『逢えたなら』
sliding( ノ;_ _)ノ
「いつまでアレを放っておくつもりだ」
王座に座る相手を背後から見下ろし、彼は呟くように言った。
机に並べられた大量の紙から筆を止め、男は首をかしげた。
「え?あれって?」
幼い言い方の男に、彼は深くため息を吐いた。
“あれ”と敢えて言葉を濁したのは、彼の指しているものが複数あり。
そして、男にとってその複数の物のなかで、何が一番心に残っているのかを知りたかったからだ。
しかし男は答えなかった。
やはり男には隙がない…と、彼はまた深くため息を吐いた。
「教会のことだ。」
だから彼は自分の中で一番残っている物を、男に伝えた。
「ああ…、それね……。」
男の反応から、教会に対してはそれほどの興味がないことがわかった。
…いや、違うな。
「お前は何に対しても興味がないんだったな。」
僅かな怒りを込めて、彼は敢えてそれを言葉に出した。
「博愛は、無関心でもあるってことかな」
男の言葉に、彼は肯定を込めて黙った。
「それは違うよ、池榻ノキアク。
博愛は無関心じゃない。
そう感じるなら、僕は博愛じゃないんだろう。」
「じゃあ無関心なのかよ。」
「…そんなことはないよ。」
男は、か細く微笑んで、ノキアクの頬へ手を伸ばした。
「けれど、君のように人を強く思えるのを羨ましく思うよ。
俺にはそんな人は……」
ルキフェルはノキアクの頬から手を離した。
いない。
そう言い掛けてルキフェルは言葉を継ぐんだのだ。
そうして深く息を吐いて、吸い込んだ。
「…最近、百合が変なんだ。
フルール・ド・リスね。」
フルール・ド・リス。
ノキアクとルキフェルの居る魔界に、古くから存在する…国家のような宗教のようなものだ。
大昔、存在していた国が滅び。
その国民や、同じ思想を持った人々が商売を始め、土地も持たずに国を自称したり、存在しない王を神と奉ったり。
そういう組織だ。
その商売の利益は各国が得ているので、誰も大きくは文句を言わない。
そして、フルール・ド・リスも傲らず。
しかし、強かに続けている。
「あれ嫌いだ。」
素直なノキアクの言葉に、ルキフェルは苦笑いをした。
「まあ僕も嫌いだけどね。」
二人がフルール・ド・リスを嫌う理由は同じだ。
その商売のなかには、当然のように人身売買も含まれており、そうして売られた人の体の何処かには、百合の紋章が刻み込まれる。
永遠に消えない紋章が。
もっとも、今では多くの国で人身売買は禁止されている。
まあ、それでも裏では行われているが。
「そうじゃなくてさ。
頻繁に世界を行き来してるみたいなんだよねぇ…」
ルキフェルの言う世界とは、魔界と磁界のことだ。
「あんたが言うか?」
ノキアクの言葉に、ルキフェルは思いっきり顔をそらした。
魔界では、魔界から磁界へ渡るための魔法、世界の破壊や門の生成は禁忌とされている。
だが、ルキフェルは日々、私用にその禁忌を犯している。
しかも痕跡を消して。
確信犯だ。
故にその禁忌を禁忌とはされない王達に、ルキフェルは追われている。
「僕は悪用してないから!」
「してなきゃ良いのかよ。」
「…ごめん」
と謝り、シュンとした。
「で?
そうやって行き来してるのは教会より悪いのか?」
ノキアクの言葉に、ルキフェルは眉を潜めた。
「現時点では違うけど…、どうだろう。
何が目的なのか解らない。
とにかく、教会は聖堂が何とかするだろう…
むしろ、もうしてるんじゃないかな?
だから手は出さないよ。利用価値があるかもしれないし。
…ただ、フルール・ド・リスは……」
利用価値もない。
それどころか害になるかもしれないということか。
「お前の害になるのなら、俺が行こう。
俺には何の役目もない。」
ノキアクの言葉に、ルキフェルは大きく目を見開いた。
「……良いのかい?
………磁界、だよ…?」
そう言うルキフェルから、ノキアクは顔をそらした。
「良いも何も、俺はあいつを殺さなきゃいけない。
そもそも逢える確率なんて低いだろう。」
ルキフェルはより一層、眉を潜めた。
「…行くだけで、辛いだろう……。
聖堂の近くは…」
「俺は辛くない。
あいつも、もう死んでるかもしれない。」
とっくの昔に。
そう言葉を終えると、ノキアクは扉へ向かって歩き出した。
「ノキアク。
ちゃんと帰ってきてね。」
「そーいうのフラグって言うんだぜ」
「プ、プラグ…?」
ずれた言葉を言うルキフェルに、ノキアクはひらひらと手を振りながら扉から去った。
「すべての人に対して一様に親切な者は
大抵はまた、すべての人に対して一様に不親切である。」
初めて身にするセミロングの髪と
右耳だけに着けた太陽と月のイヤリングが風に揺れた。
「なんだそれ。
戒めか?」
傍らにはスナイパー銃を構えていて、私と同じくらいの身長の“仲間”が。
変わった姿に、特に何の反応もないのも彼らしい。
私の本来の肉体と同じ、ショートヘアーを持っているというアスター。
永徳によればアスターの容姿は私と全く同じらしい。
ラウンジで永徳にそれを聞いたことで、私は納得がいった。
永徳が私に何も話さなかったのも、私がアスターのことや施設のことを何も覚えていないのも。
思い出せないのが何故かは解らないけど、アスターが知っていて、思い出させる気がないことだけは間違いない。
「戒めかぁ…
うーん、そうだね。
もうちょっとラフな感じだけど。」
多分、アスターと私は互いに、2度と関わるつもりはなかったんだと思う。
だから恐らくだけど、私だけじゃなく、アスターもしっかりとは覚えてない。
私ほどではなくても。
ただ、漠然とした事実だけか残ってるだけ。
それでもアスターがここへ来たのは、『得たいの知れない強い奴が来る』から。
「ふーん。
そんなやつ居るか?」
え…?
ああ、誰に対しても一様に親切な人?
「居るか居ないかって言うより
そう言う面もあるよってことじゃないかな。
アスターみたいな。」
アスターはいつも格好よくて、私のためを思って行動してくれる。
今回も結局そう言うことだったんだけど。
私には不親切だったね。
その『強い奴』が何だか知らないけど、私だってそんなに弱くない。
いつの時代の話してるの??
アスターが勝てる程度なら、アンゲルスに居れば安全だし!
不親切だったね!(二回目)
すると、永徳はムッとした顔をして
「別にアスターは悪くないだろ」
その言葉を聞いた私はもっとムッとした顔をしただろう。
この永徳ときたら…。
私達は腹を割って話し合ったことで、何となく仲良くなった。
…というのに、私よりもアスターの肩を持つのだ。
それも嫌がらせでも何でもなく、単純に私よりもアスターが好きっていう。
喧嘩を売っているのだろうか。
…………まさかと思うけど、私よりアスターが強いからじゃないだろうね?
恐らくだけど、永徳が私を嫌ってるのは、学校のテストと、あとアンゲルスの試験の順位に負けたからだと思う。
中学までは、テストの順位を気にしてなかったから知らなかったけど、高校からは気にするようになったから。
私が1位で永徳が2位!
アンゲルス隊員だから問答無用で優遇して貰ってるけど、万が一隊員で居られなくなったら、頭が良いっていう理由で優遇して貰えるように。
主に金銭面ね。
でも永徳は単純に一番になりたいだけでしょ?
勉強くらい見逃してよ。
「不親切だって言うのよ。
普通に危ないから気を付けて!って言えばよくない?
ほんと回りくどいとこ変わらない」
基本的に胡散臭いのよね。
嘘はあんまり吐かないけど、本当のことは殆ど言わない。
そういう所も好きなんだけどさ。
「回りくどいのに関しては
お前だけには言われたくないだろう。」
「えええ?!
どこがっ……」
…ああ、心当たりが。
話し方ですね、間違いなく。
あーーー、なるほど、もうひとつ合点が行った。
私がお嬢様言葉?を使い始めたのは中学生くらいの頃。
てことは永徳も居たんだよね。
孤児だから品がないだったか、汚いだったか、忘れたけど。
そんなようなことを言われて…。
イラッとしたから使い始めた。
私にしてみればお嬢様は、礼儀と自己防衛の二つの意味がある。
永徳はそれを苛めてきた人達と、同レベルと思われたと思ったのかもね。
それは大きな勘違いだよ。
礼人にも使ってたんだから。
……いや、礼人には自己防衛の意味の方が強かったか。胡散臭かったから。
「もう使わなくて良いのかよ。」
永徳の言葉に、私から自然と笑みが溢れた。
いつの間にか、お嬢様言葉を使わない相手が随分と増えてしまった。
礼人や神夜さん。
あ、隊の皆さんもお嬢様言葉じゃないか。
あと寮の人も、ジゼルに至ってはため口で。
振り返ってみると、意外と多いんだね…
けれど、振り替えるにはまだ早いと思うから
「由々しき事態“ですわ”!」
陽灯と永徳は、アスターと永徳が話した、礼人と永徳が話したビルの上で、何よりも輝く太陽に照らされていた。
Broken mirror―砕けた鏡―




