶりは、さすがの俺でも異常だって解る。
尤も、今回は正常だ。
神夜おばちゃんの問いに、俺は緩く頷いた。
俺はなにもされてない。
「そう…。
とりあえず、中へ入りましょう。」
そういう神夜おばちゃんの後に着いていき、俺はアンゲルスの中へ入った。
初めてじゃないだろうが、記憶の限りじゃはじめてだ。
大聖堂の名に相応しい…荘厳な建物。
神夜おばちゃんの周りに居た五人の人たちは、俺を守るような体形をとっている。
うち二人は、知った顔だった。
同い年の操辻 咲來と
一学年下の神氷 穂憐。
二人とも母さんと父さんと同世代の正統者の子供で、よく遊んでいる。
それに、見覚えのある顔。
木寺 愛美。確か、大学生。
彼女も正統者だったはずだ。
あとの二人は、知らない。
恐らくカルディアか、普通の隊員なんだろう。
「ここで待ってて。」
「はい…。」
椅子に座らされると、かぐや叔母さんは俺にそう言い残しどこかへ行った。
多分、上層部への報告と、あと父さんが居るならそっちにも連絡しに行ったんだろう。
「ごめんな。」
心配そうに俺を見つめる穂憐と、いつのまにか俺の手をギュッと握っていた咲來に、俺は謝った。
すると、二人は何故か泣きそうな顔で首を振った。
俺って…、本当に、情けないな。
年も大して変わらない二人に自分を守らせて、心配させて。
情けない。という言葉ですら足りはしない。
すると、知らない二人組の中の一人が俺の方へ近づいてきた。
何だと思って俺が見上げる前に、相手から視線を合わするようにかしずかれた。
「私に言われても、ムカつくだけかも知れないけど
あまり、自分を責めてはいけないわ。
力を抜いて。」
俺はその言葉に思わず目を見張った。
何処と無く…見覚えが…聞き覚えがあるような…?
何故かその人の言葉で自然と肩の力が抜けた。
…抜けてから、自分はこんなにも緊張していたのだと自覚した。
見ず知らずの人にまで、心配されるとはな。
俺は自嘲気味に心のなかで笑った。
笑ったはずなのに、何故か涙が溢れてきて、俺は慌てて顔を伏せた。
涙でぐちゃぐちゃになった視界を見つめた。
咲來に握られる自分の手が、ぐにゃぐにゃに曲がっている。
ただ、その手に滴が落ちていってしまってるのだけは解っていた。
自分を責めずに居られるわけがないんだ。
俺に泣く資格もあるはずがない。
俺が一番近くにいたのに…。
双子のはずなのに!
一度ならず、2度までも守れなかった。
自分が世界で一番大事だと豪語してきた姉弟を…。
俺は口ばっかりだ…!
だから俺に泣く資格なんて、あるわけがない……。
そう、思えば、思うほど、涙は止め処無く…
「火砕華綾が行方不明ですって?」
あまりにも短い…何の情報もない報告書に、柊 志野は項垂れた。
一体どういうことか。
聞きたいことは山積みだが、その情報は恐らく火砕華綾本人しか持ち得ない。
以前彼女は、一度行方不明になったことがある。
その二週間は正に戦々恐々だった。
此方の世界も、“彼方の世界”も。
彼女は…少なくとも公式では、どちらの世界にも“居なかった”
どちらかが嘘を吐いているのか。
それともどちらにも属さない別の組織が行ったのか。
その真相は闇の中。
ただひとつ残る、本人の理解できない証言
『在るには在るけど無いとこに居たの』
彼女の証言に、目を見開いた二人の人物を、志野は見逃さなかった。
二人にそれぞれ聞いた結果、“在るには在るけど無い場所“とは音澤家の管理する資料がある場所。
操辻絢斗からはそこまでしか聞き出せなかったが、力道帆凪からはさらに聞き出せた。
今まで志野は…それどころか誰も知らなかったことだが、帆凪はそこ場所へ言ったことがあるらしい。
帆凪の行ったその場所は…まるで図書館のような場所だった。
けれど普通の図書館ではなく。
その空間は無限に広がっていて先など見えず。
また、厚さ五センチ以上はあるであろう本を、三冊ほど読んでも、元の世界の時間ではほんの一瞬だったと。
(奇っ怪な…)
そうは言うものの、志野はさほど帆凪の証言には驚いていなかった。
音澤に“そういう場所”が在るのは知っていたからだ。
否
“在って貰わねばならない”と思っていた。
しかし、帆凪の証言にもあるように、その場所はほぼ時間の流れがない。
そこにどれ程居ようが、現実にはほんの一瞬。
けれど火砕華綾の行方不明期間は2週間。
そこまで長いとは言わないが、その場所の理屈には合わない。
故に、帆凪が遭遇した音澤家の管理出来る場所ではないと言うことだ。
もっとも、その場所事態…もはや管理すべき跡取りが居ないのだが。
それでもあの場所は残り続けるのだろう。
その血を受け継ぐ“誰か”の代わりが現れるまで。
が、その代わりになるのではないか、と思われた火砕華綾がこのザマだ。
一体彼女はあのとき何処に連れ去られ、現在どこに居るのか。
『今すぐ探すべきだ』
モニターから聞こえた声に、志野は目を閉じたまま思案した。
その言葉を聞くほんの数秒前までは全く同じことを思っていたが、それを枷隆霸が言ったことで肯定したくなくなった。
奴は私以上の策士だ。
何せ、身内以外への慈悲が欠片もない。
人間、いくら冷たくあろうと思っても、もし自分がそうなったらと共感してしまうものだ。
それが、この地球上において生物、哺乳類、果ては人類が生き残ってきた理由の一つでもある。
しかし奴は、それを自らの痛みを捨てると言う形で破棄している。
一族もろとも。
奴等に痛覚はない。
如何なる拷問も、また通常の薬物も効かない。
稀にだが、それに快感すら覚える奴も居ると聞く。
おぞましい。
憎たらしい。
奴等がではない。
そこまでに至る経緯統べてだ。
生まれたその時は、普通の子供だったのに。
『見つからないでしょう。』
音澤…もとい火砕 愛雅の言葉に、繋がっているモニターすべてがざわついた。
この世界に置ける最高の正統者…すべての属性を使役する彼女。
華綾の母でもある彼女の言葉だからこそ、みな動揺したのだ。
『どう言うことか説明してもらえるか。』
その言葉に、みな口には出さないものの、さらに動揺した。
それを言ったのがエータ・ベータ国の最高責任者
バーネット・ジリアンだったからだ。
彼の能力はテレパシー。
と言っても一方通行のもので、彼は読み取ることしかできず、更に相手に拒絶されれば読み取ることも出来なくなる。
色々制限は多いが、使いようによっては誰よりも強力な力だ。
さて、その彼がその言葉を発したことで何故驚くのか。
彼の力は例えモニターを介してでも。
何なら顔が見えなくとも、相手の一部があれば通用する。
そんな彼は、火砕愛雅が何故“見つからない”と言ったのかが解らない。
それは…つまり
『深い意味はありませんよ。
そう……、思っただけです』
彼女が自分の真意を読み取られるのを拒絶したことに他ならない。
『ただ、一つ、解ることは、彼女はもうこの世界には居ないでしょう。』
誰もが火砕愛雅の次に続く言葉を待っていた。
彼女が自分達の敵に回るのか。
それとも今まで通りの中間に居続けるのか。
もしくは…それが母としての望みに過ぎないのか。
『昨日は満月だったでしょう。
恐らく私の娘は、魔界側へ回った。』
過去、魔界へ渡った人々が選んできた日は、すべて月が満ちる日であった。




