『理由』
学校での昼休み、いつの間にか…というか、まあ普通に高校生になってからちょっと経った。
アンゲルスほど驚くことはないかな…、と思ってたけど、そこに関連してちょっと吃驚したことがあった。
「陽灯」
私を呼んだのは天宮ジゼルさんだ。
B級のアンゲルス隊員で、私と同じ部屋で住んでいる。
ジゼルさんと私は同じグラスだったのだ。割りとずっと一緒。
「はいー」
呼ばれたのでジゼルさんの元に行くと、私は思わず顔をしかめてしまった。
ジゼルさんの向こう、ドアのところに岩瀬さんの姿が見えたからだ。
岩瀬さんとも同い年で同じ学校なのだ。
まあ、クラスは違うけど…。
私は知らないけど、他にも隊員は居るらしい。
この学校はアンゲルスへの理解が深い…っていうか柊家が経営してるから。
私が頭を下げると、ジゼルさんは自分の席に戻って、また友達と会話を始めた。
それを見送ってから、私は岩瀬さんに向き直った。
「何かありましたか?」
態々、岩瀬さんが来るってことは、隊に何か有ったのだろうか。
そういう緊急時なら、岩瀬さんが来てもおかしくない。
「なるほど、そうやって言うのか…」
何故か、感心したように頷く岩瀬さんに、私は首をかしげた。
「……はい?」
「いや、こっちの話だ。
緊急事態な訳じゃない。
…体はなんともないか」
岩瀬さんの言葉に昨日までの事を思い出して、またカチンときた。
「換装してましたから、何ともないですが?
今さら何々ですの?急に。」
すると、岩瀬さんは何故か、ああ…と異常に息の多い声を出した。
呆れとも、安心とも取れる溜め息だった。
何なの?
どういう意味??
「聞きたいことがあってきた。」
「……聞きたいこと…、ですか?
どこかに移動しますか?」
アンゲルス関係なら、他の人には聞かれない方が良いかもしれない。
天宮さんいわく、シフト的に学校のみんなにアンゲルス隊員なの隠すのは不可能だって言ってたけど…、岩瀬さんがどうかは解らない。
突然みんなに向かって、アンゲルス隊員です!とも言いにくいし。
「いや、良い。
アスターって知らないよな?」
私は目を見開いた。
私の知っている人の名前だったからだ。
そして、もう聞くことのないと思っていた名前だったから。
「岩瀬さんの言うアスターが、私の思うアスターと同じかは解りませんが
アスターという名前の知人は、一人居ます。」
「……本当か?」
何故か岩瀬さんがちょっと怖い顔をしたから驚いた。
けど、私は怯まずに頷いた。
「でも、たぶん、違う人だと思いますよ…?
アスターっていう名前の人はたくさん居ますし。」
メジャーとまでは言わないけど、アスターは普通にある名前だ。
例えば、そのアスターって名乗った人が、男なら話は別だけど…。
「ああ…、そうだな。
…いや、アスターって女の名前だよな」
岩瀬さんの独り言のような言葉に、私は今度こそ目を見開いた。
そして岩瀬さんの肩をガッと掴んだ。
「そのアスターと何処で会いました?!!
何で貴方に…
何を言ってました?!」
どうしても思い出せない、三年以上前の記憶の欠片を見つけられる気がするから。
けれど、岩瀬さんの返答は、その思いから遠く離れていた。
「何でんなこと知りたいんだ?」
鋭く睨んできた岩瀬さんに、私は驚いた…っていうか、若干怖い。
「え…
なんでっていわれても…」
困る。
話し出すと長い、私自身説明できないことも多いんだ。
昔の事って言っても、たった三年前…でも小学生の頃か……。
アスターに関することだけじゃなくて、他の記憶も殆ど抜け落ちてる。
普通に覚えていたくないっていうのもあると思うけど…、それにしたって。
うーん……?
「何か話せないような、やましいことがあるのか?
ないなら話せるだろう。」
詰め寄ってきた岩瀬さんに、私は睨み返した。
「どうしてまた私が責められる立場になってるんですの?
何もやましいことなんてありません。
ただ…少し説明がしづらいだけです。」
本気で調べようと思えば、いくらでも手立てはある。
院長先生や、若井先生に聞けば一発だ。
そこですぐにアスターが解らなくたって、施設がどこにあるかは解るんだから。
「…本当か?」
「本当だと言って、貴方は納得してくださるんですの?」
そっちが疑って掛かっている以上、私がどれだけ本当と言ったところで何の意味もない。
「とにかく、お昼ご飯食べたいんですけど。」
まだご飯食べてる途中。
「あ?」
「はぁ?
私には食べる権利もないんですの?」
不毛だと理解して、私は岩瀬さんを無視して自分の席に戻った。
食べながら、私は考えていた。
そもそも…、アスターがなんだっていうの……?
いや、違う。
どうして今さらアスターが…、ましてや、岩瀬さんの前に?
アンゲルスに関すること……?
だったら私のところに来れば良いのに…。
いやいや、来る意味が解らない。
確かに、もう会わねぇ!とは言われてないけど…。
えっ、まさか、光のカルディアだって礼人にバレたせい…?!
それで止めさせに来たんですか?!
いやいや、落ち着け。
それについて知ってるのは礼人だけだ。
じゃあ、違う…
「放課後まで待ってやったぞ」
待ってやった…?
あー!もういい!
いちいち反応してたら身が持たない!
「歩きながら話しますわ。」
電車に乗っても良いけど、それだと直ぐに着いてしまうし、何よりお金がかかる。
たかだか一駅だ。
文句も言われないと思う。
案の定、了承したのか岩瀬さんは歩き出した。
「何時からかは覚えてませんが、アスターとは小学生まで施設で一緒に居ました。
アスターだけじゃなく、他にも何人か居ましたが
年が近かったので、仲が良かったんです。
あ、施設とは孤児院の事ではないです。」
前に礼人にも似たようなこと話したなって思い出した。
…あ、そのときに光のカルディアだってバレたんだっけ。
本当にあの時なんでバレちゃったのか…。
そういえば礼人もアスターと同じように光の器って言うよね…。
別にそこまで珍しい言い方ではないけど。
「…じゃあ、何の施設だよ」
岩瀬さんの質問に、私は口を閉ざした。
「言えないことでもあるのか。」
「だからないってば。
あ、ですわ。」
難しい顔をしながら訂正したら、んなのいい。って言われた。
私にとっては大事なことなのよ。
「ただ、よくは覚えてないんです。
確か病気か何か…で、病院だったと思うんですが……」
記憶があやふやなのは誰も教えてくれないから。
院長先生も若井先生も、晶にぃなんて論外だし。
他のみんなは、私より小さいから覚えてるわけない。
…何で教えてくれないのかも解らないけど、聞いちゃダメなんだって事だけは解った。
だからあんまり、昔の話もしない。
もう今の私には関係ないと思ってたから…
なのに、何で今更来たの?
アスター
例え、私が光のカルディアだって明かしても、貴方には関係ないのに。
「え、アスターってやつも病気だったのか?
って言うかお前…」
「もう!
そんなのどうだって良いでしょ?!
それよりアスターが何て言ったのか教えてください!」
私がどんな病気だったのか、アスターがどんな病気だったかなんて覚えてないって!
だからそれも教えてくれないんだよ!!!!
ああ!もう!
知らぬ存ぜぬ。
誰のためか、何のためなのか知らないけど…、私だって真実を知りたいと思うのに。
…けど、それはきっと、みんなの気持ちを犠牲にしてまで求めるものじゃない。
きっとね。
少なくとも私には、そこまでの勇気がない。
「…教えねぇ。」
「ああ、そう…。」
何だか、力が抜けてしまって、それ以上何かを言う気にすらなれなかった。
これは…何だろう。
もう何度も経験してきた諦めだろうか。
それとも、もしかして私はガッカリでもしたのだろうか。
彼に、何かを求めていたのかもしれない。
「…愛本?」
態々、彼の目を見て話す気にもなれなかった。
とりあえず、必要なことだけを伝えよう。
「アスターは嘘はあまり吐かないけど
本当の事をストレートにも言わないから…
真に受けない方が良い。
あと…」
まあ、あとはいっか。
あんまりたくさんの事を言っても、混乱させるだけだろうし。
…何より、これ以上、アスターのことを話したくないし、岩瀬さんとも話したくない。
「…それだけですわ!」
私は話を強制的に終わらせるため、命一杯の笑顔を見せて、その場を去った。
ねぇ、アスター。
貴方は私を裏切り者とでも言いたいの?
私をアンゲルスから連れ戻したいの?
だとしたら、アスター。
貴方こそ此方側へ来るべきよ。
嫌なら、多少の無理をしてでもこのままで居ましょう。
それがお互いの為じゃない?
それすらも嫌だと我が儘を言うなら、私だって容赦しない。
貴方に戦う理由があるように
私だって理由を持ちたいのよ
やっと、見つけられそうなの。




