〈嘘と無知〉
目の前の女性は不適に笑みを浮かべた。
「「チェックメイト」」
僅かに遅れて背後から聞こえた声に、私はハッと振り替えた。
「…久し振りだな、アリエス。
つっても覚えてねぇか…。」
突然現れた男性の視線の先には…アリエスと呼ぶ敵の女性が。
更に私の背後に居たはずの女性の部下二人が、男性の足元に倒れている。
その理由を探していると、カチャ…という音ともに銃の姿が見えた
「親父の仇だ。
まあ、ここいらで…死んどけ!」
その銃を…女性へ
私は反射的に、女性を庇うように前へ立った。
「お前何のつもりだ。」
鋭く、殺意を含む視線。
そして意思のない真っ黒な銃口と目が合う。
一瞬恐ろしさに震えた…けど、
目の前で人が死ぬ方が、その罪の意識に苛まれる方が、ずっと恐ろしい。
「今撃ったら本当に死んでしまいます!」
脅しにもならない!
彼女のアニマは殆ど抜けきった。
他の敵二人を倒れさせたその弾丸が、何なのかは知らないけど。
殺人を見過ごすのはアンゲルス隊員とか以前に、人として無理。
すると男性は眉を潜め、僅かに口を開いた
「あ…」
バンッ!!!
鋭い音と共に、男性の放った弾丸が私の頬を掠り抜けた
「くっ…」
背後から聞こえた女性の声に、私は間髪入れずに振り向いた。
その弾丸が鳴らした音が、明らかに硬い…金属音だったからだ。
案の定女性は私へ剣を振りかざそうとしていたらしく、その剣は今、弾かれている。
それを視界の端で確認しながら、今度は私が女性の宝石へ剣を振りかざす。
「ふっ…」
醜く、そしてあまりにも愉快そうに歪んだ女性の表情に私はたじろいだ。
女性は弾かれた剣を構えようとはせず、あまつさえ手放したのだ。
その瞬間に私は彼女がカルディアである可能性を思い出した…が、私は止まらなかった。
止ま“れ”ないのではない。
止ま“ら”ないのだ。
その拳に、私に致命傷を与えるには十分な威力があると知っていようとも。
それ以上に、襲いかかる剣から一度でも私を守った銃の方が、誰かの仇と言った初対面の男の方が、ずっと信頼できたから。
砕かれた宝石の欠片を踏みにじり、私はポーチから手錠を取り出して女性を拘束した。
すると、今まで力なく項垂れていた女性は、ゆっくりと顔を持ち上げ、口を開いた。
「私は、自分が殺した者の名、傷つけた者の名を誰一人として忘れたことはないわ。
千葉 尚久の倅。
あれの声も姿も最後の行動も、私は決して忘れない。」
女性は、その瞳に鋭い…意思のような殺意を宿し、微笑を浮かべ男性を睨むように見つめていた。
まるで、自分が殺した人物を称えるかのように。
…いや、多分男性は気づいてないだろうけど、女性はその自らが称えた人物を殺したことに、何よりの快楽を覚えてる。
思えば思うほど外道だわ。
願うなら、それ以上喋らないで居て欲しい。
「…ああ……、そうかよ。」
男性は不機嫌そうに眉を潜めていたが、隠しきれぬ寂しげな笑みを浮かべていた。
そのまま男性の方を見ていたけど、銃の調整をして居るのか、こちらを気にしていない。
私は今のうちに…と、他の二人にも手錠を掛けた。
「…」
とりあえず、私の任務は完遂した。
…けれど、この男性は一体何者?
実力がある分、これはこれで厄介な状況かもしれない。
けれど私が言ったことでか、女性を撃たないでくれた…、それ以前に助けられたし…。
他のアンゲルス隊員…?
「お前は何者だ。」
突然ギロリと睨み付けられ、私はまた震え…てはないけど吃驚した。
アンゲルス隊員なら、私の服を見て一発で解るはず。
いや、そもそも、彼がアンゲルス隊員であったとして。
緊急時以外は許可なしにGEMの使用は許されない。
「あ…、貴方こそ何者ですか?
助けていただいたことには深くお礼を申し上げます。
ですが、今すぐその人から離れ…」
私の言う、その人とは私が救出を任せられた女の人。
彼女の身や心を傷つけるのは、例え何者でも許せない。
だから、そう易々とは引きたくない。
「聞いてるいのは俺だ!!!
質問に答えろ!!」
突然の叫び声に、私はやっぱり震えてしまった。
怒られると何故か涙が出てくるんだよね…。
仮に自分が悪くなくても、自分が怒られてる訳じゃなくても。
まあ、泣きませんが。
「……アンゲルス隊員の愛本陽灯です。
もう一度聞きます。
貴方は何者ですか。」
答えによっては斬ります。という意思を込めて、私は細剣を構えた。
銃に剣なんて馬鹿かと思われるかもしれない。
けど、私には神夜さんに教えていただいた光の銃がある。
「アンゲルスの愛本…陽灯……。そうか。
ご苦労なことだな。
俺はジニアだ。
悪魔教じゃない。」
そう言い終えると、ジニアという男性は胸ポケットに銃を仕舞った。
悪魔教じゃないのは流石に解るけど。
どうやら、暗に敵じゃないと言ってるらしい。
「…そ、そ…うですか………
いや、銃刀法違反です!!!」
ちょっと安心してしまったけど、そうじゃない!
鉛が換装体に効くわけがないけど、それはそれで問題だから!!!
「痛いとこつくな…!
いや、大丈夫だ。
これは人体に影響はない。
ほら!」
そう、ジニアさんは何故か半笑いで胸ポケットから再び銃を取りだし。
自分の手のひらに向け…撃った!
「危な…!
あ、ほんとですね」
何にもならない。
若干空気の反動で手が銃から離れただけだ。
銃じゃないのは明白だ。
…それに、GEMでもこうはならない……。
痣くらいはできる。
すると、ジニアさんは途端に嬉しそうな顔をして
「だろ?!
だから何の問題も…」
「いや、換装体に効いてるってことは
それGEMの一環ですよね?!」
全く同じじゃないのは解りますが!
宝石と同じものじゃないですか?!
それも規制対象ですから!!!!
「ううっ…
GEMとは違う!
魔術みたいなもんだ!
魔術ともまた違うが、俺の力をそのまま弾丸状にだな!」
「え…、えええ…?」
力説されてもちょっと解らない。
魔術とか魔法って言うのは、神夜さんから聞いたことあるけど…
「それを規制する法律はないはずだ!
GEMを盗んで使うのは犯罪だが!」
その通り。
宝石は基本的にアンゲルスのGEMから出来ている。
盗んだGEMをバラバラに砕くことで、武器にしているとか。
だから悪魔教の宝石は明確に犯罪と断定できる。
そもそもがアンゲルスのもので、
その作る技術もアンゲルス…もとい枷家のものだから。
「う…うーん?」
でもそれがGEMじゃないとなると…確かに判定は難しい。
本人が持つアニマそのものを規制できるわけがないし。
銃も本物でなく、形だけの可能性はある。
「とにかく!
ここは見逃してくれ!
何も悪いことをするつもりはない!
単にこいつを…」
まあ、確かに助けてもらった恩もあるし…明らかに悪い人ではなさそう…。
私はジニアさんの目的であろうその人を見た…
「はっ
そうです!
結子さんから離れてください…!」
私はキッとジニアさんを睨み、再び細剣を構えた。
「ああああ!
また話が戻った!!」
何故か捕まっているあの女の人はどう見ても…
私の知るベルナール 結子 アリーセさんだ。
私はジニアさんを避けて結子さんに声をかけた。
「ねぇ、結子さん!
どうしてこんなところに…?
何があったんですか?!」
すると結子さんは驚いた顔をした。
そして眉間にシワを寄せ、緩く首を振った。
「ごめんなさい。
ユーコって…?
貴方は誰?
私の…知り合いだった人?」
「え………」
どういう意味…?
え?
知らない振りをしているということ………?
でも…、そんな風には見えない。
そんなことをする理由もない。
私は訳がわからず、ジニアさんを振り返った。
けれど、ジニアさんは目を細めて結子さんを見るだけで、口を開かない。
「私は源 有栖。
の、はずよね。」
有栖さんと名乗る結子さんが答えを求めたのはジニアさんだ。
やっぱり、何らかは知ってるんだよね…。
「当たり前だろ。
自分の名前を人に聞くなよ。」
そう至極当然のように、ジニアさんは言った。
そのあまりの自然さに私は混乱した。
私の人違い…?
確かに最後に会ったときからは、もう大分経ったけど…。
ううん。
経ったけど、他でもない結子さんだ。
間違えるはずなんて…!
「愛本陽灯。
お前、他の仲間放っておいて良いのか。」
ジニアさんの言葉にハッと我に帰る…と同時にげんなりした。
一応隠密ってことで、通知を遮断してたから気が付かなかった。
通知がとんでもない。
いや、礼人だけだよ。
だって私の安全は咲來さんが解ってるはずだし。
とりあえず通知遮断を解除しよ…
『お前どこで何してんだ!!!!』
意味がないと解っていても、その怒鳴り声から逃げようと仰け反ってしまった。
外した瞬間に繋がる普通?!
「怒鳴らないでよ!
何かあったら咲來さんが言うでしょ?!
何あの通知の数!普通に怖い!」
何なの?!晶にぃ?!
類は友しか呼べないの?!
『怖いってなんだ!
お前が反応しないからだろ!』
「それどころじゃなかったの!
って、私のことばっかり、そっちはいいの?」
そっちこそ本拠地と戦ってるんじゃないの?
『だからそっちにボスが行ったって!』
「ボスぅ??」
一応回りを警戒してみたけど、なんかそれっぽい人は居ない。
「ここにおける。だろ?
そいつだよ」
ジニアさんがそいつと指したのは…アリエスという敵の女性だ。
なんか納得。
支部長みたいな感じかな?
いやー、ほんと1人じゃなくてよかった。
っていうか
「咲來さんが大丈夫と言ってませんでしたか。」
と、呆れた声を全面に出して私は言った。
『確かに言ってたが…
解らないだろう?』
礼人の言葉に、私は唇を尖らせた。
「解りますー!
咲來さんが大丈夫って言ったら大丈夫なんです!」
咲來さんの両親の力は千里眼と操作。
咲來さんは千里眼の力の方が色濃く現れた。
そして、更に咲來さんのお母さんに現れた未来を視る力も、幼い頃から。
その力は徐々に強くなり、反対にお母さんは少しずつ弱まっている。
とはいえ、まだお母さんの方が強いけど。
多分、咲來さんが思春期に入る頃に完全に逆転する。
『はぁぁ??
何だその信頼』
だからかは解らないけど、咲來さんはお父さん譲りの性格だ。
面倒臭がりで、のらりくらりとしていて。
そして明確な言葉は話さない。
例え何を言っても、それが現実にならないと…
咲來さんの言葉が嘘になってしまうから。
咲來さんにそんなつもりがなくても、そう思われてしまうから。
「…信頼とも、また違うと思うよ」
私は、それを知っているだけ。
「とにかく、私は大丈夫だから。
大事な話するからちょっと黙っててね!」
そう一方的に告げて、私は通信を切った。
けれど逆に言ってしまえば、彼女が大丈夫と言ったとき。
その時は絶対に大丈夫なのだ。
咲來さんも、咲空さんも颯天さんも、嘘は嫌いだから。
まあ、そうじゃなくたって信じられるけどね。




